君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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はぬりやな


第五十話 「壊れはじめるもの」

 一夏は歯を食い縛る。

 恨みがましい視線で親友を見る。

 しかし、少年のそれは無意識だった。彼自身、自分の感情の正体に気付いていない。だがそれは確かな嫉妬の念であり、彼の窮地に現れたもう一人の少年を、羨ましいと感じていた。

 睨みつけるように、一夏は重吾を見つめた。その、あまりにも頼もしい背中が、どこか腹立たしかった。何故なのか、一夏は分からなかった。けれど彼を見ているだけで、胸の底が熱く煮えるような感覚になった。

 

「もう大丈夫。僕が守るよ」

 

 まただ──。一夏は思った。

 胸の中が熱されたように、息が苦しい。嫌な気分。誰かに怒りを感じた時のように、ごちゃ混ぜの何かが体の内側で暴れているようだ。

 感じるものに感覚を研ぎ澄ませながらも、一夏は目の前の光景にも意識を奪われた。まるで英雄のように敵の軍勢と対峙する重吾の姿に、羨望に似た眼差しを向けた。

『どうして。俺はあいつとは違うんだ』──。

 どこからか、声が聞こえた気がした。

 歯を食い縛った一夏は、それが自身の内側から溢れてくるものだと自覚し、蹲る。あまりにも嫌な人間だと感じて、自己嫌悪に呻き声を上げる。

 そんな彼の様子などいざ知らず、重吾の目は敵だけに向けられていた。頭の中を埋め尽くす「指令」に感情を委ね、手に携える黒槍を握り締めた。そして、駆け出した。

 吹き付けた風に顔を上げた一夏は、目を見張った。重吾の勇敢な後ろ姿に目が眩み、顔を歪ませた。劣情に支配された。

 俺も、強くなりたい──と。

 それは純粋故に歪んでいた。望み過ぎるものが次第に変化していくように、織斑一夏のそれは汚れつつあった。気付かぬ内に段々と。少しずつ、少しずつ。

 

「ふざけんなよ……俺は、弱くねぇぞっ……!」

 

 独りごちたその瞬間、一夏は気付いた。駆け出していた自身の行動に。そして、左手に握る雪片を、親友の背中目掛けて振り下ろそうとしていることに、あまりにも遅いタイミングで気が付いた。

 

「いや、違っ……⁉︎」

 

 止めるには遅過ぎた。

 振り下ろした雪片は重吾の背中を斬り付け、つんざいた亀裂音を響かせる。

 

「──あぐぅっ⁉︎」

 

 対して、急な痛みに倒れ込む重吾。

 かつて千冬が愛用していた雪片は、対人用の武器であり、絶対の障壁として操縦者を守ってくれるISのエネルギーシールドを突破するものだった。故に彼に降り注いだ痛みは鈍くもなく、甘くもなく、実際に斬り付けられた時と同様の痛み。いや、それ以上かもしれないものだった。

「──ッ」名前を呼ぶことも忘れ、一夏は駆け寄った。雪片を投げ捨てて親友の顔を覗き込み、その、痛みで歪んだ顔に目を見張る。それと同時に、後悔と懺悔の念に押し潰されそうになる。

 

「俺……俺は、なんで……違うっ……。重吾、違うんだよ……俺はこんなこと……違うんだ……っ」

 

 言い訳。理由の模索。

 自身でもまだ理解が及んでいなかった。

 ただ謝ることだけを続けたのだ。

 でなければ潰れてしまう。覆い被さる罪悪感に殺される。

 一夏は焦点の合わぬ瞳で、謝罪の言葉を延々と呟いた。

 そんな彼を、敵は見逃す筈は無く、その両手から無慈悲なまでの閃光を放った。昼間に咲いた星々は、命を刈り取るように手を伸ばし、少年の元へ向かっていく。そして──

 

「一夏……くんっ!」

 

 ──それは、たった一人の少年によって受け止められた。

 

「井伊月くん──‼︎」

 

 新たな声が上空から降り注ぐ。次いで多量の水が敵を押し潰し、掻き混ぜ、バラバラの破片に変えた。

 その一連の出来事にようやく顔を上げた一夏の頬を、突然の平手が襲う。針で刺されたような鋭い痛みに吹き飛んだ一夏は、そこで初めて何が起きたのかを知った。

「嘘だ……」視界に映るのは、弱り切った重吾の姿。そしてそんな重吾を抱き締める、楯無の姿だった。

 

「おいおいおい⁉︎ どういうこったこれはよぉ‼︎」

 

 異変に気付いた女性が、急いでこちらに向かってくる。

 声が出ない一夏は、恐る恐る重吾の元に這い寄り、その顔を覗き込んだ。が、その瞬間、後ろを誰かに掴まれ、勢い良く地面に投げられる。頭を打ち付け、顔を歪めた一夏が見たものは、酷く冷たい顔をした鈴の姿だった。

 

「ねえ……。あんた、何やってんの?」

 

 鈴の言葉には、まるで刃物のように斬れ味があった。

 心の中を斬り付けられたように痛んだ一夏は、怯える気持ちで彼女を見つめた。見るしかなかった。

 

「あいつを……重吾を傷付けたのはあんたよ。あんたがあんなことしなかったら、重吾は無事でいたんだ」

「……俺は……俺は、別にあいつを斬ろうなんて──」

「死ね──‼︎」

 

