君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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るにか


第三十一話 「残留」

「──まったくもう。危ないじゃない」

 

 そう言って更識楯無は、実妹である更識簪とその友人である井伊月重吾から奪い奪った工具を弄び、短息した。

 

「…………こめんなさい、お姉ちゃん」

「もうしません……絶対に……」

 

 深く深くこうべを垂れ、謝罪する。

 楯無本人も、何となくの事情を察知していたので、それほど二人は責めることは無かった。しかし向けてきた物が物なので、そこは生徒会長らしく威厳のある叱りつけをする。

 

「こんな遅くまで起きているなんて、関心しないなぁ」

 

 新たな痛いところを突かれ、思わず息を呑む。

 言い訳をするわけではないが、まさかこんな夜更けまで活動するとは思っていなかったのだ。ただ、あまりにも〈打鉄 弐式〉の建造作業に熱が入ってしまい、時間を忘れてしまっていたことは否定しない。

 手助けしたのは機材の運搬や、重量のある装甲の持ち運びばかりだったが、少しずつ完成に近付いていく感覚はやみつきものだった。黙々とプログラミングをする簪だって素敵だったし、これのおかげで少しの研究者気分を味わえた気がする。

 

「……うぅ」

 

 隣では、簪が申し訳なさそうに唸っている。

 

「ごめんね、簪……すぐに帰ればよかったよね」

 

 慰めになるかは分からないけれど、優しく同情した。

 考えれば、上手く収まる方法なんていくらでもあったのかもしれない。例えば、作業は明日に持ち越すだとか……とか。

 途端、喉奥がキュッと締まる。

 振り返って判明した誤ちが、頭の中で疼いた。

 

「……はぁ」

 

 短息した楯無が、工具を床に置く。

 その短い吐息の中に、呆れが含まれているのは明白だった。

 

「もうしないわね?」

 

 勿論である。

 僕は当然、簪も頭を下げた。

 頭上から楯無の鼻を鳴らす音が聞こえてくる。次に零される言葉は何かと、ドキドキとした。

 

「──じゃ、今回だけ、許してあげましょう」

 

 顔を上げる。

 すると楯無は呆れ顔ではあるものの、小さな笑みを浮かべており、どこか困ったような表情で自分達を見ていた。

 それに簪と互いに目を合わせ、心配させてしまっていたことを改めて自覚する。そして今度はこんなことが無いように、戒めの意味を込めて「ごめんなさい」と、最後にもう一度頭を下げた。

 

「うん。いいよ、おねーさん許す♪」

 

 優しく笑う楯無。

 彼女の屈託無い笑顔に、胸の辺りが温かくなる。

 

「…………でも、おねーちゃん」

「うん?」

「…………よく……ここが分かったね」

 

 簪は何が言いたいのだろう。

 別にここが分かったとか、分かっていないとか、そんなことどーでもいいじゃないか。うん。些細なことだよ。

 不意に簪と視線があった為、意思を込めた怪訝さを出す。

 すると彼女は何やら口元を歪ませた。……なんだろ?

 

(変な簪……)

 

 彼女は意図は最後まで分からなかった。その名残り惜しそうな顔が変わるまで、一切。

 ……なんだろ? 苦しいや。

 心臓を鷲掴みにされたような錯覚と圧迫感。

 井戸の底を覗き込むような俯瞰の感覚。

 視線を下げる。

 ──足元は、硬いコンクリートで「在る」。

 今度は簪を見て、さらに違和感が強まった。それは痛みと呼ぶには少し強烈な、激しく胸の内側を打ち鳴らすものだった。

 

「……!? 重吾っ!!」

 

 あまりの痛烈に膝をついてしまった自分に、簪が即座に駆け寄る。遅れて楯無も、傍に近付いて顔を覗き込んでくる。

 ──痛い! 痛い、痛いよぉ……っ!

 不明な痛みは不協和音を響かせる。

 激しく、酷く、身体の内を駆け巡る。

 痛みの根源は胸だった。

 しかし、その箇所を押さえたところで、原因であるものは消えてはくれない。嘲笑うかのように、自己の主張をどんどんと増していく。

 

「っ! う、うぅ……!」

 

 ドクンドクンと脈打つのは、心臓? 心臓?

 痛い、痛い痛い痛い────!

