第五十四話 「戦う者」
「──集まったな」
織斑千冬のその一言により、全ては動き出した。
千冬の元に集まった少女達は、彼女の張り詰めた雰囲気に影響され、皆同様に口元を結んでいた。
集まったのは、専用機を持つ者達のみ。
代表候補生と、学園の長を含めた海外の国家代表である。
IS学園の全戦力とも呼べる彼女らが集められた理由は、彼女達自身も理解していた。ここ数日の学園の慌ただしさからも想像は容易かった。
「……戦いが、始まるんですね」
と。ラウラ・ボーデヴィッヒが静かに問うた。
「近い内にな」
淡々とした千冬の返答に、少しだけ空気がざわついた。
「相手は……その、亡国起業なのですか?」
「十中八九そうでしょ。うちの国からも警戒態勢の連絡が飛んできたし、戻ってこいって指示も出てるわ。黒兎の事件の時と一緒よ一緒」
セシリア・オルコット、鳳鈴音はそれぞれ違った表情を見せ、違った意見と発言をする。それに頷く者もいれば、思案する者もいた。
「準備は……出来てる。分かってた、事だから」
その発言に驚く者は多かった。
なにせ、その強気の言葉を見せたのが更識簪だったからだ。
「私は、戦う。みんなの為に」
しかし、彼女だからこその、影響があった。
この場にいる少女達に勇気を与える事ができた。
それは、教室の隅で項垂れている、織斑一夏も例外では無かった。
「……そうか」
安心したように口元を緩ませた千冬。
それに一同は目を丸くした。意外だったからだ。
千冬はそんな生徒達の様子に気が付き、すぐに表情を毅然としたものに戻す。しかしそれは手遅れであり、千冬の優しい表現を見てしまった少女達は、どこか気の抜けたほんわかとした気分を感じていた。
「おほんっ。……では、始めるぞ」
わざとらしい千冬の咳払い。
しかしそれをからかったりする者がいないのは、全員がこの事態の重大さを理解しているからである。
「でも、何でこの場所を狙うんですか?」
「確かに……おかしい。ただの学校なのに、変だよね」
「男性の操縦者がいるから……ですかね?」
「え~? じゃあ人攫いが目的ぃ? なら別に、あんな大それたことしなくても、こそーっと攫ってけばいい話じゃない」
「うむ。一理あるな」
各々の意見を交わしながら、話は進んでいく。
「皆、すまないが、今は憶測を立てている暇は無い。敵が来るのは間近で、時間が無いのだ。故に一刻も早く、戦力を揃えていかなければならない。会議は後だ」
確かに、と一同が頷く。
だが、その千冬の言葉に異を唱える人間が一人いた。
「しかし織斑先生。それは、「必ず」という訳ではないでしょう? それにこんなにも多くの人間を巻き込む訳にはいきません。学園だって、三度も戦場にすべきではないと思いますけど?」
「更識楯無。お前なら分かるだろう? 時間も、何もかもが足りないのだ。敵の居場所が分かるのなら、そこを叩けばいい話だ。だが、それが分からない今、備えるしか方法がない」
それにも、確かに、と一同が頷いた。
「……分かりました。言い方を変えます。立ち向かうのは結構、学園を戦場にするのも結構。……しかしです。この子達を巻き込むのは絶対に認めません」
だがやはり、楯無だけは断固としていた。
「楯無……だがな、守る為という事を──」
「誰かが死んだとしてもですか?」
「……っ!」
不穏な空気が流れる。
針のような鋭さで、この場にいる人間の喉を貫く。
千冬は動揺した。
乾いて張り付く喉を鳴らした。
楯無の目は、千冬を捉えて離さない。
その眼光は、人に向ける為のものではなく、相手の心を見透かす鏡である。
「私は、忘れてませんからね」
「……」
「……何も言わないんですね。嘘も」
苛立った様子で、楯無は視線を逸らした。
千冬は複雑な感情を抱いたまま、少しだけ俯く。
端でそれを見ていたナターシャ・ファイルスとイーリス・コーリングは、ただならぬ事だと理解していた。と、同時に、呆れも感じていた。
「なー、さっさと話し進めろや。やることやんなきゃ、私達だって力を入れ貸せねーぞー」
大口開けて発言したのはイーリス。
彼女の性格は、この空気を嫌悪したのだった。
「そーそー。最強の方も、黙ってないで進めましょう?」
親友の突貫に続くように、ナターシャも発言した。
「教官。我々は戦士としての自覚があります。傷つける為の戦いならいざ知らず、守る為だというなら、私達は覚悟を決めて戦うでしょう」
「難しいこと言うわね、あんた」
「鈴。お前にも期待しているのだぞ?」
「な、なによ……一回だけしか模擬戦したことないでしょーが! それなのに強さ期待されても、逆に困るわよ!」
「ふむ。本当に期待しているのだが……」
「うぐっ……。な、なんか、こそばゆいわね~」
何もなくとも、少女達は立ち上がる。
それを知るナターシャとイーリスは、もう何かを発言することはしなかった。
「……私は、認めませんからね」
が、やはり最後まで自身の考えを崩さなかった楯無は、吐き捨てるようにそれを言い、教室を出て行った。
彼女を止める者はおらず、妹の簪でさえ、楯無の気迫に押されてただ背中を見送ることしかできなかった。
しかし、そう何度も暗い雰囲気になる訳にはいかない。
