君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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のやはかは


第二十六話 「新たな一歩」

 灰色の鉄。

 組み上げ途中の外骨格。

 連なる本の山と、足元に広がる工具の波。

 

 足で蹴散らし、進んでいく。

 

 カツン……カツン。

 

 響くのは鉄と工具の弾かれる音。

 ふわりと舞うのは、身に纏うドレス。

 

「……少し、早いかな」

 

 大きな大きな液晶モニター。

 青白い発光を瞳で受け止め、篠ノ之束はポツリと呟く。

 座っている回転椅子を動かし、向きを変えた。

 視界に入ってきたのは──ISのコアである。

 

「君を使う日が……近いんだね」

 

 部屋の中心に佇むのは「始まり」のコア。成り損ないの玩具を配下とし、頂点として存在している全ての祖。

 

 仄かな光を、それは発していた。

 ──赤、黒、白。

 いや、光ではない。それは、輝きだ。

 煌めきであり、燐光であり、瞬きだ。

 到底人間が造ったものだとは思えない。

 

 ──ああ、その実それは「異物」と呼べる。

 

 篠ノ之束である自分が産み出したものではない、完全なる別個とした《コア》の宝石。始まりであり──始まりを告げる狼煙でもある異端物資。

 数値では計り知れないコアよりも恐ろしく、

 奇才が発案した希望の星々達よりも美しく、

 そして──より完成に近い、完全な兵器。

 

「うん……おやすみ──」

 

 立ち上がり、そのコアを撫でた。

 するとそれは眠りにつくように、静かに光を収めていく。

 

 ──『インフィニット・ストラトス』

 

 私はそのコアを、そう呼ぶことにした。

 

 ──────────────────────────

 

 ▼▼▼

 

 桜舞う季節。

 心はワクワク。

 胸はドキドキ。

 白を基調とした制服を身に纏い、姿見でおかしなところが無いか確認しながら、自分こと井伊月重吾は心を踊らせる。

 

「待ちに待った入学式ぃ〜♪」

 

 クルクルと回る。

 けれど足に机の角が直撃して、悶絶した。痛い。

 

「重吾。一夏も準備が出来たし、そろそろ行こう」

 

 戸を叩くのは誰かと思ったら、それは重吾と似た白い制服を綺麗に着こなした篠ノ之箒であった。

 箒の制服は男子とは違い、少し華やかである。ううん。きっと箒が華やかだから、余計に華やかに見えるに違いない。

 重吾は途端、叔母である箒のことが誇らしく思えた。

 

「ふふ。楽しみだったものな」

 

 と。微笑む箒。

 

「そうかもね〜♪」

 

 それに笑い返して、壁に寄せていた鞄を掴んだ。

 箒は追っていた膝を正すと、部屋の前から姿を消す。

 

「あ、待ってよ、お姉ちゃん!」

 

 すぐさま部屋の電気を消した重吾は、慌てて箒の後ろを追いかけた。

 

 ◆

 

「遅いぞ、重吾」

 

 そう言った織斑一夏は、既に外に出ていた。

 

「ごめんー!」

 

 急いで外履きに履き替え、外へ出る。

 家の前に停車している黒塗りの車は、一夏の姉、織斑千冬のものである。

 玄関までを導く石畳の道を降り、重吾は車に駆け寄った。中には既に千冬が乗車していて、誰かと電話をしている。

 

「そういえば、箒お姉ちゃんはどこ?」

 

 窓を覗き込むのをやめ、箒の姿を目で探した。

 そういえば先に出たのにいないや。

 

「あいつはちょっとトイレだってさ」

「へ〜、トイレかぁ〜」

 

 なんて、頷きあったその時、

 

「あまり女の子のプライバシー、ましてやデリカシーに欠けることを言ってはいけません」

 

 箒に似た声がしたので振り返ると、そこに居たのは篠ノ之栞。箒と束の母であり、祖母である女性だった。

 

「一夏くんが言ってたの」

「お、おい!?」

 

 慌てて罪擦りをした途端、一夏からツッコミが入る。

 えへへ、と笑いで誤魔化そうとしたが、彼は自分の頭を手刀で殴りつけ、ヘッドロックを仕掛けてきた。乱暴である。

 

「い''た”い”〜!!!!」

「こんの、薄情者がぁ!」

 

 グリグリと頭を拳で捻られる。

 重吾はバタバタと暴れた。

 しばらくして開放された頃には、重吾は目を回して地面に倒れ込んでいた。

 

「ほら、重吾。せっかく綺麗な服を着ているんですから、そんなところで寝転がっちゃいけません。一夏くんも。あんまりイジメちゃ駄目でしょう」

 

 と。栞は倒れた重吾を起こし、一夏に注意をした。

 一夏はそれに「はいっス」と、あまり聞き入れた風には見えない口調で返事を返し、栞から呆れた溜息を吐かれていた。

 

 背中や足に付いた砂を払っていると、ようやく箒が家から出てきた。「遅かったね」そう言おうと思った重吾だったが、栞の言葉を思い出して、言葉を吐き出すのを止めた。うん。偉い。

 

「む。皆、そろったな」

 

 電話を終えた千冬が、車から降りてくる。

 千冬の服装は黒で統一されたスーツだ。家にいた時は、あまり女性らしくないスポーティーな格好だったので、なんだか新鮮である。

「揃いました!」とビシッと敬礼をする。

「準備オッケーだよ、千冬姉」と、一夏。

「お願いします、千冬さん」箒は両手に鞄を持って、軽くお辞儀をした。礼儀が正しい。流石はお姉ちゃん。

 

「じゃ、よろしくね? 千冬ちゃん」

「はい。ありがとうございました、おばさん。あと家にずっと居座ってしまってご迷惑をお掛けしました」

「いいのよ。みんなが来てくれたから、今年はとっても賑やかに過ごすことができたわ。ありがとね」

「ふふ。それは良かったです」

 

 親しげに会話をする二人を見ていると、なんだか昔のことを思い出してしまう。硝子の筒の牢獄の、水の中で眠っていた頃よりも昔のことを──

 

(おかあさん……)

 

 思い出したのは、同じ赤茶色の髪をした束ではない。

 母と呼ぶには少し違う、血の通わない女性だ。

 ──ううん、僕のもう一人のおかあさんだよ。

 そう。束とは別の「母」と呼べる者。

 たった数ヶ月──たった半年という期間を過ごしただけだが、最後にその女性は笑っていた。告白してくれた。

 

『私の子どもになってくれて、ありがとう──重吾』

 

 涙。微笑み。そして真っ赤な血。

 頬に両手を添えられ、額にキスをされた。

 女性は確かに母では無い。同じ血筋でも無い。

 けれど──だとしても僕は、あの人を、

 

「──おい、重吾」

 

 と。そこで思考を止めた。

 声をかけてきた一夏に振り向き、笑う。

 

「なあに? 一夏くん」

「……いや、なんでもない」

 

 んん? どうしたんだろ、一夏くん……。

 何故だか不安そうな顔をする一夏が、少しだけ気になった。聞いてみようとも思った。けれど、踏み込むことがいけないことのように感じ、口を結んだ。……変なの。

 

「それじゃ、気を付けてね」

 

 車窓の外から手を振る栞に手を振り返し、そうして車は発進した。

 少しづつ遠ざかっていく篠ノ之家はなんだかしんみりとさせるものがあって、胸の辺りが少し──切なくなる。

 

「……また来るね」

 

 ぽつり、と呟き、僕は、

 

「よーしっ! 待ってろ、IS学園めぇ!」

 

 また新たな一歩を踏み出した。

 




続く
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