君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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ひけまはやな


第五十二話 「不穏」

 覚えのある痛みが片眼に起こった。

 貫かれたような感覚。

 人を撃った後の気分によく似ていて、異物を吐き出してしまいそうなほど、気分が悪くなった。

 

「……シャルロット」

 

 ラウラは友の名前を呟き、走り出した。

 心臓の鼓動が耳元で聞こえた。

 反応を示す通信機に灯る色は、救援信号である青色。仲間が助けを求めているのだ。

 空へ上がったラウラは、装備する専用機を駆使してセンサーを張り巡らせた。網を張った。

 しかし、罠に獲物は掛からず、収穫はなかった。回収していくハイパーセンサーのどれにもだ。

 唇を噛む。焦りが募る。

 通信は届いている。妨害電波も発生していない。なら、何かしらの手がかりは掴めても良かった筈。なにも無いのは不自然でしかない。

 

「……くそ」

 

 とにかく学園の全体を翔走る。

 目を凝らして地上を視る。

 いつ通信がきてもいいように注意を向けながら、ラウラはシャルロットの姿を探した。しかし──。

 木、海、学園の中。

 どこにもその姿は見当たらない。発見出来ない。

 彼女が戦闘を行う際、必ず上がる笑い声も聞こえない。

 何度学園の上を往復しても景色は変わらず、それどころか逆に静寂を取り戻しつつある。たった一人だけをどこかに隠して、この学園は平和を取り戻そうとしている。

 

「シャルロット! どこだ、返事をしろっ!」

 

 それは許さない──。

 かつて、瓦礫の底から救い上げた少女を脳裏に浮かべ、ラウラは機体を動かし、そして友の名前を叫び続けた。

 青空に響く、幼いながらも強いその声は、遠く、遠く、世界に広がる海の彼方へと渡った。

 

 ◆

 

 対峙する敵。

 溢れ出す敵意と殺意の混濁が、波のように──

 

「……ここは私の世界よ。……何故、わかったの?」

 

 敵が言葉を零す。

 足元の少女を跨ぎ、近付いてくる。

 彼女と向かい合う私は、目を細めた。

 もっとも過ぎる彼女の疑問に答えるため、口を開いた。

 

「貴方……これ、黒兎の真似をしたわね? だからよ」

「正しい答え方をしなさいっ……!」

 

 敵の女性が右手に炎を発生させ、投げ付けてくる。

 それを交わして宙に浮いた私は、愛機の〈シルバリオ・ゴスペル〉の羽根から銀の鐘を射出した。

 

「また──っ」

 

 何故か怒る素振りをみせる女性に、疑問が生まれる。

 私は試すように続けて銀の鐘を射出し、様子を見た。すると女性はやはり怒髪天のように怒りの表情を見せ、溜め込んでいた炎をまるで壁のように構築させた。銀の鐘はそれに当たり、溶けるように蒸発する。

 

「私は一度、黒兎からこの世界を味わされているの。だから機体がその反応を記憶している」

「それで?」

「一度体験したものなのよ、これは!」

 

 言って私は──ナターシャは銀の鐘を空中に散らした。

 放たれた銀の鐘は、何も無い虚空で破裂する。

 するとピシリ、という音と共に、空間に亀裂が生じた。

 続け様に銀の鐘を放ったナターシャは、その亀裂を指差し、銀の鐘の直撃と同時に崩壊した透明のベールに視線を移した。

 

「でっち上げの世界。けれど、貴方はこれを完成させてしまった。だから私は見つけることが出来た。ただのジャミングなら困難だったでしょう……けど、貴方は「強力」であることを求め過ぎたのよ」

 

 空間の微粒子を変化させ、対象を昏睡状態に似た状態に堕とす人体兵器──それが黒兎の武器だった。オーバーテクノロジーであるが、敵の女性はこれを、空間を限定させることで創り上げたのだろう。

 しかしナターシャの〈シルバリオ・ゴスペル〉は、二度とその魔術に堕ちることは無い。一度体験した故に、耐性を持っているからだ。病気に抗体で対抗するように、〈シルバリオ・ゴスペル〉は操縦者を外部からの魔の手を遮断してくれる。

