君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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ぬかとやはふなきて


第六十二話 「裏側の思い」

 布仏本音は落ち着けなかった。学園に残っている更識簪の事が心配でたまらないのだ。

 小さな頃から一緒にいる本音には、彼女がどういう人間かを知っていた。臆病で、卑屈──そして負けず嫌い。

 だからこそ、よく分からない敵の標的にされているあの場所に残った彼女が、がむしゃらな無茶をして最悪の事態になる──なんて事を考えると、とてもジッとなんてしていられなかった。

 

「かんちゃん……」

 

 呟いた名の、彼女はいない。

 静まり返っている更識家は、いつもより荘厳とした雰囲気を漂わせている。

 ──かんちゃんのお父さん……心配じゃないのかな。

 ギュッと手を握る。

 自分の胸の内に宿る感情に眉を寄せながら、本音はより忙しなく動き回った。

 穏やかな風が、更識家の庭園に流れる。

 しかしその優しい風とは裏腹に、本音は流れる風に不穏さを感じざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 ──1

 ズキと胸の辺りが痛んだのに目が覚めた。

 身体を起こして辺りを見渡すと、そこは知らない場所だった。

 ここはどこだろう。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。──ラウラは眉間に皺を寄せた。

 知らない場所。しかし学園内だと言うことは分かる。いつも目にする天使の校章が壁にあるから、ここはきっと今まで訪れたことの無い学園の何処か──なのだろう。

 ぼうとしたラウラはすぐに気を持ち直した。いけない、このままではいけない。

 ラウラの生真面目な性格がラウラ自身を動かした。

 まず傷付いた体で立ち上がってから、それから──

 

「──あ」

 

 と、行動を移そうとしたのもつかの間、彼女の体はストンと地面に逆戻りした。座り込んだ。

 少し目をパチクリとさせたラウラだが、自身が情けなく座り込んだ事に気が付いた瞬間まるで獣のような表情をして怒った。「何をしているのだ私は!」

 グッと腕に力を込め、ラウラの二度目のチャレンジ。しかし結果は失敗に終わる。

 地面に手をついたラウラは荒く息を吐いた。まるで限界が訪れたように疲労しきった自分に動揺した。

 ──もう……戦えないのか?

 何故かそれにゾッとする。言い様の無い恐怖に彼女は襲われた。

 日の光に反射した窓に映る自身の顔を見、ラウラは弱る。ボロボロで、血にまみれて、怪我を負って──そんな自分があまりにも情けなく、自信が持てなかった。

 

(……戦えるのだろうか?)

 

 グッと手を握った。そして開いた。

 微かに手が震えている。恐怖からの震えではなく、弛緩した際の震えのように。

 再度強く手を握った。しかし今度は上手く握れなかった。痺れたように力の出所がはっきりとしない。感覚の薄い手は、まるで他人の手のよう。

 くたびれたように項垂れる。

 あまりにも貧弱な体の状態に笑みすら浮かぶ。

 頭上の日差しが位置を変え、真上に移動してきた。

 暖かな日差しだが、体温の低さがそれを無視する。外気の温度は感知せず、ただ壊れたセンサーのように冷たさだけを感じさせてくる。それはあまりにも心地悪く、あまりにも不思議な感覚。

 はぁと強く息を吐き、何度目かの力みを。

 震える脚にはやはり力が入らなかったが、次第に慣れていった体の状態は上手く使うことが出来るようになっており、緩慢だが確実に体を立たせることが出来た。

 

「……ごほっ、ごほっ……!」

 

 何かが体を貫いているのか?

