君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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はつこまひか


───── 「思い出」3

 丘の木の上に、夫婦鳥が身を寄せて眠っている。

 それを見、思わず微笑んだ。

 日は、もう落ちているな。

 窓の外の空を見遣り、口端を引いた。

「──……一夏君、落ち着いた?」

 彼は泣いていた。

 ……いや、泣いていたというよりも、震えていた。

 恐怖とは違う。また、別の感情で。

 私はそんな彼の様子を眺めながら、物思いに更けていた。

 思い出への浸り──とは冗談。

 ただ、目の前の少年に「かの日」の男性を重ねているだけ。私は未練たらしく、彼の笑顔を偽りの妄想で具現している。

 それは執着──弱さが招いた私の中身。

 それは望み──そうであってほしいと願った私の本心。

 あの抱き抱えられた時の感覚。温もりを忘れていないから、忘れる事が出来ていないから、思い出を重ねる。

「──ナターシャさん……」

 おっと、いけない。

 私は、ハッと顔を上げる。

 少年の瞳と目があった。

 潤んだ瞳だ。泣き疲れた目元だ。

 

 私は微笑みを浮かべた。そっと彼の手に、自分の手を重ねた。

 

 ひんやりと、けれども暖かく。

 少年の体温と私の熱が合わさる。

 心地いい──ええ、懐かしい気がした。

 彼を見ると、少し安らいでいるように見えた。

 その口元に浮かんだ微笑みから、そう思った。

 

 少しだけ、こうしていよう。

 

 私は泣き疲れた彼の顔を見つめながら、暫くの間、夜の静寂に浸った。時折、手の中にある彼の手を撫でながら、静かに優しく夜の音色に耳を傾けた。

 ひとつ、ふたつと──心の中で数を数える。

 ひとつ。で、彼の手を撫でる。

 ふたつ。で、彼の瞳を据える。

 丘の上のベンチで会った織斑一夏を私は見つめる。

 

「──……俺は、怖い……もう戦えない」

 震える彼。

 私はそれを、ただ見つめる。

「ナターシャさん……。どうすればいいと思いますか。分からないんです、俺。……どうすればいいのかは分かっているのに、それが出来なくて……分からないんです」

 答えることはしなかった。

 これは彼自身が導き出すことだ──意地悪だろうか。

 彼は、これで諦めてしまうかもしれない?

 賭けにも似た、その選択。

 私は迷う素振りも見せず、瞳を閉じた。彼に対して、口を閉ざす行為を行った。

 織斑一夏が息を飲むのが分かった。

 それでも私は気にせず、ひたすらに口を結ぶ。

「──あ……」

 少年のそれは、虚空に向かって溶けた。

 きっと理解したのだろう。

 彼がそこから先の言葉を紡がなかったのは、それが正しかったからだ。織斑一夏という自信が胸中に抱いたものが、「答え」だと理解したから止めたのだ。

 

 だが、それは解決ではない。

 

 私には解る。彼の悩みは簡単ではない。

 ……いや、少し違うかな。

 簡単な悩みなど、本来存在しない。簡単という言葉を付け足しただけでは到達出来ない葛藤が、悩みという劇薬だ。

 そこに偶然や必然も無く、ようやく辿り着くから悩みというものである。だからこそ、人は悩みを抱え続けるのだ。

 ──けれど、人の繋がりとは上手く出来ている。

 先人は、これからの未来に。

 時代を刻む若者に、先人とは教えを説く。

 彼の悩みは、確かに自身で解決すべきものだ。けれど私はどうも甘い人間らしく、それが出来ない。さっきまで続けていた無言も限界だった。私は、彼を助けてしまいたい。

 

「君は、強い人間だ。──だから、答えはシンプルよ」

 

 言ってしまおう。

 それを告げてしまおう。

 彼の助けになりたい。

 私は彼を助けたい。

 気に入っているのだ。私は。

 強い眼。

 削がれぬ意思。

 揺らぎながらも、根元を太く構えたその印象に、私という人間は虜になってしまっている。だから、だから──

 

「強くなりましょう、織斑一夏君。私は……いいえ、"私達"は貴方の弱音を許しません」

 

 だから、ほんの少しだけ、私は貴方に酷い事をする。

 




続く
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