君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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続き


第七話 「お前は篠ノ之じゃない」 中編2

 ーーどの面下げて、やってきたーー

 

 乾いた洗濯物を取り込みながら、篠ノ之箒は考え込んでいた。

 幼馴染である織斑一夏は、どうやったら救えるのだろう。彼の心を満たしてあげるには、いったい何を捧げればいい? と。

 そんなことを考えて一時間程だろうか。気付けばずっと、庭の縁側でぼうと空を見ていた。

 

「……」

 

 小鳥のさえずりが聞こえる。

 太陽は雲に隠されても、その陽射しを忘れない。

 箒は眩しい青空に心地良くなり、小さく欠伸をした。けれどその際に口元に当てた手に存在する、小さいながらも深い傷を見た途端、嫌な気持ちに胸が包まれた。

 朝、一夏もこの傷痕を見て、嫌な気持ちになったのだな。

 周囲に誰もいないことを確認した箒は、着ていた衣服を少しだけ脱ぎ、そして自分の体を見下ろした。

 刃物の斬れ跡。弾痕の塞ぎ穴。胸の周囲に残された、陵辱という名の暴力の証。

 見れば数え切れないほど、自分の体は汚れていた。

 風呂に入る度に思い出すあの記憶は、一夏の心をどんどんと苦しめているに違いない。

 

「一夏は……こんな私を好きでいてくれるだろうか」

 

 女として辱められ、人として尊厳を失い、そして何もかもを奪い取られた。残ったものといえば、この体にある傷痕だけ。女として誇らしく育ってくれたこの胸だって、一夏には嫌な過去を思い出させる要因になってしまう。

 いっそ、私が死んでしまえば……ーーー。

 と、そこで箒は駄目だと思った。

 一夏と会えなくなるのは悲しい。私は、一夏がそばにいるからこうして毎日を過ごせているのだ。

 こうやって強く気持ちを持っていられるようになるまで、どれくらいの時間が必要だっただろう。母には迷惑をかけた。それに何より、一夏を酷く傷付けてきてしまった。思い返せば思い返すほど、自分は酷い人間だ。

 

「一夏……私は救われているんだ。……とっくにな」

 

 あとはもう、彼が救われれば、何も言うことは無い。

 と。そこで耳に何かが伝わってきた。

 うん? 誰かがベルを鳴らしているのか。

 どうやら来客らしい。箒は立ち上がり、すぐさま家の中に戻って玄関に向かった。服装が少しだらしなかったが、お客様を長く待たせるものではない。箒は玄関にある鏡を覗き込み、ぱっぱと髪の乱れを手早く直してから、そして玄関を開けた。

 

「やあ、箒ちゃん! 久し振り!」

 

 馴れ馴れしく自分を呼んだその人物は、玄関から家の中に入って私を抱き締めてきた。私はそれにどうしようかと思ったが、とりあえずこれを言わなければならないと口を開いた。

 

「おかえりなさいーーー"姉さん"」

 

 私の姉、篠ノ之束はーーー当たり前のように、

 

「ただいま!」

 

 私の耳元でそう言った。

 

 

 ◆◆

 

 

「ありがとう、箒ちゃん」

「はい」

 

 久方ぶりに帰ってきた姉さんは、何食わぬ顔で居間に座った。呼びに行った一夏と母さんは、姉さんの向かい側に座って、それぞれ違う表情で姉さんを見ている。

 私は別段普通に姉さんに接してはいるが、内心では少しだけ動揺していた。ただ一夏と母さんに比べたらマシなだけで、姉さんの存在に違和感を感じている。それだけ束姉さんは、家にいなかったのだ。

 

「……あの、姉さん」

「ん? なにかな?」

「その男の人はいったい……」

 

 そう、それだ。ずっと気になっていた。きっと一夏や母さんだってそうだ。姉さんの隣で朗らかな笑みを浮かべている男の人が、気になっているに違いない。

 

「重吾のこと?」

 

 重吾ーーーと彼は言うらしい。

 箒は怪訝に顔を顰め、彼の顔を見つめた。

 赤茶色の髪は姉さんと全く一緒だ。少し垂れている眼なんて、まんま一緒である。歳は自分に近いのだろうか? あまり年上だとは感じない雰囲気だ。というよりも、何だか幼い気がする。

