IS 星海と共に   作:郭尭

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第十一話

2012/07/08 02:40

 

  世界で唯一のIS関連教育機関、IS学園。その特性故に、毎月のように何かしらのISに関連したイベントが行われる。

 

  五月に行われるクラス対抗戦もそんなイベントの一つである。そしてそれが今現在織斑 千冬を悩ませていた。

 

  イベント中、千冬の弟であり、『世界で唯一ISを使える男』の肩書きを持つ織斑 一夏。その緒戦での対戦相手となった、中国代表候補であり、一夏にとっては幼馴染の一人でもある凰 鈴音との試合。その最中に現れた謎の黒いISによる襲撃。

 

  幸いにして謎のISは一夏の機転と、鈴音とセシリア・オルコットといった代表候補生たちの活躍もあり、若干の軽傷者を出しただけで終わった。

 

  IS学園が襲撃を受けるという前代未聞の大事件なのだが、政治的要因などでこの件は隠蔽されることになる。これに関しては千冬は余り問題視していない。不安が全くないという訳ではないが、それ以上の問題が見つかったからである。

 

  公式には467しか存在しないISコア。

 

  今回襲撃してきたISが無人機だったこともそうだが、それ以上にナンバリング外のISコアが使用されていたという事実。

 

  学園の地下に設けられた、存在自体秘匿された研究施設にて判明したことである。それは余りにも危険な事実だったこともあり、国際IS委員会にも伏せられ、学園内にも数人しか伝えられていない。

 

  そしてそれが出来る人物に心当たりがあった。

 

  仕事を終え、学園の寮にある自分の部屋に戻った千冬は、仕事着であるスーツのまま敷きっぱなしにされていた布団に寝転がった。

 

 

  「やはり……束か?」

 

 

  千冬の長年の親友であり、ISの母とも言うべき人物、篠ノ之 束。ISコアを造ることが出来る人物は、彼女だけの筈である。

 

  元々何を考えているのか、理解し難い部分のある人物である。人格的にも問題がある所もあり、目的こそ読めないが、それでもあいつならやりかねないと思っている。

 

  確認の為、千冬は携帯電話を手にする。

 

  束のやることの非常識さには思う所もあるが、それでも彼女にとって自分は数少ない知己だ。彼女に振り回される世界には気の毒だが、多少のことは容認してきたし、これからもその心算だった。

 

  だが今回は自分の生徒が危険に晒された。自分には教師としての責務があり、私情を交える訳にも行かなかった。更には、危険に晒された生徒たちには自分の弟をはじめとした親しい人間もいた。

 

  正直な所、自分の言葉で束に何処まで影響を与えられるか、千冬には自信はなかったが。

 

 

  『はいは~い、もすもす、ひねもす~。ちーちゃんのお嫁さんの束さんだ……ピッ……』

 

 

  頭痛を感じた千冬は電話を切った。

 

  すでに謎の無人ISなどの件で追加された業務で心身ともに疲弊していた千冬はこれ以上の疲労は御免被りたかった。

 

  このまま寝るか。

 

  着替えや化粧も落とさずにそんなことを考える。女性として、美しさの追求に対しては若干淡白な方である彼女でも滅多にしない暴挙である。それだけ彼女も限界が近かった。

 

  PiPiPi……PiPiPi……

 

  通話を切った携帯から響く、味気ない着信音。のっそりと携帯を手にし、耳元に持っていく。

 

 

  『ちょっとちょっと、酷いよちーちゃん!ちーちゃんから連絡してきたのに何も言わずに切っちゃうなんて!これって新手の放置プレイ?あ、そう考えたらちょっと興奮してきたか……ピッ……』

 

 

  再度、千冬は携帯を切った。

 

  再度鳴ってきた携帯に出ると、少し涙ぐんだ声が漏れでてくる。

 

 

  『すみません、調子に乗りました、だから何か喋ってくださいちーちゃん』

 

 

  「初めから普通にしてればよかったんだ、馬鹿者」

 

 

  三度目、漸くまともなコミュニケーションが成立した。

 

 

  「それで、だ。今日学園を襲撃した無人機はお前の仕業か?」

 

 

