織斑千冬が倒れている。それは理解出来た。だが、それがなんでなのかは直ぐに理解出来なかった。
少年は駆けた。体はボロボロだった。けれど、大事な人が血を流して倒れている。それだけで、少年を突き動かすには十分だった。
「織斑先生っ!」
名前を呼ぶが、反応は無かった。
微かに胸が上下して、呼吸をしているのは確認出来るが、それはきっと辛うじてに違いない。
息を飲んだ少年はとにかく血を止めようと思った。
急いで地下シェルターへと戻って救急箱を漁った。そして手当たり次第の包帯と薬を抱えて千冬の元へと戻る。
──待ってて! すぐに助けるから!
意気込むが、少年の半端な知識では応急処置さえ出来ない。血も止めることが出来ない。
頭を抱えた少年は顔を歪めた。
どうすればいい、どうすればいい──と。頭の中で何度も何度も自問する。それと同時に、もう無理ではないか? という諦めもふっと浮かんでしまう。
だが、それは駄目だと振り払う。それだけは考えるな、と唇を噛み締める。
そんな時、地鳴りが伝わってきた。
顔を上げると──なんてタイミング──化け物が立っていた。その赤い眼を光らせて、こちらを凝視していた。
「……っ!」
まずい──少年は汗を流した。
手元に居るのは重傷者、そして背中にあるのは戦慄する女子生徒達。誰の目から見てもわかる、圧倒的不利な状態。だからこそ嫌なイメージばかりが浮かぶ。
頭を振るった。
──いけない。負けちゃ駄目だ!
ここで戦えるのはたった一人。少年、たった一人。
誰かがやらねば。誰かが守らなければ。誰かが、誰かが、
「お前の相手は僕がやってやる!」
立ち上がり、少年は鎧を纏った。既にエネルギーが尽きかけている〈黒兎〉を身に纏った。
どこか遠くで、制止の声が聞こえた気がした。けれどそれを聞き分けるよりも先に、少年の体は動いていた。
握るのは、先が欠けた槍。少年が三日月と名付けた黒槍だ。ずっと人の為に振るってきたから、ついに命が尽きようとしている。
(あと、少しだけ頑張ってね……三日月)
ギュッと三日月を握り締め、少年は跳躍した。みんなを守るという使命を感じながら、化け物に立ち向かった。
息を飲むだけで痛みがあった。既にこの体も、三日月と同じように尽きようとしているのだ。
ふっ、と息をして槍を化け物に振るえば、強い振動が伝わってくる。今となってはそれすらも痛みに変わる。鉄と鉄がぶつかり合う音だって痛みだ。けれど、大切な人を失うことは、それよりも強い痛みだ。だから、
「くうぅぅ……!」
少年──井伊月重吾は戦うのだ。
「負けられないんだよっ! 僕は!」
雄叫びを上げる敵。
耳を劈くのだ。
足が痛い、いや全身だ。
それでも、この槍を止めてはならない。それだけはわかる。僕ができる唯一の取り柄が、誰かを守ることなんだから──。
ぶつかり合いでは無く、圧倒でしかない。
敵の力に勝るほど、体力が残っていない。
振るえば弾かれ、槍を手放しそうになる。それを何とか堪えても、痺れた握力では満足に力を出せない。
くそ、こんなじゃ駄目だ。もっと力がなくちゃっ……!
