君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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どうだ


第九話 「お前は──」

 ──何気ない日常──

 

 束家族がここにきてはや五日目。

 特に何も無く、時間だけが経過していた。

 朝飯、昼食、晩飯。束と重吾と顔を合わせるのはそれぐらいの機会である。

 一夏は別に食事なんて一緒じゃなくていいと思っているが、家族で食事をするのが箒のポリシーらしく、頑なに束たちを食事に呼びに行くのだ。頑固なところが、彼女の癖である。

 

「じゃあ、俺だけ別にしてくれよ」

 

 この前、そんなことを箒に言ってみた。晩御飯の料理中だった彼女にだ。

 箒は料理に命を賭けている。それは冗談とかじゃない、本気のことだ。もし何かの料理中に話しかけられようものなら、彼女は無視を決め込むか──包丁を意味ありげに止める。

 

「……何を言っているつもりだ?」

 

 そしてそれが、『食事は家族と一緒に』というポリシーを捻じ曲げるような発言だった場合は、

 

「食事は家族と一緒にだろうがッ!!」

 

 箒は手に持つ包丁を振り回すのだ。

 

「……うわー、やっばいなマジ。やっばいぞぉ〜」

 

 思えば馬鹿なことをした。死に突っ込むようなことだった。おかげで箒の機嫌は悪いし、悪いことだらけである。

 

「は〜……駄目だなぁ──俺って」

 

 弁解だってまだだ。彼女を不機嫌にさせた発言に対しての謝罪だってしていないし、そもそも逃げてしまった。今居る場所は道場である。何か悪いことがあったら決まって道場に逃げ込むのは、習性のようなものだ。

 一夏は考えても浮かばない解決策に深く溜息を吐いた。あんまり箒を怒らせたことがないから、どうすればいいのかいまいち分からない。お菓子でもあげれば許してくれる?──いや、最悪晩御飯抜きだ。

 ううむ、どうすればいいかな。箒は頑固だから許してくれるのを待つなんて無謀だし、ほとぼりが冷めるのを待つのも男らしくない。

 

「うへ〜……頑張って謝ってみるかぁ?」

 

 きっとそれは難儀なんだろうな──なんてことを呟きながら頭を抱えた一夏はふと、背中に人の気配を感じた。そして──ああ、また来たか──と口を曲げた。

 

「や、一夏くん。来たよ」

 

 出た。厄介者ナンバー2の井伊月重吾だ。

 

「や、じゃねぇよ。それに呼んでもない」

「またまたぁ〜」

 

 つんつん、と脇腹を突いてくる重吾。

 一夏はこめかみの辺りに感じる血管の脈動に感付きながらも、それを何とか落ち着かせて気持ちを制す。彼はあんまりにも遠慮がないから、こちらが我慢するしかないのだ。

 

「ははは、今日も元気いっぱいだね、一夏君は」

「……うるせー」

 

 別に元気いっぱいなわけじゃないさ。道場で鍛錬をするのが日課なだけ。お前にはそれが元気有り余っている証拠のように見えるんだろうが、こんなものただの鬱憤ばらしに近いストレス発散行為だ。

 

「お前さ、いっつも俺のところにくるけどさ。なに? なんなのさ。ここに通い詰めたってお前……面白いことなんかひとつも無いぞ」

「そうかなぁ〜?」

「誰が人が竹刀を振るところ見て、やだ素敵──なんて思うかね。俺は思わないな、絶対」

 

 もっとも、それは価値観の違いだと思うが。

 

「あははは。別に面白さを求めてるんじゃないよ」

 

 と。笑い出した重吾。彼は至極普通に、至極真っ当に、至極純粋な瞳で、

 

「僕はさ、頑張っている人を見るのが好きなだけー」

 

 ──そんなことを言い放った。

 それに、一夏はふと思い出した。

 私はな? 一夏よ。頑張る奴が大好きなんだ──彼女が言っていた言葉を。

 

「……そっか。お前はちゃんと、『篠ノ之』なんだな」

「え? 僕は井伊月だよ?」

 

 惚けたような、変な顔をする井伊月重吾。

 そんな彼に、一夏は笑った。

 

「──ん? どこ行くの?」

「飯だよ。お前も来い」

「ご飯?」

「そ。箒の信念はさ、家族と一緒にご飯を食べることだから──お前と一緒じゃなきゃ怒るんだよ」

「ふーん……」

 

 一夏は重吾の肩をポンと叩いてから、それから、

 

「お前は、優しい奴なのか?」

 

 か細な声で、そう問うた。

 




続く
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