君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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はやかめは


第四十七話 「強さ」

 机を囲むのは織斑千冬を含めた女性陣。

 その中で一人、男であり子どもである井伊月重吾は、どこか浮かない表情をして俯いていた。心ここにあらずといった様子の表情で、この場の雰囲気を重く変えている。

 彼の心情をなんとなく察している織斑千冬は、あえて口を出さないように口元を結んでいた。隣に座っているナターシャ・ファイルスも同様である。

 

(……え? 何この空気。重たくない?)

 

 しかしイーリス・コーリングは違った。彼女にはそんな気遣いの心は無かった。察してはいたが、そこまで。彼女はこの重く苦しい雰囲気というものが大嫌いで、今も、どうやってぶち壊してやろうかと算段を立てていた。行き過ぎた天真爛漫娘とは彼女のことである。

 頬杖を突くイーリスは、何かないかと辺りを見渡した。今いる食堂は本当にもぬけの殻といった感じで、ここにいるのは自分達と調理師の職員だけ。ぽつんとここに座っている数人の存在が食堂の中の人口である。まったく。広いから余計に寂しさが際立っているぞ。

 ──あーあ、ツマンネ〜。

 大きな欠伸を漏らし、頭の後ろで両手を組んだ。

 向かいに座るナターシャが注意するような視線を向けてきているが、そんなもの知ったことではない。私が何しようたって勝手だろうが

 ボーッと宙を見つめながら、暇潰し探しを続けるイーリス。時折髪の毛を弄りながら、爪なんかもチェックしてみる。しかし暇である事は変わらずで、段々と苛々が募ってくる。重い雰囲気も嫌いだが、ジッとしているのも大の苦手なのだ。

 そして耐え切れなくなったイーリスは立ち上がり、何も言わずに机を離れた。遠巻きにナターシャの溜息が聞こえたが、悪びれる気も無く彼女は去って行く。

 

「──おっと、悪い悪い……」

 

 しかし食堂を出ようとしたその時、一人の少年と鉢合わせ、ぶつかりそうになる。突然飛び出してきたので反射的に少年の肩を掴んでしまった。

 苦笑したイーリスは、謝り、少年の肩を離す。しかしふと見た少年の顔に見覚えがあり、去って行こうとする少年の肩を再び掴んだ。引き寄せた。少年が驚いた顔でこちらに振り返る。

 

「オメー、織斑一夏だな?」

「えっ? あの、その……えぇ?」

「ゲッヘヘヘっ! ちょっとツラ貸せやァ‼︎」

「は⁉︎ ちょ、待って‼︎ 俺まだご飯──」

 

 有無も言わせず少年を担ぎ上げたイーリス。

 彼女が爆走する廊下に、少年の悲鳴が響き渡った。

 

 ◇

 

 一夏の意識は朦朧としていた。

 自分を担ぎ上げる女性。

 服越しに伝わる肉体は引き締まり、しなやかである。

 女性特有の甘い香りがする所為か、頭の中がグルグルだ。

 ──いや、今はそんなことを考察している場合では無い。

 まるでバイクのようなスピードで猛進する女性に拘束される一夏は、顔にぶち当たる風に吐き気すら催していた。どこに連れていかれるのだろう? という不安は無く、ただ早く解放して欲しいとの懇願で胸が埋め尽くされている。

 右へ曲がり、左へ曲がり──。

 一夏は顔を伏せたまま、なすがままに運ばれる。

 そして急に止んだ風に顔を上げたその瞬間、少年の体は抵抗を失って宙を舞った。目を点にした少年の瞳に、ニコニコと笑う女性の顔が映る。

「ウェルカム!」──女性はそう言った。

 何が何だか分からない。一夏の思考は宙を舞ったままだった。しかし突如訪れたドスンという衝撃と、上に飛び乗ってきた女性の柔らかな肢体。それに無理矢理意識を引き戻される。

 

「痛え⁉︎」

 

