君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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なにかま


───── 「イーリス・コーリング」2

 湾曲する青色の光。

 引き抜いたナイフを斜めに振り下ろし、斬撃と共にそれを斬り落とす。

 裂かれた雷光は左右に散り、爆音と共に姿を消す。

 唇を噛み締めたイーリスは、その光景に顔を顰めた。網膜を刺激した光量に眉を寄せ、続けざまに迫ってきた同様の光を先程と同じ手順で切り裂いた。

 ──強い。

 胸中で独りごちた直後、背中に何かが直撃する。

 すぐさま被害状況を表示した投影モニターに視線を移すと、背面のスラスターがやられていることが分かった。

 軽く舌打ちを漏らしたイーリスは、脚の側面装甲からナイフを引き抜き、火災を起こすスラスターを取り外して、そしてそれを真っ二つに割った。直後に爆散した。

 

「ナタル、駄目だ。こいつ強い!」

 

 目の前に現れた敵のビットを掻い潜り、イーリスは相棒のナターシャに声をかける。

 

「ビットが面倒くさいだけよ……! ──このぉ!」

 

 敵が使うのは二つの武器。

 片はライフル型の長銃。

 片は花のような自律型遠隔機のビット。

 

「曲がるビームなんて……イギリスはまたどえらいもんを……のわぁ⁉︎」

 

 主武装であるのだろう。

 それは曲がるビームを放つライフルであった。それは操縦者を護る従者であった。たった一機だが、それは多数に勝る軍勢を率いていた。

 歯軋りしたイーリスは、あまり自分の性に合わない戦い方に苛立ちを感じていた。

 元来、彼女の戦い方は制圧も制圧──力でねじ伏せるが基本のスタイルである。しかし今回の敵はそれをさせてくれないほど手厳しく、そして注意深い。一歩近づけば後ろに下がられ、逆に下がれば距離を詰められる。

 一度スナイパーと生身で戦ったことがある。思い出すと、この敵の戦い方はそれだ。常に一定の距離を保つ。必ず射程圏内に相手を収め、そして撃ち抜くのだ。

 

(けど、それだけだったら私は勝てる。……問題はよぉ──)

 

 視線を動かした先。そこにある無数の小型ビット。

 ナターシャを無理矢理躍らせるそれらが無ければ、きっとこの戦いはすぐに決着していたと、イーリスは拳を握り締めた。

 黒塗りの兜を被る敵は、覗かせる口元に微かな微笑みもたたえない。まるで冷徹な機械のように淡々と作業をこなす。

 それは目に映るだけで不快で、思わず慈悲の感情を胸に抱いてしまう。

 見てくれが幼い所為か、敵である彼女が少年兵のように映った。過去、彼の地でイーリスに銃口を向けた少年兵の姿に、彼女のその氷のような冷たさが重ねさせた。

 ──くそっ……嫌な奴!

 嗚咽を堪えるように歯を噛み締め、ナイフを薙いだ。

 しかし敵との距離を図らぬ斬撃は当然のごとく空を斬る。

 

「──イーリ、後ろよ!」

 

 ナターシャの声に反射的にナイフを振るうと、その切っ先が何かとぶつかった。見るとそれは敵のビットであり、ナイフの先がその銃口を貫いていた。

 

「……ラッキー」

 

 弛緩する指先をグリップに絡ませ、力任せに引き抜く。そして稲妻を纏ったビットが数秒後に爆発し、短く切り揃えた後ろ髪を揺らした。

 ──まずはひとつ……ッ。

 ナイフを握り変える。ジグザグと進む

 四方からはビットの雨。

 小刻みな操作を意識して、ようやく慣れてきた射角の入り具合に機体を走らせた。微かに装甲の表面をビットの光線が溶かしてきたが、僅かなダメージである。

 舌舐めずりして、視線を流した。

 

(多いな……抜けるか?)

