──……むむむ、何か嫌な予感。
と。夜も更けた丑三つ時に目を覚ました。
頭の奥底をツンツンと突かれた感覚に、微睡みで落ちていた瞼を持ち上げ、私こと更識楯無は布団から脱する。
部屋を出ると、廊下は寒さと静けさで充満していた。
一度部屋の中に戻り、掛けてあった上着を両肩から羽織る。そして再び部屋を出て、冷気に満ちた廊下を歩き始めた。
──ひた、ひた、ひた。
静かに、ゆっくりと。
薬指の指輪を摩りながら、夜の廊下を進む。
窓から射し込むのは月の光。
ああ、今日は満月──綺麗な明かりね。
ふふふ、と微笑む。
暗がりで構築された廊下の先は、まるでこちらを誘うように、その暗黒を見せびらかしていた。
◆
やはり、誰も起きていない。
職員の部屋を覗いても、灯りが点いている部屋は皆無だった。まあこんな時間、いくら勤勉な人間でも、起きているような時間ではないので、別段に気にすることでもないが──。
ひゅー、と足元を通り過ぎた冷風に、少し震えた。
肩から羽織る上着に袖を通し、はぁと息を吐く。
(……寒い)
ペタペタと鳴るのは足音。
静かな空間に鳴るのは、それのみ。
瞳を動かして窓の外を見ると、何とも幻想的な光景が広がっていた。月明かりに照らされた花壇の花たち、そして揺れる木々の連なり──まるで夢の中での出来事のような、酷く酔ってしまいそうな世界の景色。
歩きながらもそれに目を奪われる。
久しぶりに心の奥が感動で揺れた気がして、頬が緩んだ。
「──…………満月、か」
ぽつり、と呟く。
かなり進んだ廊下の先に、今度は大きな扉が現れた。
◆
──むむむ? むむむ!? この気配は!
作業の手を止め、耳を傾ける。
一緒にいた更識簪も同様に、動きを止めていた。
「誰か来たね……」
互いに顔を合わせ、頷き合う。そしてて身近の工具や部品を手に持って、扉の横にそれぞれ背中をつけた。
ちらり、と簪が掴み取った武器を見ると、それは何とも無骨で雄々しいハンマーであった。
「……なに? 重吾」
「う、ううん! 何でもない、何でもない!」
仲良くなってわかったことだが、彼女は結構遠慮が無い性格だ。そう、ちょっぴりSっぽいのだ。
(……ふぅ)
少し深呼吸をして、ギュッと工具を握る。
少しづつ近付いてくる気配に、ペロリと下唇を舐める。
この扉の向こうにいるのが、警備員だとかを微塵も考えないのは、二人の悪い癖である思い込みの激しさからだった。
◆
ここは整備科の生徒達が主に使用している作業場か。
適当に歩いて辿り着いた場所がこことは、中々面白い。
白く曇った息を吐き出し、扉の取っ手に手を伸ばす。鉄で拵えられた取っ手は異常に冷たく、思わず一瞬だけ瞼をギュッと瞑ってしまった。
(……)
グッと力を込めて扉を押し込む。そして扉の間から差し込んだ光に目を丸くし、「ほぅ」と息を吐いた。どうやら誰かがいるようだ。
と。その時、両左右から人の気配を感じた。
向くと、そこには似合わない鈍器を構えた男女が、獲物を狙うような狡猾な瞳でこちらを見つめていた。
「「お、おばけぇぇえええ!!!」」
そして男女は叫び声を上げながらそれらを振りかぶり、
「……え?」
こちらに向かって振り下ろしてきた。
ガンッ──と。
何かを殴りつけたような鈍い音が響き、作業場の中を反響する。夜は、まだまだ長い──。
続く