IS 星海と共に   作:郭尭

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第十三話

 

  IS学園講堂。普通の公立学校ならば体育館などに併設され、毎週の朝礼などで利用するのが主になるだろう。だが無駄に多く感じるほどの施設を誇るIS学園、相応のイベントでなければ本当に使う機会がない。その為一年生にとってはまだ馴染みの薄い場所である。

 

  篠ノ之箒にとってもそれは同様である。壇上では黒い着物の上に白衣と言う、珍しい格好の女性が色々と言葉を並べている。子供のような小柄さで、髪で顔を半分隠した女性に、箒は見覚えがあった。

 

  十年ほど前、束が妙に忙しそうにしていた時期があったのを箒は憶えている。思えば姉がISを造っていたのはあの時期だったのだろうと、箒は当たりをつけている。そういう意味では、全く人となりを知らない目の前の人物も、良くない印象を持ってしまうのは坊主憎けりゃの理屈だろうか。

 

 

  『……今までISの宇宙開発利用が停まっていたこともあり、現状それ専用に設計されたISはバロールだけだ。そのため真空空間、無重力環境に於けるデータは不足しており……』

 

 

  壇上の女性が語る、自分たちのISの至らぬ部分。まだまだ発展途上の技術を積み上げていく辛さ。余りお先が明るいとは言えない内容だが、だからこそ嘘のない内容なのだろうと、多くの生徒は感じた。

 

 

  『機体に関しては以上だな。諸君ら一年には用語とか分らん部分もあるかも知れんが、授業が進めば何れ習う事だろう 。後で質問があれば答えるが、今は分らなくとも問題あるまい』

 

 

  壇上では機体の解説が終わったらしい。尤も、色んな意味で興味がない箒は聞き流していたので内容は頭に入っていなかったが。

 

  そして白衣の女性の話が終わり、入れ替わって現れた赤髪の少女。自分たちと同年代らしい少女は、その割には背の高い方。街にいれば、男女を問わず人目を引くであろう。だがそんな部分以上に人目を引く格好を、今のミランダはしていた。

 

  顔のうえ半分をほぼ覆うセンサー素子のゴーグル。限定的にハイパーセンサーを起動し、ミランダの視力を補う為に部分展開された『バロール』の一部。今回の学園滞在中、ミランダの視力障害に配慮し、学園敷地内に限り、視力補佐目的に限った部分展開の許可が出されていたのである。

 

  ただ、本来ハイパーセンサーは複合センサーであり、収集可能な情報の種類は多い。故に光学センサー以外の機能は一時封印されており、視覚範囲も常人度ほぼ同等、つまり人間本来の正常な視覚程度に抑えられている。

 

  彼女が語っているのは、実際に宇宙空間に出たからこそ経験できたこと。

 

  初めて宇宙に出た月面探査。地上との連携での人工衛星メンテナンス。全てを話せる訳ではないが、彼女なりの思い出を語る。目的の違いによる、IS学園との訓練内容の違いなどは、思うところのある生徒もいる様だった。

 

  ちらり、と箒は目線を横に向けた。ダラダラと汗を流す一夏の姿に、今回も知識が追いついていないことが容易に見て取れた。

 

  その一方で、箒以外にもう一人、一夏に視線を向けている人物がいることに気付いた。ラウラ・ボーデヴィッヒ。一夏関係で、色々とインパクトを残した人物である。視線に込めている感情は侮蔑。それくらいは箒にも見て取れた。

 

  箒にとってラウラは不愉快な相手だった。一夏を、『織斑 千冬の弟』として見ている。そしてそこに何かしらの因縁をつけている。長年『篠ノ之 束の妹』としか見られてこなかった箒には、そこの所を特に敏感に感じていた。

 

 

  『そうだね、家族と合う時間が取れないのが辛いかな。機密みたいなのもあるから話せない話題もあるし……』

 

 

  何時の間にか生徒からの質問と応答が始まっていた。

 

  家族との時間。両親と姉、どちらも長らく顔を見ていない。家族と呼んでいいのかさえ、箒の中では疑問符がつく。

 

 

  『……ではウルバーニさんが最も尊敬する人物は……』

 

 

  『そうだね、まずは姉さんだね。姉さんがいなければISに触れる機会なんてなかったと思うし、当然今みたいな仕事なんて出来ないだろうしね』

 

 

  機械で取り込んだ情報を直接脳に伝える方式を取るハイパーセンサー。脳に障害さえなければ、盲目の人間でも物を見ることが出来る。理屈ではそうだが、そんなことの為に貴重なISが使われることはない。将来的に技術のスピンオフに成功するまでは、まだ視覚障害者の希望にはなり得ない。

 

  それを可能にしたのが、姉であるバルキリー、セレーナの我儘だった。国家の英雄たるセレーナの私情によって、せめて(中継越しではあったが)モンド・グロッソで戦う自分の姿を妹に見せたかったのだ。

 

  結果として判明したミランダのA適正、当時のイタリアの代表候補生の(適正的な意味での)不作、そして現役バルキリーの妹で障害持ちという話題性によって、以後もISに関わるチャンスを得た。

 

 

  「……姉か」

 

 

  碌なものではない。少なくとも箒にとっては。姉のせいで家族と引き離された。姉のせいで一夏の引き離された。そのくせ、姉は行方をくらまし、今もどこかで悠々自適に過ごしているのだろう。

