君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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なまなたか


───── 「井伊月重吾と織斑千冬」3

「──帰ります」

 

 言って、井伊月は私の前から去った。傷を負った足を引きずる兵士の様に、彼は足取り重く、私の視界から消えて行く。

 冷たい風に背中を押されて、私を口を開いた。

 ──待ってくれ。

 しかしその言葉は素直に出てこず、喉奥に引っかかって放つことが出来なかった。

 まるでどうしようもない不甲斐無さを感じながら、私はそれに酷く腹を立てた。自己嫌悪し、消沈した。

 遂に井伊月の姿は消え、一人、ベンチに取り残された。

 古びた木のベンチに再び座り直し、深く溜息を吐いて、私は呆然と空を見上げた。

 

(引きずっているのだな……)

 

 織斑千冬という人間は、案外に女であるらしい。

 私はそんな馬鹿げた事を考えて鼻を鳴らした。女なんて性別はとうの昔に忘れたと思っていたのだが、身の内はどうも変え難いらしく、私を苦しめる。

 二度目の息を漏らして眉を揉んだ。

 急いている訳ではないが、急くような焦りがある。

 井伊月が「守る」と言葉を発した時もそうだ。彼にその言葉を言って欲しくなかったから私は反射的に声を荒げてしまった。束に施されたという洗脳に従ってほしくなかったから、井伊月の発言を取り消してやりたかった。

 結果としてそれは悪い結末を迎えた。

 彼がどう思ったのは分からない。しかし怒鳴られていい感情を持つ者などいない。私はきっと悪い印象を抱かれた。あの女は理不尽に怒る──井伊月はそんな風に思っているに違いない。

 だがそれは、織斑千冬にとっての贖罪だ。

 私はそんな風に思い、思って、自分が嫌になった。

 あまりにも自己欲が激し過ぎると羞恥を感じた。

 

「──おいおい見ろよ、ナタル」

 

 と。その時、人の声が聞こえてきた。

 私は振り返り、目を細めた。

 片手に隠しておいた刃物に静かに触れた。

 映ったのは、二人の外人女性。どちらにもかしこまった様子は無く、こちらを見据えている。

 

「……誰だ」

「そんな怖い顔すんなよ。もっと強くなってるぜ?」

 

 口元に笑みをたたえる片方の女性。

 彼女がゆっくりと前に踏み出した瞬間、私は手のひらに隠していた刃物を投擲した。放たれた刃物は彼女の足元へと突き刺さる。

 

「え⁉︎ なんなのコイツ‼︎ 急にナイフ投げてくるとか、絶対正気の沙汰じゃねえだろ‼︎」

 

 驚かされた猫のようにその場を飛び退いた彼女は、恨みがましく私を睨む。

 鼻を鳴らして第二の刃物を指先に挟んだ私は、返す刀のように彼女らを睨み返した。

 

「……二度目だ」

 

 冷えた刃物に指添えを──

 鼻を鳴らした片側の女性は、見るからにがさつである。

 変えて、もう片側の女性は、隣の彼女よりかは話が通じそうな予感はある。しかしその口元にたたえるものはなにか? 私は言い得ない嫌悪感に目を細めた。

 

「は! お高くとまっちゃってさ」

 

 鼻を鳴らした片側の女性。

 彼女は警戒が無いのか、こちらに悠然と歩んでくる。

 私はその行為を認識した瞬間、躊躇いなく刃物を振り上げた。しかし刺すことはせず、彼女の首直前で止める。

 

「次は無いぞ……」

「あん? やってみろや」

 

 片眉を上げる彼女は、恐怖など微塵も感じないといった様子で私を睨み返す。その雰囲気と物怖じしない様子から私は獣を連想した。

 ──雌が……粋がるなよ。

 私が刃の先端を押すと、反射のような素早さで彼女は反応した。銀色の刃を何の躊躇いも無しに掴み、押し込む私に反発して押し返してくる。

 ふと私は、刃を掴む彼女の手から妙に金属の香りがすることに気が付いた。あまり嗅がない匂いだが、この鼻にこびり付くような感覚は金属のそれである。

 

「……義手か」

「ピンポーン」

 

 人差し指を立ててニカッと笑う女性。背後にいる彼女の連れ人はどこか呆れた様子で溜息を吐いていた。

 少し考えてから刃物を引いた私は、それを元の場所に戻した。

 女性は首を回して音を鳴らす。

 こきん、こきん、と小気味の良い音を出した。

 短髪の彼女には隙が無いように思えた。

 私自身の直感だった。

 彼女の風体は見るからに怪しいものだったが、その内に隠しているものは鋭く尖った何かである気がしてならない。特に片目を覆った白布と義手からは酷く嫌な気配がする。

 自然と口元を深く結んでいた。

 ふと、私はいつかの日を思い出していた──

 

「弱っちいのな?」

 

 と──遮る声。

 視界を開いた私に飛び込むのは獣の笑み。

 背筋の骨が舐め上げられる不快感にゴポリと血液が遡った。不愉快さの波が私を舐め上げた。

 