 

「先を見据え過ぎたのねっ」

 

 翻り、翼を広げる。

 白銀の羽根に白い光が走り、全体が輝いた。

 背筋を駆け抜けた電流のような感覚に体を縮ませたナターシャは、胎動して増幅していくエネルギーの感覚を、そして一気に解き放った。

 まるで稲妻のように、一瞬空間を駆け抜けたエネルギー体は、その全体を蛇の如くくねらせながら落ちた。

 衝撃と余波が生じた地上は、敵の女性は怯ませ、動きを止めさせた。

 ナターシャはそれに即座に対応し、渾身の力を右手に溜め込んで、めいいっぱいの息を吸い込む──そして、

 

「──だッ!!」

 

 発砲された弾丸のように腕を振り抜き、息を吐き出した。

 鈍い音が、空気を震わせる──。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 全身を包み込む熱に髪の毛を払った。

 纏わりつく熱気が煩わしいのだ。

 ナターシャは唾を飲み込み、そして、顔を拭った。しかし拭い切れない緊張感、闘争本能の衝動が、我が身の心臓の鼓動をどんどんと加速させた。

 ナターシャは目を見開く。目の前に存在する、数秒前に殴り飛ばした女性を見遣り、忘れかけていた呼吸をした。

 

「まさか、死んだ……?」

 

 見遣る女性は、停止していた。

 停止していた──という表現は機械的で、適切では無いかもしれない。しかし、その女性の傷痕から覗く、まるで機械の内部のような配線を見たナターシャは、その表現が適切だと思ったのだ。まるで人造人間だと、底知れぬ恐怖のようなものを抱いてしまったのだ。

 血の気が引いた。青ざめた。

 ナターシャは女性の抱える背景を想像したくないと、胸に手を当てて思った。

 女性は明らかに異常だった。

 剥き出しになるものは肉や骨ではなく、機械。かけ離れた事象を理解するよりも、遥かに思考が及ばない。何故、何故、とそれだけが生まれる。

 

「化け物じゃない……!」

 

 その言葉を目の前の女性に対してでは無く、世界に対して──しかしそれは、ナターシャ自身が気付くことの出来ない、無意識の発言だった。

 

 ◆

 

「──む? むむむ!? ですわ!!」

 

 その時、セシリアオルコットは何かを受信した。

 人差し指をこめかみに当て、空を見上げた。

 

「……な、なに? どうか……した?」

 

 それに驚いた、目を見開く更識簪。

 青髪を押さえる彼女は、得意げな表情をするセシリアを見、驚きの言葉を零した。

 

「私の頭脳センサーにビビッときましたの!」

「……ず、頭脳センサー?」

「ふむふむ……はるほど、なるほど……ほーう……」

「……」

「なんですって!!?」

「ひゃあっ……!?」

 

 な、なに⁉︎ セシリアの突然の大声に驚く。彼女にしては珍しいその声に、思わず尻もちをついてしまう。

 

「……うぅ……痛い」

「分かったのですわ、簪さん!」

「……え、えー…?」

 

 何か嫌な予感……──。

 簪は、妙に慌てた様子のセシリア・オルコットを見てそう思った。

 

「何が分かったの……?」

「大変なことですわ!」

「……いや……だから、あのね……?」

「ハルマゲドンな事態ですわ!!」

「……せ、セシリア……」

「エマージェンシーですわ!!!」

「……聞い──」

「アンビリーバボーですわよ!!!!」

「…………(イラ)」

 

 急かしてくる人間が嫌いだ。邪魔してくる人間が嫌いだ。しかし何より、話しを聞かない人間はもっと嫌いだ。

 無駄な動作無く、ISのパスロットから水鉄砲を取り出す。これは姉から借りた、水鉄砲(仮)のものだが、友人の為だ。仕方なしである。

 

「あら? 簪さん、その水鉄砲は何です? 美しい青色をしていて煌びやかですが、こちらに向けられると表情が固まりますというか、戸惑うというか……悪い予感しかしないのですが──はぶっ!?」

 

