君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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なさやかな


第三章
第五十四話 「戦う者」


「──集まったな」

 

 織斑千冬のその一言により、全ては動き出した。

 千冬の元に集まった少女達は、彼女の張り詰めた雰囲気に影響され、皆同様に口元を結んでいた。

 集まったのは、専用機を持つ者達のみ。

 代表候補生と、学園の長を含めた海外の国家代表である。

 IS学園の全戦力とも呼べる彼女らが集められた理由は、彼女達自身も理解していた。ここ数日の学園の慌ただしさからも想像は容易かった。

 

「……戦いが、始まるんですね」

 

 と。ラウラ・ボーデヴィッヒが静かに問うた。

 

「近い内にな」

 

 淡々とした千冬の返答に、少しだけ空気がざわついた。

 

「相手は……その、亡国起業なのですか?」

「十中八九そうでしょ。うちの国からも警戒態勢の連絡が飛んできたし、戻ってこいって指示も出てるわ。黒兎の事件の時と一緒よ一緒」

 

 セシリア・オルコット、鳳鈴音はそれぞれ違った表情を見せ、違った意見と発言をする。それに頷く者もいれば、思案する者もいた。

 

「準備は……出来てる。分かってた、事だから」

 

 その発言に驚く者は多かった。

 なにせ、その強気の言葉を見せたのが更識簪だったからだ。

 

「私は、戦う。みんなの為に」

 

 しかし、彼女だからこその、影響があった。

 この場にいる少女達に勇気を与える事ができた。

 それは、教室の隅で項垂れている、織斑一夏も例外では無かった。

 

「……そうか」

 

 安心したように口元を緩ませた千冬。

 それに一同は目を丸くした。意外だったからだ。

 千冬はそんな生徒達の様子に気が付き、すぐに表情を毅然としたものに戻す。しかしそれは手遅れであり、千冬の優しい表現を見てしまった少女達は、どこか気の抜けたほんわかとした気分を感じていた。

 

「おほんっ。……では、始めるぞ」

 

 わざとらしい千冬の咳払い。

 しかしそれをからかったりする者がいないのは、全員がこの事態の重大さを理解しているからである。

 

「でも、何でこの場所を狙うんですか?」

「確かに……おかしい。ただの学校なのに、変だよね」

「男性の操縦者がいるから……ですかね?」

「え~? じゃあ人攫いが目的ぃ? なら別に、あんな大それたことしなくても、こそーっと攫ってけばいい話じゃない」

「うむ。一理あるな」

 

 各々の意見を交わしながら、話は進んでいく。

 

「皆、すまないが、今は憶測を立てている暇は無い。敵が来るのは間近で、時間が無いのだ。故に一刻も早く、戦力を揃えていかなければならない。会議は後だ」

 

 確かに、と一同が頷く。

 だが、その千冬の言葉に異を唱える人間が一人いた。

 

「しかし織斑先生。それは、「必ず」という訳ではないでしょう? それにこんなにも多くの人間を巻き込む訳にはいきません。学園だって、三度も戦場にすべきではないと思いますけど?」

「更識楯無。お前なら分かるだろう? 時間も、何もかもが足りないのだ。敵の居場所が分かるのなら、そこを叩けばいい話だ。だが、それが分からない今、備えるしか方法がない」

 

 それにも、確かに、と一同が頷いた。

 

「……分かりました。言い方を変えます。立ち向かうのは結構、学園を戦場にするのも結構。……しかしです。この子達を巻き込むのは絶対に認めません」

 

 だがやはり、楯無だけは断固としていた。

 

「楯無……だがな、守る為という事を──」

「誰かが死んだとしてもですか?」

「……っ!」

 

 不穏な空気が流れる。

 針のような鋭さで、この場にいる人間の喉を貫く。

 千冬は動揺した。

 乾いて張り付く喉を鳴らした。

 楯無の目は、千冬を捉えて離さない。

 その眼光は、人に向ける為のものではなく、相手の心を見透かす鏡である。

 

