IS学園の管制塔では、既に被害が及んでいた。
統率された「敵」と思わしき影に、情報を伝播させるその塔は取り囲まれ、蹂躙されてている。
学園に元々の備え付けられている防衛システムも虚しく、ただ花火の戦火を上げるだけで、決定的な打撃にはなり得ていなかった。
「全生徒は地下区画に避難してください! 繰り返します。生徒達は地下区画へ避難してください!」
そんな中、未だ管制塔に籠る山田麻耶は、撃ち込まれる兵器の振動を懸命に堪えながら、生徒への避難を呼び掛けていた。
自分よりも生徒──それが彼女の信念だった。
一際激しい揺れに、ついに体勢が崩れる。
小さな悲鳴と共に腰を打った麻耶は、顔を顰めて、出口に視線を向かわせた。
早く避難しなきゃ……!
生徒への避難の呼び掛けもそうだが、自分にはその避難を誘導する義務もある。不幸だが、入学から一日目の朝に、まさかこんな目に遭うとは誰も考えなかっただろう。きっと敵は、それを狙って襲撃を決行したのかもしれない。
揺れる管制塔内に微かな恐怖を抱きつつ、速やかに廊下へと出る。そして出てすぐの場所にあるエレベーターへ近付き、ボタンを押して到着を待った。
「きゃあ……っ!」
より激しい振動。
壁に頭をぶつけてしまい、掛けていた眼鏡を落としてしまう。
すぐさま拾おうと腰を屈めるも、視界の悪い中では中々眼鏡を発見出来ず、揺れからくる不安もあって、胸の内が焦燥感で埋め尽くされてどんどん焦る。そして重なるようにエレベーターも到着し、麻耶は仕方なく諦めを決めた。
中に入って後下ボタンを押し、一拍置いて扉が閉まる。その閉まる間際に覗いていた外の状況は、天井の壁が崩れ落ちるというものだった。あと少し決断が遅ければ、こっちも巻き込まれていたかもしれない。
麻耶は胸を撫で下ろし、ホッと息を吐いた。そしてゴウン、とエレベーターの到着音が鳴った瞬間、左右に開いた扉を飛び出し、麻耶はとにかく走った。
(皆さんはどこに……)
彼女には珍しい鬼気迫った表情だった。
穏やかな面持ちなどは今は無く、そこには生徒達への不安と心配を募らせる指導者としての顔がある。
元より、麻耶には指導者としての素質があった。
この道を進めた織斑千冬は、彼女を珍しいタイプの人間だと言っている。優しくも厳しく、そして才覚を持って物事を判断出来る稀有な人間だと評価していた。
現に、山田麻耶はその才能があったせいか、それとも本来持ち合わせていた努力への誇りによる賜物か、日本の代表候補生という名誉を手に入れている。
しかしそれを捨て、指導者としての道を選んだのは、織斑千冬の言う「才覚」が影響した結果だった。簡単に言ってしまえば彼女のその優しさが、他者への力になりたいと思わせ、人と触れ合う人生を歩ませたのである。
だからこそ、彼女はこんなにも必死だった。
まだ絆も深め合っていない生徒の為に命を賭けられる程、彼女は人格者として素晴らしかった。
◆
地から伝わる振動に意識が変わった。
今より私は、生徒では無く軍人だ──。
騒ぐサイレンは慣れたものだった。日常的なこの音はラウラ・ボーデヴィッヒにとって鼻歌であり、スイッチを切り替える為に利用する合図だった。
鼻の奥に香ってきた砂塵に、ラウラは眼を細める。
太股に装着している専用機──〈シュヴルツェア・レーゲン〉の通信講座機能を介して、クラスメイトであるシャルロット・デュノアとの連携を図った。
「──……通信が妨害されているな」
耳に伝わるノイズに顔を顰める。
どうやらこの事態はかなりの大事らしい。
知識がある敵ほど恐ろしいモノは無い。それは戦力的にも精神的にも勝る要因を有しているからだ。言わば統率の取れた狼である。確実に獲物を追い詰め、最後には刈り取る。だからこそ知識がある敵、知恵のある敵は侮れない。
ラウラは一度息を吐いた。少しだけ困惑する思考を落ち着かせる。それだけで周りが見えてくる。
経験上、始めに襲われるのは見晴らしの良い場所。もっと正確に言えば全域に指示を出せる、司令室のような場所だ。この学園にとっての司令室は……そうだな──
「……管制塔か」
ならば、行動である。
ラウラは身軽にその場を駆けた。
タッタッタ、と廊下を走る。
時折足裏から伝わる揺れに、被害がかなりのものだと推測できた。もし本当に管制塔が襲われているなら、半壊程まで追い込まれているかもしれない。
駆けることが煩わしいと感じ、ラウラは仕方なく専用機を展開させた。学園での勝手なISの使用は禁則なのだが、この際は不可効力というやつである。
バッバッ、と不規則にバーニアを点滅させ、調子の良さを確認した。音の大きさや反応速度からして、何処にも不備は無いように感じる。
頷き、ラウラは向こうの大扉に眼を向けた。ショートカットをするならあそこからである。
一気に加速を強め、大扉を抜けた。そして空へ飛翔しハイパーセンサーを働かせ、敵機の反応を索敵する。
(……おかしな反応だな? 確かに不明機の反応が幾つかあるが……生体反応がひとつも無い)
普通ならば、敵機の反応と共に人間の反応も示される筈のセンサー。しかしそれが無いというのは、一体どういう現象か。
と。思考していたその時、学園内のとある一箇所から爆炎が立ち昇った。
反射的に顔を向けたラウラは、すぐさまその場所へと飛んだ。火炎の大きさや、その爆発音からして、戦いが起きている。これは予想以上かもしれない。
今度はその場所にハイパーセンサーの濃度を濃くさせると、捉えたのは二機の熱源反応。だが、その片方は先ほどと同じで生物の反応を有していない。……どういうことだ?