 

 息を整え、今度は真っ直ぐに進む。

 背後からナターシャの援護が飛んでくる。

 合図を交わさずとも息の合った連携が取れているのは、長年の友人関係の賜物と、共に戦場を駆け抜けた戦友だからこその以心伝心だった。

 ナターシャが敵のビットを抑えいる間に、こちらは懐へ飛び込む隙を伺う。

 縦横無尽に舞うビットの中心に存在する敵の姿。そしてセンサーによる拡大投影をした時に、敵の口元が微かに吊り上っているのを見て、こめかみの辺りがピクリと動いた。

 ──ああ、こいつめ……。

 既にくたびれた義手をナイフを刺して引き千切り、急加速のバーニアを機体にかける。

 空気の地割れに歯を食い縛りながら、全身の血液が後ろへと下がっていく不快感に耐えた。そしてだんだんと近づいていく敵との距離にグリップを握り締め、ナイフの先を前へと向ける。

 

「──ッ」

 

 短く息を吐き、ナイフを振るった。

 切っ先は空気を、そして熱を──切り裂く。

 肌を焦がす熱風は背中の爆炎である。

 ナターシャが破壊したビットの爆発が背中を後押す。

 届け──‼︎

 力を込めて目を見開く。眼前に迫った敵の姿に牙を立てる。

 白兎の時とは違う。確かな勝機だ。圧倒的な強さに捩じ伏せられるのは、もう経験したく無い──

 

「でやぁッ‼︎」

 

 高く、高く、空高く響いた甲高い金属音。

 キィント耳を劈いた音は周囲に静寂をもたらす。

 汗ばんだ手でグリップに押し込んだ。

 確かな感触は鎧の内側。貫いたナイフの振動は、敵が纏う鎧の内側へと深く入り込んでいた。

(とった!)手の平の感覚に思わず高揚し、そのまま右に薙いだ。ナイフの刃は相手の中身ごと外へ斬り捨て、内側にあった鎧の内臓をぶち撒ける。そして散らばっていくそれらを見つめながら、高まる感情に笑みを浮かべた。

 

『──……肉は斬らせよう』

 

 ──は──っ──‼︎

 

「う、ぐうっ……ぁあぁッ⁉︎」

 

 敵の拳が腹を打った。

 不意な激痛に視線を向けた。

 ジンジンとする痛みだ。

 なんだ、何かが腹に……ッ──。

 見るとそこには鉄の破片。いや、柱。先ほど自らが引き千切ったはずの義手が、何故か飼い主を待っていた犬のように戻ってきていた──胎内に。

 

『中々いい合金だ。……武器にもなる』

 

 "ワイヤー"を絡ませた五指を広げて義手を押し込む敵。

 内臓を抉るように入り込んでくる義手が、言葉に出来ない痛みと苦しみを与えきた。

 イーリスは即座に義手に手をかけた。

 敵の胴体に蹴りを入れて距離を離し、腹の横あたりに深く突き刺さった銀色の甲冑を気合と共に引き抜いた。ぽっかりと空いた穴から血が噴き出し、〈ファング・クエイク〉の装甲を濡らした。

 ごぽり、と口から血が垂れた。

 震える腕で口元を拭ったイーリスは、付着した血液に顔を顰め、苛立ちのままに舌打ちを鳴らした。

 

「やるじゃねぇか……」

 

 普段のイーリスならば、きっとここでボルテージが上がっていた。だが、兎の事件からまだ完全にリハビリを完遂させていないイーリスには、その余裕が無かった。牙を立てたと思っていた敵から思わぬ反撃を受けたのが何よりの証拠である──

 握り締めていた義手を放り投げ、重く息を吐く。

 異常に気付いたナターシャが飛んできた。ビットの嵐もいつの間にか止んでいる。

 

「イーリ、下がって。こいつは私がやる」

「……いや、一人じゃ殺される。二人でだ」

 

