君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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なかさ


第三十七話 「織斑千冬」

 目の前に映る光景。

 青髪の少女は気を失いそうになった。

 

 安堵した途端にやってきた絶望はあまりに大きく、少女達の感情を逆撫でた。

 

 地を踏みしめる怪物達の足音は、揃えてやってくる。

 あの大きな手の平に握られると思うと、その場から動けなかった。

 

 けれどその絶望の中、少女達の前に現れたのは、幼い少女達が知る限り最強の「女性」だった。

 

 

 ──────────────────────────

 

 

 

 聞きたくなかった悲鳴。

 伏せた二つの影が嫌なものを連想させた。

 あの日、この手で殺した男を──脳裏に呼び寄せた。

 

「…………」

 

 吹き付ける風が髪を梳く。

 降下し、血液が上昇する感覚が不愉快だ。

 腰に備えた朽ちた剣。

 何度も敵を斬りつけ、刃こぼれした。

 

 トン。

 

 降りてきた屋上から地面へ着地する。まるで猫のように両手足を地につけ、眼光を光らせる。

 目に映るのは三体の敵。

 どれも人よりも大きく、人よりも妖しい。

 次に映したのは二人の男子生徒。

 ボロボロにくたびれ、身動ぎひとつ見せない。

 乾いた吐息を漏らし、私は手を浮かせた。

 女の細指を腰元に這わせて剣を触り、そして引き抜く。スラリとした刀身と、欠けた刃先を外気にさらす。

 

「────織斑……先生……」

 

 海のような青い髪。

 更識楯無の血縁、更識簪。

 彼女に名前を呟かれ、私は眼を細めた。

 

「……更識…………下がっていろ」

 

 意思を込めた視線を乗せて、簪を据える。

 簪はそれをすぐに把握し、他の生徒と協力して倒れた織斑一夏と井伊月重吾の二人を避難シェルターに引き込んだ。

 

 ……さて────。

 

 不安げな視線を送ってくる生徒達に、柄ではない微笑みを見せた。だから、もうそれ以上はしなかった。

 引き抜いた剣を強く握り、深く息を吸い込んだ。

 集う化け物共に意識を配らせ、少しずつ体の調子を引き上げていく。まだ、まだ──。

 化け物の一匹が動いた。

 巨大な体に似合わない俊敏さでこちらにくる。踏み込んだ足が地面を踏み抉る程の脚力をもって、私を殺しにくる。

 

「────」

 

 それに、私は正面から対峙した。そして眼前に広がった化け物の巨躯を見つめながら、ある一点へ意識を集中させた。

 どこからか、悲鳴が聞こえる。

 きっと交じり合った二つの影に誰かが叫んだのだ。どちらかがやられてしまったと思い、鳴いてしまったのだ。

 

 だが、私は生きている。死んでいない。

 

 走り迫る化け物の股下を潜り抜けた私は、ガラ空きの背中を斬りつけた。刃こぼれした刀身で化け物を斬りつけた。

 ジャリン、と音が鳴る。

 手のひらに伝わった硬い感触。

 地面を滑りながら、二度目の剣戟を撃つ。

 

「……甘い」

 

 初撃、二撃。どちらも浅い。

 見ても、化け物の背中は少しも傷ついていない。やはり人間の力ではこれが限界か。

 もはや限界の剣を捨て、新たな剣を抜く。

 腰に二本、背中に二本、両足にそれぞれ二本。合計八本の内のひとつがここで犠牲になった。

 跳ねるように向きを変え、今度は走る。

 携えた剣の切っ先を前にして走る。

 

 こちらに手を伸ばしてくる化け物の懐へ飛び入り、空いた胴体へと剣先を捻じり込んだ。背中から一本剣を引き抜いて、今度は脇腹へ刺し込む。

 

(……やはり、生きてはいない。……人形か)

 

 普通なら伝わる筈の肉の感触は無かった。それどころか動物なら持ち合わせる殺気も、この距離なのに感じない。

 刺し込んだ剣を抜いて身を反転させる。

 肌に張り付く防護スーツしか身に纏わないこの身には、少しの傷も負うことは許されない。

 化け物の膝を土台に跳躍し、宙を舞う。支点を頭として剣を構え、見下ろす化け物の頭へ剣を突き刺した。

 化け物は身を捩った。周りにいた傀儡も駆けてくる。

 突き刺した剣に力を込めて、再び宙を舞った。くるん、とサーカス団のように回転して、着地する。

 

 雄叫びを上げる三つの敵。

 視線を這わせて腰を低くし、眼を細める。

 帯刀した剣は残り七本。……持つか?

