君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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なつかたな


第四十九話 「俺は弱いんだ」

 香るのは鉄のみ。

 ひたすらに振るう槍は、鋼を打つ。

 少年の体は風を裂いていた。

 しかし自身は気が付かない。我が身が汚れていることも、血に塗れていることも。

 木霊したのは──人の叫びだった。

 若く、猛々しい人の声。

 泣いているのか──?

 それは金属音に紛れていた。

 風の音も、悲鳴も、ごちゃ混ぜに。

 突き進む若き体が、それらを塗り潰していく。

 

「──待って!」

 ひたすらに突き進む少年に、声は届かない。

 

「──止まって!」

 瓦礫を踏み砕く両脚は、枷を外してしまった。

 

「──重吾くん!」

 だからその身は既に、自身のモノでは無かった。

 

「みんなは僕が……守るんだ……ぁッ‼︎」

 少年の名は、井伊月重吾。

 十一月十五日に産まれた、篠ノ之束の最後の作品だった。

 

 ▽▽

 

「──今の声、井伊月くん⁉︎」

 

 確かに聞こえた少年の声。

 しかしそれは悲鳴だと、更識楯無は感じた。

 

『ちょっとちょっと⁉︎ 先輩、前前っ‼︎』

 

 言われ、ハッとする楯無。

 彼女は即座に盾を構え、目の前に存在する無人機の攻撃を受け止めた。

 

「助かったわ、鈴ちゃん!」

「り、鈴ちゃんはやめてください……」

 

 恥ずかしそうに顔を顰める、鳳鈴音という少女。

 一人で無人機が密集する地帯で奮闘していた自分の前に現れた新入生であり、専用のISを所持した代表候補生である。腕前は確かで、彼女の登場により、身にかかる負担は軽減した。それにからがい甲斐もあって可愛い。可愛い子は大好きだ。

 恥ずかしがる鈴に微笑み、楯無は敵を蹴った。そして盾を斜めに振り下ろし、無人機の肩に突き立てた。

 すると横から鈴が薙刀を振るい、無人機の頭部から股下までを一刀両断する。合図は出していないのにこのような行動が出来るということは、その者が優秀だということだ。

 

「感謝……っ‼︎」

 

 盾の内部からアクア・ナノマシンを放出し、爆発させる。無人機の体はそれによって膨張し、そのまま破裂した。

 大きく後退した楯無は、盾に付着したオイルを振るい落とし、隣に並んだ鈴に視線を送った。

 

「なんか、あんまり強くないですね」

「昨日の今日みたいなタイミングだもの。敵さん、戦力を惜しんでいるんだわ」

 

 しかし、その時、二人の耳に爆音がつんざいた。

 振り向いた先には、黒煙立ち上るアリーナが、妙な物々しさを携えて存在していた。

 

「井伊月くん……?」

 

 ▽▽

 

「──む? 聞こえたか? シャルロット」

「うん。何かが爆発した音だ」

 

 遠くから轟いてきた爆音に顔を上げたラウラ。

 彼女はその出征故の勘と本能的な反射に、大きな焦燥感とざわめきを感じる。

 

「……よし。飛ぶぞ、シャルロット」

「うんっ」

 

 愛機の〈シュヴルツェア・レーゲン〉を上昇させ、後からシャルロットの〈リヴァイヴ〉も続いてくる。ぐんぐんと上がっていく高度から学園を見下ろすと、先ほどの爆音を上げたであろうアリーナが視界に映った。

 目を細めたラウラは、シャルロットに視線を送る。

 その視線の思惟に気が付いたシャルロットは頷くと、ラウラから離れてこの場を離れた。

 背中を見届けたラウラは自身の手のひらを見、そして握り締めた。隣り合わせた者がいなくなる感覚に、まだ慣れていなかったのだ。とても不安になったのだ。

 喉を鳴らし、少女は意思を固めた。

 片側の眼帯を外して世界を見渡し、心を慣らす。

 そして、立ち昇る黒煙の原因を考えるよりも先に、彼女の体は動いていた。

 

 ▽▽

 

 アリーナの中。

 次々と出現する無人機との戦闘に終わりは見えず、飛び続ける織斑一夏はついに意識が朦朧とし、地上に落下した。戦う意思は衰えていなかったが、先に自身の体の方が限界を迎えてしまったのだ。

 

「まだ、やれるぞ……!」

 

 しかし一夏はそれに抵抗し、無理矢理体を動かした。獣のような唸り声を腹の底から出して、足を踏み締めた。

 が。そんな彼の体に、どこからか飛来した閃光が直撃する。吹き飛ばされる。その弱った体は、それによって再び地面についき、苦痛の声を上げさせた。

 ──あちぃ……っ⁉︎

 装甲越しに伝わる熱に悶える。

 料理した際の不手際とは全く違う、灼熱だ。

 玉のような汗を浮かばせる一夏は、なんとか上体を起こした。緩慢な動きだが、まだ体自体は戦う意思を失ってはいなかった。それが判り、一夏は静かに「よし」と頷く。

 その時、不意に〈白式〉から音が鳴る。鈴のような音だ。

 目を丸くした一夏は〈白式〉に触れようとする。しかし、眼前に敵が迫ってきていることに気が付き、即座に飛び上がった。一夏は先ほど鳴った音を忘れた。

 

「しつこいんだよ‼︎」

 

 蹴り飛ばした敵は落下する。

 それを見降ろし、鼻を鳴らした一夏だが、突然に駆け抜けた痛みに顔を歪め、息を噛み殺した。

 当然、そんな彼の無防備な姿は格好の餌食となる。

 瞬く間に敵は一夏の四方を囲み、弾光を放った。

 赤青黄と、色とりどり。

 顔を顰めて回避行動をとる一夏だったが、全ては避けきることが出来ず、数発の弾光を浴びてしまう。鈍い痛みと鋭い熱の感覚に声にならない悲鳴が溢れ、一夏はまた落下した。硬い地面に体を叩きつけた。

 ──くそっ……!