顔を顰めていても仕方が無い。
ラウラは爆発の発生する近くまで寄り、ハイパーセンサーが示した熱源反応の存在を探した。
「…………いたっ!」
片側の瞳が捉えたのは鎧を纏った少女と、昆虫の様な外見のロボット。そのどちらも雄々しい声を上げ、辺りに爆発をもたらしている。
ラウラは思わず呆れた。
何故ならその片方の少女が、とても自分の見知った少女だったからだ。しかも彼女が持つ悪い癖をとことん発揮させてしまっている。これは面倒だ。
「逝っちゃいなよォ! ホラホラホラァ!!」
その少女は、金の髪をなびかせ、敵と対峙する。
敵は少女の迫力に気圧されるように、ただ引き下がるばかりの様子だ。
「全く……」
呆れた息を吐き、ラウラは機体を傾かせた。そして〈シュヴルツェア・レーゲン〉の肩部装甲に、主力武器である大型レールガンを粒子構築して呼び出し、それから垂れ下がるケーブルを背面のエネルギー補給口に接続した。
漆黒の砲身がスライドし、中から白塗りの口径が伸びる。大型レールガンはその暗がりの穴に仄かな光を収集し、そして巨大なエネルギーへと変化させる。
〈シュヴルツェア・レーゲン〉のエネルギーを糧とし、大型レールガンが放つ砲弾は絶大だ。三ツ星である。
ラウラは眼を細め、もう片側の瞳を隠す眼帯に手を触れた。そしてそれを固定する留め具に指先を絡め、少し躊躇ってから眼帯を静かに外す。
「────」
風が吹き、ラウラの銀髪が微かに揺れた。
顔に当たった風に思わず顰み、そしてゆっくりと両眼を開けたラウラの片眼は、黄金の瞳を宿していた──。
「黄金の瞳」──単純だが開発者の男はそう呼称していた。人の限界を超える宝物だと、男は歪んだ笑みを浮かべていた。
だが、残念ながらこの瞳は完成型ではない。欠陥品である。なのでその正式名称でこの瞳を表してよいものか、私には判らない。……が、この瞳に助けられてきたのは事実だ。皮肉なものだが、この「黄金の瞳」は私を助けてくれている。私を殺そうとしたこの眼は、私にとっての命綱であり、もはやもうひとつの心臓なのだ。
片側に宿るその瞳でスコープを覗き込み、標準を合わせる。既に大型レールガンの充填は完了しており、後は担い手である己がトリガー引き絞るだけだ。
(狙うは敵では無く、威嚇となる場所……。被害を出してしまう戦いは、ここで切り上げてもらう!)
狙っていたタイミングで敵と少女が飛び出す。
それにラウラはトリガーを押し込み、最大まで蓄積されたエネルギーの砲弾を撃ち放った。
「きゃああああ!!?」
敵だけを視界に捉えていた少女が、唐突な砲弾の飛来に悲鳴を上げて空に逃げる。その反応速度はまるでコミカルな映画に出てくるキャラクターのようで、驚きで飛び上がった際に2メートルは飛んだように見えた。
大型レールガンをパスロットに収めたラウラは、辺りはキョロキョロと見渡す少女に向かい、
「馬鹿者がァ! シャルロット・デュノアーッ!!」
織斑千冬直伝の怒号を頭上から浴びせた。
続く