 息が枯れてしまう。

 喉が張り付く。

 指先の感覚は痺れ、代わりにやってきたのは恐怖。

 嫌だ。

 動き回る眼球が捉えるものは、無機質な床。

 灰色に染められた傷付いた床。

 着いた指先から伝わるものは──冷たい感触だった。

 

「────」

 

 何がしたいのか。

 僕は、頭を抱えて倒れ込んだ。

 遠く? いや、近く? 簪と楯無の声が聞こえる。

 叫び声に似たような、悲鳴に似たような、どっちつかずの声。女の人の悲鳴はなんでこんなに──苦しくなるの?

 

「うぅ……っ。あ……! 痛いよぉ……!!」

 

 誰だ。頭の中で叫ぶ奴は。出て行けよ。出て行け!

 

「……おねえちゃんっ。これ、おかしいよ……!」

 

 簪の声? それとも楯無?

 既に二人の声は区別出来ない。

 それ程までに、意識の位置が遠くなっている。

 

「井伊月くん! 大丈夫! 私は、ここにいるから!」

 

 絵本、ルービックキューブ、お風呂、マリア。

 ──ぐちゃぐちゃぐちゃ。

 遊ぶのはスコップで? 赤いスコップで?

 ウサギさんは大好き。だって可愛いんだもん。

 

 ────じゃあ、ウサギになりなさい。

 

 殺した。殺した。

 ううん──殺されたんだろう?

 

 誰にだよ?

 ──お前にだよ。

 誰がさ。

 ──みんながさ。

 なんで?

 ──さあね……。

 はぐらかすなよ。

 ──……後悔しないかい?

 言えってば。

 ──……そ。じゃ、言うよ。

 うん。言って……言って。

 ──だってお前、

 

『誰にも愛されてないじゃないか』

 

 頭の中で響く会話。

 僕はそれに耳を傾けず、必死に歯を食い縛る。

 腕の辺りを触る楯無の手、そして簪の手。

 もうどちらがどちらの腕を触っているかなんて判らない。けれどそれが自分にとっての命綱になっているのは確かだった。

 

(僕の中から出て行ってッ。どっかいってよぉ!)

 

 ギュッと目を瞑る。

 耳を押さえる。

 

「落ち着いて……ね? 大丈夫だから」

 

 今度は聞こえる。楯無の声だ。

 

「……寒いの? 今、毛布持ってくるからね」

 

 遠ざかる足音、そして戻ってくる足音。

 すると、不意な暖かさと、柔らかさを感じた。きっと簪が毛布を掛けてくれたのだろう。

 

「…………あり……がと……。えへへ……」

 

 精一杯の笑顔。

 それがどうか、二人を安心させるものでありますように。

 

 迫り上がってきた違和感に咳き込んだ。

 堪らないけれど、今の僕には二人がいるから頑張れる。

 頭を撫でてもらいながら、必死に胸の中の「邪悪」と戦った。正体不明の原因と接戦を交わした。

 

「……っ」

 

 つんざいた一瞬の、鋭い痛み──。

 それに反射的に楯無の手を強く握ってしまい、彼女の曇った声を聞いてしまう。まずい。けれど、体が強張って言うことを聞いてくれない。

 溶接された鉄のように凝固した五指。

 その一本一本が楯無の手を握り、圧迫する。

 僕はすぐに解こうと思った。けれどそれはあまりにも力強くて固いものであり、到底敵うものじゃなかった。

 無理に力んでも手が震えるだけで、楯無の手の解放までには至らない。それどころか、逆に彼女の手を締め付けてるような気がしてならない。

 

「────大丈夫だから……ね?」

 

 だが、彼女は痛みに堪えながら、なんと手を握り返す。小さなその手を力一杯に強めて、優しく微笑む。

 僕はそれに泣きそうになる。

 だって彼女は弱いんだもの。守ってあげなきゃいけない、大切な人なんだもの。こんな風に痛みを感じるべきじゃない人──僕が守らなきゃいけない、唯一の「救い」なんだ。だから、守ってあげなきゃいけないんだ。

 

 ──へえ。愛されてないのに?

 

 再び聞こえた声。

 鳴りを潜めていた筈の、忘れていた声。

 胸の内側がまた騒ぎ出す。

 楽曲を組み、ステージを立て、演奏を始める。

 

「ぃ痛い! あ、頭が……痛いよぉ……っ!」

 

 無意識に頭を抱えた。

 爪を立てて搔き毟る。

 空間の中に響くのは己の叫び声。獣に違わない叫び声。壁や、物を伝播して、人の中に入り込む。

 

 活発化して出現した痛みはあまりにも激しく、そして今まで堪えてきたものが崩れる程の痛烈であった。安心し切っていた隙を突いてきたものだから、余計に衝撃も強い。

 内臓がおかしくなりそうだ。

 こんなに痛いのは初めて──うん、初めて。

 あ、でも……いつだったかな? 一度だけ、これに勝る痛みと苦痛を味わったことがあったっけ?……でも、いつの時だろ? その耐え難い苦しみを経験したのは、一体僕が何歳の時だ?