 動く度に血が口から流れる。

 医療パックから取り出した道具だけでは、この痛みを抑えることは出来ない。

 ヨタヨタと壁を伝い、歩く。

 時折感じる振動は戦闘だな。霞む視界に辺りを見渡しても、その余波のようなものは確認できないが。

 休み休み歩き、まだ被害の及んでいない綺麗な場所まで移動した。そこにあったベンチに体を寝かせ、口から流れる血を拭い取る。

 ──通信は……。

 待機状態のISは、既に半壊。展開することすら困難な状態で、辛うじて生命装置の恩恵を体に与えている状態だ。

 

「頑丈が……私を救ったな……」

 

 生命装置までは壊れてくれなかった専用機に感謝しつつ、瞼を閉じて体を休めた。流れ出る血は次第に収まりつつあったが、傷だけはどうしようもない。動けば酷くなる。ここまで移動出来たのだから、後は──。

 

「少し……眠ろう……」

 

 じんわりとした暖かい感覚。

 睡魔に身を預けるような心地良さに、意識はすぐに暗闇に落ちた。

 

 ◆

 

 鈴、セシリア、簪。

 三人は戦いを終えてから、体力の回復も兼ねて状況把握をしていた。セシリア、簪にはこれといった傷は無いが、鈴は足に深い傷を負っていた。死に至るような傷では無いにしても、その傷はジワジワと痛みを与える、精神的にくるものであった為、鈴の顔には痛みとは別の疲労の色があった。

 

「──という訳ですが……鈴さん、貴方はなるべく後方に」

 

 セシリアの言葉は心配からの言葉だった。

 しかし鈴はそれを首を横に振って断り、ニカリと笑った。

 

「私なら大丈夫」

 

 大丈夫なものか。セシリアと簪は思った。

 鈴はそんな二人の友人の心情を察したか、穏やかな表情をして言葉を発した。

 

「私は、本当に大丈夫だからさ。だから、戦わせてよ。あんた達だっているんだから、怖くないの」

「……ずるいよ、鈴」

 

 もう、セシリアと簪には返す言葉はなかった。信頼を寄せてくれ、自分達がいるなら大丈夫と信じて疑わない鈴の顔に、二人は了承するしかなかった。

 

「わかりました。ですが、無理はほどほどに。いくら鈴さんでも限界はあるでしょうし、この戦いは生き残る事が勝利ですから。ね?」

「わーってる。無理はしない。おっけー?」

「はい。よくできました」

 

 クスリと笑い、親指を立てるセシリア。

 その短な交わし合いを見つめていた簪は微笑み、気持ちが落ち着くのを感じた。

 

「簪はエネルギー補給と弾薬の補充ね。私もエネルギーが底をつきそうだから、とりあえず行きましょ」

「……うん」

 

 立ち上がり、鈴と簪は避難していたアリーナから、ISを整備できる整備室へと続く廊下への扉を開けた。

 と。そこで簪は後ろからついてこないセシリアに振り返る。

 

「……セシリア?」

「見張りですわ。スナイパーの基本ですもの」

 

 少し困ったように笑ったセシリアに、簪はうんと頷いて先に行った鈴を追いかける。だが、扉が閉まる際に見せたセシリアの不安げな表情に、簪は後ろ髪を引かれた。

 

(……無茶な事、しないよね……?)

 

 新しく出来た友達。

 どうか彼女が、何かを迷ってしまわないように。

 そんな一抹の不安を覚えながら、簪は長く続く廊下を急いだ。

 

 ◆

 

 ひとり、セシリアは友人を見送り、前へ向き直った。

 汗ばんだ手を握り、吐息。

 セシリアは専用機である〈ブルー・ティアーズ〉が示した反応に、喜びにも似た焦りを見せ、空を見上げた。

 

「ステルス。……貴方、見えてますわよ?」

 

 セシリアが見つめるのは空。虚空。

 その問いかけから一拍置き、見つめていたその空間から稲妻が走る。そしてその稲妻は隠していたものを露わにする。

 

『──調整しても兄弟機……隠蔽は、意味が無いのか』

 

 虚空に身を隠していた者は、忌々しげにそう呟くと、ふわりと地面に着地した。

 

「〈サイレント・ゼフィルス〉……返してくれとは言いませんが、随分使いこなしているようでなによりです」

 

 目を細めたセシリアの問いが走る。

 相手はそれに不機嫌さを漂わせると、軽く手を上げた。

 

『人間用だろう』

「まあ!……その通りですとも」

『死ね』

 

