「────じゃ、みんな、仲良くね〜!」
…………はっ!? 寝てた!!
起き上がった時には既にクラス集会は終わり、クラスメイト達はそれぞれの自室に戻ろうとしていた。後ろの席のラウラもいつの間にか消えていて、井伊月重吾はポツンと取り残されてしまっていた。
「あら〜……」
虚しいような虚しくないような、どっちつかず。
頬を掻いて辺りを見回し、ふうっと一息。
窓から差し込むのは白い日差しではなく、オレンジ色の日差しへ様変わりしている。それは美味しく熟した果実のよう。
「ふむ──ふむふむ」
右見て、左見て、上見て、前見る。
どこを見渡しても、シーンとした空間だ。
人の気配も、談笑も、その影も残っていない。
「…………」
うむ。うむうむ。これは……あれだね。一人ぼっちって……奴だね、多分。みんないないし、教室からっぼだし……うん。
椅子を後ろに下げて、足を組む。そして窓からの夕陽を一身に受けとめ、ふむと頷き、
「やっちまったぜ!」
妙に清々しい表情で言い放った。
その後の、彼の行動は迅速であった。
鞄を引っ掴み、肩に下げ、立ち上がる。そして綺麗な身のこなしで教室を出て、ちゃんと戸締りをしてから廊下側へと去って行った。
その間、なんと5秒の出来事であった──。
◆◆
教室を出ると、人の波は穏やかであった。
すれ違う女子生徒達は、クラスメイト達と同じ反応をしてこちらを見てくる。流石に慣れたので、何も言わない。
廊下の壁側に設置された窓からは、見慣れた夕陽が差し込んで暗がりをより際立たせていた。
──影と夕陽の境界線。
その境目を交互に歩みながら、廊下を進む。
トントントン。
河上の岩の上を渡るように、つま先で跳ねる。
そんなことをしている内に、いつの間にか廊下を渡り切っていることに気が付いた。顔を上げると、目の前は行き止まりの壁であった。ここから先は左右に分かれる、との標示が壁に埋め込まれている。
ん〜、と人差し指を口元に当て、思案。そして適当に選んだ右の廊下を選び、また歩き出す。自室へと戻って眠るのも良かったが、このまま何もしない一日を過ごすのは少し嫌だった。
「もう夜かぁ……」
実質的にはまだ夕方だが、廊下の暗さがそう思わせてくる。一人だと見える世界も違うから、自ずと言葉も出てこない。
静々と歩いていると、今度は大きな空間に出た。
細かった廊下から途端に打って変わった景色に、思わずポカンと口を開けて仰いでしまう。
中に進むと、空間はやはり広かった。
天井もかなり高く、上にはキャットウォークもある。梯子や上から伸びているチェーンのような物を見る限り、何かの作業場のような印象を受ける。
──カタン。
と。その時、人の気配と音がした。
反射的に顔を動かすと、そこには大きな積荷があった。しかし何か怪しい。あのダンボールの積み山は、丁度人が隠れられるほどの大きさだ。
ゆっくりと近づき、そーっと覗いてみる。──が、そこには何も無く、誰も居ず、ダンボールの影のみが存在していた。
(うーん……気のせい?)
怪訝な顔をし、頭を傾げる。
と、その時──再び人の気配を感じた。今度は真後ろだ。
バッと振り返ると、そこには飛びかかってくる女の子がいた。しかもそれはクラスメイトである、青髪の少女だった。
服の襟を掴まれ、そのまま押し込まれる。しかし足を一歩下げて踏み留まり、逆に少女を抱き締めて拘束した。
「び、ビックリしたぁ〜!」
ホッとしたのも束の間、
「……い、嫌!」
少女がジタバタと暴れ出した。
それに腕の中から解放してあげると、少女は暴れていた反動から勢いあまって床に尻もちをつき、小さな悲鳴を溢した。
「大丈夫?」
と。手を差し伸ばしたが、少女は何も反応しない。恥ずかしそうに耳を真っ赤にし、俯いている。
ポリポリと頬を掻き、唸った。困ったな……。
何かないかと探していると、ふとあるものが目に映る。それは天井から伸びるチェーンに吊るされた、何かの鎧のような外骨格だった。そういえば……この子、ずっと教室で何かの作業をしていよね?
辺りを見回しても、少女と自分以外は誰もいない。ということは、少女は自分が来るまでの間はずっと一人でここに居たということになる。なら、あの吊るされた鎧の外骨格は少女のものだろう。他の人があんな物を放置するとは考え難いし、仮にもここは学校だ。落ちたりして危険なものを、そのままにしておく訳もないだろう。
ちら、といまだ俯く少女を見る。そして再び視線を鎧の外骨格に戻し、トトトと足を動かした。
「──ねえ! これ、ISでしょ?」
指差し、聞いてみる。
すると途端に少女は顔を上げ、立ち上がってこちらに走ってきた。そしてそのまま鎧の外骨格──ISの前に立ち、それを隠すように両手を広げた。
「……そうだけど……な、なに?」
キュッと口元を引き締め、こちらを睨んでくる少女。
「お、怒ってるの……?」
堪らずうな垂れてしまう。
少女が見せるこの表情は明らかな敵対意識。子猫みたいなパッチリとした瞳をして愛らしいのに、敵意剥き出しである。クラスメイトなので仲良くしたいが、出鼻を挫かれた気がしてならない。
小さく苦笑し、どうしようかと悩んだ。
あまり大きな反応を示しても、彼女には逆効果にしかならない気がする。けれどこのまま引き下がる訳にもいかないし、なんとか仲良くなれる方法はないものか。
(一夏くんと違って女の子だし……あんまり変なことも出来ないよね……。優しく、"じぇんとるめん"にいかなきゃ……)
とりあえず──ニコッと。
「……っ!」
あ、これダメだ。ダメなやつだ。
キッと吊り上がった眉尻を見るに、彼女の敵意をさらに強めてしまったことを知る。ジェントルメン作戦失敗である。
──ならば。
「──……月が……綺麗ですね」
サッと前髪を掻き上げ、口元をニヒルな感じに。
そして腕を組んで月を見上げ、イケてるポーズをとる。
(決まった!)
