君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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かのて


第三十五話 「弱いことを言い訳にしたくない」

 次第と激しさを増してきた振動に、心臓の鼓動は増すばかり。激しい波に耐えるのは得意なこの身だが、年相応な更識簪にとっては耐え難い苦痛と苦難である。もはや踏み留まっていられない程の精神的疲労が蓄積されていた。

 

「ま、また揺れが……きゃっ⁉︎」

 

 より激しい大地の揺れ──。

 それに態勢を崩し、壁に激突する。その際に肩をぶつけてしまい、鈍い痛みが関節を殴打した。簪はあまりの痛みに顔を苦渋に歪め、篭った息を吐き出した。

 ──立ち止まっちゃ駄目……っ!

 独りごちて気合を入れた簪。

 壁に体を押し付けながらゆっくりと立ち上がり、ぶつけた肩を片手で押さえながら歩を再開する。そして何とか目的地であった整備室の前までたどり着き、ホッと息を吐いた。

 簪がここに辿り着くまでの間、不思議と揺れが弱まっていた。もしかすると空の神様が、懸命に頑張る少女に少しだけ手を差し伸べたのかもしれない。

 

 空唾を飲み込み、簪は整備室の扉を開く。昨日の今日なので中には誰もいない。もぬけの空。空っぽである。

 静かに歩を進め、簪は放置していた〈打鉄 弐式〉の前に立った。相変わらず〈打鉄 弐式〉は未完成の欠陥を露わにしたまま存在していた。

 

「ブースターは使えるんだから……敵を引き付けることくらいは出来る。……私が、みんなを守らなきゃ」

 

 姉の楯無、そして親友である本音の姿を思い出す。

 たとえ弱くても、それが戦えない原因にしたくない。更識簪は臆病だ。だが、戦える臆病であることを忘れるな。

 

 接続していたケーブルを外し、簪はコンソールパネルでの仮設定を始めた。〈打鉄 弐式〉にはまだ不完全なプログラムしか組み込まれていない為、一時的だが、この機械を本物に近付けなければ動かすこともままならない。

 痛む方の手も使い、簪は必死に作業を進める。

 昨日の夜に井伊月重吾が持ってきてくれたデータや、彼の専用機にバックアップとして存在していた起動プログラムを借り、〈打鉄 弐式〉を幾らか本物へと昇華させていく作業だが、作業だけなら簪の得意分野だった。

 

(あと少し……!)

 

 そう安堵した時、揺れが再び激しさを増した。

 緩み切っていた注意を突かれた簪は、何が起こったのかも分からないまま、まるで弾かれたように床に体を叩き付けられる。小さな悲鳴が、意識せず口から零れ落ちた。

 

「い、たい……頭が……っ」

 

 何か生温かい感触に簪は顔を歪める。

 ゆっくりと指先を頭に触れさせ、そして見ると、そこには赤色の血が塗られていた。生温かい血が存在していた。

 低く唸った簪は、それに驚くことはしなかった。それよりもあれだけの勢いで頭をぶつけ、まだ意識があるのが幸運だと静かに喜んだ。

 ──まだ、やれる……!

 幸い体はまだ動く。

 意識も鮮明だ。

 頭の痛みだけが少し気になるが、こんな痛みなど、「十年の痛み」に比べれば鼻で笑ってしまえるものである。

 

 不自然な呼吸をしながら、ひたすらに作業を続ける。

 頭から血が流れ出ている所為か、いつもより思考が澄み渡っている気がした。面白い現象である。

 

「────」

 

 鼻先を伝った血を拭いながら、簪はあることを疑問に思った。それは代表候補生であり、人よりISに触れる機会が多い簪だからこそ判ったことだった。

 本来、専用機というものは他のモノを寄せ付けない性質を持っている。しかしそれは好き嫌いという趣好の意味では無く、備え付けたモノ以外を拒否するという意味だ。

 初めから設定を組まれ、そこから完成へと導かれていくISは、言ってしまえば「空っぽの完成品」なのだ。必要な中身を詰めてしまえば動かせるが、それをしなければただのガラクタ。たとえ統一された作品だとしても、価値というものが外側だけにしか存在しないのである。

 なのに、簪の専用機である〈打鉄 弐式〉はそれを否定するかのように、設定を組まれていない筈の〈黒兎〉のバックアップデータを素直に受け入れていた。たとえ相性が合ったとしても、完全に馴染む訳ではないデータを我が物としていた。しかもその純度は高く、まるで初めから同一のモノだったかのように、〈打鉄 弐式〉と〈黒兎〉が混じり合っている。