 突発的な敵の発砲が静寂を破る。

 〈サイレント・ゼフィルス〉の砲身から放たれた光線は、真っ直ぐにセシリアの胸元を目掛けた。

 

「きゃあっ……!?」

 

 その光線を同じく自機が抱える長銃から放ったビームで相殺したセシリア。体は光線のぶつかり合いで生じたエネルギーの余波により、風圧にも似た衝撃で押される。セシリアの口から悲鳴が溢れた。

 敵は機体を宙返りさせると、その背面に接着させていたビット達を離す。そして起動したビットは即座にセシリアの機体をターゲットに動きを取り始める。

 

「こちらも──っ」

 

 セシリアも〈ブルー・ティアーズ〉が持つビットを展開した。それぞれが独立したビットは、操縦者を守りつつも敵を攻め、攻防を意識した行動を起こす。

 互いがビーム兵器を主体とした機体であり、その二機が行う戦闘には華やかさがあった。縦横無尽に飛び回る人型から放たれる色とりどりの閃光は夏の風物詩も思わせ、戦場に彩りを与える。

 が、当の本人らは命のやり取り。鮮やかな閃光も、弾ける火花も、命を奪うために産まれた光だ。

 

(っ……手強い!)

 

 正確な射撃。

 装甲の一部が撃ち抜かれ、後方へ弾けた。

 セシリアは歯を噛み締めながら、ライフルのトリガーを絞る。一つ、二つと。青色の光を銃口から走らせ、動き回る敵の姿を狙い撃つ。しかし掠りもしないそれは、黒い影を拾うばかりで直撃することは無い。

 思わず歯を鳴らしたセシリアは乱暴にライフルの横を殴る。すると衝撃で空になったエネルギー瓶が排出される。いつもならしない荒々しいカードリッジ法だった。

 

「これな、ら──ァ」

 

 吠えるように叫んだセシリアが再び射撃を開始する。

 そして〈ブルー・ティアーズ〉の専用ライフルから放たれたそれは、あらかじめ装填されていたものとはまた別のエネルギー弾だった。

 撃ち出されたビームの弾丸は暫く進むと動きを止めた。

 まるでダンスの最中に曲が止まるかのような、リズムの崩れた射撃に敵がバランスを崩して飛ぶ。

 

「──弾けて!」

 

 その敵の様子に間髪入れず叫んだセシリアは、弾の拘束を解いた。そして解かれたそれは花火のように弾け、迸るビームの雨に変わって散る。

 

『……っ!?』

 

 敵から伝わってくる驚き。

 セシリアは隙を見せてくれた敵に近付くと、その肩を掴んでライフルの銃口を腹部に押し当てた。が、その瞬間、背中が焼けるように熱くなり、思わず動きを止めてしまった。

「なに、が……っ?」鈍くなった体に顔を動かす。すると背中に謎の光が纏わり付いていることに気付く。しかもそれは敵が持つビットから伸びていた。

 

「ふぐぅっ!」

 

 背中にあるそれが形を変え、紐状になり、セシリアの胴体を締め付けた。圧死させられてしまいそうな強い力。ガタガタと機体が軋み、骨が悲鳴を上げているのが分かる。

 このままではまずい、と──すかさずライフルの向きを変え、銃口を自分に押し当てたセシリアは、躊躇うことなく、その引き金を引いた。

 瞬間、甲高い破裂音、痛みとの衝突。

 後方へ弾けたセシリアの体から、赤い血が飛んだ。

 しかし間際にセシリアは、自分に向けていた銃口を敵に瞬時に向け直し、その引き金を引いた。痛みに耐えながら。

 まさかの反撃に、敵はそれに反応が出来ず、直撃はしなかったもののその胴体に纏う装甲を撃たれ、剥ぎ取られる。

 

『虫の息が……っ──!?』

 

 落ちていくセシリアに仕返しの銃口を向けた敵だが、背後から近付く何かに勘付き、回避行動をとって期待を回転させた。その瞬間、敵の背中から数多のミサイルが通過していき、敵の目の前で向きを変える。そして再び──

 

『邪魔ぁ……っ!』

 

