君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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なまさはな


第四十八話 「君のため。君のため?」

 その人は、自身のことを少しだけ語ってくれた。

 幼き日のこと。住んでいた国のこと。

 深くはないが、本当の過去を話してくれた。

 不思議な話だと思う。何故かと思った。

 初めてあった自分に語るべきことなんて、それこそ名前くらいだと思う。なのにこの人は、まるでこっちが望んでいるみたいに、楽しそうに、自分の思い出なんかを話す。

 すると、なんでだろうか、俺は、この人を好きだと思った。恋愛的感情としてでは無い、人間としてのその性格を好いた。絶え間無い笑顔を見せてくれるその人を、俺は──とても好きだと思った。

 

「いつか、平和な世界が訪れますように……──。そう願うだけでも、私は私を奮い立てることができる。だからよ、一夏。お前の気持ちが分かるぜ。お前は……焦ってるんだろ?」

 

 この人の言うことなら信じられる──。

 そんなこと俺は思い、思わず泣き出しそうになりながら、静かに頷いたんだ。

 

「はい……っ!」

 

 ──かちり。

 そしてどこかで、新たなスイッチが鳴った。

 

 ▽▽

 

 生徒会室。

 更識楯無はいつものように、書類の整理をしていた。

 手元にある紙に目を落としながら、黙々と。

 しかし不意に感じた「悪意」に顔を上げた楯無は、苛だち混じりの舌打ちを漏らした。

 

「……〈ミステリアス・レイディ〉」

 

 呟くと、楯無を中心に波紋のようなものが広がる。次第にそれは生徒会室を超えて学園の全体に範囲を拡大し、やがて収縮していった。

 統括された波紋の雫を指先に集め、舐めとる楯無。

 彼女は神妙な顔持ちをした後、溜息と共に立ち上がった。そして隅にある放送機の元に近付き、スイッチを入れ、マイクに口を近付けた。

 

「敵襲──戦闘態勢……準備っ!」

 

 そして放った言葉は、学園を再び悲鳴に包み込んだ。

 

 ▽▽

 

 食堂に兵達は、その警報を聞いた途端、目を見開いて立ち上がった。全身の血液が騒ぎ出して、本能的に戦闘態勢に突入したのだ。そしてそれぞれの役割を、その兵達はこなしていく。

 織斑千冬は通信を、

 ナターシャ・ファイルスは警戒を、

 そして井伊月重吾は──

 

「敵は何処だ──ッ‼︎」

 

 獲物を求める獣の如く、窓に足をかけて、そのまま勢いよく外に飛び出した。

 止める暇も無く、彼は〈黒兎〉を身に纏って飛翔する。

 その光景を見ていた千冬は通信を中断し、窓に駆け寄って空を見上げた。まだ井伊月重吾の姿はあった。しかしそれもすぐに遠ざかっていく。

 

「私に任せて!」

 

 と。ナターシャが同様に飛び出した。

 視線で、重吾を追いかける──との思惟を送って。

 険しい顔をした千冬だったが、それに少し安心して頷く。「頼んだぞ」と後ろ髪を引かれながら歯を噛み締める。

 ナターシャはそれに微笑み、空へと向かった。

 そして彼女の横顔は、戦士のものへと変わる──。

 

「……腹立たしい」

 

 一人、残された千冬は、スーツを脱ぎ捨てた。律儀に上まで止めていたシャツも乱暴に剝ぎ取る。

 上半身を曝け出した千冬は、胸部が露わになっていることも気に留めず、腰回りに装着していたナイフを机に置いた。他にも、束本人に製作してもらった戦闘スーツを、同じく製作してもらった携帯パスロットから粒子構築して着込む。少しだけキツいスーツを無理矢理に身に纏い、再びナイフを装備する。

 重くなった体に手を握り締める千冬。

 彼女は腰元のパックからワイヤーを取り出し、腕の脈辺りに装備してある武具の中にセットした。カチリ、と嵌め込まれた音が鳴り、準備が整う。

 よし──と、彼女は真剣な顔で頷いた。

 鳴り響く警報。遠くから慌ただしい足音が聞こえる。

 駆け出した千冬は食堂を出て、廊下に移動した。

 廊下ではすでに生徒達が避難を始めており、山田麻耶が先頭に立って誘導していた。彼女もまだ怪我が癒えていないのに、無理をしているな──。

 関節を鳴らし、千冬は駆け出した。

 用意していた「薬物」を投与して、更に加速する。

 

「──……っ! はは、効くな、束の煎じたものは」

 

 血液の暴走を感じる。

 千冬は、激しく脈動する心臓の音に、大きく息を吐き出した。

 

 ▽▽

 

 背中に誰かいる。

 背後を見ると、銀色の翼が存在した。

 

「ナターシャさん……っ」

 

 目を見開いた重吾だったが、止まるよりも先に、敵の姿を見つけてしまう。地上を見下ろした際に視界に映り込んだのは、未だ鮮明な敵の姿だった。

 あいつら、また来たのか──‼︎

 バーニアの方向を変え、降下する〈黒兎〉。

 張り付く風のスピードの中で、両手に黒塗りの槍を携える。そしてそれを落下の衝撃を込めて、敵の頭上に振り下ろした。

 

「まず、ひとつ……っ‼︎」

 