 

 豹の様にしなやかに。

 織斑千冬は大地を滑った。

 迫り来る敵を寸前で回避しながら、踊る様に剣を舞わせる。

 

「些か無理があるか……」

 

 放った斬撃の虚しさに、千冬は握り方を変えた。逆手──つまりフォークを突き刺すように。

 何度斬りつけても浅いものしか出来上がらない。なら、斬るのはやめて今度は突こう。イメージするのは槍だ。

 千冬は地を再び踏み締めた。

 化け物に囲まれてはいるが、機械仕掛けの人形はどれだけ精巧に造られていたところで、人間の玩具の域を出ない。騙し抜くことなど容易いさ。

 唇を舐めた千冬。

 まるで遊園地のアトラクションのように次々と降り注いでくる化け物共の手を躱し、目の前で対峙する一体へ剣を投擲した。しかし剣は弾かれた。

 

「────」

 

 だが、千冬はそれをなんと掴んだ。掴み取って、再び投げた。

 

 すとん────と容易く入る。

 

 再度放った剣は化け物の顔面へ見事に刺さった。

 千冬はそれにすかさず指を鳴らした。パチンとよく響くように指先を鳴らした。すると、化け物の顔に突き刺さる剣が赤く発光し、爆音と共に破裂した。

 ボウボウと燃える敵の顔面。

 熱がるように暴れる化け物は、次第に動きを鈍らせ、そして遂には停止した。糸が切れたように。命を終えたように。

 間髪入れず、休みもせず、千冬は標的を移した。

 今度は右の敵──崩れていく仲間を見つめる化け物の肩へ飛び付き、首と胴体の境にある隙間に剣を挿し込む。そして指を鳴らす。

 

 二度、続けて起きた爆音に空気がビリビリと鳴る。

 新たな刀剣を脚から抜いた千冬は、額にかいた汗を拭うこともせずに、三体目の敵へ瞳を輝かせた。そして、何のひねりも無く、何の面白味も無く、同様に剣を爆破させた。

 音を立てて崩れ落ちた最後の敵。

 写し鏡のように欠け崩れた剣をその場に放って、千冬はようやく呼吸を戻した。

 

 ────だからこそ、遅かった。

 

 不自然な気配に振り返ると、まるで蜃気楼のように揺らぐ半透明の影がそこに存在した。

 逃げようとした。だが、それよりも早く、透明の存在に強烈な打撃を貰い、体がくの字に折れ曲がる。

 千冬は無理矢理吐き出さされた酸素に目を見開き、激しい激痛と鈍痛を一瞬で全身に味わった。そして地面に叩きつけられ、何度も何度も繰り返し転がる。

 

(油断……馬鹿者が……っ)

 

 しばらくして止まった回転に血を吐き出す。

 久しぶりの鉄の味に眉を顰め、歯を噛んだ。

 馬鹿……これじゃまるで人形だ。

 呆れて嘆息したが喉が痛い。いや、全身が痛い。

 化け物のように堅い鎧を纏っていないこの身は、一太刀浴びせられてしまえば終わりなのだ。こんな結果になってしまったのは、決定的な自分のミスの他無い。

 もはや麻痺してきた痛みに身を捩り、何とか上体を起こす。だが一挙一動するだけで意識が飛びそうな反動に、頭の中身を掻き混ぜられる。

 まるで二日酔い。馬鹿みたいに飲み暮れた次の日の朝だ。目の集点だって少しおかしい。

 

 ゆっくりと立ち上がった千冬を、化け物の巨大な手が掴む。万力の如く締めつけてくる手のひらに、嫌な軋みを体の内側から感じる。

 

「──はは、甘いな……石ころひとつという訳には、やはりいかいものだ……っ」

 

 ピンッ、と「指を離した」。

 指先に巻き付き、絡まっていた線を離した。

 

 かちん、かちん────カチン、と。

 

 まるで機械仕掛けの玩具のように、オルゴールのように、螺子を回された物が稼働を始め、周りの風景に変化を加えた。

 虚空に千冬が張り巡らせておいた糸が風に流され、今まで塞き止めておいた「剣」が全て射出される。

 化け物はそれに気付いていた。だが、先ほどの千冬と同様に遅かった。いや、無駄だった。

 四方八方から放たれた剣のトラップは、もはや避けるという行為すら無駄な程に敷き詰められていた。それは千冬自身が、自分の安全を考慮しなかったからこそ、用意できた物量だった。

 

 迫り来る剣の雨に目を向けながら、千冬は笑んだ。

 何故だか罪滅ぼしが出来るような気がして、おかしな高揚に全身が包まれた。

 不思議だった。この感覚は、死を隣り合わせにして感じるものではない。もっと別な──安らぐ時の──ああ、そうだ、安らぐ時に感じるべき、優しさの感覚だ。

 

 そして、数多の剣は突き刺さる。

 樽詰めされた海賊を突き刺すように、化け物の全身へ刀身を埋める。

 