  質問は単刀直入。元より腹の底が探れる相手ではない。だが千冬は確信を持っていた。

 

  何処の国も開発に成功していない無人IS、ナンバリング外のコア。そのどちらも、篠ノ之束ならば

と。

 

  だが返ってきた応えは

 

 

  『ふぇ?無人機?束さんはそんな面白くない物造ったことないよ?』

 

 

  本当に何も知らないかのような、そんな反応だった。

 

 

 

 

 

  「……つまり、ISコアをコピーすることに成功した人間がいる、そう言うのか?」

 

 

  千冬が事情を説明し、束が下した結論は、世界を揺るがすに足るものだった。

 

 

  『そだね。今学園のデータベースから情報を引っ張ってみたけど、劣化コピーって感じ。絶対防御とかがオミットされてたり、同調性もよくなさそうだし。敢えてそうしたのか、そうしか出来なかったのかは知らないけど』

 

 

  さらりと、学園をハッキング中であると暗に伝える束の言葉にも反応を示さない。そんな余裕はない。世界の軍事バランスが、また覆るほどの事だ。

 

 

  『あ、そうだ、ちーちゃんちーちゃん、聞いてよ!この前ね、宇宙に出てきたISがあったんだよ!』

 

 

  さっきまでの話にそれほど興味がなかったのか、それとも単純に新たに切り出した話題の興味のほうが大きいだけなのか。

 

  宇宙に出てきたIS。心当たりが千冬には一つだけあった。かつて束がISを開発していた頃、千冬が窓口となって開発に協力してくれた人たち。

 

  束がネット上に公開したISの理論の有用性に気付き、当時まだ学生であった彼女たちの下で働くことを良しとした人たち。宇宙を夢見て、自分たちが裏切ってしまった人たち。

 

  そんな中の一人が造り上げた、正真正銘の宇宙開発用IS。

 

 

  『この前昼寝から目を覚ましたら、すぐ近くにいるんだもん。びっくりして思わずミサイルで迎撃しちゃったよ』

 

 

  「なんてことをしているんだ、馬鹿者!」

 

 

  ナチュラルに放たれるとんでもない発言に、千冬は怒鳴った。

 

 

 

 

 

  五月も終わりに入り、日本ではもうじき梅雨と呼ばれる季節に突入する頃である。

 

 

  「お久しぶりです、佐々岡先生」

 

 

  シックな雰囲気漂う、小さな喫茶店。黒い着物を纏った、子供にも見える女性、一之瀬 菊李は席を立ち、後から現れた初老の男に頭を下げる。

 

 

  「ああ、直接会うのは何年ぶりかな。久しぶりだね、一之瀬君」

 

 

  白髪混じりの頭髪は若干後退が始まっており、見尻や手には深い皺が刻まれている。

 

 

  「はい、お変わりない様で」

 

 

  二人とも席に着き、男がウェイターに注文を済ませる。先に来ていた菊李の席にはお茶が既に置かれている。そのお茶の色合いが妖しいことになっているのを、男は敢えて無視した。

 

 

  「近頃中々の活躍だそうだね。バロールと言ったか。噂は聞いているよ」

 

 

  「先生のフォモールの図面を残してくれたお陰です」

 

 

  『フォモール』とは、『バロール』の前に設計されたISであり、実際に制作される事のなかった機体である。数年前に図面だけ作られ、それを菊李が再設計したのが『バロール』だった。

 

  そして菊李が先生と呼んだ人物、佐々岡 裕造(ささおか ゆうぞう)。彼女がまだ学生だった頃、機械工学を学んだ恩師であり、『フォモール』を設計した人物。そして、かつて共に篠ノ之束の下でISの開発に携わった同士でもあった。

 

 

  「それで、今日は何の用だね。わざわざカナダから、君も忙しい身だろう」

 

 

  注文の際に置かれたお冷で喉を潤し、一息ついてから、そう尋ねた。

 

 

  「もうじきIS学園で用がありまして、私だけ先んじて日本に来たんです」

 

 

  一息入れて、菊李は語る。

 

 

  「私たちは火星に行きたい。そのためにタキオン・サーキットの完成に協力して頂きたいのです」

 

 