「見てたけどよ。あれはねーぜ?」

「……何がだ」

「守ってもらえるなら、守ってもらえばいいじゃんかよ〜。あれ井伊月重吾だろ? 確かさ」

 

 どこか見え透くような瞳の底。

 まだ名も名乗らぬ彼女にそんなふざけた事を言われ、正直なところムカッ腹が立ち始めていた。

 

「おかしな事を言う奴だ。生徒と教師だぞ」

 

 これまで。ここから先は知らない。

 

「あははは。お前、愛は最強なんだぜ?」

 

 前言撤回。少し教育が必要なようだ。

 

「帰れ。母校にな」

「焼かれて残ってねーヨ」

「知らん。青空教室でもやれ」

「あん?」

「何が?」

 

 まるでメンチの切り合いである。

 バチバチと視線をぶつかり合わせる互いは、譲らぬプライドに馬鹿なソースをかけて料理していた。どちらかが大人になれば終わる馬鹿なやり取りである。

 けれど私達は譲り合いという発想を浮かべず、いつ終わるかも分からない睨み合いを続けた。

 

「──はいはい。そこまでそこまで」

 

 ぱんぱん、と手を叩いた音。

 そこでようやく、短髪の彼女の連れ人が口を開いた。

 

「イーリも織斑千冬さんもやーめーてっ」

 

 彼女はイーリという女性を押し、私から離す。

 予想していた通り、彼女は頭の良い人物だった。

 金の髪を靡かせその女性は、口元に柔和な笑みをたたえて私に微笑んだ。

 それに少しだけ毒気が抜かれた気がして、細めていた眼光を緩ませる。少し熱くなっていたらしい。

 首元の襟を動かした私は、一度感情を切り替えた。

 ゆっくりと呼吸して熱を冷ます。高ぶった感情の排出先は外、外──

 

「……で。貴様らは誰だ」

 

 熱が引いたことにより、問いかけが根本へ。

 私は目の前に並ぶ二人の女性に思惟を投げた。

 

「私はイーリス・コーリングだ」

「ナターシャ・ファイルスよ」

 

 と。彼女らの名前を聞き、私は思い出す。

 

「……ああ。アメリカの」

「もっとマトモな覚え方ねえの⁉︎」

 

 うるさい奴だ。言ってみただけではないか。

 冗談の効かない奴は井伊月だけで十分──

 手のひらを握り締め、私は彼女らに口を開いた。目的を問いただそうと思う。

 吹いた風に問いかけを織り交ぜて、そして流した。

 彼女達はその質問に悩んだが、特に言いはぐらかす事もなく、ここに来た理由を述べた。

 

「ウチらの基地が襲撃にあった。亡国起業だ」

 

 僅かな衝撃が胸を穿つ。

 眉尻を上げて、言葉の続きを待つ。

 高鳴る鼓動が嫌な予想をさせてくる。

 

「あんたらに送ってもらった無人機の資料が目的だった。戦ったが、油断しちまってこのザマさ」

 

 言い、イーリという名の女性は義手を見せつける。

 

「……良い。そうなってまで、守り続けてくれた誠意が素晴らしい。私は貴方を誇りに思う」

 

 軍人の中には、偶にこの様な人間がいる。

 いやはや、誇りが高いというものだ。

 

「イーリ……貴方ねぇ……」

「しー! 秘密だよ、ノー!」

 

 何か不思議なやり取りをするイーリス・コーリングとナターシャ・ファイルス。私は少し気になった。

 

「客人だったのだな。中へ案内しよう」

 

 ──それに、襲撃の事も気になる。

 私は向きを変えて学園に足を伸ばした。

 

「あ。私、学園を見学させてもらってもいいかしら? 少し中が気になってるの」

「構わないが、まだ後片づけが終わっていない。するならまたの機会に改めて私が──」

「いいえ。気にしないわ」

 

 と。ナターシャ・ファイルスは手をヒラヒラとさせて、足早に向こうへ去って行った。

 知人のイーリス・コーリングを見たが、彼女も疑問の表情をしていた。知らない事情を抱え込んでいるらしい。私は先ほどの急くようなナターシャ・ファイルスの様子にそう感じた。

 

「……では、案内しよう。こっちだ」

「……うぃ〜」

 

 どこか空気の抜けた彼女の返事の意味を、私は理解していた。

 

 ◇

 

 /1

 

 彼、彼だ!。

 遠巻きからだが、確かだ。

 あの赤茶色の髪と歩き方は「彼」だった。

 女性は走る、走る──‼︎

 髪は揺れる。

 足早に、足早に──走れ、走れ‼︎

 

「みーーーーつけたァっ‼︎」

 

 その背中は園庭の中に、

 満悦と満面。顔が綻ぶ。

 飛び立つような、鳥──弾けた。

 花を見つめる彼の背中はとても暖かい。

 

「わわっ⁉︎」

 