 容赦無しに水鉄砲(仮)の引き金を引いた。その銃口から凄まじい速度と密度の水の塊が飛び出した。

 顔面でそれを受けたセシリアは仰け反り、声にならない悲鳴を上げた。地団駄を踏み、走り回った。その様子から水鉄砲(仮)の威力の高さが伺えた。

 

「落ち着いた?」

「目、目が……わたくしの目が……」

「落ち着いた?」

「例えるならそう……滝に打たれたような、そんな……」

「落ち着いた?」

「医者……医者を用意してくださいまし!」

「……(チャキ)」

「う、嘘です!! 嘘ですから、その高密度ウォータージェットのような殺人兵器をしまってください! わたくしが悪かったですから!!」

「分かってくれたなら、それでいいよ」

「(井伊月さんに聞いた通り、怒らせたら怖い方ですわ、更識簪さん……っ)」

 

 人知れず恐れたセシリア。

 そんなこともいざ知らず、簪は手に持つ水鉄砲(仮)を静かにしまい込んだ。

 

「……で、何が分かったの?」

 

 果たして何度目の問いかけだろう。

 簪は少しだけ疲れた様子で聞いた。

 

「はい。そのことなんですが……」

 

 セシリアのその表情には影が落ちていた。

 不安、恐れが混ざったような暗い色である。

 

「セシリア……?」

 

 簪はそれに気付き、小首を傾げた。

 喉奥に魚の骨が刺さっているような不愉快さ。

 セシリアは今まさに、それに似た、言葉の重さを感じていた。

 草原の揺れが聞こえる程の静寂だった。

 二人の間にあっのたは少しの緊張感。

 待つ者と、告げる者だ。

 

「──井伊月さんが……負傷したとのことです」

 

 それは、仲間を救おうと駆けていた親友の名前だった。

 

「……っ!」

 

 簪は、心臓が跳ねるのを感じた。

 反動的に簪はセシリアに詰め寄った。

 

「じょ、冗談じゃないよね!?」

 

 冗談であって欲しい──しかし、簪には、セシリアがそのような事を口にする人間ではないということを知っていた。故にそれが本当の事だということを無意識に理解していた。

 

「敵の爆発から織斑さんを庇ったのことです。ダメージ自体は少ないようですが、なにぶん、井伊月さんは前の襲撃の時からの怪我が癒えていませんですから……その……」

「言って!」

「……意識が、無い状態とのことです」

「……う、嘘……嫌……っ!」

 

 親友として、そして一人の人間として──。

 更識簪にとって井伊月重吾という人間は、自らと歩みを同じにする仲間だった。そして何より、大切だった。

 簪は顔を俯かせた。

 前髪が隠すその瞳は揺らいでいた。

 嘘、嘘だ──。

 簪は胸の中で、それを繰り返すばかり。

 まだ信じ切れない己と葛藤しながら、彼女は拳を強く握り締めた。

 

「──とにかく行こう……重吾の所に!」

 

 ◆

 

 楯無は佇んでいた。

 周りは静まり返っている。

 風の音は無い。

 漂う匂いは煙の香り。

 辺りに散らばる無人機の残骸から上がる、死の香り。

 

「……」

 

 楯無は、先ほど医務室に運ばれた重吾のことを考えていた。無事であって欲しいと願っていた。

 そんな楯無の視線の先には、病んだように草臥れた織斑一夏が座り込んでいた。

 人の精気というものをまるで感じない雰囲気を纏い、言葉を発することも無く、地面を見つめている。

 楯無はそんな彼の存在に気付いてはいたが、あえて触れることはしなかった。彼自身を休ませる必要がある、そう考えていたからだった。

 そうして小さく吐息した楯無。

 静かな学園の様子に事態の収束を悟り、空を見上げた。

 

「……散々ね」

 

 これからどうなってしまうのだろう。

 全知全能ではない、ただの人間である楯無にとって、それは懇願でもある呟きだった。広がり過ぎた波紋が、既に収まりきらない被害となりつつあるから、呟かずにはいられなかった。

 

「さ、更識楯無会長……っ」

 

 と。静まり返った空間に加わった凛とした声。

 振り返った楯無の視界に映ったのは、長い黒髪を一つに結った少女の姿だった。

 

