君と僕の物語   作:名無しの執筆者

49 / 76
なまか


第四十三話 「隠されたもの」

 ──日は沈んだ。

 ──ここからは、夜が来る。

 

 ◇◇

 

 生徒が自室に帰り、消灯時間が訪れた。

 静まった廊下は仄かな外灯が照らしている。

 風が窓をカタカタと揺らす。

 人の気配というものが無い。そう、夜だ──

 かたり、と"廊下の隅"の花瓶が傾いた。

 小さな音だが、巨大な音。

 静けさが支配する世界が、夜の妖艶さを演出する。

 

「ふざけるなよ」

 

 しかしその静寂を破った声があった。

 黒のスーツに身を包んだ女性。織斑千冬である。

 

「……」

「黙るな。答えろ」

 

 千冬は目の前の束を睨み付けた。

 

「別に……話してただけだよ」

 

 それが問題なのだ──。

 千冬は奥歯を噛み締めた。

 

「更識には関わるな。いいな?」

「……」

 

 答えない彼女の恣意は分かる。しかしそれは正しいことでは無く、遠い回り道のような考えだ。必ずしも正しいという訳では無い。

 

「……それだけだ。悪かったな」

 

 きっと束は聞き入れていないだろう。

 千冬は口惜しさを感じながらも、しかしここは引こうと考えた。変に事を荒立てれば、彼女が何をするかわからなかったからだ。不安要素なのだ。今の彼女は。

 細く息を吐いて腕を組む。

 消沈したように俯く束を、ジロリと見つめた。

 あまり見ない友のそんな様子は、千冬に一抹の不安を抱かせた。

 

「いいじゃないか……話すくらい」

「……何度言えばわかる? 近くな、と言ったんだ」

「……うるさい」

 

 小さく漏らしたその言葉を無視する。

 こめかみの辺りに違和感を感じたが、反応しない。

 千冬は「それだけだ」と、立ち去ろうとする。

 しかしまだ何かあるかのように、束が口を開いた。

 

「そういえばさ……会議、どうだったんだい?」

 

 会議……とは──?

 

「……ああ。……お前の名前を出したら即案だったよ」

 

 きっと政府の会議のことだ。数刻前の。

 今回の事件の対応策として、警備の強化を篠ノ之束本人に依頼したと告白したら、すぐに可決されたのだ。思い出すだけで怒りが込み上げてしまう。

 

「ふーん……そっか」

 

 なんだ。言いたいことでもあるのか?

 

「言っておくが、今更引き受けを拒否──なんてことは許可しないぞ。お前は確かにその口で、「罪滅ぼしをしたい」と約束したんだからな」

 

 そうだ。束は確かに宣言した。覚えている。ほんの数刻前の出来事だから確実だ。

 何の考えがあってのことかは知らないが、そう提案したきたのならば、こちらとしては利用したい。ただでさえここは重要な区域なのだ。守る必要がある。

 

「違うよ。私はさ、面倒くさいことしたなーって……そう思っているんだよ。ね、ちーちゃん」

 

 なぜか、妙な言い回しをする。

 こいつは──何を考えている?

 少し警戒心が産まれた。千冬はそれを灯したまま、束の両目を見据えた。そのどこか寒気のする瞳を、逸らさぬように追いかけた。

 

「別に、この学園には重吾がいるんだ。私が来て守る必要なんて無いんだよ。だから面倒くさいんだ。来た意味が無いから」

「……重吾が……守る、だと?」

 

 なんだ? 頭の底に違和感が……──いや、これは、

 

「そう、守る。だって──」

 

 何故か、その次の言葉が判った。

 だから聞き届けないようにした。

 しかし、それはスルリと入り込む。

 束の放った言葉は、千冬の耳に滑り込み、全身の血液を沸騰させた。そして激情させた。

 ──千冬は、殺意を抱いてしまった。

 

「貴様ぁ……ッ!!」

 

 篠ノ之束。彼女の発した言葉。

 それは「彼」を知る者にとってあまりにも酷く、そして許せない言葉だった──

 

 ◇◇

 

 ──同刻。廊下の影。

 そこでは束の言葉を聞き、千冬とほぼ同時に怒り、そして静かに嗚咽を漏らす更識楯無が存在した。

 

「嘘……嘘よ……ぐっ、うぅあ……っ」

 

 堪える涙が声となって溢れていた。

 泣き崩れる楯無は、先ほど廊下の影から聞いた篠ノ之束の言葉を思い出し、

 

『そう、だって──重吾の事をそう"洗脳"したから。……自分を犠牲にしてでも、大切なものを守るっていう風に──』

 

「井伊月……くん」

 

「彼」ではなく、重吾のことを強く想った。

 そして心の隅で、あることを決意したのだった。

 




続く
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。