君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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短編


第二十五話 「おかえり。ただいま」

 だんだんと近付く見慣れた景色。

 織斑一夏──。

 井伊月重吾──。

 互いに顔を見合わせ、口元を緩ませる。

 ふわり、と気流に乗り、まずは重吾が先行した。一夏はまだ機体の操作に慣れていないので、少しでも風の抵抗が軽い方が操縦しやすくなるだろう。

 ガタガタと揺れる機体の振動に歯を噛み締めながら、少しずつ高度を下げていく。時折、頭上の一夏にも注意する。

 

「一夏くん、上手上手」

「お、おう……!」

 

 小さく笑った一夏だが、その口元は引き攣っていた。

 いくら上手くいっているのだとしても、やはり不安なのだろう。ただでさえ下から吹き上がってくる風は強いのだ。機体が揺れる振動は、慣れない者には怖い筈だ。

 あと少しで焦げ茶色の地上に着く──。

 一瞬、バーニアを強く噴射し、地上との接地の衝撃を和らげてからゆっくりと着地をする。

 よろり、と体勢が崩れた。

 

(思ったより疲れてる……)

 

 重たい体が鉄のようだ。

 足腰が背荷物のように重い。

 上から一夏の慌てる声が聞こえてきた。

 両手を広げた僕は、不規則な速度で落下してくる一夏の足を掴み、引き寄せる。

 

「少しだけバーニアを強めて!」

 

「おう……っ」曇った声で返事を返した一夏が、〈白式〉のバーニアを強くした。が、慣れていない為、思っていたよりも強い推進力を機体にかけてしまう。

 ぐん、と体が引っ張られ、変な声が一瞬溢れる。

 脚を踏ん張り、歯を噛んで、何とか彼を引き寄せる。〈白式〉のブースター出力の高さに、変なところで感心させられた。

 

「──よい、しょっと」

 

 ふう。息を吐いて、一夏を優しく降ろす。

 慌ただしくなった一連は、一夏の着地と共に終わった。

 

 ◆

 

 機体を待機状態に戻して、道を歩く。

 緩やかな坂道の先にあるのは、篠ノ之家。

 少しばかりの談笑と、少しばかりの沈黙。

 疲労と安堵がごちゃ混ぜになった身体は思いのほか辛く、重吾と一夏の精神に重くのしかかっていた。

 

「──ただいまー」

 

 そんな疲れ切った言葉と共に吐き出したのは、石のような溜息だった。

 篠ノ之家に辿り着き、まず僕らを迎えたのは冬の冷たさで演出された静かな玄関。

 と。奥の方から、人の足音が聞こえてくる。

 ──パタパタパタ。

 スリッパの裏が床と擦れ合う音だ。

 音の鳴り方は落ち着いているが、少し忙しない。

 

「一夏! 重吾……っ!」

 

 艶やかな黒髪を後ろで結った少女。

 帰宅した彼らの姿に思わず口元を押さえる少女。

 

「おう。ただいま、箒」

「うん。ただいま」

 

 篠ノ之箒に──僕達は笑顔を見せた。

 

 ◆

 

 廊下を進んで居間を目指す。出迎えてくれた箒は「温かい物を持ってくる」と言って台所に向かっていった。

 居間の襖の前に立ち、一夏と顔を見合わせる。

 少しだけ僕は緊張していた。

 今の自分達の見てくれは酷い有様なのだ。傷だらけに汚れだらけ。外で泥遊びでもしてたのかと勘違いされそうなほど、汚らしい格好。

 うーむ、と一夏が唸る。

 彼が考えていることが──予想できる。

「怒られるかなぁ?」きっとそんなのだ。

 ぶんぶん、と頭を振って、僕は覚悟を決めた。

 一夏は心なしか老けたような、そんな表情をして、諦めたように目の色を少し暗くしている。

 汗ばんだ手を襖にかけ、勢いに任せて開けた。スターン──と襖が大きく音を立て、僕たちを居間へと誘う。

 

「貴様らぁ〜!!!」

 

 ……あ。千冬先生だ。死んだ。

 居間を開けた途端、般若のような恐ろしい表情をした織斑千冬が僕らとご対面した。

 ゴゴゴ、とトンデモナイない迫力に、一夏は当然、僕もガクガクと震えてしまう。

 

(あばばば!!! こ、怖いよぉ!!!)

(し、死ぬ! 殺されてしまう!!)

 

 出来る限りの悪い考えを、5倍くらい酷くしたのが千冬の折檻だと誰かが言っていた。

 

「右腕一本で許してくれるかな……」

 

 小声でそれを囁いた一夏。

 僕はそれを聞いて、(その5倍って、一夏くんの存在が消えて無くなっちゃうんじゃ……)と独りでさらに震え上がった。

 

「まずは中に入ってもらおうか……」

 

 と。千冬は僕らの背中を押して居間の中に入れる。そして襖を閉めて隔離し、僕らを絶対に逃げられないようにした。

 一夏の背に続き、居間の中を歩く。

 千冬は居間にある炬燵に足を入れ、僕達を据える。

 トテトテトテ──。

 あぁ……ドナドナみたい……。

 独りごちてそう思い、僕は冷たい床に正座した一夏に続いて、その隣に同じく正座をした。

 炬燵に入ろうとせず、無言で正座をした一夏の調教具合に、井伊月重吾は戦慄するばかりである。

 

「──まずは……そうだな」

 

 そう、静かに口を開けた千冬。

 何を思うのか──その言葉は何か──。

 静かに耳を傾けるばかり。

 届くであろう言葉が怖いものだと知っているから、僕は身を固めて耐えようと考えた。

 

「……よく、帰ってきたな」

 

 けれど聞き間違いでなければ、その言葉は 咤ではなく、「優しさ」であった。

 顔を上げてみると、千冬はいつもと変わらない鉄面皮の顔でこちらを見据えている。しかしその頬が僅かに赤らんでいるのは恥じらいがあるからなのだろうか。

「ただいま……」呟いた一夏。

 僕も少し遅れて呟く。「……ただいまです」

 頬が緩むのが分かった。

 ずっと嫌われていたと思っていた者からの、心配だったことを感じ取れる言葉。それが堪らなく嬉しかった。

 一夏だけに言った言葉であれば、むしろ逆の感じ方をしていた筈だろう。けれど千冬は二人を見ていた。

 ──僕と、一夏くん。

 ボロボロの二人をしっかりと見ていたのだ。

 

「……なぜ笑う」

「いや別に……なぁ、重吾」

「うん、うんっ。ね? 一夏くん♪」

 

 微笑む一夏。

 微笑む重吾。

 

 この後、僕達はこっぴどく叱られた。けど、少しも辛いと感じなかったのは、千冬先生の言葉の中に「優しさ」があったからなんだと思う。

 

 ──僕達は、家に帰ってきたんだ。

 

 




続く
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