  裕造の表情が、疲労を帯びたものになる。菊李は過去にも、彼のこの表情を見たことがある。ISが各国で『兵器』となったばかりの頃は毎日のようにこんな顔をしていた。

 

 

  「あれを完成させてどうする。サーキットだけが完成した所で……」

 

 

  「空間操作は黄が中国で完成させています。既に第三世代機の武装に応用されていると聞きました」

 

 

  菊李の言葉に、裕造の表情は更に色濃い疲労が表れる。

 

 

  「一之瀬君、余り急ぎ過ぎるものでもないだろう。少し休んではどうかね。君の所のスタッフたちもな」

 

 

  「時間がありません。多少の無理は押し通さねばならないのです」

 

 

  相反する意見。裕造の表情に険呑なものが混じる。

 

 

  「急ぎすぎるな。焦りは碌な結果をもたらさない」

 

 

  「時間があればそうもしましょう。私とて技術の円熟を待ち、より安全で確実な宇宙進出を望んでいます」

 

 

  「ならばそのように……」

 

 

  すればいい、と。そう告げようとした所で、ウェイターがコーヒーを運んできた。

 

  一旦落ち着こう。

 

  激している心算はないが、お互いにとって感情の抑制が難しい話題である。互いに人類の宇宙進出を信じて尽力し、結果に裏切られたのだ。ISが兵器である結果に。

 

  裕造はコーヒーに口をつける。舌の上に広がる強い苦味と僅かな酸味。

 

  実際の所、彼はコーヒーの強い苦味は好みではなかった。日本人らしく、若干の渋みがある日本茶を好んだ。だがコーヒーの苦味と酸味は、緊張感を緩めずに、気分を静めてくれる。だから、議論や思考に耽る必要があるときは、その不味さに耐えながらコーヒーを口にしてきた。

 

 

  「一之瀬君、私たちは同じ夢を見た。篠ノ之君の構想し、設計したISと言うものにな。人類の宇宙開発を百年単位で進めることができるかも知れない、とね」

 

 

  思い出すのは、自分の三分の一程しかない少女の下で働いていた頃の事だ。今は大人の女性といって良い年齢になっている筈か、とも。

 

 

  「結果はどうかね。今の世の中は。結局誰も興味がなかったのではないのかな、宇宙に出ることを。少なくとも大多数の人類は」

 

 

  心血を注いで完成させた彼らの成果は世に認められず、どうやって世に魅せるか腐心していた時に『白騎士事件』などというものが起こった。

 

  それから十年。自分たちの創ったものは世界に何をもたらしたか。

 

  世界の軍事バランスを一変させ、各国の政治は大いに混乱しただろう。

 

  声高に男女平等を謳っていた女性活動家たちは女尊男卑を主張し、事実その通りの世の中になってきているらしい。

 

  そして宇宙開発のために産み出されたISはその分野に使われず、逆にそれらを斜陽に追い込んだ。

 

  自分たちが宇宙開発のために作り出した機械が、宇宙開発のための最大の障害となった。

 

 

  「それに私たちも余りやりすぎていい立場ではない。私は勿論、君にも監視がついている身だろう?篠ノ之君のインパクトのせいで世間では認知されていないが、ISの開発に携わった訳だからね」

 

 

  尤も、それでも自分たちにISコアを造ることができれば、今とは違った『今』を過ごしていただろうとも思っていた。

 

 

  「そして黄君は中国政府に、カミンスキー君はロシア政府にそれぞれ拘束された。まあ、一之瀬君の言葉を信じるなら、黄君はそれなりに上手くやっているようだがね」

 

 

  中国人の黄 月詠、ロシア人のサーシャ・カミンスキー。そこに篠ノ之 束と織斑 千冬、更に三人を加えて、『最初のIS』は産み出された。

 

 

  「私たちや他は運がいい。国家がまだ良心的で監視で済んでいるんだ」

 

 

  「一つだけ、二年前から鞘峰と連絡が取れなくなりました」

 

 

  鞘峰 詩鶴(さやみね しづる)。同じく『最初のIS』開発に携わった、菊李の同輩である。当時のメンバーで恐らく最も精力的に開発に尽力していただろう。それだけに、最も傷付いたのも彼女だったかも知れない、と二人は考える。