「私は、忘れてませんからね」

「……」

「……何も言わないんですね。嘘も」

 

 苛立った様子で、楯無は視線を逸らした。

 千冬は複雑な感情を抱いたまま、少しだけ俯く。

 端でそれを見ていたナターシャ・ファイルスとイーリス・コーリングは、ただならぬ事だと理解していた。と、同時に、呆れも感じていた。

 

「なー、さっさと話し進めろや。やることやんなきゃ、私達だって力を入れ貸せねーぞー」

 

 大口開けて発言したのはイーリス。

 彼女の性格は、この空気を嫌悪したのだった。

 

「そーそー。最強の方も、黙ってないで進めましょう?」

 

 親友の突貫に続くように、ナターシャも発言した。

 

「教官。我々は戦士としての自覚があります。傷つける為の戦いならいざ知らず、守る為だというなら、私達は覚悟を決めて戦うでしょう」

「難しいこと言うわね、あんた」

「鈴。お前にも期待しているのだぞ?」

「な、なによ……一回だけしか模擬戦したことないでしょーが! それなのに強さ期待されても、逆に困るわよ!」

「ふむ。本当に期待しているのだが……」

「うぐっ……。な、なんか、こそばゆいわね~」

 

 何もなくとも、少女達は立ち上がる。

 それを知るナターシャとイーリスは、もう何かを発言することはしなかった。

 

「……私は、認めませんからね」

 

 が、やはり最後まで自身の考えを崩さなかった楯無は、吐き捨てるようにそれを言い、教室を出て行った。

 彼女を止める者はおらず、妹の簪でさえ、楯無の気迫に押されてただ背中を見送ることしかできなかった。

 しかし、そう何度も暗い雰囲気になる訳にはいかない。

 それを分かっていた少女達は、顔を引き締め、千冬の方に向き直る。どうすればいい? そう言わんばかりの表情で。

 それと対峙した千冬も、少女達の意思を汲み取った。気持ちの波を落ち着かせて、切り替えた。

 

「よし。ではまずは──」

 

 そして、戦いの始まりが幕を開ける。

 

 ◆◆

 

 その空間は瓦解していた。

 壁と思わしき灰色の崖は、破壊の限りを尽くされていた。

 天井は元からそうなのか、欠け落ちたように抜けていた。

 地上は、幾つもの地割れと、クレーターのような凹みを負っていて、文明という文明が存在していない。

 そんな荒れ果てた地上で、ただ一人、佇む少女がいた。

 少女は空を見上げ、崩壊した天井を見据えている。

 身に纏う物は不思議で、そして可憐だった。半透明の紅と真紅の鋼で形作られた鎧を身に付けていたのだ。いや、鎧というよりも宝石のようである。

 

「……」

 

 少女の瞳は強かった。

 ──宝石の輝きに負けない強さである。

 ──死地へ赴く事を覚悟した人間のそれでもある。

 しかし、どちらにせよ、それは幼い少女が持つべき覚悟ではなかった。あまりにも強いその輝きが、自身を殺していたからだ。

 けれど、それが、尊いものでもあるから、捨てることも愚かしかった。

 だからこそ、少女がその輝きを持つに至った理由は、誰にも想像がつかないのである。

 

「おー、頑張ってるね〜」

 

 妙に間延びした声が通る。

 少女は振り返った。声の主を知っていたからだ。

 

「……姉さん」

「や、来たよ」

 

 と。小さく手を振ったのは女性だった。篠ノ之束だった。

 そして、それと向かい合う少女は、篠ノ之箒である。

 

「〈紅椿〉はいいでしょう?」

「それは分かりませんが……そうですね、強い力だと思います。使っている私が躊躇うほどに……」

「……」

 

 複雑な表情を見せる箒。

 束は何も言わず、ジッと彼女を見つめた。

 