 だが一人分の仕事さえ、この体で出来るかどうか──

 唇を噛んだイーリスは、無事な片腕で再びナイフを掴んだ。

 義眼の片目が酷く痛んでいた。熱を持って振動する鉄を、無理矢理突っ込まれたような激痛だ。

 密かに限界の訪れを感じ、誤魔化すように深呼吸する。

 下に広がる我が基地の火災の熱を感じながら、イーリスは今一度気持ちを切り替えた。

 

「……ナタル、合図したら銀の鐘を打て」

「……あら、作戦?」

「……閃光弾だよ。……ナイフぶつけて爆破だ」

 

 頷いたナターシャに同じく頷いたイーリスは、残量も無くなってきた〈ファング・クエイク〉の装甲を叩く。そして返答のようにエンジンを唸らせた愛機に微笑み、「よし」と呟いた。

 

「行くぜ……──‼︎」

 

 ドン、と空気の破裂する音と共に翔けた。

 背中に隠していた指先を振るって合図を出した。

 と。真横から銀の鐘が飛び出していく。それにタイミングを合わせてナイフを投擲し、ぶつけ、爆発と眩い銀色の閃光を撒き散らさせた。

 敵の怯んだ声が聞こえ、ここだと思う。

 あらかじめ瞑っていた両眼を開けて、イーリスは機体に全速をかけた。

 

「ラァッ‼︎」

 

 そして曲げた膝を前に押し出し、ガラ空きの敵の胴体に叩き込み、続けて掌底を放つ。呻いた敵の首を掴んでバーニアを再び加速させ、地面へと勢いよく叩き付けた。

 

『かふっ……⁉︎』

「気ぃ抜くなよーッ‼︎」

 

 未だ視界の歪みから抜け出せない敵を放り投げ、宙に舞うその体目掛けて回し蹴りを直撃させた。

 機体の装甲に亀裂が入るのを目視したイーリスは、まだ体と接している脚を力ませ、そしてそのまま下へと降ろし、慣性のまま飛んでいた敵を再び地面に落下させた。

 ズン──と鈍い音が大地を揺らした。

 四肢を地面に埋めた敵は口から吐物を吐き出し、息も絶え絶えといった様子で弛緩していた。

 見ては完全な勝利であった。

 しかし妙な違和感がイーリスの胸を騒がせる。このまま終わりではないと、彼女の野生的な本能が叫んでいた。

 と。その時、別方向から熱線が飛んできた。しかもそれは目の前で倒れる敵のビットから放たれたものとはまた別のビームであり、威力も桁違いだった。

 すぐさまナターシャと合流したイーリスは、上空から地上を見下ろし、ハイパーセンサーで辺りを探った。しかし音波のように全体をスキャンしたセンサーが導き出したのは、「不明」との表示だけ。放たれた熱線の原因を探し出すことは出来なかった。

 

「イーリ、傷が……⁉︎」

 

 ナターシャの息を飲んだ声に下半部を見下ろすと、敵にもらった傷が酷くなっているのを目撃した。

 思わず変な声を上げて傷口を押さえたイーリスは、助けを求めるようにナターシャを見た。

 

「イーリちゃん、お腹痛いですぅ……」

「馬鹿っ‼︎」

 

 少しだけふざけてみると、やはり怒られてしまった。

 ニシシと笑ったイーリスはパスロットから応急処置用の道具を取り出し、取り敢えずの止血と体の活性剤を打った。これでもう大丈夫というわけではないが、これをしておけば死ぬことは無い。大丈夫だろう。

 息を吐き、鼻をすする。

 微かに香るのは血の匂いだ。けれど、誰も死ななくて良かった。

 

「あーあー、聞こえるか。こちらイーリス・コーリング。少し微妙なところだが、一応カタがついた。そっちに異常はないか? あったら言え。りぴーとあふたみー」

 

 そして基地との通信で、他の仲間に被害が無いことを確認してから、ようやく肩の荷が降りる。まだ気は抜けないが、なんとかなった──である。

 しかしその時、形容し難い悪寒が背筋を駆け抜けた。

 反射的に振り返ったその時、赤黒い熱線が機体の装甲を削り上げた。何処からともなく現れたビームに装甲が焼かれ、ブースター諸共に破壊された。

 