 

 

  「彼女が、か。何事もないことを祈るよ。兎に角だ、私たちは軽率だった。ISのような近道に目が眩んだのがいけなかった。私たちは、私たちが持っていたものをより良くしていく方向で尽力すべきだった。努力する事に妥協をするべきではなかったんだ」

 

 

  そこで言葉を区切り、裕造はコーヒーを一口。

 

 

  「篠ノ之君の手を取るべきではなかった。私たちの夢が遠のいたのは、私たちの罪だ。これ以上に罪を重ね続ける訳には行かないだろう」

 

 

  全ては間違っていたのだと。だからこそ、これ以上の過ちを犯す訳には行かない、と。

 

 

  「あのクソウサギ女の手を取る事を選択したのは私たちです。罪は確かに私たちのものです。

 

   ……先生、罪は償わなければいけません。私たちの罪が夢を遠ざけたのなら、私たちが引き戻さなければいけないのだと、私は考えます」

 

 

  「焦らずとも、何れ人は宇宙に出る。それが十年先か百年先かは分からないが、私たちが為さなければいけない理由はない。人々が真に望んでいるなら、それは必然と成る」

 

 

  「私たちの負債を次の世代に残すようなことしてはいけないのだと言っているんです!」

 

 

  後ろ向きな発言の続く裕造に、菊李は反論を投げかける。

 

  決して大きな声を出した訳ではないが、心の進まで届く、重さを持った声だった。

 

 

  「人々が願うのを待つのでは、今願っている者たちの想いはどうなるのですか?今願っている者たちの尽力はどうなるのですか?彼らの努力は無駄なのですか?」

 

 

  「無駄ではない。彼らの努力は未来に残り、来るべき時の礎となる」

 

 

  「今でもできるのです。夢を手繰り寄せられる機会が今目の前にあるのです。見逃せなどと、私は彼らに言えません。そして、為してさえしまえば人々は目を向けます。向けざるを得ない。私たちにはチャンスがあるんです」

 

 

  「だからフォモールを造らずにバロールを造ったのかね?兵器転用を前提にしたISを。それが君の本道かね」

 

 

  菊李の表情が歪む。裕造に指摘されたことは、彼女も疚しく感じているものであった。

 

 

  「私も色々と声をかけられる立場でね。多少の情報は入ってくる。AEW機の雛形としての意味合いもあるのだろう?」

 

 

  「スポンサーがなければ何もできないのは、先生もご存知でしょう」

 

 

  菊李の声は苦しげなものだった。分かっているのだ。結局、彼女たちが目指しているものなど、見向きもされていないのだと。彼女は自ら『本道』を蔑ろにしたのだと。

 

 

  「それでも、追わねばならないのです。償わねばならないのです。……私のやっていることは或いは誤っているのかも知れません。ですが、先生だって逃げているじゃないですか!」

 

 

  論理のすげ替えだと、彼女も理解している。だがそれでも彼女は感情を吐露することを止められなかった。

 

  夢を追うことさえ許されなくなった仲間もいるのだ。今でも夢を追い続けていられる自分は幸運だ。だが、夢を追うことを自ら捨てる選択をしている恩師が許せなかった。

 

 

  「先生は卑怯です……」

 

 

  結局、この日二人の考えが重なることはなかった。

 

 

 

 

  フヨフヨと、『バロール』は宙に漂っていた。特に何をするでもなく、ただフヨフヨと。機構内で訓練で使われているグランドで。

 

 

  「どう?リミッター付きのバロールには慣れた?」

 

 

  土の上に胡坐をかき、長船 湊は『バロール』の操縦者、ミランダに声をかける。

 

 

  「大分感触は掴めたと思うよ。動きの重さはどうしようもない感じだけど」

 

 

  風にさえ揺らされるような軽さを感じさせる『バロール』の挙動。それは風船のように、さも浮いているのが当然の物体であると、人を錯覚させる。さらには時折、上下を逆転したりと、無重力空間そのものの動きを見せる。

 

  PICの機体制御をオート設定にした状態では不可能な機動。

 

  これはミランダが非常に高いレベルでPICを使いこなせているという証拠でもあった。

 