 

(おかしい…昨日はこんなこと無かったのに……)

 

 昨夜とは違う反応に疑問だけが濃くなる。

 だが、今の状況では、それが幸いだと言うしかない。

 満ちる疑問を振り払い、簪は作業に意識を集中させた。〈黒兎〉との相性が合致したおかげもあり、〈打鉄 弐式〉の仮設定は急速に進んでいく。

 

 と。再び激しい揺れが地面を襲った。

 しかし今度は踏み留まることができ、簪は胸を撫で下ろす。が、何かの気配を感じ、見なくてもいいのに後ろへ振り返ってしまう。そして見てしまう。背後に立っていた、恐ろしい怪物と目を合わせてしまう──。

 それは人型だが、昆虫の様だった。巨大な体に、鈍い光沢を放つ全身。顔と思わしき場所にはカメラのレンズのような瞳がポツンと存在し、獲物を見つめる獣のようにこちらを見据えている。

 一体何処から現れたのか、何時からいたのか。

 何がなんだか判らず、一瞬の空白が世界を支配した後、途端に強い恐怖が簪の背中を撫で上げた。

 簪は息をすることも忘れ、ズルズルと崩ちる。見たことのない異形な存在に目を離すことが出来ず、震えで体が縮こまる。

 

「い、いやぁ……やぁ……っ!」

 

 悲鳴に呼応するかのように、化物の瞳が赤く点滅する。そして機械的な駆動音を関節の節々から上げ、ゆっくりとこちらに歩んでくる。

 あまりに恐ろしく、異様な光景。まるで映画でしか見たことの無い化物がそこにいる。それがとても恐ろしい。

 しかしそれをさらに酷くさせるかのように、もっと不可解な現象が簪の目の前で起こった。

 それは、本来ならばひとりでに動く筈の無い〈打鉄 弐式〉が、意思を手に入れたように動き出すというもの。設定もなにも終わっていない愛機が、身の毛もよだつ怪物に雄々しく襲いかかるというあり得ないもの。まるで簪を守るかのように〈打鉄 弐式〉が立ち向かい、立ちはだかるという──夢のような光景だった。

 

「うち……がね……?」

 

 簪を見た。その背中を。

 コードが繋がれ、不完全な愛機の背中を。

 まだ幼い〈打鉄 弐式〉の背中に宿る少女を、見た。

 

 ────逃げ、て。

 

 理解せずとも判る、その声の正体。

 少女はきっと〈打鉄 弐式〉の心だと、簪は悟った。

 

「い、いやあぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

 そして〈打鉄 弐式〉は壊される。

 怪物の手により壊された。

 主を護る為に立ち向かった少女はその体を散らし、破片となって床に落ちた。バラバラとなって崩れ落ちて、主の前に瓦解した全身を曝け出した。

 

 ──そして怪物は、今度は少女を獲物にした。

 

 差し向けられる眼光に顔を上げ、怪物と対峙する。

 瞳から溢れる涙に視界を滲ませながら、簪は次に殺されるのは自分だと理解し、引き攣った声を上げながら逃げるように後ずさった。体に力が入らない。

 

(逃げ、なきゃ……逃げなきゃ……っ)

 

 けれど、どこに──?

 定まらぬ思考をしている内に、怪物は目の前にまで近寄ってきていた。焦るように後退するも虚しく、その巨大な手のひらで体を掴まれ、握り潰されるように圧迫される。

 掠れた吐息が溢れ、簪は顔を歪めた。

 強い力で持ち上げられ、そして締め付けられる力には何の抵抗も出来ず、なすがままに暴力で苦しめられる。

 ミシミシと音を立てる我が身の肉体に目の前がチカチカとし、何度もフラッシュをたかれるかのように、景色が代わる代わる暗転して眩む。

 助けを呼ぶことも、逃げ出すことも出来ない。

 ──私は、ここで終わってしまうのか?

 そんな考えが頭の中に浮かび、簪は願った。

 

 ヒーローが助けにきてくれることを、強く──。

 

「────あ」

 

 バキリ。

 何かが砕ける音が聞こえ、声が漏れた。

 簪は弛緩していく肉体に項垂れ、意識を失った。

 か細く、貧弱で脆い少女の肉体は宙を舞い、〈打鉄 弐式〉と同じように冷たい床へ投げ出される。

 

 そして気絶した少女を覗き込む怪物は、

 

『クロ──ウサ────ギ──』

 

 音も無く現れたもう一人の「怪物」に──殺された。

 

「…………」




続く
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