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それはただの気まぐれだった。
家を出て、三年ほどが経過した。
調べることは調べ尽くし、残すものも僅かとなった。研究者としては危惧すべきことだった。探究するものが無い。つまりは退屈を意味するからだ。
ある時、ひとつの事が気になった。
何故、母は私を産んだのか──を。
気にすれば気にするほどそれは膨れ上がった。探究心が強い故か、それとも自身の問いでもあった所為か「試してみたい」と素直に思った。
早速とある施設からサンプルを入手し、それを自身の内部に注入した。痛みはあったものの、それはすぐに終わった。
体の変化は特に無く、暇な日が続いた。残っていた私事も済んでしまった。学生ではないが予習でもしておこうと考えた。馬鹿みたいな事ばかりが記されていた。
「なんで語りかけるのさ……産まれてもいないのに……」
学ぼうとした知識。そのひとつひとつが全て馬鹿のように思えた。母はこんなことをしていたのか? と、また新たな疑問も浮かんだ。
そしてそんな退屈な毎日を過ごしていたその時、それは突然に起こった。普段はあまり見ない鏡の前に立ち、身を清めようとしていた時だった。
「太ったみたい……変なの」
腹より下辺り。そこが膨らんでいたのだ。肥えるとはまた違った膨れ上がり方に違和感を感じた。
そっと触れてみると、それは熱く、熱く、まるで違うものが存在しているかのような温度を保っていた。しかもそれは日を増す毎に強くなり、膨らみも大きさを変えていった。そしてついには歩くことも怠くなるほど体に怠慢さを感じ、腹の中に確かな「脈動」のようなものを覚えるようになった。
「名前……付けなきゃいけないのかな?」
いつのまにか、腹を優しく摩ることを癖としていた。意識はしてなかった。ここまで時間をかけて続けた実験なのだから、失敗してしまっては困ると無意識にしていたのだろう。
それからさらに月日が流れ、遂に時がきた。
あらかじめ造っていた補助機械の力を借りながら、ようやくその熱を外の世界に招いた。熱は、初めに大きな鳴き声を上げて自分の存在を主張した。十一月十五日である。
気が遠くなるようだったが、確かな達成感はあった。
痛みとも戦い、異様な気怠さともずっと戦った。
優しく洗われ、アンドロイドが寄越してきたそれは初めての世界に驚いてか、ずっと泣き続けていた。怖いのか、それともまた腹の中に戻りたいのか──
勘弁してよ。折角産んだのだ。簡単には終わらせない。
そうしてそれから、今までの生活は一変した。
「もう……何回起こすのさ……っ」
疲れというものを知らないかのように、我が子は泣いた。嫌がらせかと思った。しかしここで断念してしまうと失敗になる。それだけは自分のプライドが許せなかった。
「今度は目を離せないなんて……うぅ」
数ヶ月後。我が子は這うことを覚えた。
物珍しさか、血の繋がりからか、とにかく動き回る。片時も目を離すことが出来ない。それが無性に胸の中を掻き毟る。締め付けてくる。
我が子は、私が見つめると笑った。何が楽しいのか、とにかく毎度のこと笑う。まるでマシュマロみたいにぷにぷにとした頬をくしゃりとし、お手本のような笑顔を見せる。
暇な時は、気がつけばいつも傍にいた。一日の大半を隣で過ごすことが常になっていた。特に気にはしなかった。違和感も無かった。いつの間にかそれを当たり前とする自分がいて、隣にいるのが我が子だったのだ。
「名前……何にしよう」
いつもなら適当に決めていた。試験管にセロハンテープで紙を貼り付け、『No.1』と書き込むみたいに、数字を羅列させて並べていた。けれど、どうにもそれをしたくなかった。試験管に付けるような名前は付けたくなかったのだ。
「十一月十五日に生まれた……井伊月……重吾、かな」
しかしそれと同時に、こんな私が「無垢の存在」の名付け親になってもよいのかと頭の底で思ってしまった。だからこそ精一杯考えても、安直な名前しか出てこなかったのかもしれない。
続く