 

 ──というよりも、僕は"何歳"なんだ?

 

「──…………あれ? 僕、寝てた?」

 

 いつの間にか寝転がっていたらしく、視界の位置が低くなっていた。床の冷たさで目が覚めたのかな。幾分かの記憶が無いから、寝ていたのかもしれない。

 辺りを見渡すと、場所は変わらず整備室だった。しかし変わるものもある。共に居た簪とは別に、新たな人間が加わっていたのだ。それは青髪に赤目の、悪戯な笑みがよく似合う、更識楯無その人だった。

 勢い良く立ち上がり、僕は喜びに震えた。だって彼女が目の前にいるのだ。これが喜ばすにいられようものか。

 ……けれど、何でかそれを体で表していけない気がした。雰囲気というか何というか、この空間に漂うの空気が澱んで感じる所為だろうか、不思議と。

 様子を伺うように視線をゆっくりと動かす。

 簪の様子は仰天と不安が入り混じったような感じで、楯無の方は──"ごちゃ混ぜ"だ。

 

「……どうしたの?」

 

 あまりにも静かだから、声が染み渡る。洞窟の奥底の地底湖が雫を受け止めるように、発した声が空間の中に溶けていく。

 胸の内が静かになっていくのが解った。

 きっと──寂しいのだ。

 誰も笑わない。誰も喋らない。そんな世界に取り残されたような気分になったから、意味もなく哀しくなってしまったのだ。

 

「────」

 

 きっと、寂しくなったのは自分だけ。

 他の誰もは、こんなんじゃない。

 楯無も、簪も、然りと当たり前に呼吸をしている。

 それがあまりにも冷たくて、まるで氷の世界にいると錯覚してしまいそうになった。息が凍えてしまいそうだ。

 

「……ごめんなさい。私、帰るわ」

 

 唐突でもないタイミング。

 楯無は、肩に羽織る上着を内側から抑えて、瞬く間に整備室を出て行った。簪も後に続くように、少し立ち止まってから、廊下の向こうへ姿を消す。

 遠ざかっていく靴底の音が、静けさを掻き立てた。

 あまり心地の良くない演出に、僕は自ずと黙り込む。

 

 吐き出した吐息が、顔の前で残留した。

 掻き消すように顔を振ってから、足を動かす。

 隅にある鉄の窪みに腰を預け、天を仰いだ。

 チカチカと点滅する電灯が、何か不気味に見えた。

 

「…………変な二人……」

 

 鼻を擦る。

 寒い所為か、鼻水が垂れてきた。

 ……そろそろ、帰ろうかな。僕も。

 

 反動をつけて立ち上がり、出口に向かう。

 と。そこでふと、振り返り、自分と同じく取り残されてしまった〈打鉄 弐式〉を見遣った。辺りには使ったままの、工具や部品が散乱している。

 足を運んで近付き、足元の工具を拾い上げた。

 そしてそれをしばらく眺めて、元にあった場所に掛ける。それを全ての工具に対して行う。

 ──カタン……。

 使用した工具を全て片付け終え、今度は〈打鉄 弐式〉の前に立った。まだ「彼女」はプログラミングケーブルに胴体が繋がれたままで、その接続作業の中にいる。

 そっと手を動かし、繋がれたケーブルを引き抜く。

 ひとつひとつ丁寧に、優しく解除していく。

 

「……ふぅ」

 

 回収したケーブルを、絡まないようにしえ重ねて床に置き、〈打鉄 弐式〉に手を触れた。

 冷んやりとした鉄の冷たさに、少し声が溢れる。

 ぽっかりと空いた〈打鉄 弐式〉の中心には、まだ取り込まれる部品が存在していない。仮組も仮組の、まだ赤子のような状態である。

 

(…………)

 

 辺りを見渡し、誰もいないことを確認した。

 今からすることは、ちょっと悪いことだから、誰にも見られる訳にはいかない。手早く済ませてしまおう。

 そうして僕は、急くように意識を集中させる。

 片手でポケットから〈黒兎〉を持ち出して、空間のある〈打鉄 弐式〉の中央部の上に掲げる。

 ────トーン。

 ピアノの鍵盤を押し込んだような音が鳴った。音源は待機状態の〈黒兎〉からである。澄み渡る奏の演奏だ。

 僕は意識を集中させたまま、手の甲に〈黒兎〉を限定展開させた。手首から先を黒い甲冑が覆い尽くす。一度だけ手を握り締めて、息を吸い込んだ。

 