それを分かっていた少女達は、顔を引き締め、千冬の方に向き直る。どうすればいい? そう言わんばかりの表情で。
それと対峙した千冬も、少女達の意思を汲み取った。気持ちの波を落ち着かせて、切り替えた。
「よし。ではまずは──」
そして、戦いの始まりが幕を開ける。
◆◆
その空間は瓦解していた。
壁と思わしき灰色の崖は、破壊の限りを尽くされていた。
天井は元からそうなのか、欠け落ちたように抜けていた。
地上は、幾つもの地割れと、クレーターのような凹みを負っていて、文明という文明が存在していない。
そんな荒れ果てた地上で、ただ一人、佇む少女がいた。
少女は空を見上げ、崩壊した天井を見据えている。
身に纏う物は不思議で、そして可憐だった。半透明の紅と真紅の鋼で形作られた鎧を身に付けていたのだ。いや、鎧というよりも宝石のようである。
「……」
少女の瞳は強かった。
──宝石の輝きに負けない強さである。
──死地へ赴く事を覚悟した人間のそれでもある。
しかし、どちらにせよ、それは幼い少女が持つべき覚悟ではなかった。あまりにも強いその輝きが、自身を殺していたからだ。
けれど、それが、尊いものでもあるから、捨てることも愚かしかった。
だからこそ、少女がその輝きを持つに至った理由は、誰にも想像がつかないのである。
「おー、頑張ってるね〜」
妙に間延びした声が通る。
少女は振り返った。声の主を知っていたからだ。
「……姉さん」
「や、来たよ」
と。小さく手を振ったのは女性だった。篠ノ之束だった。
そして、それと向かい合う少女は、篠ノ之箒である。
「〈紅椿〉はいいでしょう?」
「それは分かりませんが……そうですね、強い力だと思います。使っている私が躊躇うほどに……」
「……」
複雑な表情を見せる箒。
束は何も言わず、ジッと彼女を見つめた。
「この力があれば、一夏を守れる。でしょう?」
「さあ、どうかな。箒ちゃん次第かな」
「……姉さんが造ったものです。信じてます」
「……」
箒の微笑みに、しんと黙る束。
真っ直ぐな妹の視線を受け止める彼女は、その腹の底で何を考えているのだろうか。
「一夏は……私をずっと守ってくれていた。自分を苦しめながらずっと……だから、今度は私が守る番だ」
箒は手を握り締め、その意思を露わにする。
「……そう、だね──」
束はただ、それに頷いた。然りと、当たり前のように。
彼女の腹の底は、やはり見えてこなかった。何故ならそれは、家族である妹の信念の強さに埋もれてしまっていたからだ。
──酷く、醜い人間だ。
束は自身を軽蔑したが、それでも自身を擁護した。
その覚悟、そして意思は、妹を凌駕するかもしれなかった。
だが、それでも、恐ろしい「信念」であることには、変わり無いのである。
「いっくん、きっと喜ぶよ」
「……だったら、嬉しいです」
ふわり、と風がそよぐ。
箒の見せた表情は、嬉しそうな少女の微笑み。
ああ、本当に泣いてしまいそう……──。
その儚さに思わず胸を押さえた束は、自分を偽りながら、そして、いつものように柔和に笑った。
◆◆
布仏虚は嘆息した。
部屋の一角。
そこで縮こまり、ブツブツと文句を垂れ流している、我がお嬢様の姿が、あまりにも情けなかったからだ。
彼女はもう一度息を吐くと、読みかけの本を閉じ、立ち上がった。
ちなみに彼女が読んでいた本は、年頃の少女が愛読する雑誌である。彼女の密かな愛読書だ。
「どうしたんですか、お嬢様?」
おおかた、言い争いでもしたのだろう。
虚は苦笑いし、更識楯無の言葉を待った。
「……井伊月君に会いたい」
しかし楯無が零したのは願望だった。
これには流石の虚も呆気に取られ、目をパチクリさせた。
(これはまた……拗らせてるわね)
学園での更識楯無は完璧だ。
名前を出すだけで、「ああ、優秀な人だよね」とイメージされる。しかしそれは作り上げたものだから、そうなだけであって、実際の更識楯無は年齢通りの少女である。本質を見せないから、イメージを固定化されるのだ。
幼い頃から彼女と共にいた虚は、彼女の事を知っている。もしかすると、楯無の両親よりも心得ている自信が、口には言えないがあったりもする。
だから、彼女のこの状態が一体どういったものなのかは、ある程度理解していた。
「しかしお嬢様、あの子に会いたいとおっしゃられても、お嬢様自信が会わないと決めたからではありませんか。それに、彼は今、そんな簡単に会いに行ける場所にいる訳ではありません。それは知っているでしょう?」
「……う〜!」
駄々をこねる楯無に頭が痛くなる。
虚はやれやれと何度目かの溜息を吐き、彼女の隣に座った。そして頭を優しく撫でてやり、寄り添う。
「……私……泣いちゃいそう」
「ええ」
「簪ちゃんにこんな姿……見せられないわ」
「そうですね」
「……井伊月君……きっと寂しがってる」
「はい」
「……虚ちゃん」
「……なあに? たっちゃん」
それは、幼き日の呼び方だった。
弱々しい彼女の声を聞きながら、虚は微笑んだ。
「私、挫けちゃいそう……」
「……」
部屋に染み渡った、楯無の想い。
それに答えることもなく、虚は言葉を押し殺す。
夕日が覗き始めた黄昏時の世界の中で、二人の少女は、ただ静かに時の流れを肌に感じた。
続く