何度目かの交じり合い。ついに、槍が弾き飛ぶ。
手元から離れた三日月は弧を描いて遠くに転がった。
拾いに行こうにも、敵はそれをさせてくれない。両手を広げてそびえ立ち、巨大な全身をこれでもかと見せつけてくる。
けれど、諦めてたまるものか。負けてたまるものか。
どんな攻撃でも構わない。どんな弱々しくても結構だ。
この身が、誰かを、守れるのならそれでいい。それだけで、どんなことがあったって救われた気持ちになる。報われたと思える。だから、立ち止まってはいけない。ここで敗北を認めてしまうことは、命を捨てると同義なのだから。
ひび割れた鎧が最後の砦。
少年は歯を食い縛り、迫り来る巨躯の両手に全神経を集中させる。一歩も後ろには進ませてたまるかと、死に物狂いで体を動かす。
そんな少年の元に、一陣の風に乗って何かが飛来した。
仄かな鉄の香り。
それが何であるのかは、人生の中から理解した。
「──横に飛びなさい!」
唐突に聞こえてきた少女の声。
振り返ることもせず、素直に横へ飛んだ。また、鉄の香りが鼻に触れた。今度の匂いは、さっきより濃いものだった。
真横へ飛んだ途端に、何が通り過ぎていく。目で追うと、それは巨大な斧であった。薙刀と言った方が分かりやすいかもしれない。
日の光を受け、白く輝く薙刀の刃が化け物の図体へと突き刺さる。抉り、貫通する。
腹部から背中までを貫かれた化け物は、赤く灯していた一つ目を点滅させ、そして光を失くした。命が尽きたのだ。証拠にその体を重力に任せ、地面に伏せようとしている。
時を忘れ、立ち尽くした。
肩で呼吸をしながら息を飲み、静かになった化け物の残骸を見下ろす。
その時、不意に背中を叩かれ、思わず腕を振り上げてしまう。しかし視界に入った少女の姿を見て、寸前で止めた。
「……誰?」
栗色の髪に、仄かに香るのは花の薫香。
二つに結ばれた髪の毛は、風に吹かれて揺れている。
「頑張ったわね」
そう、少女に讃えられ、肩の荷が降りるのを感じた。
溜め込んでいた息を吐き出すと、体の熱が引いていくのがわかった。「守る」という使命があまりにも重圧だったのだ。
〈黒兎〉の展開を解き、座り込む。
その様子を少女は興味深そうに見つめていたが、遠くに横たわる千冬の姿を視界に入れた途端、血相を変えて走り出す。
「ち、千冬さん!?」
既に知人であったのか、その少女の蝋梅っぷりは大袈裟だった。まるで自分のことのように驚き、焦っている。
──そうだ、先生……!
思い出し、同じく駆け出した。そして疲れ切った彼女の元に身を寄せ、顔を近付ける。
「千冬先生……」
呼び掛けてもやはり答えない。どこか痩せた千冬の顔からは、まるで精気というものが感じられない。
パニックとはまた違うが、焦っている。隣にいる少女も同じだろう。何をすればいいのかわからない。応急処置をしようにも、それがもはや無意味だということは素人目から見ても明白だった。
「どうしよ……これじゃあ、もう……」
「……駄目、なの?」
「……」
少女の無言の肯定。
思わず息を飲んだ。
井伊月重吾は自分を責めた。
もし、彼女と共であったなら、こんなことにはならなかった。自分が気絶などしなかったら、彼女と共に戦い、凌げた。
「──ごめん、一夏くん……」
自責の念が湧いて出る。彼女の弟であり友人である織斑一夏に申し訳ないと、歯を噛み締める。
その時、左手に何かが触れた。見下ろすと、それは織斑千冬の手だった。
「先生!」
思わず叫んでしまう。それほどまでに嬉しかった。しかし千冬の不自然な触り方に違和感を感じ、反射的に動いた。
「まだ敵がいるんだっ!!」
冬を抱え上げ、少女と共に飛び退く。その瞬間、さっきまで座り込んでいた場所に青白い何かが着弾した。
目を見開き、視認する。
飛び退いた体勢から地面に転がり、少女を離した。
「た、助かったわ……──」
少女の言葉が途中で止まる。
「はぁっ……っ。熱っ、あぐぅ……痛いっ……!」
激痛がする。見ると、肩に鉄の破片が刺さっていた。
「大変! 動いちゃ駄目よ!」
気付いた少女が肩に触れてくる。どうやら引き抜こうとしてくれるらしい。だが、触れるだけで痛みが生じる。かなりの深さまで刺さっているみたいだ。
少女はゆっくりと引き抜く作業をしてくれている。だから自分は他のことに意識を集中した。
