君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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にきはや


───── 「井伊月重吾と織斑千冬」2

 日は昇り始め、太陽も色濃くなり始めた。

 しかし静寂から抜け出せいでいる学園は、まだ微睡みの中に存在し、心を休める生徒達に安心と安らぎを与えていた。まだ襲撃の名残りをトラウマとして残してしまった少女達に、贖罪でもある静けさで世界を満たしていた。

 するとそんな、拠り所でもあるIS学園を眺める女性が二人。どこか懐かしむような瞳を向けて、傷付いた学園の白璧を眺める女性が二人、佇んでいた。

 一人は、金色の髪を綺麗に結った女性だった。その容姿にあった妖艶さと気品さを兼ね備えた女性だった。

 もう一人は白みがかった灰色の髪をボーイッシュに切り揃えた女性だった。片目を白の眼帯で隠し、片側の肩から手先までを布で覆った女性だった。

 

「ふぇ〜。こりゃまた派手に……」

 

 そのボーイッシュな女性が、綻びのある学園の白璧を見つめ、感嘆の声に似た感想を漏らした。

 

「ほんとね」

「いやぁ……でも、謝りに来たってダサいよなぁ」

「無かったことにはできないでしょ?」

「えー。別にいいと思うんだけどなぁ〜。だってさぁ、送ってきてくれたあの資料、なーんも書かれてなかったんだぜぇ? ペラッペラのスッカスカだったのよぉ〜」

「恩は返すものなのよ」

「……ちぇ〜」

 

 歩き出した、二人の女性。

 互いは親密な関係なのか、他愛ない会話と談笑を交えながら、気にすることもなく学園の道を進んで行く。途中、警備員に止められた二人だったが、胸のポケットから取り出した手帳のようなものを見せると、特にそれ以上は追求されることも無く、再び歩き出した。二人の女性はどんどんと歩みを進めて行き、ついには学園の中へ足を踏み入れる。

 

「中も……酷えな」

「……こんなところを襲うなんてね」

 

 どこか怒りの混じった声を出した妖艶な女性。

 それに頭の後ろで手を組むボーイッシュな女性が、少し気落ちした様子で鼻を鳴らした。

 

「……行こーぜ」

 

 後ろ髪を引かれるように重い足取りで歩き出した彼女達は、まるで被災地に訪れた軍人のように、跡となって残された襲撃の傷跡を目に焼き付けていた。彼女達のその瞳の中には、どこか蜃気楼のように歪む青色の光が灯っており、学園を囲む静寂のような色を放っていた。

 

 ──────────────────────────

 

 くたびれた学園の廊下を歩きながら、少年は考え込んでいた。考える──と、いってもそれは些細な事。今日のご飯は何かな? 帰ったら何をしよう? そんな具合の考えである。

 まだ朝の目覚めから醒めていない廊下は、肌にピッタリと張り付く冷たさで満たされていた。

 時たま、寒さからくる身震いを見せながら、廊下を歩く少年は白い息を吐き出した。

 ──今日はいっそうに寒いな……。

 白を基調とした学園の制服。

 成り行きのような形でIS学園に入学した織斑一夏は、季節に準じた気温の低さにまた震えた。

 

「あーあ……何やってんだろ、俺」

 

 なんて呟く織斑一夏にはとある悩みがあった。先ほど述べたように些細な事だが、彼は強さに憧れを抱いていた。

 ひとつ。彼の姉は世界最強の女性だった。故にコンプレックスにも似た感情を抱き、そして強く惹かれていた。

 ふたつ。彼には守りたいものがあった。それは一であり、個でもあった。我儘を言うように、彼は全てを受け入れることの出来る力を手に入れたいと思っていた。

 しかし、それがとても馬鹿げた願いだという事も、織斑一夏はかつて味わってしまったが故に理解していた。

 ──きっとあの日、少年に力があれば悲劇は無かった。

 ふと思い出すのは、横たわる血塗れの恩人の姿。

 ふと思い出すのは、女性の尊厳を踏み躙られた想い人。

 学校から浮き足立って帰ってきた十三の彼。そんな彼にはあまりにも酷く、残酷な光景だった。過去だが、決して忘れ去ることのできない──呪いである。

 だから、だから──

 織斑一夏は願うのだ。愚直に、強さを願うのだ。誰も泣かない世界が訪れるようにと、優しさも込めて──

 

「あた……瓦礫か」

 

