丘の木の上に、夫婦鳥が身を寄せて眠っている。
それを見、思わず微笑んだ。
日は、もう落ちているな。
窓の外の空を見遣り、口端を引いた。
「──……一夏君、落ち着いた?」
彼は泣いていた。
……いや、泣いていたというよりも、震えていた。
恐怖とは違う。また、別の感情で。
私はそんな彼の様子を眺めながら、物思いに更けていた。
思い出への浸り──とは冗談。
ただ、目の前の少年に「かの日」の男性を重ねているだけ。私は未練たらしく、彼の笑顔を偽りの妄想で具現している。
それは執着──弱さが招いた私の中身。
それは望み──そうであってほしいと願った私の本心。
あの抱き抱えられた時の感覚。温もりを忘れていないから、忘れる事が出来ていないから、思い出を重ねる。
「──ナターシャさん……」
おっと、いけない。
私は、ハッと顔を上げる。
少年の瞳と目があった。
潤んだ瞳だ。泣き疲れた目元だ。
私は微笑みを浮かべた。そっと彼の手に、自分の手を重ねた。
ひんやりと、けれども暖かく。
少年の体温と私の熱が合わさる。
心地いい──ええ、懐かしい気がした。
彼を見ると、少し安らいでいるように見えた。
その口元に浮かんだ微笑みから、そう思った。
少しだけ、こうしていよう。
私は泣き疲れた彼の顔を見つめながら、暫くの間、夜の静寂に浸った。時折、手の中にある彼の手を撫でながら、静かに優しく夜の音色に耳を傾けた。
ひとつ、ふたつと──心の中で数を数える。
ひとつ。で、彼の手を撫でる。
ふたつ。で、彼の瞳を据える。
丘の上のベンチで会った織斑一夏を私は見つめる。
「──……俺は、怖い……もう戦えない」
震える彼。
私はそれを、ただ見つめる。
「ナターシャさん……。どうすればいいと思いますか。分からないんです、俺。……どうすればいいのかは分かっているのに、それが出来なくて……分からないんです」
答えることはしなかった。
これは彼自身が導き出すことだ──意地悪だろうか。
彼は、これで諦めてしまうかもしれない?
賭けにも似た、その選択。
私は迷う素振りも見せず、瞳を閉じた。彼に対して、口を閉ざす行為を行った。
織斑一夏が息を飲むのが分かった。
それでも私は気にせず、ひたすらに口を結ぶ。
「──あ……」
少年のそれは、虚空に向かって溶けた。
きっと理解したのだろう。
彼がそこから先の言葉を紡がなかったのは、それが正しかったからだ。織斑一夏という自信が胸中に抱いたものが、「答え」だと理解したから止めたのだ。
だが、それは解決ではない。
私には解る。彼の悩みは簡単ではない。
……いや、少し違うかな。
簡単な悩みなど、本来存在しない。簡単という言葉を付け足しただけでは到達出来ない葛藤が、悩みという劇薬だ。
そこに偶然や必然も無く、ようやく辿り着くから悩みというものである。だからこそ、人は悩みを抱え続けるのだ。
──けれど、人の繋がりとは上手く出来ている。
先人は、これからの未来に。
時代を刻む若者に、先人とは教えを説く。
彼の悩みは、確かに自身で解決すべきものだ。けれど私はどうも甘い人間らしく、それが出来ない。さっきまで続けていた無言も限界だった。私は、彼を助けてしまいたい。
「君は、強い人間だ。──だから、答えはシンプルよ」
言ってしまおう。
それを告げてしまおう。
彼の助けになりたい。
私は彼を助けたい。
気に入っているのだ。私は。
強い眼。
削がれぬ意思。
揺らぎながらも、根元を太く構えたその印象に、私という人間は虜になってしまっている。だから、だから──
「強くなりましょう、織斑一夏君。私は……いいえ、"私達"は貴方の弱音を許しません」
だから、ほんの少しだけ、私は貴方に酷い事をする。
続く