朝、今日も早く起きて散歩に出かけた。
朝の深夜とはまた違った静けさが、僕は好きだった。
誰もいない廊下には、窓からの日差しだけがある。
少し歩いて外に通じる扉を抜けると、今度は明るさに満ちた世界が僕を出迎えてくれた。
「いい天気だなー……」
いつものベンチに座り、大きく伸びをする。
大気に流れるしっとりとした空気が、乾いていた肺に満ちて、優しい潤いを与えてくれる。
少しの欠伸を漏らして目を擦った僕は、遠くの方に人影があることに気が付いた。目を凝らしてそれをよく見ると、体格からして女性であるように思えた。あれは誰だろう。
どうやらこちらに歩んでいるらしいその人影をボーッと見つめながら、何度目かの欠伸を漏らした。
少し肌寒かったが、ポカポカとした日差しがそれを良い具合にしてくれる。これが心地良いから、朝の散歩が大好きなのだ。
そうしていると、近くで誰かが立ち止まった。
見上げると、その人は織斑先生であり、先ほど見つけた遠くの人影の正体だった。
「散歩か?」
「です」
先生は微笑むと、隣に座ってもいいか? と視線で訴えてくる。それに頷き、僕はベンチの端に寄ってスペースを空けた。
「気分は悪くないか? 怪我はどうだ?」
「大丈夫です。もう平気みたいです」
体を見せつけると、先生は安心したように頷いた。
それを見つめ、僕は惚けたように口を開けてしまった。
先生は何をしてたんだろう? 僕と一緒で散歩をしていたのだろうか? 問いかけようと思ったけれど、なんだかそれが億劫に感じた。別にいいやとさえ思った。
こうして二人でベンチに座っているだけで、疑問や訝しみなんて感じなかったのだ。
「……井伊月……楯無とは、最近……その……なんだ……。上手くやれているか……?」
どこかたどたどしい先生の口調は、僕を思案させた。
「ううん……僕は大丈夫って思ってますけど……」
「そうか……。そうか、なら……よかった」
不思議だ。先生が、怖がっているように見える──
目を合わせない先生は、見えない何かに脅えるように、そして逃げるように、僕から顔を逸らしてどこかを見つめる。それは胸をざわつかせる不安を生むようで、僕こと井伊月重吾の内側で暴れた。
「──……大丈夫です、先生」
何が大丈夫なのだろう。僕自身の口から零れたそれは、脈絡の無い文面みたいに確信的ではなかった。
「僕、みんなを守るって決めましたから。もちろん先生も……僕は絶対に守ります!」
その言葉は考え抜いたわけでも、返す刀で喋ったわけでもない。ただ何も考えずに無意識にこの口から飛び出したのだ。まるで初めから用意されていた台詞みたいに。
僕が言った言葉に感動したのか、先生は目を丸くして固まっていた。やった! そう思った。──けれど、
「そんな言葉を使うなっ‼︎」
先生は急にベンチから立ち上がって、僕を叱りつけた。
突然のそれにあまりにも虚を突かれて、何も反応ができなかった。けれど後になってやってきた衝撃に思わず泣き出しそうになって、唇を噛んだ。
「ご、ごめんなさい……っ」
震えた。怖かった。
先生が何を考えているのかわからなかった。
「はっ⁉︎ す、すまない、井伊月‼︎」
すぐさま謝ってきた先生は珍しく慌てた様子で顔を顰めた。すまない、すまないと、何度も繰り返し謝って僕の手を握った。
僕はそれにどう返せばいいのかわからなかった。
正しいこと言ったはずなのに怒られた。それに理不尽さすら感じていた。
だから僕はすまないと謝る先生の姿を見つめながら、ただ呆然と怒られた理由を考えたのだった。
続く