 足の爪先に当たった瓦礫を拾い、少年はつまらな気に放った。また歩き始めた。

 ゴトッと音を立てたのを聞いて、織斑一夏は欠伸を漏らす。漏らしてからまた、考え事を始めた。

 しかしふと、息抜きにと窓の外を眺めた。

 すると晴れ渡る空の景色の下に、見知った顔の人物が二人、談笑をしていた。ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルロット・デュノアである。

 眉を上げた少年は歩く向きを変え、外に通じる扉を抜けた。そして友人の元へ近付き、向こうがこちらに気付いたのを見て片手を上げた。

 

「よう」

 

 丁寧に整えられた芝生の上を進み、彼女らの横につく。

 

「や、お互い大事ないな」

「元気元気♪」

 

 仲の良いラウラとシャルロット。

 一夏は重い腰を降ろして、二人の前に座った。

 

「少し寝不足だけどな」

 

 一度、食堂で彼女達と偶然に鉢合わせ、交流を深めた。互いに専用機持ちということもあってか、あまり壁というものはなかった。その時は襲撃事件のすぐ後で、皆が疲弊していたから、互いに互いを労ったほどである。

 涼やかな風が駆け抜け、草木を揺らした。

 鼻を擦った一夏はラウラを見つめた。

 

「なんか……変に静かだよな」

 

 丘になるこの場所からは学園が見下ろせる。

 目を細めた一夏は、どこか物々しい学園の全体を、どこか上の空で眺めた。

 

「戦ったのはあれが初めてなのか?」

「……いや、前に一回……重吾と外国で戦った」

「へえ〜、凄いね」

「二人は慣れてるのか? こういうことに」

「別に私は普通。慣れてるのはラウラぐらいだよ」

 

 シャルロットの言葉に喉元が締め付けられた。

 何食わぬ顔で風を感じるラウラを再び見つめ直した一夏は、纏わりつく何かを振り払うように質問を続けた。

 

「戦うの、嫌だろ?」

 

 少年は問いかけた。大人びてはいるが、自分と同じ世代の子。それも少女。ラウラ・ボーデヴィッヒという人間に対して、織斑一夏は疑問を混ぜた問いを投げた。

 

「……ははっ」

 

 ところが彼女は嘲笑った。

 馬鹿だな──とでも言いたげに笑んだ。

 一夏はそれに少しだけムッとする。ムッとして、気付く。ラウラが悲しい目をしている。彼女の片目の感情に気付いて織斑一夏は口を閉じる。

 何度目かの風が流れ、優しい音が舞い上った。

 ラウラから視線を逸らして俯いた一夏は、少しの自己嫌悪に陥った。誰が好きで戦うものか。そう考えて、自分がした質問の根底を否定した。

 

「私は……一度、殺されかけたんだ」

 

 言って、ラウラが服を捲った。

 声に反応して顔を上げた一夏の瞳に、露わになったラウラ・ボーデヴィッヒの腹部が映る。

 

「……っ」

 

 邪な感情は抱かない。抱けるわけがない。

 織斑一夏の目に映った彼女の肌には、あまりにも酷い傷跡が存在していた。きっと一生治らない程の傷が、まるで初めからそこにあったかのようにへばり付いていた。

 ドクンと──嫌な感覚が湧き上がってきた。

 少年は喉を鳴らして、眉を寄せた。

 急に突き付けられた現実感に目眩がして、思わず彼女の傷跡から視線を逸らした。

 

「ラウラはさ……強いんだ」

 

 と。シャルロットが語り始める。

 

「だから、戦ったの……。守れる力があったから、守れる強さを持っていたから、この子はずっと戦った」

 

 見るに堪えないといった風に、ラウラの服を下げて傷を隠したシャルロット。彼女は遠いどこかに伝えるように、言葉を続ける。

 

「けどね……やっぱり、そんなのは普通じゃないんだよ、織斑くん。人がこんなになるまで戦う道理は無いんだ」

「……でも……俺は……」

「そうやって悩むんだね、君は。痛い思いをしてまで、戦う道を選ぶ人間だったんだ」

「ち、違う! ただ俺は、みんなを守りたいだけで……ッ」

 

 と。そこで少年は言葉を止めた。

 悲しげな顔をする、シャルロットを見た。

 

「織斑くん。君は、誰かを悲しませてまで、私達を守ってくれるの? 私達が泣いて止めても、君は……自分を犠牲にするの?」

「……俺は……俺は…………だから、その……」

「──悩むなよ。君が言っているのはそういう「強さ」だ」

 

 誰か泣かせる戦い。それが正しいものなのかは──

 

「俺は……守りたいだけなんだ」

 

 感情を噛み締めた少年と、それを窘めた少女達の間には、穏やかな春の風が──また流れていった。




続く
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