 とぷ、と口から血が溢れた。

 背中や、足に痛みがある。

 そうだ。当たり前だ。あれだけの量の剣だ。幸運なんて働かない。多量の内の数本ぐらい直撃する。

 

「い、たいな……くくっ、痛い……っ」

 

 掠れた声を漏らして体を動かした。

 殆どの剣をその身に受けた化け物は、誰の目から見ても命を絶っていた。身動ぎひとつとらない。

 巨大な化け物の手からスルリと抜け、地面に落下する。堅い地面に受け身も取らずに落ちて、肺から酸素を無理矢理吐き出した。

 上下する胸に目をやって、そして太腿に刺さる剣を一気に引き抜いた。黒塗りの戦闘服を着ていたが、何の防護も果たさなかった。

 赤黒い傷口から血が流れる。

 体内から次第に失われていくエネルギーに、千冬は重い息を吐き出した。顔を手で覆い、指の隙間から空を見上げた。

 

(一夏……ああ、一夏。井伊月……)

 

 思い出し、緩慢な動作で立ち上がった。

 シェルターに篭城していた生徒達が、鳴り止んだ喧騒に気が付き、恐る恐ると外に顔を出し始める。

 

「先生っ‼︎」

 

 ひとり、怪我を負った教師を見つけ、それが皆に伝播した。

 飛び出した生徒達がよろめく千冬に肩を貸す。

 流れ出る血液に小さな悲鳴を上げる者。救急手当てを試みようとする者。千冬に駆け寄った生徒達は、各々の意思で織斑千冬を助けようとした。

 千冬にはそれが嬉しく、ひっそりと微笑んだ。

 

「すまないな……」

「そんなっ……先生は私達を守ってくれたじゃないですか! これぐらいのこと、当たり前です!」

 

 指示せずとも、先生達は走り回る。あそこへ行け、あれを取って来い。早くしろ、先生を助けるんだ。

 様々な声の飛び交いを聞きながら、千冬は椅子に腰掛けた。やっと安心を覚えた。だが、その最悪なタイミングで、女子生徒の悲鳴がこだました。

 

「くそっ、死に損ないがいたかっ……!」

 

 反射的に顔を向けた先に存在するボロボロの化け物。腰を抜かし、震える生徒に襲い掛かろうとしている。

 自分の不始末に舌打った千冬は、立て掛けていた剣を掴み取り、それを投擲した。しかし脚を踏み締めた瞬間に走った痛みに体勢が崩れ、床に倒れてしまう。

 

(待て、待てっ‼︎)

 

 力の入らない体を強張らせるが、ピクリともしない。疲労しきった体は宿主の言うことを聞かず、反発を繰り返す。

 女子生徒に襲い掛る化け物は、その成れ果て故か、動きに歪さがあった。不規則な動作で軋み、蒸気機関のように湯気を上げている。だが、その動きが鈍いからといって、女子生徒が助かる訳ではない。女子生徒は恐怖から腰を抜かしているのだ。周りにいる生徒達も、異様な化け物に慄いている。

 

「い、いやぁ……助けて先生! 誰か助けてよぉ‼︎」

 

 涙を流し、悲鳴する少女。

 響くその悲鳴に頭痛がした。

 

「待って……いろ、よ……今──」

 

 ズルズルと無様な格好で地を這う。

 少女は遂に化け物に捕まった。巨大な手に握られ、苦しそうに顔を歪めている。

 ぷしゅー、と化け物の体から蒸気が上がる。動力を強めるかのように、今度は両手で少女を握り込む。

 少女は掠れた悲鳴と苦痛の声を漏らした。目を見開いて涙を零し、口から泡を吹いている。

 その様に沸沸と殺意が湧いた。

 ──やめろ、やめろ!

 呪詛のように、千冬の胸に恨みの言葉が浮かぶ。

 あと少し、あと少しで届く。

 疲弊した体を無理矢理に動かして、地面を進む。

 あと少し、あと少し。

 落ちる剣を拾い上げ、そして立ち上がる。

 あと少し、あと少しで助けられる。

 緩慢な動作で左右に揺れながら、おぼつかない足取りで化け物と少女の元に歩む。

 

 あと少し、あと少しだ──あと────。

 

 その時、悪寒というものが走った。

 それは、本能と呼ぶべきものなのかもしれない。

 頬を舐め上げられる感覚。

 心臓を握り込まれる感覚。

 背後にはおかしな気配があった。

 振り返ると──「ああ……もう頼むよ、いい加減にしてくれ」──新たな隻眼の化け物が二機、佇んでいた。

 

 刹那────体が吹き飛び、目の前が、黒に染まった。

 

 織斑千冬は、「二度目」の絶望を味わった。




続く
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