「この力があれば、一夏を守れる。でしょう?」

「さあ、どうかな。箒ちゃん次第かな」

「……姉さんが造ったものです。信じてます」

「……」

 

 箒の微笑みに、しんと黙る束。

 真っ直ぐな妹の視線を受け止める彼女は、その腹の底で何を考えているのだろうか。

 

「一夏は……私をずっと守ってくれていた。自分を苦しめながらずっと……だから、今度は私が守る番だ」

 

 箒は手を握り締め、その意思を露わにする。

 

「……そう、だね──」

 

 束はただ、それに頷いた。然りと、当たり前のように。

 彼女の腹の底は、やはり見えてこなかった。何故ならそれは、家族である妹の信念の強さに埋もれてしまっていたからだ。

 ──酷く、醜い人間だ。

 束は自身を軽蔑したが、それでも自身を擁護した。

 その覚悟、そして意思は、妹を凌駕するかもしれなかった。

 だが、それでも、恐ろしい「信念」であることには、変わり無いのである。

 

「いっくん、きっと喜ぶよ」

「……だったら、嬉しいです」

 

 ふわり、と風がそよぐ。

 箒の見せた表情は、嬉しそうな少女の微笑み。

 ああ、本当に泣いてしまいそう……──。

 その儚さに思わず胸を押さえた束は、自分を偽りながら、そして、いつものように柔和に笑った。

 

 ◆◆

 

 布仏虚は嘆息した。

 部屋の一角。

 そこで縮こまり、ブツブツと文句を垂れ流している、我がお嬢様の姿が、あまりにも情けなかったからだ。

 彼女はもう一度息を吐くと、読みかけの本を閉じ、立ち上がった。

 ちなみに彼女が読んでいた本は、年頃の少女が愛読する雑誌である。彼女の密かな愛読書だ。

 

「どうしたんですか、お嬢様?」

 

 おおかた、言い争いでもしたのだろう。

 虚は苦笑いし、更識楯無の言葉を待った。

 

「……井伊月君に会いたい」

 

 しかし楯無が零したのは願望だった。

 これには流石の虚も呆気に取られ、目をパチクリさせた。

 

(これはまた……拗らせてるわね)

 

 学園での更識楯無は完璧だ。

 名前を出すだけで、「ああ、優秀な人だよね」とイメージされる。しかしそれは作り上げたものだから、そうなだけであって、実際の更識楯無は年齢通りの少女である。本質を見せないから、イメージを固定化されるのだ。

 幼い頃から彼女と共にいた虚は、彼女の事を知っている。もしかすると、楯無の両親よりも心得ている自信が、口には言えないがあったりもする。

 だから、彼女のこの状態が一体どういったものなのかは、ある程度理解していた。

 

「しかしお嬢様、あの子に会いたいとおっしゃられても、お嬢様自信が会わないと決めたからではありませんか。それに、彼は今、そんな簡単に会いに行ける場所にいる訳ではありません。それは知っているでしょう?」

「……う〜!」

 

 駄々をこねる楯無に頭が痛くなる。

 虚はやれやれと何度目かの溜息を吐き、彼女の隣に座った。そして頭を優しく撫でてやり、寄り添う。

 

「……私……泣いちゃいそう」

「ええ」

「簪ちゃんにこんな姿……見せられないわ」

「そうですね」

「……井伊月君……きっと寂しがってる」

「はい」

「……虚ちゃん」

「……なあに? たっちゃん」

 

 それは、幼き日の呼び方だった。

 弱々しい彼女の声を聞きながら、虚は微笑んだ。

 

「私、挫けちゃいそう……」

「……」

 

 部屋に染み渡った、楯無の想い。

 それに答えることもなく、虚は言葉を押し殺す。

 夕日が覗き始めた黄昏時の世界の中で、二人の少女は、ただ静かに時の流れを肌に感じた。

 

 

 




続く
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