 何故、こんな事になっている。

 一夏はまず初めに疑問を浮かべた。

 あはは、と笑う女性を見ると、かなり歳が上である気がした。無理に引き剥がすことは出来ないと、それを見て思った。

 何だよ、何なんだよ。てか重たい……──。

 一夏とて年頃の男子である。女性に対してのデリカシーというのはわきまえているつもりだった。喉元まで込み上げた言葉を寸前で押し殺す。

 クネクネと動く女性は何がそんなに楽しいのか、どこか気持ちの悪い笑みを浮かべていた。

 しかしそんな動きを腰の辺りでされてしまうと、いくら目上の方だからといっても意識してしまう。反応してしまう。

 頬に感じる熱にむず痒い表情をした一夏は、なるべく優しく女性の太股に触れ、退けて欲しいとの意思を込めて横に押した。際にふにょんとした、しかし引き締まった陸上選手の脚のような感触に思わず上ずった声を出してしまい、反射的に手を引っ込めてしまう。そして不幸にも、その様子を女性に見られていることに気が付いた一夏は、高鳴る心臓に息を飲んだ。

 

「変態だなぁ……お前♪」

 

 違う‼︎──しかしその言葉は、女性に人差し指を口に当てあられたことで止められてしまう。

 眉を上げた一夏は頬の熱がさらに熱くなるのを感じ、我慢出来ずに身を捩って女性の拘束から逃げ出した。まだお腹の辺りに女性の体温を感じる。……変な気分である。

 

「さあ、私と訓練しよう!」

「きゅ、急に何です⁉︎」

「仕込んでやりたいんだよ。お前、織斑の弟だから」

「仕込むって……何を?」

「むふふふふっ。なーんだ」

 

 怪しげな笑みを浮かべた女性は、突如、こちらに向かって蹴りを放ってくる。風を裂くような蹴りだ。

 反射的に身構え、腕で防御した一夏は、女性が放った蹴りの重さに歯を食い縛り、苦渋の声を漏らした。まるで鉛で叩かれたような痛みだったのだ。

 ひゅー、と口笛を吹いた女性。

 一夏はそんな女性に訝しむ目を送った。

「言ったろ? 訓練だってさ──」まるで宣言のように、当たり前の事のように、女性は稽古をつける師範代のように拳を放ってくる。

 ギョッとした一夏だったが、姉との稽古を思い出し、即座に反応して女性の拳戟をいなした。しかし一発一発に力が篭ったその拳に否応無く視線を固定され、おざなりになった足下に鞭のような健脚をぶつけられてしまう。思わぬ位置からの圧力に、一夏の両足は呆気なく崩れた。

 やばい──‼︎

 そう思ったのも束の間。顔面に掌底を放たれ、立ち眩みのような感覚に意識が支配される。

 何も反応が出来なくなった一夏は、続けざまに放たれた蹴りを腹部にもらい、大きく後ろへ吹き飛んだ。上を向いた視界に映る景色で、一夏は初めてここがアリーナだということに気が付いた。

 

「ダメダメダメ。てーんで、ダーメ!」

 

 急に攻撃してきて何を言ってるんだ。

 一夏の胸中はそれだったが、言葉に出す程の酸素が体の内に残っていなかった。鯉のように口をパクパクとさせることで精一杯である。

 傍で膝を曲げ、顔を近付けてきた女性は、そんな一夏の胸をトントンと叩いた。まるで品定めするかのような視線で、他にも様々な部分に触れる。

 そんなことなどいざ知らず、ただひたすらに自己の回復に努めていた織斑一夏は、女性が今触っている部位など知る由もなかった。見る余裕も無かった。

 

「うわぁ……めちゃ、お、大きいな……ごくりっ」

 

 何か唾を飲むような音が聞こえたが、何だろう?

 顔を上げた一夏の視線に映るのは、何故か顔を赤らめさせた女性の姿。自分の手を握り締めて、どこかむず痒そうにモジモジとしている。

 ようやく息の整った一夏は、そんな女性に疑問を抱き、首を傾げた。この人は何を恥ずかしがっているのだろう。というかこの様子は何かに悶えているような、そんな雰囲気が……。

 それ以上の詮索は危険な気がした一夏は、大人しく自分の判断に従った。妙に股の辺りに人に触られた感触があったが、それも一夏は深く詮索しないことに決めた。何故だか鳥肌が止まらなかった。

 立ち上がった一夏は土を払い、上着を脱ぎ捨てた。どうせまた訓練だとかいう暴力が再開すると思ったのだ。ならば制服は汚したくない。一夏は軽く柔軟体操をしながら息を整えた。

 

