君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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なぬて


第五十一話 「それは──」

シャルロットは息を忘れていた。

絶え間ない炎の弾丸が我が身を喰らおうと飛んでくるのだ。呼吸を置き去りにしなければ、きっと体は焦がされる。一度でも気を抜いてしまえば、それはきっと命を刈り取る。それに足る一撃なのだ。

一度助けられたこの命を、もうシャルロットは無駄には出来なかった。たとえ自分が死を願ったとしても、この身はすでに自身のモノでは無いから、少しも溶かすことはできない。頭にチラつく銀髪の少女を置いて、去ることはできないのだ。だから──

 

「死んでたまるかっ……!」

 

薬莢の途切れたパイルバンカーを振る。釘のように鋭利だった先端はひしゃげている。しかし振れば鈍器となる。全ての武装を無下に終えてしまった今、右腕に固定するこの鉄屑のみが、シャルロットの命を繋ぐ命綱であった。

エネルギーの残存は僅か。死神の手はすぐそこだ。だが、ここはまだ瓦礫の下ではない。動くことができる地上だ。なら、まだ終わりでは無い。無様な姿を晒し続けることが出来る筈だろう。

「は、はは、はははっ!」乾いた声を上げながら、シャルロットは脚を踏み込む。しかし腕を振るうたびに、その体は遠心力に負けていた。しかし闘志だけは絶えず敵の姿を捉え、それに応えるかのように、シャルロットの体は動きを矯正する。だが緩慢過ぎる動きは敵を捉えたとしても、当たることは無い。もはやその光景は赤子の戯れであり、これを戦いと認識しているのはシャルロット・デュノアだけであった。

 

「ほらほら、あんよが上手♪」

 

ケタケタと楽し気に笑う敵。

シャルロットは朦朧とする意識の中で、その笑い声だけは逃すまいと歯を食い縛る。燃える周囲の木々に皮膚を焼かれながらも、鋼鉄に武装した我が身を動かす。

チリチリと、パチパチと。

燃え盛る炎が踊るのだ。

敵の女性が撒き散らす業火は、シャルロットを取り囲むようにして手を繋いでいる。祭りばやしを楽しむ童子のように声を上げる。踊り、廻る。奉る神を崇めるように、シャルロットの周りでキャッキャと笑っている。

煩わしい──シャルロットはいつぶりかの息をした。

敵が操る火災がこちらの精神を奪っていく。直接的でないその攻撃が意識と酸素を奪っていく。口を開けても取り込める空気は少なく、ISの保護機能では補い切れない酸素量で空間が満ちているのだ。おかげで視界は霞んでよく見えない。思考すら定まらない。やっとこさ敵を捉えるだけで精一杯である。

保護機能の酸素供給に息をしたシャルロットは、少しだけ補給された酸素を最大限溜め込み、口を結んだ。

周囲の状況を把握しても判る通り、このままでは確実にやられてしまうのが明白である。強いとは思っていたが、これは想像以上だった。戦闘開始からこれまでに至るまで、なんと攻撃は一発も当てることが出来ていない。直撃自体はするものの、あの敵の女性が纏う、エネルギーシールドのような鮮血のヴェールが攻撃を弾いてしまうのだ。シールドを突破出来る筈のパイルバンカーも例外ではなかった。おかげでボロボロだ。

 

「──!」

 

意識を必死に制御しながら足を踏ん張ると、筋肉がビキビキと悲鳴を上げた。喉に張り付く乾いた空気が棘のように痛くて、何もかもが嫌になる。

焼かれた地は死んだように黒ずんでいて、足跡を残すと、そこからプスプスと煙が発生した。灼熱のステージは少しずつだが確かに人体に影響を及ぼし、シャルロットから意識を奪っていく。到底、耐え切れない筈のその苦行は、もはや本人ですら計り知れなかった。今、シャルロットを辛うじて動かしている動力は、身の内に宿る戦意だけである。そう、気力やスタミナなどではない、使命感に似た衝動だったのだ。

 

「う、ああああ!」

悲鳴のような声を上げながら、少女は戦う。

意識すら朧げで、感覚も無い。

絶えず襲いかかってくる火炎の渦に飲み込まれまいと、必死に動き回るばかり。戦いとして成立しないそれは、少女の絶命を先延ばすものでもあった。止まる事こそが死を意味する。本能を刺激するそれだけは、反射的に命を守ろうとしてくれ、少女を動かし続けた。

「……つまらない。ああ、つまらないわ」

しかしどんな人間であれ、慈悲は存在する。たとえそれが敵であろうとも、意識を麻酔させても尚、食らいつこうとしてくる少女の姿を見れば、情や倦怠という感情を抱く。

敵の女性は口を結んだ。今まで歪ませていた唇を、まるで惜しむかのように強く結び、目を細めた。

抱くものがあったのか、それとも生まれたのかは判らない。けれどその瞳と表情は「悲しみ」と呼ぶに正しいものであり、誰の目から見ても、女性が何かしらの感情を発生させたのは明白だった。

「……はあ。ほんと、私って──」

何かを呟いた女性。

しかしシャルロットはそれを聞き取れなかった。突然に押し寄せた重力のようなものに背中を押され、地面に無理矢理伏せられてしまったからだ。

 

「眠りなさい。……火は、消してあげる」

 

途端、周りの火災が鎮火する。女性にひれ伏すかのように揺らいだ炎達が一斉に。

感じなくなった火の熱に眉尻を上げたシャルロットは、そこでようやく周りの状況に気が付いた。戻ってきた酸素に少しずつ呼吸の調子を取り戻し、身動ぎした。

 

「は、はは……強いなぁ……ちくしょう」

 

ゆっくりと口を動かし、乾いた笑みを零す。

動く度に痛む身体が、無理をしていたことを告げる。

本気の本気。もう少しだって動けない。

悔しさと共にやり切った事への清々しさを感じたシャルロットだったが、そこでふと、ある違和感に気が付いた。それは、数分前に出した救援信号から、未だ反応が返ってきていないということだ。ジャミングだって出ていない。敵と戦っているのだとしても遅過ぎる。軽く昼食が済ませられる時間だ。

故障でもしているのかと思い、通信機に目を見遣ったシャルロットだったが、急に強くなった圧力に体の自由が奪われる。いや、これは重力ではなく、睡魔に良く似た波だ。頭の隅が暗闇に追いやられるように、目の前が混濁と満ちていく。

 

「なに、これ……眠た、い……」

 

強制的な力に瞼が落ちる。

沈んでいく陽のように光が失われていく。

シャルロットは歯を噛んだ。せめてもの抵抗だった。だがそれは無意味でしかなく、襲いかかってくる衝動は全身を包み込んだ。そして光を奪い取り、シャルロット・デュノアを闇に落とした。

 

「…………」

一人、佇むその女性は、横たわる少女に歩み寄り、片膝を下ろして顔を近付ける。安らかに眠る少女の横顔に口を開き、そして閉じる。

溜息を吐き、苦悩するかのように歪んだ女性の横顔は、到底人の世を混乱に招こうと考える人間のものでは無く、むしろその逆だった。世界をより良くしようと考える、そう──

 

「──弱い者いじめは楽しかったかしら?」

「ッ⁉︎」

 

白銀の翼が肩を貫く。

顔を上げ、目を見張った女性は、

 

「〈シルバリオ・ゴスペル〉の鐘かぁ……っ‼︎」

 

空に翼を広げる天使に向かい、顔を歪め、艶かしい唇を湾曲させた。




続く
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