君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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なとむや


第四十二話 「篠ノ之束と更識楯無」

 いつかの部屋の中、佇む一人の女性。

 傷付いた体を包帯で隠し、常の毅然な態度を保つ織斑千冬は、四方を取り囲んだルームモニターに明かりが灯るのを待っていた。

 今日は何を言われるのだ──。

 考えて、深く吐息した。

 政府の人間との通信施設であるこの部屋には、溜息ばかりをつかされている。

 ジジ──と音を立て、ついにモニターに光が灯った。

 口元を結んだ千冬は、モニターに目を据えた。

 

「それでは、始めましょう」

 

 モニターの中に映る人間は、千冬を嘲笑うかのように、不遜な態度で彼女を見降ろしていた。

 

 

 

 

 /1

 

 楯無は廊下を静々と歩いていた。

 ──彼が出て行ってから、私はずっと泣いていた。

 疲れ果てた体を片手で支え、暗い廊下を歩く。所々にある戦闘の跡に足をとられないよう、気をつけながらゆっくりと歩く。

 何を……やっているんだろう──

 ふと、楯無は考えた。

 泣くほどの思いをするなら、いっそのことやめてしまってもよいのかもしれない。

 しかしそこまで考えても、彼女の中の「彼」を消すことは出来なかった。悩みでは無く、恋心であるその想いは、強く強く、胸の中に根付いてしまっている。

 

「……」

 

 積み上げられた瓦礫を避けて、廊下を進む。

 窓の外を見ると、もう夕陽が輝いていた。それに少しだけぼうとし、再び歩き始めた。

 その時、楯無の瞳に何やら人の影が映った。

 廊下自体が暗闇なので、定かでは無い。しかしこちらから見えるぼんやりとしたシルエットは人のものである。

 立ち止まり、少しだけ警戒した。

 大きな事態があった後なので、これは仕方がない。

 

「……誰?」

 

 静かな廊下に楯無の声が渡った。

 ざわざわと風の音も伴奏する。

 人影に反応は無く、揺らぎのように佇んでいる。

 あれはスカートだろうか? 風に揺れるものが、人影を女性だと認識させた。

 ──何をしているのかしら?

 眉尻を寄せた楯無は、ゆっくりと影に近付いた。

 影はまだ動かない。

 そしてかなりの距離まで近付いた時、窓から差し込む光が位置を変え、頂上を照らした。下から上へと角度を変えた光の線が不確かだったシルエットに色を与え、その姿を暗闇の中から晒し出した。影は女性だった。

 

「──貴方は……どこかで……」

 

 失礼だと思いつつも、楯無は女性の顔をジロジロと見つめた。そして少し思い返し、記憶の中にある一致を探し出して、目を見張った。

 

「貴方……篠ノ之束博士!」

 

 驚きと共に飛び出た声にニコリと笑う女性。もとい篠ノ之束。

 彼女はスカートの両端を指で摘むと、優雅に膝を曲げて挨拶をしてきた。楯無もそれに会釈で返した。

 

「織斑千冬先生はいらっしゃるかな?」

 

 どこか不思議な感覚である。

 ISを作り上げた張本人の篠ノ之束が目の前にいる。

 

「いえ……織斑先生は……」

 

 そういえば、織斑先生も怪我をしたと聞いた。楯無が戦っていた避難場所とは違う避難場所で。怪我の度合いがどれほどのものかは知らないが、かなり酷いとは聞いた。しかし瓦礫の除去作業を平気な顔でしているとも聞いた。場所は知らないにしても、安否が無事なことは分かっている。

 沈黙を続けていたのが返答だと勘違いしたのか、篠ノ之束はクスリと笑ってから「ごめんね」と呟いた。

 眉尻を上げた楯無は、イメージよりも人間らしい篠ノ之束に少しだけ驚いた。もっと奇天烈な方だと思っていたのだ。

 実際、彼女の見た目は奇天烈であった。

 ふわりと靡くスカートは、まるで童話の中の住人が身につけるような大振りのもの。柄もどこかファンタジーで、お嬢様めいている。服だって独特で、あまり見ない。それに頭にはウサギの耳だろうか? ピコピコと動く可愛らしい耳が、頭の天辺から伸びている。

 

「あの……力になれなくて申し訳ありません」

 

 言うと、篠ノ之束は手を振った。「大丈夫だよ」

 それに少しだけ心が軽くなった楯無は、頷き、横を通り過ぎた。関係者では無い者を学内に入れても良いのかと一瞬考えたが、織斑千冬の知人なら問題無いだろう。

 

「──あ、ちょっと待って」

 

 と。通り過ぎようとしたその時、呼び止められた。

 振り返り、見ると、微笑む篠ノ之束が手を差し出していた。

 

「私の時間潰しに付き合ってくれないかな?」

 

 そう言った篠ノ之束は、誰かによく似た笑顔で、楯無の手を握った。

 

「……え?」

 

 楯無は動揺した。この人は何を言っているのだ?