「確か……篠ノ之箒ちゃんね?」

「は、はいっ」

 

 緊張気味の少女に楯無は苦笑した。

 その肩をポンと叩き、微笑みかけた。

 

「一夏君なら、あそこにいるわ」

 

 箒のその様子は、誰の目から見ても"誰かを探している"ものだった。だから楯無は一夏を指差した。

 

「あっ、失礼します……!」

 

 一夏の様子に気付いたのだろう。

 箒は軽く会釈して、早足に一夏の元へと向かった。

 楯無はそんな彼女の背中を見送ってから、人知れずアリーナを後にした。

 

 ◆

 

「一夏、大丈夫か……?」

 

 と。箒は語りかけた。

 

「……」

 

 しかし、彼は何も答えなかった。

 

「なぜ、重吾を斬ったのだ……」

 

 重々しく、それを口にして、箒は俯向く。

 影を落として、視線を伏せる。

 

「…………一人にしてくれ」

 

 それに、守るように、一夏は身を縮めた。

 聞きたくないと、顔を膝に埋めた。

 

「……っ」

 

 その反応に、箒は顔を歪めた。

 ああ、本当だったのだな──胸中で呟いた。

 そっと胸に手を置いた箒は、一夏の頭を撫でた。

「気にするな……事故だったんだ」

 そう思うことで楽になる。

 認めない事で、受け入れられる。

 篠ノ之箒は逃避してしまった。

 好きな少年を擁護し、自らを陥れた。

 

「──うるせえ」

 

 しかし、当の本人である少年が、それを許さなかった。

 

「な、なにを……?」

 

 まるで氷の声である。

 一夏の声は、とても静かで、冷え切っている。

 

「俺が悪いって思ってんだろ。俺の所為だって、本当は言いたいんだろ……!」

「違う! 私は別に──」

「もういいんだよ!!」

 

 何かを叩く音が、空気を震わした。

 青空が見下ろす地上には、迫真とした表情で片手を押さえる箒と、怒りに染まった顔の一夏が向かい合っていた。箒の手は強い力で叩かれたように赤く腫れていた。

 

「俺がやったんだ! あいつを!それでいいだろうが! なに慰めようとしてんだよっ! 余計なお世話なんだよ!!」

 

 怒鳴り散らした一夏。

 震えた箒は地面に尻を着き、少年を見上げる。

 

「いつもいつも、お前は何も無いみたいな顔しやがるんだ! 俺のことを恨んでるくせに、何も無いみたいに……!」

 

 少年は、荒々しく続ける。

 

「なんでだよ! なんでなんだよ! なんで俺ばっかり、こんな目に遭わなきゃいけないんだよッ!!」

 

 理不尽──。

 それは、あまりにも勝手だった。

 一夏の口にすることは全て無作為。並べただけのものだった。

 怒りに任せただけの、我儘にも似た言い分だった。

 

「い、一夏……っ」

 

 しかし、それだけで、少女には十分過ぎた。

 

「そうだよな……私が、悪いんだ。辛かったことに気が付けなかった私の落ち度だったんだ……本当にすまない」

 

 震えた声。

 それが、響く──。

 

「ごめんな……一夏っ」

「──っ!!」

 

 少年は、目を見開いた。

 ようやく気づいたのだった。

 自分がしてしまったこと、吐き捨てた言葉の数々。

 大好きだった少女の、あまりにも精一杯の、涙で濡れた笑顔を見て、少年こと織斑一夏は気付かされた。

 

「あ──」

 

 箒っ──!!