「ぐぅあ、あああっ‼︎ 助けろッ、ナタルゥ……‼︎」

 

 重力に引かれ、きりもみしながら落下する。

 視界が滅茶苦茶に回転して乱視し、空間の認識をひっくり返される。だが、そんな状況でも培った観察力は働き、回転する視界の端で「何か」が存在していることを捉えた。あれは──

 

「手を伸ばして‼︎」

 

 急加速をかけて助けにきてくれたナターシャが、こちらに手を伸ばして呼び掛けてくる。

 ハッとしたイーリスはそれを掴み、ナターシャの体にしがみ付いた。そしてスラスターを逆噴射させてストップをかけた際の圧力に歯を食い縛る。

 

「……よし、いいわよ」

 

 なんとか無事に着地し、お互い地面に足を着ける。

 焼け焦げるどころか溶解し始めている〈ファング・クエイク〉をすぐさま脱ぎ捨てる。

 耐熱装甲を通り抜けて肌に伝わってきた熱を払うように、胸の辺りを手で払った。

 

「──……やられた。"あいつら"」

 

 そこでようやくイーリスは、周囲の異変に気が付く。いつの間にか敵の姿が消えていた異変に気が付く。しかも「両方」だ。

 悪い予感がした。さっき感じた違和感が当たってしまいそうな予感があった。

 周囲の索敵をナターシャに任せ、仲間の通信回線を開いた。急くように頼み事を伝えると、すぐさま仲間がそれを確認してくれる。そして数秒経って再び回線に戻ってきた仲間から伝えられた事実に、思わず苦笑してしまった。

 

「やっべぇ……。あいつら、「盗み」やがった」

 

 頬を伝った汗。

 上空で旋回するナターシャを見上げ、喉を鳴らした。込み上げた不安が後押しになり、どうしようもない焦燥感を味あわせてきた。

 

「始末書……何枚書こう」

 

 と。呟き、視線の先にある名も無き基地を見つめ、イーリスは深く溜息をついた。

 所々に戦闘の後が残る基地の外側。その真横の壁に空いた不自然な穴は、"各国"からの情報を整理するイーリスの自室に続いていた。そして不意に吹いた風が、その穴から無人機に関する情報が記された資料の一枚を、なんとも言えない虚しさと共に外へ放り投げた。留め具を付けていた筈のその資料はより一層薄さを増し、他のページを失くしていた。

 この日、アメリカは無人機に関する資料を奪われたのだった。

 

 ──────────────────────────

 

 雲に紛れながら飛行し、通信を開いた。

 回線から聞こえるのは妖艶な女性の声。しかし言葉の裏がある魔女の声。

 私は表情を変えず、ただ淡々と報告だけをする。機械仕掛けの時計が時刻を報せるように、私は口を動かす。

 ああ、つまらない……──

 最後の報告を締めとして通信を切った。

 伴走する女性を一度だけ見、私はまた前を見つめた。

 

「──……姉さん」

 

 ふと呟き、頭痛がした。

 だから私は頭を押さえた。

 

 ──『貴方は、一体誰なんでしょうね?』

 

 唐突に思い出してしまった魔女の言葉。

 私はそれに縋り付くかのように、また自分を機械に変える。そうする事が楽だから、何も無いのだと切り替える。なのに、胸の辺りが言い表せない感覚を持って、私を解らなくする──

 

「……早く、戦うんだ」

 

 そして片手に持った「資料」をばら撒き、私はそれを撃ち抜いて塵に変えた。呆気なく散ったそれを見つめ、拠り所でもある唯一の場所へと急くように機体を加速させた。

 不自然な脈打ち方をする心臓があまりにも気持ちが悪く、私はそれ以降、自分という意識を遮断した。

 




続く
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