 手をニギニギとしてくる篠ノ之束。

 それだけでも慌ててしまうのに、時間潰しに付き合ってくれないかなとは、一体どういうことだろう。

 焦りの色を表情として表し、楯無は視線を彷徨わせた。

 それに気付いた篠ノ之束が、

 

「大丈夫だよ。ちょっと話し相手になってもらうだけだから。ね? いいでしょ?」

 

 まるで子どものおねだりのように、それでいて、母親が我が子に言い聞かせるように、優しい笑顔で言い放った。

 

「……」

 

 なら、こちらとしては──

 無言で頷いた楯無。

 それに満足いったのか、再度こちらの手を握り締めて、篠ノ之束は歩き出した。

 楯無は引かれる自分の手を見つめながら、そんな篠ノ之束の背中を見つめた。

 

 

 

 

 /2

 

 連れて来られた場所は、学園の女子生徒達からも人気のある、夕陽と景色の映える丘のベンチだった。

 ベンチに座らされた楯無は、同じくベンチに座った篠ノ之束を横目で見つめ、そして辺りを見渡した。

 

(綺麗な場所ね……)

 

 日常で、生徒会としての仕事に追われる毎日。

 そんな彼女は、学園の細部をこうして落ち着きながら見つめたことが無かった──。

 

「穏やかな丘だね〜」

 

 ニコニコと笑う篠ノ之束。

 楯無はそれに静かに頷いた。

 脚の間を涼しい風が駆け抜けた。

 背後にある夕陽に目を移した楯無は、その可憐な赤の輝きに思わず口を開け、間抜けな吐息を漏らす。

 と。急に篠ノ之束が失笑した。

 それが自分に対しての失笑だと理解した楯無は、途端に今の自分が恥ずかしくなり、夕陽から目を逸らして俯いた。

 

「いいよいいよ。女の子はロマンチックなのが好きなんだから」

 

 どこか先人者の教えに似た言葉を紡ぎ、肩に手を置かれる。

 小っ恥ずかしさを感じながらも、その言葉をありがたいと受け取った楯無は、無言で頷いた。

 

「──……ふぅ」

 

 少しすると、篠ノ之束が不自然な溜息を漏らした。

 風のそよぎに目を閉じていた楯無は、過敏な感覚に目を開き、然りと篠ノ之束を見つめる。すると彼女は表情を影らせていた。

 不思議だった。

 どこか幼さを感じるのだ。

 それは曖昧で、けれども確かで……──まるで遠くにある何かをぼうと見つめるような、無意識の床の感覚のよう。

 楯無は目を見開いた。彼女の姿があまりにもいたたまれない気がしたからだ。

 篠ノ之束──彼女ことは何も知らない。ただ譜面だけを読み取った浅はかな文面と、彼女がこの世に残した残痕のみを知識として持っているだけだ。それ以外は何も知らない。篠ノ之束「博士」では無く、篠ノ之束「個人」を何も知らない。

 

「──……あ、あのっ」

 

 ひく、と喉が張り付く。

 楯無は視線を彷徨わせた。すると無垢な篠ノ之束の瞳と視線が交じる。

 

「貴方は……何をしに…………ここへ?」

 

 迷いから出た偽った言葉。

 それにおかしな気分を覚え、楯無は思考を停止させた。

 

「あははは。……君は面白いね。最初に言ったじゃないか。織斑千冬先生に会いに来たんだよ」

「そ、そうでしたね……」

 

 ──変な気分。まるで目眩がするみたい。

 楯無はこめかみを押さえた。頭痛がする訳でもないのに、妙な感覚が苦しくて眉を顰めた。

 すると不意に、篠ノ之束が背を摩ってきた。

 心地の悪くなった自分を心配しての行為だろう。

 楯無は胸の辺りが熱くなるのを感じた。それに篠ノ之束に対しての壁が少しだけ薄れたのが解った。

 

「あの──」

 

 その時、毅然な声に言葉を遮られた。

 

「見つけたぞ、束」

 

 見ると、そこには織斑千冬が立っていた。どこか苛ついた様子でこちらを見ている。いや、篠ノ之束を見ている。

 楯無も彼女を見つめた。

 束は笑顔だったが、やはり翳りがあるように見えた。

 千冬に視線を戻した楯無は、もどかしい気持ちを感じ、立ち上がった束の手を無意識に掴んだ。

「あら? どうしたのかな?」少し困ったように微笑む束。その姿があまりにも放っておけなくて、口を開いた。

 

「もう少しだけ、お喋りできませんか?」

 

 きっとおかしな様子だったに違いない。

 普段の楯無は、こんなことを言う子ではないのだ。

 

「…………」

 

 考え込むようにして、束が視線を逸らしていた。

 楯無は、右手で掴む束の手を握り締める。

 

「いい加減にしろ。時間が無いんだ」

 

 と。何故か怒りの混じった口調で、千冬がその手を払い除けた。まるで汚れた物を触る子どもを引っ掴むように、楯無と束を乱暴に引き離した。

「あ」と声が漏れた。

 束もどこか呆然とした表情で、こちらを見ている。

 千冬は何も言わずに束を連れて行った。

 残された楯無の右手には、まだ微かな人の温かさが残っていた。

 

「篠ノ之博士……」

 

 ざわ、と風が駆け抜けた。

 




続く
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