──瓦礫の下に埋もれていました。
──私は暗闇の中で息をしていました。
「ボクって、どうして産まれてきたんだろう……」
そんな時ぐらいしか、自分のことを考えなかったのです。
だから私は、暗闇の中で、今までの人生を振り返りました。
つまらない人生だったと思います。
人が聞けば、きっと可哀想と思うでしょう。しかし私自身がそう思っている時点で、今まで歩んできた人生はちっぽけなものだったのです。だって歯車にだって成ることも出来ない、誰の役にも立つことが出来ない「初めから何も無い」人生だったんですから。
「静かだなぁ……星が見えるや」
私は妾の娘でした。
当然、小さな頃はそれを知りません。
……いえ、違いますね。私はきっと心のどこかでは知っていました。父がいないこと、そして愛に飢えていた母の姿が、知らず知らずのうちに私に理解させていたのです。だからこそ私は母にとって「良い子」であろうとしました。過信ですが、そうでなければ母が壊れてしまうと思ったからです。
──けれど、死んでしまった。
過労だったのでしょう。
母は愛に飢えていましたが、それは誰かから差し向けられるものであって、誰かに与える愛は人並み以上にありました。それは娘であった私が一番理解しています。聞こえはいいかもしれませんが、母がそのように慈愛に満ちていたから、私は産まれたんだと思います。
ですが、それがきっと原因でした。
母がもし、もし人並みだったならば、その愛は過剰ではなかったでしょう。与える愛も、そして慈愛も、きっと零れ出すことはなかった。長く生きることが出来た。私なんかを、産まずに済んだに違いありません。
『誰が何と言おうと、貴方は私の宝物よ』
母は最後まで、私を気にかけていました。
私はそれに泣きそうになりましたが、また別の感情も感じていました。それは心の底からの後悔と、母を死なせてしまったことへの罪悪感です。母を守ると決意しながら壊してしまったことに、私は子どもながらに苦しみました。
母が死んだすぐの日、私は父に引き取られました。
父といっても、それは他人と同じです。私には触れ合うという考えもなかった。きっとそれは父も同じで、私を引き取ったのは法に従ってのことだったに違いありません。だから父にとっての私は娘では無く、ただの幼い子どもでもあり物でもありました。会社の商品を試すうってつけの道具だったのです。
しかし、私は道具でもよいと思っていました。
父ではありませんでしたが、血の繋がりがあることは確かで、私は安心していたのです。まだ独りでは無いと、私は父の言いなりになったのです。本当に道具になるために心を捨てたのです。でなければ見捨てられてしまうと、母譲りの愛情を、私は知らず知らずに求めてしまっていた。
『──やあ、こんちにわ、お嬢さん』
けれど、終わりは唐突でした。
夜空の月を見上げていた時、窓に黒い兎が現れたのです。不思議な雰囲気を携えて、まるでおとぎ話の登場人物のような現れ方で──全てを終わらせました。
父の会社を潰し、地面を焼き、そして私を埋めました。
「だから、瓦礫が上にあるだろう?」
生きている者なんて、きっと私ぐらいだ。
他の者を差し置いて、私はまた生きてしまった。
そう後悔した時、ようやく気付けたんです。あの時、母が死んだあの日に、私も死にたかったということに。
「……寂しいなぁ……ひとりぼっちってさ」
少女は──呟いた。
少女の腕──脈の辺りには切り傷が存在した。
少女が見上げる夜空は爛々と。
星々の瞬きと冬の流星が、地上を見下ろしている。
凍てつく風に吹き付けられながらも、少女はそれから視線を逸らさなかった。綺麗だと、少女らしい感性に瞳を輝かせているようだった。
少女は白い息に笑う。
そろそろ迎えがくるかな?──なんて笑いながら、弛緩していく体と、熱を失っていく我が身に時を感じた。
「お母さん。……また、抱き締めてくれるかな?」
そこで気付く。
少女は気付いてしまう。
母と死を共にしたかったのではなく、母を失いたくなかったということに。守れなかった悔しさではなく、母を苦しめた世界に対しての憎しみだったということに、少女は今になって気が付いてしまった。
「は、はは──あははははははは!」
雄叫びであった。その嗤いは。
憎い、憎い──と。我が身が叫んでいたのだ。
母は正しかった。きっと正しかった。
愛は正義である。母は最後までボクを見捨てなかった。
捨てさえすれば生きられた。別の愛に生きられた。
けれどそれをしなかったのは、母が正しかったから。ボクに対しての愛が本物だったから、死してしまうほどの苦労を重ねて死んでしまった。
ざまあみろ、ざまあみろ、ざまあみろ──‼︎
父はゴミだ。母を見捨てた。あいつは正しくなかったんだ。
だから黒兎に殺された。他の奴らもみんな一緒だ。あいつも、あいつも、あいつも、あいつも、あいつもあいつもあいつもあいつも──
「──……ボクも、ゴミなんだ」
途端、少女は草臥れる。
萎れた花のように、咲くことはなかった。
父が母を捨てたゴミなら、それに縋ったボクもゴミだ。母の代わりを求めたボクはゴミ屑だ。資格なんて、ある訳がない。死ぬべきなのは、父よりボクの方だ。だから、
「殺して……殺してよ、お願いだから!」
少女の叫びは遠く、遠く──。
泣き喚くその姿は弱々しく、母を見失った子どもの姿。
頼ることも、安らぎを求めることも出来ず、独りの恐怖に全身を締め付け、心を砕いていく。
少女は次第に嗤い、嗤い、泣くのを止めた。
彼方から聞こえてくる足音に耳を傾け、口を閉じた。ただ、己の中に湧いてくる「可笑しさ」に、少女の唇は道化のように歪んでいた。
「──おい、お前、生きているか⁉︎」
夜空の星の光に照らされながら、少女を埋める瓦礫の上に誰かが立っている。銀の頭髪を持つ少女がこちらを見ている。
少女はそれに歯を剥き出した。手を伸ばした。
早く助けろ──そう言わんばかりに、相手を見据えた。
互いに伸ばし合ったその手と手が、強く結び合う。
ついに瓦礫の下から脱したその少女は、自身をすくい上げた眼帯の少女を見つめ、笑みを浮かべたままこう言った。
「ねえ! ボクを仲間に入れて⁉︎ いっぱい殺すからさ♪」
それはもはや少女では無く、別の何かだった。
少女は取り憑かれたように笑みを絶やさず、湧き上がる殺意という名の衝動に震えていた。故に求めるものは純粋過ぎる願いであり、誰もが幸せになれる世界だった。
──彼女もまた愛に飢え、そして、愛に溢れていたのだ。
「お前……名は?」
「ボク? ボクはねぇ──」
風が吹き、少女の母譲りの"ブロンドの髪"は揺れた。
少女は愛されていた。
手に余るほどの贈り物。
しかしそれは重過ぎて、少女を止めてしまった。
だから縋り、思い出を求めた。
日に一度はこう呟く。
「おかあさん……」と。
浸る記憶には霞がかかり、次第に心が壊れ始めていることも知らずに。
遅すぎる気付きは、本当に遅過ぎた。
少女の心を麻酔させるほどに。
うん。だから、いっぱい殺さなくちゃね──。
酔ったような心地が夢を見せてくる。
とある青年が望んだような、誰も傷付かない世界を。