「────」

 

 こい──。

 胸中で呟き、パスロットの鍵を外す。

 そして中から「とある物質」を出現させ、それを〈打鉄 弐式〉の空白の中に嵌め込んだ。本来ならば別のものが嵌る予定の箇所だったが、簪へのプレゼントである。他人の専用機に勝手な手加えは禁則事項だが、どうしてもこれを託しておきたいと思った。

 

「守ってあげるんだよ?」

 

 鎌首をもたげたような〈打鉄 弐式〉。

 それに少しだけ微笑み、頷く。

 雄々しい鉄の中に宿る意思。

 それは文字通りの鋼の如く、持ち主である簪を守ってくれるに違いない──そう、僕は思った。

 

 パチン、と。最後に明かりを消し、出ていく。

 

 暗闇の中でひっそりと佇む〈打鉄 弐式〉に見送られながら、僕は廊下を進み、サヨナラと振り返らずに手を振った。

 

 ──────────────────────────

 

 暗い、暗い──闇の中。

 まるで幻想のような"少女"が、外界へと現れた。

 りん──と鈴の音が鳴る。

 顔を持ち上げた少女は、後ろにある〈打鉄 弐式〉に振り返り、ぽっかりと穴の空いた中央部を覗き込んだ。厳密には、その中央部に組み込まれた「異物」を見つめた。

 暗闇の中でも宝石のように輝く純白の頭髪。少女は、豪華絢爛と表現するには少し不釣り合いな、髪の毛と同じ白い色で縫われたドレスを着用していた。装飾も、何の彩りも施されていないそれは、頭髪の動きと連動するように優雅に揺れた。

 

「…………あの人……」

 

 足元を照らす白髪の輝き。

 静かに青年が去って行った暗闇を見遣った。

 

 少女には分からなかった。彼が、私を「彼女」と区別した理由が、全く理解出来なかった。

 口には出していない。けれど心で解る。

 私達とはそういう存在だ。言葉を交わさずとも、私達を遣う者達を知ることが出来る。いや、出来てしまうと言った方が正しいかもしれない。

 この際、これは絆と表現するのか──。

 ──操縦者と従者。

 ──ヒトとケモノ。

 単純に考え、並べてしまえばこうだろう。

 私達には到底辿り着けない「本物」の感情。人間が引き起こす誤作動、そして「愛」と呼べる絶対の領域。偽物では果たせない真なるモノを、私を含めた"私達"は知りたい。

 ……だが、偶にあんな風に私に介入する行動を取る者が、今まで積み上げてきたものを再びゼロに戻すのだ。この仮初めの身体の中に、熱と表現される何かを残すだけ残して解らなくする。

 

 もう一度、〈打鉄 弐式〉の「身体」を覗き込む。

 嵌め込まれた異物──熱を持ったソレをジッと見る。

 

「────これは……"愛"なの?」

 

 そして少女は〈打鉄 弐式〉に身を寄せた。空いた空間の中に溶け込むように、その四肢を胎児のように丸めて収めた。

 

 ──少女は眠る。永遠ではない眠りに。

 

 居処である〈打鉄 弐式〉の中はもう冷たくはなかった。鉄の冷たさを覆い隠す温かさがあったから、とても心地が良い。

 少女は細く微笑む。

 華奢な身体を動作させ、手を胸に当てる。

 

「うん。……じゃあ、彼女は護るよ。大切だもの」

 

 消えていく少女。

 希薄に、稀薄に──。

 まるで初めから存在しないモノのように、その確立を曖昧にして空間の中に溶け込んでいく。

 それは幻想的だった。

 人が神話と奉るモノのように酷く不確かで、現実と想像の間を行き来しているかのような、そんな麻酔だった。

 

 ……いや、少女は元から人間では無い。

 幻想的とも、曖昧であるとも称せない、人外のモノ。

 ──だからこそ、心が読める。

 ──だからこそ、心を求める。

 ──だからこそ、その内に宿った「人の残留」に、何物にも変えられない喜びと安心感を得ることが出来る。

 

「じゃあ──またね、ジュウゴ」

 

 その呟きと同時に、少女の姿は無くなった。

 〈打鉄 弐式〉だけを残して、空間に消えた。

 ──だが、微かに残る少女の燐光。

 それだけはまだ、仄かに光を発していた。




続く
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