 頭上に滞空する無人機を睨み付け、一夏は息を吐き出した。底が尽きかけている体はもはや満足に動いてくれず、こうして眼光を光らせることしか出来なかった。

 

「あの人は……どうなって……」

 

 頭によぎった女性を探す。そして見つけた女性の姿、その安否にホッとし、一夏は少しだけ嬉しさを感じた。

 実力差だろう。

 女性はまだ健在で、多くの無人機と対峙しながらも戦力を拮抗させていた。それどころか時に勝ち越し、敵の数体を屠っていた。あまりにも雄々しい勇姿である。

 ──ここまで違うのか……。

 歯を噛み締めた一夏は、悔しいと感じた。その英雄のような彼女の姿に嫉妬した。どうして自分はこんなにも弱いのだ、と嫌になった。

 そんな、己に自問する少年の元に、滞空していた無人機達が攻撃を開始する。

 ブースターを煌めかせ、即座に逃げ出した一夏は、体の節々の痛みに苦悶の表情を浮かべながら、必死に飛行を維持した。ガタつきながらのその飛行は、まるで羽根を毟られた鳥のように酷く弱々しいものだった。

 無人機達は、当然そんな獲物は逃さない。

 巨大な手を広げ、その羽根を千切ろうとする。

 小鳥である一夏は、もはや逃げることしか出来ない。どんな鋼の意思を持っていたとしても、そんな羽では高く飛べないのだ。墜ちるとこしか──できないのだ。

 

(なんで……なんで強くないんだよっ‼︎)

 

 一発の弾光が翼に当たり、機体が揺れる。

 制御を失った〈白式〉は螺旋を描き、地上へ向かった。

 ──ああ、墜ちてしまう。

 しかし一夏は別のことを考えていた。墜ちてしまうことよりも、大切な想い人である篠ノ之箒のことを考えていた。

「……箒」──と。

 彼は無意識にその名を呟く。

 胸が暖かくなる彼女の名前を、縋るように呟く。

 すると思い出すのだ。何故、彼女を好きになったのか。その理由を思い出すのだ。

 

(……そうだ。あの日なんだ。汚されたあの日だ。絶対に守ってやるって……俺、決めたじゃないか。もう泣かせないって、笑っていてほしいって……決めたじゃないか)

 

 少しだけ意識が戻り、一夏は〈白式〉を操作して落下を回避する。しかし壁に激突し、ズルズルと背中から座り込んだ。喉元から酸素が込み上げ、乱暴に吐き捨てる。

 朦朧とする視界に映るのは無人機の大群。

 仲間は来ず、もはや女性だけが望みだった。

 戦意というものを見失った一夏は、戦うことをやめていた。代わりに大事な箒のことを、まるで初めて恋をしたように一生懸命考えていた。

「一夏は強いな。私も強くなりたい」昔、よく遊んだ。箒の家は大きくて、姉さんと二人暮らしだった俺を、その家の人達は可愛がってくれたんだ。

「私も一夏を守れるぐらいに強くなる!」違う。守るのは俺の役目なんだ。親父さんじゃ守れないところを、俺が守るんだ。

「一夏……ありがとう。その……ふふっ」お前の笑う顔が大好きなんだ。一人だった俺はお前に甘えていたんだ。ずっとそばに居たいんだ。

 

「けど……守れなかったじゃないか──っ」

 

 そうだ。血が出ていた。

 親父さんも死んでいたんだ。箒は泣いていた。

 俺は馬鹿みたいに鼻歌歌いながら帰ってきて、何も出来なかった奴なんだ。俺は、俺は──『弱い奴』なんだよ。

 

「……ッぐぅぅあああ‼︎ 殺してやる‼︎ 殺してやるッ‼︎ お前ら、みんなぶっ殺してやるッ‼︎ ああああぁあぁアアアッ‼︎‼︎」

 

 一夏は、眼前の敵へ向かった。

 張り裂けるような絶叫を上げながら、駆け出した。

 その際、無意識に〈白式〉から何かを取り出し、握り締めた一夏。

 彼のその手には、先端が赤い血で塗れた、白塗りの一本の剣。かつて織斑千冬が愛用していた『雪片』が握られていた。

 

「くたばれェェェッ‼︎」

 

 獣の咆哮。そして金属音。

 二つの音が同時に重なり、亀裂を産んだ。

 そして少年の瞳には、血で赤く染まった剣が映り、

 

「──人の……血?」

 

 次いで、無人機の無機質な五指が迫ってくるのを見た。

 そして少年の視界は、光で染まった。

 ──"真上"から降り注いだ光線によって。

 

「一夏くんから離れろっ‼︎」

 

 無人機を屠ったその人物は、まるでヒーロのように登場する。

 

「重吾……」

 

 織斑一夏に、嫉妬という感情を抱かせて。




続く
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