 それはあまりにも酷く、そして当たり前の暴力だった。

 怒り狂った鈴は歯止めが効かなくなったように、次々と一夏に対して暴力を振るい、そして声を上げて泣いた。親友が傷付いたこと、そして、かつての想い人だった一夏の蛮行に悲しみながら感情に身を任せた。

「ごめん……ごめんよぉ……っ」それを黙って受ける一夏は口々に言葉を呟く。虚ろになった囚人のように、罪に苛まれる罪人のように。背くことの出来ない自身の罪に少しでも逃げられるようにと、ひたすら言葉を紡ぎ出す。

 だからこそ、それは狡猾に──そして弱々しく見えた。

 

 ▼▼

 

 何か不吉な予感がし、シャルロットは顔を上げた。しかしすぐに向きを戻し、杞憂だと自身に言い聞かせる。だって今は、とても大切なことをしているから──。

 息を少しだけ吐いた彼女は、目の前にいる少女に微笑んだ。だがその笑みはどこか普通とは違い、氷の冷たさを含んでいる冷笑のようでもあった。

 

「さて。一番濃いノイズの場所に来てみればコレだ。なんて可愛い女の子が居たことでしょう」

 

 ラウラに指示を受けたシャルロットは、その指示通りに「ノイズが酷い場所」に来ていた。理由は単純で、きっと敵がそこにいるからである。

 もちろん、根拠はあった。

 前回の襲撃時に発生していたノイズの元である無人機は全て破壊し、学園が厳重に保管している。故に同じ手口でノイズやジャミングをすることは不可能であり、行うには新たな無人機か別の何かを使わなければならない。だが今回の襲撃では、各それぞれの戦闘場所からのノイズの発信はなかった。代わりにある一点からだけ、とても強いノイズが検出されたのだ。

 簡単に考えてしまえばわかる。こちらの傷がまだ癒えていないように、相手の準備も不足していたのだ。だからこそ、新たなノイズ用の無人機を忍び込ませることが出来ず、襲撃を指示した人間が代わりに発信するしかなかったのだ。たとえそれが危険を犯す方法であっても。

 

「わざとやったにしては軽率過ぎるよ。それに君のその傷……襲撃を急いだね? もっとタイミングを伺う筈だったんだろ?」

 

 きっと自分が逆の立場でもそうする。

 シャルロットは胸中で頷いた。

 

「──……」

 

 何も言い返さない少女。いや、何も言い返せないのだろう。それほどまでに目の前の少女は憔悴し切っていた。原因は見て分かる通り、脇腹にある深い傷と、多量の出血の所為だろう。

 足元に広がる血に視線を落とし、シャルロットはため息を吐いた。自身が選んだ道だが、こうして軍人になり、狭かった自分の世界から抜け出してみると、こんなにも残酷な世界が広がっている。それを再認識させられて、酷く残念な気持ちになった。

 

「──……とにかく。僕は君を助けようと思う。君だって、死にたくはないだろう? 偶然にも僕も、君みたいに「そんなこと」をするしかない時があった。……まあ、僕のは君のより全然だったから、偉いことは言えないけどね」

「……正気か?」

「うん。だって今の世の中、助け合いじゃないか。君もそろそろ安心する世界ってのを味わってみたくないかい?」

「……」

「悩むぐらいなら手を引いてあげるよ。大丈夫。君の居場所はそっちじゃなくて、こっちなんだ。だから──」

『だから、こっちにおいで──かしら?』

「なッ──⁉︎」

 

 横から差し込まれた声。

 その敵意に満ち満ちた女性の声に即座に身構えたシャルロットだが、何かとてつもない圧力のようなものを全身に受け、吹き飛ばされる。そして巨木に背中を殴打し、途端、意識が眩む。

 だ、誰が……?──。

 揺れる視界で少女の方を見ると、その傍らに見知らぬ女性が立っていた。目を細めたシャルロットは、それに「ああ」と合点がいき、ゆっくりと上体を起こす。口の中の血を吐き捨てる。

 

「なーる。その子を連れ戻しに来たんだ」

「勧誘はやめてちょうだいな。この子は大事なウチの子なの」

「はは。嘘つくのやめなよ悪者」

 

 立ち上がり、専用機の〈リヴァイヴ〉を纏う。そして固定武装のパイルバンカーを背面パックから取り外し、片腕の中部装甲に接続する。

 上手く間合いを図るのはせず、シャルロットは目の前の敵を逃さないことに集中した。後ろで操作した通信からラウラを呼んだ。だから仲間が来るまで、ここで奮闘しなければならない。

 そうして不敵な笑みを浮かべたシャルロットだったが、正直なところ、怖かった。目の前の女性から漂う異様な気配に恐れていた。

 自分は軍人で、軍人とは常に戦場と隣り合わせのような存在だが、あんな人間はそうそういない。戦う直前の人間の緊張状態よりも張り詰めた殺気なんて、感じたことが無い。あれは人の類いではないと思う。いったいどんな戦いを経験すれば、辿り着くことができるのだろうか。考えるだけで、全身の毛が逆立った。

 無意識に後ずさるシャルロット。

 気付けば彼女の指は、怯える子犬のように震えていた。喉も渇き切っていた。

 これから起こることは勝利と敗北の二つで、どちらになるかはわからない。けれど、悔しいかな。──私は、自分が負けるって思ってるみたいだ。

 

「足掻くだけ足掻く……かなッ‼︎」

 

 半ば投げやりに駆け出したシャルロット。

 彼女は心の恐怖を必死で押さえ込み、笑ってみせる。そして対峙する妖艶な女性に手を伸ばし、一人ぼっちの戦いを始めた。

 

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続く
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