 脳天から股までを槍の穂先で射抜かれた敵は、それを引き抜くと同時に前のめりに倒れた。顔にある六つの蜘蛛目を消点させて機能を停止する。

 槍である三日月にぬめりとへばり付いたオイルを振るって落とした重吾は、センサーが感知した敵の反応の元に向かった。休む暇無くそこへ向かう。

 まだ彼に追い付けずにいるナターシャも、全速を出してその後ろ姿を追いかける。不吉な焦燥感が、彼女の中を埋め尽くしていた。それが何であるのかは、まだ分からない。

 地鳴りと共に、少年の視界に新たな敵が映り込む。

 上から落下してきた敵は、重吾に向かって拳を放った。

 

「──ッ」

 

 しかし少年には届かない。

 彼は瞬く間にそれを掻い潜り、敵の土手っ腹にダガーのような刃を刺し込んだ。刺し込まれた敵は、まるで痺れたように動きを止め、続けて放たれた少年の槍を顔面で受け止める。そして機能を停止する。

 ──ふたつ……!

 止まることを知らない重吾。

 彼は再び〈黒兎〉を飛ばし、標的を探した。

 センサーが次に反応を示したのは、学園が誇る巨大なアリーナの中であった。

 

「……この反応……一夏君だ‼︎ それともうひとつ!」

 

 知った人間の生体反応。

 彼の中に、嫌な熱が駆け抜けた。

 

 ▽▽

 

 ふと、見上げた視界に、黒塗りの巨体が映り込む。

 目を見開き、それを理解するよりも先に体を動かした一夏は、真横に落下してきた何かに喉を鳴らした。

 ──何だってんだ⁉︎

 砂煙りの中で蠢くもの。

 それは巨大で悍ましく思える。

 傍で膝をつく女性を見遣った一夏は、自分が盾になるように女性の前に出た。無意識の行動である。

 

「下がってろ。コイツは何かヤバイ気がする」

「……それは──」

 

 できないですね──。

 自身の強がりに苦笑する一夏。

 彼は震える手を握り締め、恐怖をひた隠す。

 ごうごう、と。ようやく晴れてきた砂煙りの中から姿を現したのは、いつぞやの無人機であった。姿形も一緒である。

 ハッと息を飲んだ一夏は、こちらに手を伸ばしてきた無人機から女性を引き離し、地面に倒れ込んだ。

 空を掴んだ無人機は手のひらを何度か握り締めると、軋んだような動きを見せて、遅れて顔と体をこちらに向ける。

 ──なんだこいつ……不調みたいな動きしてるぞ?

 どこかたどたどしいその動作に勝機を見出した一夏は、即座に〈白式〉を展開し、無人機に向かって体当たりをした。すると分かったことがあった。無人機の巨大がやけに軽いのだ。中身の半分ほどが抜けているような感じだ。

 見た目は鉄の塊だ。当然、重いことは重い。

 だが、この重さは前回のものとは違う。タックルを受けた際の勢いは、この程度の重量で出せるパワーではなかった。

 少し思案した一夏だったが、深くは考え込まず、正解を導き出す前に無人機をアリーナの壁に叩き付けた。

 グシャリ、といとも容易くひしゃげた無人機に、一夏はまた驚いた。

 

「──おい! 離れろ‼︎」

 

 え──?

 焦ったような女性の声に振り返った一夏。

 少年は、自身で押さえつけている無人機の蜘蛛目が、まるで時限爆弾のタイマーのように点滅していることを、まだ気付いていなかった。──最後まで。

 ──かちり。

 どこか聞き覚えのあるような音が聞こえたと思った瞬間、体が真後ろに吹き飛び、凄まじい熱量の波が全身を焼いた。

 呻き声を上げることも無く、何が起きたのか理解出来ない一夏は、自身の肉体に負った痛みに遅れて気が付いたのだった。

 

「うぐぅ……っ⁉︎」

 

 パチパチと炎上する無人機。

 まるで中身が爆発したように、装甲が破れている、

 何が起きたのかようやく理解出来た一夏は、咳き込みしながら上体を起こし、顔を歪めて息を吐き出した。

 

「爆弾かよ……!」

 

 燃え盛る無人機を見、一夏は呟いた。そして、あれをもし生身の体で受け止めていたらと考えると、ゾッとした。

 〈白式〉に心の中でお礼を言い、ホットを息を吐く一夏。

 そんな彼の真後ろに、新たな無人機が降下する。

 ──な、ヤバっ⁉︎

 気付いたが遅く、首後ろを掴まれた。

 先ほどの無人機の爆発を思い出した一夏は、血の気が引くのを感じ、早く逃げなければと力を込めた。しかし眩い光を内側から放出し始めた無人機に、回避が間に合わないことを悟り、一夏は歯を食い縛った。

 

「──どけェッ‼︎」

 

 が。無人機越しから聞こえた怒声に意識が降り戻る。

 一夏の体は本能的に回避行動をとった。

 地面に転がり込んで、起き上がった時に見たのは、無人機の胸を貫く人の脚。

 灰色の鎧に包まれた健脚が、槍のような鋭さで敵を射抜いている。

 息を吐き出した一夏は、恐る恐る無人機の後ろを見た。するとそこにいたのは、片脚を上げた状態で静止する女性だった。

 

「あ、あな……すげぇ……っ」

「……へへ」

 

 得意げな顔を見せる女性だが、どこか様子がおかしい。

 

「どうしたんです?」

 

 それを問うてみると、女性は恥ずかしそうにして、

 

「あ、足抜くと爆発しそうで怖えんだよぉ……!」

 

 少し涙目になりながら助けを求めてきた。

 




続く
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