 が、敵はそれを破壊した。その、手に構えたライフルを乱暴に振り回し、破茶滅茶なビームの乱射を行なって。

 

「──隙、見せたぁーッ!!」

 

 しかしその時、敵の下方から接近するものがあった。それは凰鈴音。機体の調整を終え、万端になって戻ってきたセシリア・オルコットの親友だった。

 

『……っ!?』

 

 鈴の思わぬ登場に敵が少し怯む素振りを見せた。

 鈴は加速し、腕に力を込めた。その勇敢さから、敵が何をしてくるかなどどうでもいい、ただぶった斬るとの乱暴さが伝わってくる。

 ハッとしたセシリアは、手元にあるライフルを構えた。もしものための援護を、と。スコープに眼を遣って、彼女が刃を振るう、その瞬間まで。

 鈴が迫る、敵が腕を上げる。両者は己が行う行動に絶対の自信を持っていた。迷いが無い。敵意も同等。互いの視線が混じり合う。が、その刃が数センチ──というところで、鈴が機体を回転させ、敵の横をすり抜けた。そしてその行動を目で追った敵は、刹那で襲った衝撃に吹き飛び、アリーナの壁に激突した。

 

「っふぅ~! やっりぃ♪」

 

 その光景にニヒヒと笑った鈴はガッツポーズを。そして振り返り、手を挙げる。

 

「ナイスアシスト!」

「うん……タイミング、合ってたね……!」

 

 パチン、と可愛らしい音を立てたのは鈴──そして敵にミサイルの一撃を味合わせた更識簪の手である。

 そんな二人の思わぬ登場、息の合ったコンビネーションに呆然としていたセシリアだったが、機体が鳴らしたアラームに我に返り、ライフルを抱えて二人の元へ飛んだ。

 

「どーよ、私たちの作戦は」

「良かった。セシリア、無事だね……うん、良かった!」

「え、ええ……まあ、元気ですが……」

 

 あまりにも自然体な二人に上手く笑えない。セシリアは少し困り、辺りを見渡す。奇襲の心地良さに笑い合う鈴と簪を他所に、セシリアは口をモゴモゴとさせた。

 

「うう~!!もう、お二人とも!!」

 

 と。危機感の無さに注意しようとしたその時だった。爆音が鼓膜を貫いたのは。

 飛び上がるようにセシリアは、空気が振動した空を見上げた。青色の空。しかしそこに変わりは無い。だが、不安な感情が駆け巡る。

 悪い予感に無意識に索敵を行なった。するとセンサーが反応を。それは先ほどまで戦っていた敵の消失を示していた。

 逃げられた?──いや、逃げた!?

 虫の知らせだろう、防衛本能だろう。自然と体が回避行動をとっていた。それは簪や鈴も同様。三者が迫真に目を見開いてその場から立ち退き、そして、眩い閃光に視界を染めた。

 

「──!!?」

 

 全身を貫いた二度目の爆音。そして、熱。

 突如空から降ってきたそれはセシリア達の視界を白で埋め尽くし、雨のような物量の何かを浴びせた。

 

(な、なに……何が、ァ……っ!?)

 

 その質量の雨は機体を鈍らせる。何とかアリーナの内側に身を避難させた時にはもう、専用機にエネルギーシールドを張るほどの残量は残っていなかった。

 唇を噛んだセシリアは、次いで飛び込んできた鈴と簪を受け止め、中に引き込む。爆音と雨は未だ止まず、アリーナの状態を惨たらしいものに変えていった。

 

「鉄の雨。……いったいどこから?」

「そんなことは後! 次、来るわよ!!」

 

 そう鈴が叫んだ瞬間、更に激しい爆音が耳をつんざいた。互いの絶叫が届かないほどの激しさで。

 立っていられないほどの振動。映る景色がブレている。

 地に手を付いて這いつくばったセシリアは、機体から一基だけビットを離し、遠隔操作による情報収集を決断した。そして空へと上げたビットが、この揺れと鉄の雨の正体であろう原因を捉える。

 

(──これは……酷い、ですわ)

 