ふふん、と得意げにしていると、少女がぽつり──
「…………あの、ここ……窓……無い、です」
と。的確なツッコミを入れ、周囲を凍てつかせた。
「…………シッテタ」
──いや、井伊月重吾だけを凍りつかせた。
◆◆
この人……なに……?
更識簪は直感した。この男は、何かおかしいと。
ジリ、と足を動かし、目を細める。
目の前にいるこの男──名は、何といったか?
(……そうだ……井伊月重吾……くん、だ)
眠たげな表情で自己紹介をしていた重吾の姿を思い出し、口元を引き締める。〈打鉄 弐式〉の建造作業をしていた時に現れた彼は、確かにそう言っていた。
少しだけ気を緩ませる。いくら人見知りだからといっても、この対応の仕方は大袈裟だったかもしれない。代表候補生になる時に受けた訓練での護身術が癖で出てしまったのも、少し考えようだ。
ゆっくりと手を下げ、彼を見つめる。
が、彼がニコリとした瞬間、何かされると思ってまた反射的に護身術の構えを取ってしまった。心の中で思わず(は、恥ずかしい……)と呟いてしまう。
(……うぅ……私ってば……ばか)
再びゆっくりと構えを解いて、井伊月重吾と向き合う。彼は少し困ったような表情で、こちらを見ていた。
小さく咳払いする。こほん、こほん。
こちらを見る井伊月重吾の瞳を、今度はちゃんと真正面から捉えた。彼は"織斑一夏"よりも少年らしい人懐こいルビ色の瞳をしていた。その奥には、似合わない微かな炎の灯火が伺えるような気がした。
空唾を飲み込み、口を開いた。
「……井伊月、くん……専用機、持ってる?」
ぎこちなく名前を呼ぶ。
背中にある〈打鉄 弐式〉をチラリと見、彼を見る。
「うん? ……あ、うん! あるっ! あるよ!」
妙に嬉しげな反応をする井伊月重吾に、少し圧倒される。
下唇を一度だけ舐めて、「じゃあ!」と言葉を続けた。
「…………専用機……見たい、な」
調子の良い発言だが、〈打鉄 弐式〉の開発を進める為には、どうしても参考材料となる物がいる。実物だと尚よしだ。
さっきまで険悪な態度をとっていたから、正直心苦しい。けれどどうしても必要なことだから、恥をしのんでの頼み事だ。
どうだろうか? 彼は、見せてくれるか?
何やらいそいそと衣服のポケットを漁る井伊月重吾。
それをジッと見つめ、指先同士をモジモジと。
「──あ! あったあった!」
言って、片手を掲げた彼。
何が何だか分からないこちらは、その挙げられた手をジッと見つめるしかない。
「ほらほら! 僕の専用機だよ!」
バッと今度は片手を差し出してくる。そして握り込んでいた待機状態の専用機であろうアクセサリーを見せてくる。
それに、思わずギョッとした。急に見せつけてきたことに対してでは無く、彼の自分の専用機に対しての無頓着さにだ。
彼はさっきまで、きっとこれを探していたに違いない。だから時間がかかったのだろう。……いや、そもそもなぜ探し出す必要があるのだ。待機状態の専用機なんてものは、常に肌身離さず所持しておくことが当たり前の筈。なのに彼はなぜ?──
(…………も、もしかして……)
ギョッとした次は、ゾッとした。
もしかすると彼は、もしかするかもしれないのだ。
「……ね、ねぇ、井伊月、くん」
「ん? ええ? なになにっ♪」
「……貴方のそれ……いつもどこにしまってるの?」
ごくり、と喉を鳴らす。
どうか違ってくれと、胸中で願う。
しかし悪い予感は消えてくれない。こんな時、こういうものに限ってよく当たってしまう。
「僕の専用機?」
「……そ、そう……君のその、専用機……」
「えー? 別にいつもポケットにしまってるよ?」
と。彼はあっけらかんとした表情で言った。
「……そっか……そうなんだ」
それになぜだか安心してしまい、ホッとする。
良かった。別に適当に放り投げている訳じゃなかったんだ。いつもポケットに入れているんなら、まだマシだ。探し出すのに時間がかかるのが少し気になるけど、ぞんざいに扱っていないんなら充分に許せる範囲だ。
胸を撫で下ろして、彼を見る。
彼は手のひらに置く待機状態の専用機──アクセサリーを服の袖でキュッキュッキュッと磨いている。
それに、今度こそ不安を拭った。彼が専用機を大切にする人間だと分かったから、少し微笑んだ。
──が、
「でもね、」
と。唐突に口を動かす井伊月重吾。
「僕、いっつも洗濯物と一緒に"これ"洗っちゃうんだ〜」
それを聞いた途端、自分こと更識簪はかつてない絶望を感じ、何とも言い難いパチモンのような口調で、
「…………オーマイガー……」
と。か細な声で呟いたのだった。
続く