先ほどの爆発を起こした敵がまだ見つかっていないのだ。ここでジッとしている訳にはいかない。
時折襲ってくる気を失いそうになる痛みに歯を食いしばりながら、忙しなく視線を動かした。そしてその甲斐あってか、とある一箇所だけ蜃気楼のように歪む、謎の空間を見つけた。
「──いた……!」
〈黒兎〉を籠手として部分展開する。掌から圧縮したエネルギーを発射する。直撃。蜃気楼の揺らぎに直撃し、弾かれた。それと同時に、ステルスを維持していた敵が姿を現した。
敵は同型機。同じ、赤の一つ目。しかし背中に背負っている物が他機とは違った。アンテナのような、発信機と思わしき機械を背負っている。
それを見、ある考えが浮かんだ。可能性と捉えてもいい。
他と違うあの敵機は、もしかすると指令機かもしれないのだ。他の機体に指示を出す機体。だから透明になって隠れていた。憶測だが、可能性は無くはない。ギャンブルの賭けだが、母の作るロボット達には大抵、ああいった物が一体混じっていた。あれを破壊すれば、この学園を襲っている全ての機体を機能停止に出来るかもしれない。
──けど……。
これらは全て予想に過ぎなかった。外れる可能性の方が、正直言って高いだろう。それどころか逆に痛手を負わされるかもしれない。疲労困憊したこの体で、あれを破壊する自信もあまり無い。だからといって、何もしないという訳にもいかない。あれは敵である。こちらを攻撃してくる。だから、可能性だとか自信だとかで「逃げる」の選択肢は初めから存在しない。立ち向かわなければならないのが、目の前にあるコマンドだ。
歯を噛み、少女の方へ向く。少女は不安げな顔でこちらを見つめ返してくる。それに、胸の奥が熱くなった。
「……──よし!」
肩の破片に触れている少女の手を退かし、自分の力で一気に引き抜く。矢のようにつっかえがあった破片が肉を巻き込み、引き抜いたことでそれが飛び出す。
堪らない激痛に声を殺す。少女は口を押さえ、驚愕していた。けれど構わず破片を全て取り除き、立ち上がる。肩口を紐で強く縛って血の巡りを悪くする。
「待ってて」少女に言う。少女はそれに顔を赤くした。
「ふざけんなっ‼︎」
突如、激昂した少女。
詰め寄ってきた彼女は、胸ぐらを掴んだ。
「あんた、一人で戦う気でしょ? 馬鹿じゃないの⁉︎ 勝てる訳ないじゃないッ‼︎」
「で、でも……僕がやらなきゃ、みんなが……」
「じゃあ、あんたはどうなんのよ!」
きっと無意識で出てしまったのだろう。少女が張り手をしてきた。強く、強く、重い張り手を頬にぶつけてきた。
パァン──その音はまるで銃声にも似ていた。だからだろう。今まで佇んでいた敵が瞳を点滅させ、機械的な雄叫びと共にこちらに突進してきた。
気付き、少女と千冬を再び抱きかかえて体を動かした。が、肩に走った痛みがあまりにも強く、思わず反射的に身を縮めてしまう。それにより、敵の猛進をモロに受け止めてしまった。
強く飛ばされ、宙を舞った。
少女の声が聞こえるが、意識が混濁として、どこか遠い。頭の中には少女と千冬に被害が無かったことへの安堵が、衝撃に勝る勢いで溢れていた。
と。そして宙を舞っていた体が地面に接地し、再び強い衝撃が全身を襲う。掻き混ぜられていた思考がそれによりピタリと止まり、代わりに今度は内臓が掻き混ぜられる感覚が吐き気となって襲いかかった。
(やば……体、動か──)
その時、ぼやける視界が黒に染まった。ハッとし、すぐさま力んだ。だが、それは遅く、視界を黒で覆ったモノに首を掴み上げられ、無理矢理頭上を仰がされる。
「か、はぁっ……! あっが、あぁあ……‼︎」
気管を締め付けられ、息が出来なくなる。視界がチカチカと白や黒に点滅し、乾いた声ばかりが漏れる。
首に感じるのは冷たい鋼の感触。硬く、無機質な感触。
足をバタつかせる度に当たる硬い何かは化け物に違いない。容易く人間の体を持ち上げる怪力は、このまま首を絞め千切ってしまいそうだ。
解る。今、死に近づいている──。
酸素ではない何かが喉奥から込み上げ、無理矢理口外に飛び出す。ブクブクと泡を立てるそれは、顔を伝って下に落ちる。
痙攣する指先を這わせた。敵の甲冑に這わせた。