 ああ、そうだ。この反応。思い出す。ワクワク。

 少し華奢か? いや、関係無い。この温もりは同じだ。

 女性は強く抱き付く。

 慌てふためく少年の名は井伊月重吾。

 彼は落ち込んで花を見ていたのだが、そんなものは吹き飛んでしまったフライト状態。頭の中は乱気流である。

 

「釈放されたのね⁉︎ 事情が伝わったんだわ‼︎」

「おねーさん誰⁉︎ イヤーーー、かいちょーーー‼︎」

 

 何か妙に騒がれる。彼はどうしたのだ。

 ナターシャ・ファイルスは顔を持ち上げた。

 瞳に映るのは当然に彼の姿。

 優しげな目元に穏やかな雰囲気は変わらず、少し若返ったように見えるのは更生からの影響か。

 何故、彼はこんなに動揺するのだろう。

 久し振りに会ったのだから、私は再開を喜びたいのに。

 しかしそこで私は、初めてその違和感に気付いた。

 確かに彼は「彼」だが、何かが違った。いや──それは全部だった。理屈として、異国で出会った彼は少なくとも私と同世代かそれ以上の年齢だったのだ。だから今ここで、"制服"なんかを来て学園にいる筈が無いのだ。つまりは──

 

「──……あ。ご、ごめんなさいね」

 

 彼は、彼とは違う──。

 

「あはは……」

 

 酷い虚しさに釘を打たれた。

 羞恥と虚無感の狭間に立っている。

 私は、急ぎ過ぎた気がして自分が嫌になった。

 少年は動揺している。瞳にある感情は不審だろう。

 ナターシャ・ファイルスは頭を下げた。少しだけ微笑む。作り笑いだったが、どうにか弁解したかった。

 

「……あれ? おねーさん……ISの人じゃ……」

 

 む──と眉を上げた。

 彼の表情が少し和らいでいる。

 しかし私は彼の言葉の方が気になった。

 

「会ったことがあるの?」

「うん。炎と蜘蛛のISと戦っていた時に……」

「……ああっ! もう片方は君だったのね」

 

 織斑一夏君とは顔を合わせたし、話もした。けれど君とは会っていなかったわね。

 ナターシャは笑み、立ち上がってお辞儀をした。

 重吾もそれを見て慌てて立ち上がり、お辞儀をする。

 

「どうも」

「こ、こちらこそ……」

 

 ぎこちない様子は緊張の証かな。

 私は少し嬉しくなった。

 

「本当にごめんね? 私の知り合いとこれでもかってぐらいに似てたから嬉しくなって……つい」

 

 思い出すだけで恥ずかしくなる。私は苦笑した。

 

「あの……」

 

 と、彼が。

 

「ああ、そうよね。私は失礼するわ」

 

 彼が花を眺めていたことを思い出し、ナターシャは立ち去ろうとする。

 しかし彼は立ち上がり、彼女を呼び止めた。

 

「僕の……僕の、悩みを聞いてくれませんか?」

 

 不安な瞳は変わらず、井伊月少年は縋り付くように。

 そんな唐突──私は、彼に興味を抱いた。

 

「ええ。私でよければ♪」

 

 言ってやり、顔を綻ばせた彼の笑顔は、本当にあの人とよく似ていた。

 

 ──────────────────────────

 

 井伊月少年の後ろ姿が、私を温かくする──。

 少年に案内されたのは大きな空間だった。

 漂う匂いは清潔な香り。奥にあるのは厨房。きっと食事をする場所なんだろう。私は奥の席に座った彼に続き、向かいに腰を下ろした。

 

「急なお願いをどうもです」

「ふふ。礼儀があるのね」

 

 褒めると、少年は少し照れた。

 

(あら、可愛い反応)

 

 思わず綻ぶ。

 私は隠した微笑みを胸の中で浮かべた。

 少年はもじもじとしながらこちらを伺っている。

 余程、覚悟が必要な悩みを告白しようとしているのだろう。私は汲み取った彼の心情を察して、静かに言葉を待った。

 

「あの……僕の悩みっていうのは……少し、変で」

 

 む──私は、眉を上げた。

 言葉が詰まっている。彼は、苦しそうだ。

 私は口を動かした。

「大丈夫。落ち着いて」促しと、安堵の言葉だ。

 少年は少し顔を歪めてから、そして口を再び開く。まだ顔の緊張は和らいでおらず、伝わってくる雰囲気も弱々しい。

 けれど私はそれでも待つ。

 通り抜ける冷気に震えても、少年の言葉は大切だ。

 

「──でも、静かね……」

 

 有り余る静寂に、つい"それ"を口にした。

 

「自室待機してるんです。……危ないから」

「……そっか」

 

 声のトーンは低く、感情が読み取れる。

 私はあまり追求はせず、再び口を閉じた。

 窓の外を眺めると、そこには花々の園が広がっていた。

 

「──……あの、僕の────」

 

 そして少年の「秘密」は始まる。




続く
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