「貴方は誰なんですか?」

「超絶美女のおねーさんだよ」

「そんなのはいーんです。誰です?」

「冗談が通じない奴。ただの軍人だよ」

「へ〜。軍人なんですか」

「なんだよ。案外、驚かねーのな」

「知り合いにもいるんで」

「ふーん。そか」

 

 女性に腕立てを指示され、素直に応じていた一夏。彼は女性を背中に乗せたまま体を上下させ、会話を続ける。

 

「大変だったんだな。酷いボコボコじゃん」

「急だったんです。敵のことですよね?」

「おう。頑張ったって聞いたぜ? おめーさんも」

「お世辞ですよ? それ」

 

 少しずつ重くなってくる両腕。

 一夏はさらに歯を噛み締めた。

 

「そーいや、井伊月重吾は結構暗い奴だったんだな」

「別にそんなことは無いですけど……」

「そうかぁ? 暗〜い顔して俯いてたぜ?」

 

 ふと、この前見た彼のどこか落ち込んだような姿を思い出し、一夏は何とも言えない心境に陥った。彼に何かがあり、そしてあったのは明確だったのだ。

 

「言わないんですよ、あいつ。無鉄砲って感じで」

「ふーん。よく解ってんのな?」

「……"友達"ですから」

 

 そして指示されていた回数分を終えた一夏は、「終わりました」と言って顔を持ち上げた。女性が背中から降りてから、地面に座り込んで大きく息を吐いた。

 

「話したことあります?」

「いや、会っただけ」

「じゃあ分かりませんよ。あいつの良いところ」

「……そうだな。また会ったら話してみるよ」

「もしかして怒りました?」

「別に。普通だろ」

 

 襟元までファスナーで閉じられた軍服を脱いだ女性は、まるで興味無さげに仕度を始める。

 言いようのない感覚に襲われた一夏は、そんな女性をただぼうと見つめ、温もった体温と外気の冷たさに息を吐いた。

 屈伸運動をし終えた女性は「よし」と呟く。しなやかで引き締まった体軀を見せ付けるように体を伸ばし、彼女は両腕を前に突き出した。そして眩い光がその全身を包み込んだかと思った次の瞬間には、女性は別の姿に早変わりしていた。

 

「実はIS使いでもあったのだ〜」

「おぉ……!」

 

 彼女が身に纏う外装は、まごうこと無きインフィニット・ストラトス。装甲表面に負った傷跡が生々しく、一夏に明確な現実味を与えてくれる。

 

「凄い……。でも」

「ああ。まだ修理が終わってねーの」

「……」

 

 一体、どんな戦いをしたんだろう──。

 ふと、一夏は考えた。

 目の前に存在するISは、くすんだように黒ずんでいる。

 片や女性の方も、避けていたが、明らかな傷跡を腕と片眼に負っている。軍人、と言った彼女の背景に、とてつもなく巨大な戦争のようなものがある気がした。

 痛みのようなものを感じ、顔を顰める。

 機体の調子を確認する女性は荒いが良い人だ。一夏はそれを知った。どこにでもいる普通の人だったのだ。

 考えれば考えるほど複雑な気持ちになる。彼女のような女性でも、あのような傷を負ってしまう世界が訪れたんだと、一夏は悲しい気持ちで考えた。

 

「──あのっ……」

 

 言葉を紡ぎ、一夏は目を伏せた。

「どーした?」女性はそんな一夏に苦笑する。

 一夏はある質問しようと考えていた。それは「強くなるためにはどうすればいいか?」という自分らしいもの。しかしそれを口から出せずにいるのは、シャルロットに言われた言葉の数々を気にしていたからだった。

 

「おーおー、そんな顔しちゃってま〜」

 

 どっこいしょ、と女性は座り込んだ。

 見ると、いつの間にかISの展開を解いていた。きっと戦闘訓練をする為に出してくれていたに違いないのに悪いことをしてしまった。

 女性は手招きし、一夏を誘った。

 それに少し躊躇ってから同じように座った一夏は、また目を伏せ、口を一文字で結んだ。まだ言葉が出てこない。

 

「悩みかい?」

「……」

「あっははは。面倒くせ〜」

 

 ケタケタと笑う彼女。

 確かに。と、一夏は苦笑した。

 

「──まあ、でも、なんとなく……わかるよ」

 

 言って、少しだけ微笑んだ女性。

 彼女の笑みは、どこか悲しげで、箒がたまに見せる憂いさによく似ていた。




続く
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