弛緩する中に感じるものは無く、ただ物がある──という感覚だけ。自身を死に至らしめる鋼の腕が、自身を死に至らしめる──という事実だけ。
その時、まるでバットがボールにヒットしたような音が響いた。
もはや眼球を動かすことすら緩慢になる我が身が見たのは、織斑一夏が使っていた鉄パイプを握り締める少女の姿。足を震わせる少女の姿。溢れる恐怖を必死に押し込める、更識簪の姿だった。
痛みとは違う、また別の痛みが襲った。体が無意識に動いたと言ってもいい。簪の姿を見た途端、「守らなければ」という命令が頭の奥底から現れたのだ。
「離、せぇ……っ!」
敵の魔の手が簪に伸びていた。
簪は動けないでいる。きっと先ほどの攻撃も、彼女の勇気を振り絞った一撃だったのだ。
逃げて! 逃げて、簪──‼︎
万力の五指は少しも緩まない。
解けば動ける。だが、解けることは無い。
人間の力では施錠は壊せない。鋼の塊は、生身を跳ね返すのだ。何の武器も持たないこの身では、壊すなどとは到底不可能なのだ。
けれどそれで諦めてしまえば終わりだ。自身も、簪も。
だからこの手の爪が割れようと、血が滲もうと、絶対に逃げ出さなければならない。彼女を守るのは自分だから、自分だけしか彼女を守れないから、今すぐ戦わなければならない。
「あああァァっ‼︎ 離せェえええッ‼︎」
敵に何度も拳を打ち付ける。その度に拳から血が飛ぶ。
幾度目かの打撃をしようとしたその時、今まで無反応だった敵からのまさかの反撃があった。簪に伸ばしていた手を握り締め、そしてそれを羽虫のように邪魔な重吾にぶつけたのだ。
体が吹き飛んだ。ミシ、と音がした。
呼吸困難から解放された喜びは無く、砲弾のような拳を喰らった体は壁に激突した。まるで弄ばれる人形のように、壁に叩き付けられた。
打ち所が悪いだとかの話ではない。勢い任せにぶつかったことで体のどこかに障害が生じたのだ。口から多量の血が溢れ出した。
口を押さえても、指の間から溢れてくる。自身から流出する血液に少しのパニックになった。
だがそれよりも先に、やはり"命令"が勝った。
「守らなきゃ……守らな、きゃ……」
地面に這い蹲る。ズルズルと体を引きずる。血が道となって、掠れたペンキの塗り跡のように痕跡する。
未だ恐怖で戦慄する簪は、敵を前にしても動けずにいる。それを見るだけで胸がザワザワと騒ぐ。熱くなる。
「助けて、重吾……嫌ぁ……っ」
助ける。助ける。助ける。
呪文のように繰り返す。
頭から離れない命令に顔を歪める。
「今行く、今……助ける……待ってて……!」
震える指先を伸ばしたその時、何かを聞いた。
遠く、遠く──人の声だ。それと合わせて、雪崩のような地響きも伝わってきた。これは、なんだ?
顔を上げて辺りを見渡すと、向こうの方に巨大な砂煙を見つけた。まるでジェット機が飛び立つ瞬間に巻き上げられる砂塵のようなものを視界に捉えた。
怪訝に眉を顰めた瞬間、校舎の一角の壁が吹き飛んだ。瓦礫を撒き散らし、新たな砂煙を生んだ。
人の足音が聞こえる。
崩壊した壁の瓦礫を踏みしめ、中から誰かが歩いてきた。砂塵に塗れてシルエットしか伺えない。けれどその影の形から察するに、その者はISを纏っているようだった。
口元の血を拭い、ゆっくりと立ち上がった。ふらついたが、膝を構えて踏ん張る。
崩壊した壁から現れた者の姿がだんだんと露わになってきた。霞みがかっていた砂塵は風に纏め上げられて薄れ、流れと共に消えていく。太陽の日差しが隙間に入り込む。照らし出された空間からシルエットがより浮き彫りとなり、ようやくその姿を拝むことが出来た。
「ら、ラウラ……ッ‼︎」
なんと、現れた人物はクラスメイトであるラウラ・ボーデヴィッヒだった。眼帯こそ付けていないものの、その特徴的な銀の長髪は間違えようがない。
思わず笑みが零れた。全身の力が抜けた。尻をつき、地面に座り込んだ。脱力してしまう。
「む? 重吾か──‼︎」
こちらに気付いたラウラ。すぐさま駆け寄ってきて、安否の確認をする。
「ごめん……負けちゃった……」
「いいや。守ってくれたではないか。充分だ」
「でも……一夏くんや織斑先生が……」
地下シェルターの入り口付近で横たわる一夏を見遣る。そして先程まで傍にいた千冬に視線を移し──
──あれ? 先生が……いない?