 言葉を紡ぐよりも先に、少女は走り去った。

 遠ざかっていく背中は、揺らぐように消えていく。

 伸ばした手を下げた一夏は、震える自分の手を握り締め、掻き混ぜられた感情を噛み殺しながら、何度も何度も地面を殴りつけた。

 その殴打はアリーナを木霊し、響いた。

 悲鳴にも似たその声は、また嗚咽にも似ていた。

 

 ◆

 

 静寂は、ここでさえ例外ではなかった。

 沈黙する敵を見据えるナターシャは、静かに〈シルバリオ・ゴスペル〉を解いた。歩み寄った。

 

「……」

 

 剥き出した、敵のその右腕──そして内部。

 やはり何度見ても機械のそれだ。ナターシャは改めて思った。

 

「──酷いことするわね」

「……やっぱり生きてた」

 

 吹き返したように、目を見開いた敵の女性。

 ゆっくりと仰向けになった彼女を、ナターシャは見下ろす。

 そうして暫くの沈黙の後に、女性が口を開いた。

 

「トドメは?」

 

 試すような言い方。

 ナターシャは眉尻を上げる。

 

「あら、余裕そうね」

「まあまあ、忘れてるなんて可哀想。それに腹が立つ」

「……ああ、もう、私ったら。……そういうことか」

 

 合点がいったように、ナターシャが頭は抱えた。

 鼻を鳴らし、それを得意げに見つめる女性は、静かに上体を起こして手のひらを広げる。

 女性の背後には、ナターシャを納得させた理由の、昏睡するシャルロットが存在した。

 

「人質って訳ね」

「ふふ、酷い言い方。貴方の視野が狭い所為でしょ」

「……嫌な言い方」

「事実ですもの」

「……」

 

 どうしてやろうか。

 ナターシャは脳裏に手段を浮かばせた。

 しかし、そのどれもが派手で、被害を及ぼすものだった。

 ならば、取るべき行動は一つだと──ナターシャは静かに瞼を閉じた。

 

「はいはい。取り替えっこね。分かったわ」

 

 手を上げるナターシャ。

 女性はそれに微笑む。

 

「あら、殺したって構わないのよ?」

「いちいち癇に障る女ね。さっさと行きなさい」

「あらあら、怖いこと」

 

 女性はそう言って、背後のシャルロットを前に差し出す。

 ナターシャは目をシャルロットの安否に安心してから、再び女性に視線を戻した。

 

「貴方……変ね。先に人質を差し出すなんて」

 

 〈シルバリオ・ゴスペル〉を展開し、右手を翳したナターシャ。その手のひらに、熱量を持った光が灯る。

 

「あらあら……もしかして、間違えちゃったかしら?」

 

 ナターシャの攻撃意思に肩をすくめた女性は、細く溜息を吐いた。

 しかしその行動ひとつひとつが薄っぺらく、感情が篭っていない。

 ナターシャはそれに苛立った。

 まるで自分の命を自分の命だと思っていない。

 そのような考えを持っていると感じた為だ。

 

「……さて、殺すのかしら?」

「…………本当に腹が立つ女。とっとと行きなさい」

「そ? じゃあ、失礼するわ、ナターシャ・ファイルス」

「…………」

「怖い怖い。うふふ」

 

 不敵な笑みを浮かべ、女性は背を向ける。真紅の竜を思わせる外殻を見に纏い、一度肩越しにナターシャを見てから、空へと飛び立つ。

 しかしナターシャはそれに目を細め、スッと腕を上げた。まだエネルギーが充填されている状態の手のひらを女性の飛んでいる姿に合わせ、一撃を放った。

 

「──……本当に嫌な女だわ。"本気じゃなかった"」

 

 吐き捨て、ナターシャは〈シルバリオ・ゴスペル〉を解除する。そして、先ほど放った一撃が、まるで見えない壁に弾かれたように彼方へ飛んで行く光景を見て、苛立ちと共に事態の危うさを予感した。

 

「また、戦争になるかもしれない……──」

 

 まだ記憶に新しい悪夢を思い出し、そしてナターシャは、何かを打ち消すように拳を握った。

 

 ◆

 

 事態が収束したその日の夜。

 様々な余韻を残しながらも、静かな夜が訪れた時。

 周囲をモニターで取り囲んだ部屋の中心で、一人ジッと画面を見つめていた篠ノ之束の元に、妹である篠ノ之箒が訪れた。

 

「待ってたよ」

 

 まるで知っていたかのような口振り。

 姉の言葉に唇を噛んだ篠ノ之箒は、言葉を紡いだ。

 

「──私に、戦える力を」

 

 ざわ、と。

 靡く風が、草が、運命が──その日の夜に動き始めた。

 




続く
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