 ビットから送られて来る映像に映るものは、学園の周りを囲む、まるで蟻のような無人機の軍団。その"全て"が手のひらを空に掲げ、光弾を撃ち続けている。だから、雨のような攻撃が降っているのだ。

 セシリアは胸中で呟いた言葉を飲み込んだ。こんなもの、どうすれば。絶望に負けそうになり、思わず唇を噛んでしまう。するとその時、手のひらに誰かが触れてきた。反射的に顔を上げると、その手の人物は鈴。セシリアと同様に、少しだけ怖そうに眉を寄せ、けれども笑う鳳鈴音だった。

 

(ああ……もう、この人は……)

 

 胸の奥が熱くなり、鈴の手を握る。握り返してきた手に、更に奥が熱くなる。

 

「セシリア、鈴。どう、しよう……私達、これじゃ──」

「大丈夫! 何となるわよ! それよりみんなが心配!」

「鈴さん……」

 

 簪を奮い立たせる鈴。しかしその手は一瞬震えた。

 奥歯を強く噛んだセシリアは、少しでも──と、鈴と同様に強く笑顔を作り、簪を励ます。そして少しずつ、簪の不安を取り除いていく。自らのうちにそれを取り込むことで。

 雨は続き、この場所は次第も次第に崩壊してくる。

 床や天井。周りの物がひび割れていく度に、心の不安が大きくなるのが分かった。けれども気丈であり続けなければ、そうしなければ容易く心が崩壊する。それも分かっていた。

 寄り合い、長い間恐怖に身を縮めた。本当に長い間。そして暫くして、音が止んでいることに気が付いた時にはもう、自身の中に気丈などは無く、残っていたのは、

 

「あれ……水の膜が、雨を止めてる」

「水……。あっ! おねえちゃん!」

「助かったのですか? 本当に……?」

 

 年相応に震える、恐怖に締め付けられた少女達の姿だった。

 

 ◆

 

 銀色の一線。

 ちかり、と目の前が白に染まった。

 その場を飛び退き、後ろで着地してターンした更識楯無は、目の前に存在する突進してくる無人機に、遠心力任せの槍を突き出した。そして止まることなく突き刺さってきた命の無い機械人形を蹴り、槍を引き抜いた。

 空を見上げ、楯無は、学園の全域を自らの〈ミステリアス・レイディ〉による水のカーテンが覆ったのを確認した。いつまで持つか分からないそれは、楯無が張った防御壁である。

 視線を前に戻した楯無。地面を踏み抜く振動に毛が総毛立ち、眉尻が上がって、自然と双眼を見開く。

 今度は二機。

 左右から迫ってきた無人機はそれぞれ片手を突き出していて、手のひらにはやはりそれぞれ、何かを放つであろう銃口が存在した。

 グッと腕に力を込めた楯無は、握る槍を振るった。そして振るった槍から滲み出てきた薄い水の膜を、全身を保護するように纏わせ、双方から迫る敵を睨んだ。

 

「そんなもので──落とせるものかッ!」

 

 キイイイッ──と一際甲高い音を発し、二機の無人機は反応するように彼女目掛けて光弾を放った。そしてそれが直撃した瞬間、二機の無人機の胴体は滑るように下半身と離れた。否、斬り離された。

 光弾を受けた楯無は蒸発した水の煙に紛れ、シルエット。しかしその中心からは恐ろしく伸びた水の刃が無人機の下半身に影を落としている。そしてそれは煙が晴れたことで露わになり、楯無が握る槍の両端から伸びたものだと分かった。

 短く息を吐いた楯無は槍を元の状態に戻し、地面に突き立てた。そして髪を払い、熱気を払い、また闘争本能を燃やし、熱を上げてゆく。

 踏ん張った楯無は上空へと飛んだ。大きく跳躍した。眼下の地上を見下ろすと、そこには無人機の大群が存在する。大地を覆い尽くすほどの鉄の軍勢だ。

 バーニアをはためかせ、ワンクッション置いて後ろに飛んだ楯無は、小型センサーだけを無人機の大群の中に落とした。

 

「石像みたいね。……不気味だわ。牽制のつもりかもしれないわね」

 

 様々な憶測で眉を寄せる楯無だったが、その時ついに無人機が動きを見せたことにより、一気に胸の内にサイレンが鳴り響いた。

 動いた──!?

