君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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なかたな


第四十六話 「井伊月重吾と織斑千冬」1

 朝、今日も早く起きて散歩に出かけた。

 朝の深夜とはまた違った静けさが、僕は好きだった。

 誰もいない廊下には、窓からの日差しだけがある。

 少し歩いて外に通じる扉を抜けると、今度は明るさに満ちた世界が僕を出迎えてくれた。

 

「いい天気だなー……」

 

 いつものベンチに座り、大きく伸びをする。

 大気に流れるしっとりとした空気が、乾いていた肺に満ちて、優しい潤いを与えてくれる。

 少しの欠伸を漏らして目を擦った僕は、遠くの方に人影があることに気が付いた。目を凝らしてそれをよく見ると、体格からして女性であるように思えた。あれは誰だろう。

 どうやらこちらに歩んでいるらしいその人影をボーッと見つめながら、何度目かの欠伸を漏らした。

 少し肌寒かったが、ポカポカとした日差しがそれを良い具合にしてくれる。これが心地良いから、朝の散歩が大好きなのだ。

 そうしていると、近くで誰かが立ち止まった。

 見上げると、その人は織斑先生であり、先ほど見つけた遠くの人影の正体だった。

 

「散歩か?」

「です」

 

 先生は微笑むと、隣に座ってもいいか? と視線で訴えてくる。それに頷き、僕はベンチの端に寄ってスペースを空けた。

 

「気分は悪くないか? 怪我はどうだ?」

「大丈夫です。もう平気みたいです」

 

 体を見せつけると、先生は安心したように頷いた。

 それを見つめ、僕は惚けたように口を開けてしまった。

 先生は何をしてたんだろう? 僕と一緒で散歩をしていたのだろうか? 問いかけようと思ったけれど、なんだかそれが億劫に感じた。別にいいやとさえ思った。

 こうして二人でベンチに座っているだけで、疑問や訝しみなんて感じなかったのだ。

 

「……井伊月……楯無とは、最近……その……なんだ……。上手くやれているか……?」

 

 どこかたどたどしい先生の口調は、僕を思案させた。

 

「ううん……僕は大丈夫って思ってますけど……」

「そうか……。そうか、なら……よかった」

 

 不思議だ。先生が、怖がっているように見える──

 目を合わせない先生は、見えない何かに脅えるように、そして逃げるように、僕から顔を逸らしてどこかを見つめる。それは胸をざわつかせる不安を生むようで、僕こと井伊月重吾の内側で暴れた。

 

「──……大丈夫です、先生」

 

 何が大丈夫なのだろう。僕自身の口から零れたそれは、脈絡の無い文面みたいに確信的ではなかった。

 

「僕、みんなを守るって決めましたから。もちろん先生も……僕は絶対に守ります!」

 

 その言葉は考え抜いたわけでも、返す刀で喋ったわけでもない。ただ何も考えずに無意識にこの口から飛び出したのだ。まるで初めから用意されていた台詞みたいに。

 僕が言った言葉に感動したのか、先生は目を丸くして固まっていた。やった! そう思った。──けれど、

 

「そんな言葉を使うなっ‼︎」

 

 先生は急にベンチから立ち上がって、僕を叱りつけた。

 突然のそれにあまりにも虚を突かれて、何も反応ができなかった。けれど後になってやってきた衝撃に思わず泣き出しそうになって、唇を噛んだ。

 

「ご、ごめんなさい……っ」

 

 震えた。怖かった。

 先生が何を考えているのかわからなかった。

 

「はっ⁉︎ す、すまない、井伊月‼︎」

 

 すぐさま謝ってきた先生は珍しく慌てた様子で顔を顰めた。すまない、すまないと、何度も繰り返し謝って僕の手を握った。

 僕はそれにどう返せばいいのかわからなかった。

 正しいこと言ったはずなのに怒られた。それに理不尽さすら感じていた。

 だから僕はすまないと謝る先生の姿を見つめながら、ただ呆然と怒られた理由を考えたのだった。

 




続く
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