  それを眺める湊は何時もの女っ気のないツナギではなく、機構指定のスポーツウェアである。

 

 

  「ミナトはどう?アストロノーツの訓練、着いていけてる?」

 

 

  「当たり前、私が抜けたら誰がバロールの整備するのよ」

 

 

  湊がそんな格好をしている理由は『ルヴァ』での作業から数日後の事であった。

 

  機構の最終目標とされてきた『プロジェクト・ジャーニー』の破棄。そしてそれに変わる新たなプロジェクトの発表。

 

  『プロジェクト・モビリティ』

 

  十年ほどかけて宇宙ステーション『ルヴァ』の完成を待ち、更に年単位の時間を使って火星圏に到達、探査。合わせて五年程宇宙に滞在する壮大な計画だった。

 

  だがそれは、結果を時代に託すということでもあった。仮に今機構にいるメンバーで、現場で参加できるのは精々IS関係者くらいだった。

 

  だが突如発表された『プロジェクト・モビリティ』はISを利用し、研究期間を含め三年で火星での研究成果を持ち帰るものである。

 

  つまり、今現場を担当している面々の中から、宇宙に出るメンバーを選出する事になったという事である。

 

  そして『バロール』の整備担当も宇宙に上げる必要が出てくる。

 

  湊にもアストロノーツとしての訓練が必要になったということである。特に途中までとは言え、彼女はISに関して正規の教育を受けた唯一の人材なのである。

 

 

  「……実際それって痛いんだよね、正直」

 

 

  「……うん、私に何かあれば大分ISの運用効率下がるって聞いたから結構プレッシャーなのよ」

 

 

  そんな訳で二人の声はどこか重いものを含んでいる。

 

  現場にはまだ概要しか告げられていない新たなプロジェクトは、宇宙への希望以上に、漠然とした不安を二人に与えていた。

 

 

  「ま、そんなことより今はあれよ、IS学園。私も行くけど、ちゃんと貴女の操縦技術、見せ付けてやりなさい?」

 

 

  暗くなるような事ばかり考えても仕方ないと、湊は話題を変える。

 

 

  「それ、幾つかの国の代表候補生とかいるんだよね。そんな人たちに見せ付けろって、主任も無茶を言うよ」

 

 

  憂いを含んだその声に、どうも失敗したかな、と考える湊。

 

 

  「まあ、ほら、ミランダは戦闘訓練とか殆どなかったでしょ?戦闘以外だったら負けないって」

 

 

  これは嘗て実際にIS学園に在籍していた彼女の本音だった。PICのマニュアル制御に関してはミランダ以上の人間を、彼女は知らない。

 

  湊の一つ下の学年に、それはもう化け物のように色々と凄い、蒼髪の後輩がいたが、そんな彼女にも勝ると断言できた。

 

  まあ、専門分野が違うだけとも言えるのだが。

 

 

  「ま、頑張れ、元代表候補生」

 

 

  どこか無責任そうな響き。そんな声に、フルフェイスマスクの下でミランダは苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

  IS学園で使用されている設備は、一教育機関として見れば、破格と言う言葉すら生温いほどに充実している。それは並大抵の設備ではISの教育などしようがないということが理由である。また、世界各国から学生を受け入れていることから、食堂や図書館、運動施設も相当力の入ったものとなっている。

 

  そして先に例として挙げた図書館も、有名大学が備える以上の規模のものがあった。ために、訓練機の申請からあぶれた生徒たちの一部が自主勉強で利用している。

 

  そんな訳もあり、機体の申請を必要とせず、且つ一定以上の教育を既に受けている事の多い専用機持ちの生徒が利用することは存外少なかったりする。だがこの日、この場には二人の専用機持ちが来ていた。

 

 

  「あ、これか。へえ、随分コミカルな形してるんだな」

 

 

  数ヶ月前のIS関連雑誌を机の上に広げ、黒髪の少年は載っている記事に目を通している。

 

  解説の文字と共に載せられている写真は、当然ISのもの。

 

  全身を覆う、黒とオレンジに塗装された装甲。滑らかな曲線で構成されたシルエットは重厚そのものの姿。特徴的なシルエットを形作るレドームユニットと、巨大な肩部アーマー、下に向かってどんどん細くなっていく脚部。そのどれもが彼の知るISの形からかけ離れていた。