 僅かな動作だ。僅かな。しかし大群の全てが行なった同じ仕草は見るものに圧倒を与える。

 反射的に学園の全域を水のベールで包んだ楯無は、次に見た光景を空白の時間の中でただ見つめた。見つめてしまった。

 それは──それは真昼の星だった。

 激しい轟音だ。

 地面が震える、無人機の鳴き声は掻き乱れる。

 無人機が行なった仕草は容易い仕草。片手を上げるだけの挙手。しかしその挙げた手のひらから放たれた弾丸は脅威となり、雨となり、人の視線を止める星となる。

 

「ああ……なんて事……っ」

 

 呟き、歯を噛み締める。

 学園は〈ミステリアス・レイディ〉の水のベールにより保護されているが、この弾丸の量──突破は時間の問題である。

 態勢を立て直すため、そしてエネルギーの補充をする為、一時撤退。機体を反転させて、学園の中へ入る。

 

「あいつら、自分のものじゃ無いからって……やりすぎだって思わないのかしら」

 

 傷付いた装甲をパージしながら歩く。文句を言う。

 未だ鳴り響く轟音は、窓硝子を振動させている。

 暫くして機体の消耗を補充出来る場所に着いた。楯無は機体を少しだけ浮かして天井付近のフックを掴み、下にさげる。ギャリギャリと鎖が音を上げ、そしてフックの先に機体の背中を引っ掛けさせ、楯無は〈ミステリアス・レイディ〉を脱いだ。

 汗で滲んだ体を拭いて、椅子に座る。

 ハァと息を吐くと、白く濁った。

 ぼう、とした。してはいけないと分かっているのに、目を閉じて静かに息をしてしまう。

 ああ──井伊月君は、何をしているんだろう?

 好き。大好き。

 胸が熱くなって、自然と笑みが浮かんだ。けれど急に訪れた気分の悪さにそれは消え、代わりに苦悶が横取りをした。

 ──いけない。

 深呼吸して立ち上がる。

 何かを払拭するように強く歩く。

 フックに吊るす〈ミステリアス・レイディ〉に向き合った楯無は、傷付いた外装を手際良く外していった。細かな調整は見ず、大きな問題だけを直していく。そのようなやり方で行えば、〈ミステリアス・レイディ〉の調整は五分とかからない。

 慣れた調整は本当に五分程度で。

 新たな装甲を嵌め込みながら、機体の各部チェックを。

 チェーンを降ろし、機体に足掛け、操縦席である空洞の内部に体を預ける。そして今一度機体の再確認をして、それが良しと分かると、フックを外して勢い良く室外へと飛び立った。

 

(敵は攻撃を続けている。みんなの信号を見るに、あの攻撃のせいで身動きが取れていない。……強い一撃を撃ち込むのが策と考えるけど、私達の戦力……今は一つも欠かすわけにはいかない)

 

 増援が期待出来ない状況は変わらない。何故、助けてくれないのだ。と、考える事すら時間の無駄だ。今はこの状況に向き合うこと、立ち向かう事を考えねば。

 ──と。解決策を思案していたその時、楯無の耳に強烈な瓦解音と人の叫び声が届いた。

 何が起きた!? すぐさまセンサーで原因を探った楯無は、建物の外にたった一人、無人機とやり合っている生体反応を捉え、驚愕した。

 

「な、何してるのよォ!?」

 

 あまりの衝撃に上ずった声が出てしまう。普通の人間ならばしない事を、している者がいる。これが驚かずにいられるものか、と。

 苛立ち混じりに空へ上がり、塀を飛び越えるように学園を跳んだ。そして数多くの無人機相手に立ち合っている人間を発見するやいなや、その首根っこをアンカーで引っ掛けて手繰る。

 

「なにしてるの、"織斑一夏"!!」

 

 そして込み上げる怒りを声に変えて、目の前に存在する少年の鼓膜を震わせた。




続く
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