君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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どんどん


第四話 「その目はとっても悲しくて」

 ーー口笛ーー

 

 ぺらりーーーぺらりーーーと。

 ふかふかのベッドに寝転がり、足をパタパタとさせながら、井伊月重吾は学園から借りた本を読みふけっていた。

 

「ふん……ふふ〜ん♪」

 

 口癖の鼻歌を鳴らしながら読む本の内容は、正義のヒーローがお姫様を助けに行くという単純な物語。悪者を倒し、最後にはハッピーエンドーーー分かりきった物語の本だった。

 ぺらりーーーぺらり。

 最後の一ページをめくり、そして物語は終わった。

 息を吐いた重吾は、静かに瞼を閉じる。

 

「面白かっ……た!」

 

 本を勢いよく閉じ、起き上がる。

 机に本を置いて、そして冷蔵庫に向かった。

 頭にまだ残っている物語の楽しさに鼻歌を歌いつつ、冷蔵庫の中からジュースを取り出す。パタン、と扉を閉めて、ジュースを一気に口に流し込む。

 満たされた感覚に息を吐いた重吾は、ジュースを再び冷蔵庫にしまい、そしてベッドに飛び乗った。反動でトランポリンのようにベッドから体が浮く感覚が、堪らなく面白い。

 

 そう、面白い。

 世界ってーーーこんなにも楽しいんだ。

 

 ふふん、と鳴らす鼻歌。

 ゴロゴロとベッドの上を転がりながら、井伊月重吾は世界の楽しさを謳歌する。ずっと硝子の中に住んでいたから、全てが楽しくて仕方がなかった。

 お母さんも酷いなぁ、こんな楽しいことを秘密にしておくなんてさ!

 けれど、それすらがどうでもいいと思えるほどに、重吾は世界を楽しんでいた。

 

 とんとんーーーあ、誰か来たみたい。

 

 扉を叩いた来客に、

 

「どーぞ!」

 

 と元気に言う。

 すると一拍置いてから扉が開き、部屋の中にとても綺麗な女性が入ってきた。そして入ってきた人物を見て、重吾は焦ったように立ち上がった。

 

「こんにちは! 織斑先生っ」

 

 ぺこり、とお辞儀をする。

 部屋に来たのは"織斑千冬"ーーー先生。

 先生は敬うものだと、お母さんに教えられているのだ。

 

「どうだ? ……部屋は気に入ったか? 井伊月」

 

 どこか元気のない様子で、織斑先生は聞いてくる。

 

「元気ないです?」

 

 心配になり、重吾は顔を覗き込んだ。すると、

 

「気にするな」

 

 織斑先生は逃げるように、僕から目を逸らした。

 僕は少しだけ、悲しくなった。

 

「……あ、部屋は……部屋は凄いですね!」

 

 思い出した。悲しい人には笑顔を見せるんだ。前にお母さんが教えてくれたんだ!

 重吾はできる限りの笑顔で両手を広げ、そしていかにもこの部屋が気に入ったかのように振る舞った。

 その姿は、誰から見ても道化のものだった。無理をしているとすぐに看破されてしまいそうな演技である。

 しかし、そんな重吾の健気さに、織斑千冬はやっと微笑んでくれた。クスリ、と。その冷たい表情に、初めての「色」を見せてくれた。

 それだけで、重吾も笑顔になれた。

 

「うむ。ならばいつもの時間になったら食堂に来い。今日も一緒にご飯を食べよう」

「わかりましたっ!」

「ふっ、元気な奴だ」

 

 最後に頭を撫で、そして部屋を出て行った千冬。

 重吾はその背中を最後まで見届け、そして静かになった部屋の中でポツリと呟いた。

 

「先生……僕のこと嫌いなのかな」

 

 織斑先生が自分を見ていた時の目。

 あの目はとっても見覚えのある、

 

 ーーー何かを怖がっている目なのだ。

 




続く
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