と。その時、突如敵の雄叫びがこだまする。
跳ねたように顔を動かし、見ると、そこには全身を剣で串刺しにされる化け物の姿──そして、息も絶え絶えだった筈の織斑千冬の姿があった。
「な、なんで……」
考えつく余裕も無く、呆然とした。
その間にも千冬は今までのことが嘘だったかのように飛び回り、散らばっていた剣を拾い上げて、それを敵に突き刺していく。
そしてまた、突然に地鳴りが響いた。校舎の壁が爆散した。ラウラが現れた時と同様に、砂塵と共にシルエットが出現した。しかし今度はすぐに露わになり、衝撃と共に全身を外に曝け出した。
「あっはははははハハハ‼︎ なんだなんだ、敵さん、まだ残ってるじゃないか! 良かったあああッ‼︎」
おかしなテンション。恍惚とした笑み。新たに壁をぶち壊して現れた者は、それはそれは綺麗な金髪を軽く結い、片目を眼帯で隠した、美しい容姿を持つ少女であった。
「あの馬鹿……」
ラウラが呆れたように短息する。
金髪の少女は止まることを知らないような勢いで、敵の間近まで滑り込んでいく。その身に纏うISは灰色と黄色のカラーリングで塗装され、両手には無骨なアサルトライフルが一丁ずつ握られていた。
「いぃ……えええいっ‼︎」
ペロリと舌を出し、金髪の少女が発砲する。軽く飛んで敵の頭上を取り、なんとも正確な射撃で千冬を避けながら直撃させていく。敵を蜂の巣へ変えていく。
直感的に理解した。彼女は代表候補生だ。
彼女の身のこなしは普通ではない。あれは訓練された動きだ。それも洗礼された機敏な動きだ。体術とはまた違った技術。人と戦う動きではなく、あれはISと戦う為の動きだ。
立ち尽くした。任せてもよいと思った。
重吾は痛む肩を押さえて足を引きずった。座り込む簪の元まで歩み、その背中に触れた。ビクリと彼女は反応する。
「あ、う……じゅ、重吾ぉ……」
震えた声で名を呼ばれる。
簪は涙をいっぱいに為、今にも大声で泣き出そうだった。
「……怪我は無い?」
何故だか心地の悪い胸中から言葉を取り出し、投げる。震える少女に投げかける。
「……うん。平気──重吾は?」
今度は問われた。けれど答えることはしなかった。
腰を抜かした簪に手を貸して立たせ、地下シェルターまで引率する。簪は不安げな様子でこちらを見ていた。背中に視線を感じる。胸中の心地悪さがより強まっていく。
避難民で密集する地下シェルターに簪を押し込み、自らも腰を下ろした。眠る一夏の傍に座り込み、息を吐いた。
その時、冷たい何かが頬に触れた。
驚きで飛び退くと同時に、近くから「きゃっ!」と声が上がった。視線を動かすと、そこには濡れたハンカチを手に持つ少女が座っていた。
「あの……怪我、してたから……」
どうやら少女は重吾の傷を見たらしい。頬に付いた血を拭おうとしたのは彼女の優しさだったのだ。
「ご、ごめんね……」座り直し、大人しく彼女の優しさを受け取った。彼女も最初は恐る恐るといった感じだったが、体の怪我の酷さに次第に真剣になり、次々と濡れたハンカチで身体の血を拭き取ってくれる。
そんな彼女に影響されてか、周りにいた生徒達も動き始めた。というよりも居ても立っても居られなくなったのだろう。重吾と同じように、何もできないは悔しいのだ。きっと。ずっと身を縮めているだけのことに、我慢出来なくなったに違いない。
走り回る少女達を見ていると、不意な睡魔に襲われた。体が急に脱力した。
思わず手をつき、顔を顰める。嫌な睡魔だ。無理矢理意識を落とされるような、そんな感覚である。
「痛い……うぅ……──」
そして抗うこともできず、意識はそこで手離された。
続く