 

 

  「戦闘用じゃないからかな。色々とセオリーに当て嵌まらない機体みたいだよ」

 

 

  応えたのは隣に座っている貴公子然とした金髪碧眼のフランス人、シャルル・デュノア。そして雑誌に目を通しているのは『世界で始めてISを起動させた男』、織斑 一夏だった。

 

  本人の予期せぬ事態に、巻き込まれるようにIS学園に入学することとなった彼は、その特殊な境遇もあって希少な専用機を与えられている。普段は可能な限りアリーナで自主訓練に励む彼だが、この日は珍しく書に親しんでいる。

 

  『お前は知識が致命的に足りん。今度来る客のことぐらいは予習しておけ』とは、学園教師でもある姉の言である。

 

  故あって家族は姉だけである一夏は、基本的に彼女の言葉に従順である。

 

  いや、ある意味で飴と鞭で調教されていると言ってもいいかも知れない。

 

  そんな訳でもうじき学年別トーナメントの時期ではあるが、別段余裕がないわけでもないため、シャルルを図書館に誘ったのだった。

 

 

  「これ、操縦者が割りと小柄なんだな」

 

 

  「違うよ、一夏。ほら、こっち見て」

 

 

  掲載されている写真を見て呟いた一夏に、シャルルはページの端を指さす。そこには純日本産量産機『打鉄』との対比図があった。

 

 

  「あれ、デカっ!?」

 

 

  その図では『バロール』の図体は『打鉄』より二回り以上の巨体を誇る。一夏が今まで見たことのある最も大型なISがドイツからの留学生であるラウラ・ボーデウィッヒの『シュヴァルツェア・レーゲン』なのだが、それさえも優に超えるだろう。

 

 

  「今のISは相手の攻撃を回避する為に、余り必要ない装甲を減らして軽量化してるのが多いんだ。初期のISはシールドとかが不安定だったから重装甲タイプが多かったんだけどね。このバロールは宇宙での運用を前提としてるから、宇宙線対策や大気圏再突入とかが理由みたいだけど」

 

 

  一夏の言葉一つに、細かな解説が付いてくる。以前の授業の時、『ラファール・リヴァイヴ』の解説を求められた時もまるで暗記していたかのように説明してみせた。今回の事も含めて、知識面では素人らしからぬものがあるのは確かだった。

 

  対して一夏は知識の面では他の学園生と比べて大分遅れている。最近までISとは縁のない生活を送っていたということもあり、一部自業自得の部分もあるが、仕方ないことではある。まあ、実践訓練時間を割り振りすぎて座学の自習が疎かになっている面もあるのだが。

 

 

  「それにしてもこれ初めて月まで行ったISなのか、なんでニュースにならなかったんだろ」

 

 

  一応ニュースにはなった。ただ、それが人の印象に残らないほど短いものだった。更にこの場に機構の人間がいれば「お前のせいだろ!」という言葉を飲み込んで歯軋りしていただろう。シャルルも時期的にそのことを推測できたが、敢えて口にすることはなかった。無論、一夏に非があるわけではないが。

 

  そんなこんなで『バロール』に関する記事に目を通していく。『世界で初めてISを起動した男』であることと、『世界最強、織斑千冬』の弟という肩書きもあり学園に入ってからは何かと周りが騒がしい彼にとっては、珍しい静かな時間だった。

 

  尤も、それも長くはなかった。

 

 

  「あ、こんな所にいたわね、一夏!」

 

 

  図書館に響く、活力に満ちた少女の声。一夏の幼馴染の一人にして、中国の代表候補生でもある鈴(リン)こと、凰 鈴音(ファン リンイン)のものだった。

 

 

  「アリーナにいても来ないし、急に勉強なんてどういう風の吹き回し?」

 

 

  待ち合わせた訳ではないが、一夏に懸想している彼女はよく一夏の訓練に付き合っている。自分同様一夏に想いを寄せる女子二人への牽制も含まれるが、クラスが違う為に一緒にいられる時間を少しでも増やしたいといういじらしい想いからだ。