 と。そこで彼と目があった。

 箒は思わずビックリしたが、彼からあまり気迫というものが感じられなかった為、暫くのあいだ見つめ合ってしまう。彼の瞳はやっぱり姉さんに似ていて、どこか純粋だった。

 

「重吾はね、私の子どもなんだ」

「な!? こ、子どもですって!?」

 

 今まで黙り込んでいた母さんが、姉さんの言葉に驚愕する。

 もちろん自分だって驚いた。言葉が出てこないだけで、上手く反応を返すことができない。

 

「苗字は違うけどね? 血は確かに繋がっている親子だよ。ほら見て? 目なんて私にそっくりでしょ?」

「確かにそうですけど……いや、そうじゃありません!」

 

 かなり動揺しているらしく、珍しく母さんが慌てていた。対して母さんの隣に座っている一夏は、何故だが姉さんの子どもという彼をジッと見つめていた。彼も、そんな一夏を見ていた。

 

「お前……この人の子どもなのか?」

 

 と、一夏が問うと。

 

「うん、そうだよ!」

 

 彼は元気に笑顔で返した。

 ーーーあ、笑った顔が姉さんそっくりだ……。

 

「そうか……可哀想にな」

 

 吐き捨てるように言った一夏の言葉で、この空間に静けさが浸った。姉さんも何だか少しだけ落ち込んでいるように見える。

 

「僕、井伊月重吾って言うんだ! 今度、IS学園に入学するからよろしくね、織斑くん!」

「……なに言ってんだ」

「友達になろうよって言ってるんだぁ」

 

 重吾という彼は、一夏に向かって手を差し出した。友好の証と取るべき右手を、満面の笑みで伸ばした。

 

「意味がわからん」

 

 しかし一夏はそれに触れず、腕を組む。

 重吾は渋い顔をして、くしゃと右手を握り締めた。

 姉さんはそんな重吾を撫で、口を開く。

 

「仲良くしてやってくれないかい?」

「……」

「うん。まあおいおい友達ね。ね?」

 

 我が子の顔を覗き込む束。

 

「……頑張るよ」

 

 重吾は落ち込んだ様子で小さく呟く。

 なんだろうか? 彼は本当に自分達と同じ年代の子なんだろうか? 小さな疑問だったが、それは箒の中で喉に刺さった魚の骨のようなものだった。

 

「……あの」

 

 あまりにも長く沈黙が続いていたから、何か話題を出そうと思った。しかしよく考えてみると、出せる話題なんて熟した老夫婦のようなものばかりである。あまり「流行」というものに手を出していないから、複雑という何というか、情けないことこのうえない。

 うんうん唸っていると、どこからか視線を感じた。

 感じた方向を見てみると、重吾と目が合った。見ていたのは井伊月重吾であった。彼はなにがそんなに気になるのか、こちらから全く目を離さない。

 片手を上げて見ると、そっちに今度は目が移った。うん? 中々面白いかもしれん。あれだな、ペットショップの子犬に似ているな。うむ。

 箒が少し楽しいと感じながら重吾の視線で遊んでいると、

 

「箒、一夏くん。少し向こうに行っててください。……重吾くんも一緒に」

 

 母さんが強張った声でそう言ってきた。

 それに箒は一夏に目を向けた。が、一夏はこちらを一切見ず、それを即座に拒んだ。「嫌です」

 母さんは何かを言おうとしたのか、口を開きかけ、そしてやめた。きっとどんなことを言ったとしても、一夏が言うことを聞いてくれないと諦めたんだろう。

 ならばーーー

 

「井伊月重吾とやら。私たちは席を外そう」

「いいの?」

「きっとすぐに終わるさ」

「……ん。わかった、お姉ちゃん」

 

 そうか。姉さんの子どもだから、重吾は篠ノ之の血縁者になるのか。お姉ちゃん……。うむ、嫌な気はしないな。

 そして箒は立ち上がった重吾の背を押し、後を引く姉さん達の話し合いを聞かぬまま、部屋を立ち去ったのだった。

 

 

 

「箒お姉ちゃんと呼んでもいいんだぞ? 重吾や」

「箒お姉ちゃんの喋り方おばあちゃんみたい!」

「そうかそうか、大人びているか」

「うん。「ぐらまらす」ってやつだね!」

「ほう、最近はそんな流行語があるんだな。ふーむ、「ぐらまらす」か……いい響きだ」

「箒お姉ちゃんは「ぐらまらす」ーっ!」

「あっはは、褒め上手な奴め」

 

 

 




続く
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