 

  尚、牽制相手の少女二人がこの場にいないのは、半ば幽霊部員となっているそれぞれの部活の先輩に、訓練の予定がないことを知られて強制連行されたからである。クラスが違うこともあり、唯一一夏が連絡を忘れた事が、彼女にはプラスに働いたのである。若干待ちぼうけを食らってしまいはしたが。

 

 

  「いや、 何ってISの勉強だよ」

 

 

  その勉強に、余り力を入れてなかったように見えていたからこその疑問だったのだが、それは余り一夏には通じていないようだ。

 

 

  「あのね、そういう意味じゃ……ってあんた何見てんのよ!?」

 

 

  「え?何って……」

 

 

  一夏の手にした雑誌に目を向けて叫び出す鈴。さっきまでのページを読み終わっていた一夏は、目線を鈴に向けたまま、器用にページを捲っていた。そしてそのページの内容が鈴の癇に障ったのだった。

 

  『バロール』の操縦者、ミランダ・ウルバーニのグラビアページ。

 

  盲目であるが故に目を瞑った笑顔が、男性的な部分のある容貌に、どこか神秘的な印象を与える。赤をベースに、緑のラインの入ったスポーティーな水着は、同年代の少女と比べ高めの身長とやや筋肉質な肢体はピーチバレー選手などを彷彿させる健康的な色気を醸している。

 

  もちろん一夏にその手の意図はない、どころかまだ見ていない。だがそんな理屈も恋する乙女には通用しない。

 

 

  「学校でそんなもん見るんじゃない!……そういうのが見たいならあたしが写ってるのを……」

 

 

  後半、若干赤くなりながら小声になる鈴。代表候補生を肇とした専用機持ちは広報活動も仕事の一環である場合が多く、鈴もグラビア撮影を行ったことがある。何処かに自分の写真の載った雑誌はないかと見回してみるが、そもそもその手の事柄にさほど興味がなかったために、自分でもどの雑誌だったか覚えていなかった事に気付いた。

 

 

  「そんなもんって……勉強してるだけなんだが」

 

 

  「勉強って何の勉強よ!」

 

 

  若干雑学よりではあるが、IS関連である。少なくとも一夏とシャルルにとっては。だが鈴からすれば、想い人が他の女の水着姿に現を抜かしている非常事態である。

 

  女体の勉強か。それとも筋肉フェチなのか。

 

  ただでさえここ数日、一夏は『男同士の親睦』がマイブームなせいで、余り構ってもらえていないのだ。鈴の癇癪玉は爆発寸前だった。

 

  騒ぐ鈴に、困惑する一夏。そして宥めようにも上手く行かないシャルル。最近一人加わったとは言え、それ以外は学園生には見慣れたものになりつつある光景である。だが今回は場所が悪かった。図書館という、特に静けさを求められる場所だった。

 

  彼ら三人以外の利用者のフラストレーションは、三人の賑やかさに比例して上がっていく。男のIS操縦者として何かと持て囃される立場が二人いるが、この場にいる学生の大半はそんなことより勉学に励む方の人間なのだ。

 

  バン!と、机を叩く音が、部屋中に響く。騒いでいた三人以外の生徒たちまで、思わず音の方向に目を向ける。

 

  机の上に置かれた何冊ものIS関連資料らしい書籍、空中にディスプレイを投影している情報端末。青い髪を短く切り揃えた、眼鏡の少女が机に両手を着き、立ち上がっているのが目に入った。

 

 

  「あ……えと、五月蝿かったか。ごめん」

 

 

  「あ~、そうね。騒ぎすぎたかも」

 

 

  騒音の主な発生源である自覚もあった一夏と鈴。ばつの悪そうな表情で謝罪の言葉を口にする。

 

  だが青髪の少女は言葉に応えず、一夏を鋭い目つきで一瞥すると、そのまま図書館を出て行こうとする。

 

 

  「あ、更識さん、本をちゃんと戻して下さい」

 

 

  そして図書委員らしき少女の言葉に戻ってくる、更識と呼ばれた眼鏡の少女。テーブルの上の本を片付ける彼女の顔が妙に赤かったのは、三人の見間違いではなかった。

 

 

 

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