 

  根拠などがある訳でもないが、そう毒付くくらいしていなければ、やっていられない。

 

 

  『姉さんのお陰でISに触れた。ISがボクに夢をくれた。だからもう一人、

 

  篠ノ之博士に有り難うって、

 

  そう伝えたい』

 

 

  壇上の彼女の言葉は、箒にとって想像もできなかったものだった。

 

 

 

 

 

 

 

  作業の手際、という意味では見るべきものは殆どない。それが更識 簪の感想だった。

 

  機構の学園内に於ける各種作業は、その多くが機構側の要望で生徒の見学が許されている。機密性の低い部分に限られているが、機構は積極的に情報を開示している。責任者である菊李は全く期待していないが、今期の卒業生を確保できればと機構は望んでいた。

 

  そんな機構の思惑は別として、簪の注目は操縦者であるミランダ・ウルバーニの訓練風景に向けられていた。

 

  やっているのは輪っか潜りである。一定のコースに沿って空中に投影された輪を通ってゴールを目指すというもの。そのうち幾つかの輪は常に動いている。

 

  ミランダの動きは速かった。

 

  彼女の機体、『バロール』は重鈍である。加減速にも優れてはいない。挙動は俊敏とはいかない筈である。

 

  簪が速いと感じたのは、初動。

 

  特に受動的な状態に於けるリアクション。恐らく反応速度が非常に優れているのだろう。

 

  更に言えば、そこに妙な違和感を伴う挙動が気になりはしたが。

 

  アリーナの客席で観察を続けていた簪は、ミランダの姉の情報を思い出した。

 

  セレーナ・ウルバーニ。第一回、第二回モンド・グロッソに於けるイタリア代表。

 

  一回目は『世界最強』織斑 千冬との激戦に惜しくも破れ、格闘部門を準優勝し、レース部門でバルキリーの称号を得る。

 

  二回目は格闘部門で二回戦敗退だったが、その相手はまたしても織斑 千冬だったことから、その試合を事実上の決勝戦と見るファンも少なくない。結局その時は織斑 千冬の不可解な棄権により、優勝は当時のロシア代表だった『チェチェンの魔女』に渡った。

 

 

  「……お姉ちゃん、かぁ」

 

 

  溜め息と共に、簪は呟いた。

 

  簪の姉、楯無。昔は自慢の姉だった。それがだんだんと疎遠になったのは、優秀な姉と比べられることで生まれた劣等感があった。尤も、それは逆恨み以外の何物でもない。少なくとも姉はその働き相応に評価された結果なのだから。

 

  簪はそう考えており、一層惨めな気分になる。そんな自分を変えたくて、前向きな意味で姉に近づきたくて一念発起。その結果の日本代表候補だったのだが、今度は製作途中の専用機が開発凍結である。

 

  自らコンプレックスを乗り越える努力を始めた矢先のことである。タイミングが悪いにも程がある。しかも中途半端に作られた専用機のせいで『専用機のない専用機持ち』という不名誉な仇名までつけられている。

 

  そんな事情もあり、簪は姉とは長らく疎遠となっていた。

 

  それが好ましくない状況であると、自覚はできていた。けれども分かっていればどうにかなるものでもなく。

 

  そして簪が見つけた次の目標が一人でISを完成させることだった。

 

  他人の言葉を気にしないでいられるように自身が必要だった。簪は姉と同じ位置に立つことでそれを試みようとしているのだ。

 

  そんな事情で、開発の参考にできるような何かはないものかとこの場、機構に貸し出されている第二アリーナのピットに足を運んだ訳である。

 

 

  「何か期待に応えられるものはあったか?」

 

 

  咄嗟に後ろから声を掛けられ、小さく声を漏らす簪。声の方向に振り向けば、何時の間に傍まで来たのか、白衣と着物という出立の小柄な女性の姿。

 

  一之瀬 菊李、簪は『バロール』の開発責任者として覚えていた。目上の人間に対する、取り敢えずの礼儀として軽く会釈する。

 

 

  「正直、君らには退屈だと思うがね。メカマンの技量は未熟で遅い。操縦者の方も、私は優秀だと思っているが君らとは畑が違うからな」

 

 

  その意見に、簪は内心肯定した。整備班の働きは上級生たちのそれと比べて勝っている部分はなく、突出して手際がいい(未成年に見える)のが一人いるだけである。

 

  操縦者のミランダ・ウルバーニに関しては、機敏とは言えないがスムーズな動きが印象に残る程度である。やはり菊李の言葉通り、畑が違うため応用できる気がしない。素早い機動を求められる戦闘機動と、燃費の効率を重視した動きという、真逆の方向を向いた技術である。

 

  正直、簪にとって実りがある内容とは言い難い。とは言え、日本人の気質はそれをストレートに表現することを躊躇する。尤も、仕事柄欧米に居ることの多い菊李にとっては無用の気遣いであったが。

 

 

  「こんな有様だからな。入社希望は随時受け付けている。やる気があれば言うことなしではあるが」

 

 

  上級生にも声を掛けてくれれば助かる、という菊李の真顔の言葉を、簪は本気か冗談か判断できなかった。

 

 

  「はいはい、勝手に人の妹誘惑しないでくださいね」

 

 

  そんな二人の間に割って入った少女。菊李にとっては仕事の都合上顔を知った相手であり、簪にとってはより縁深い相手。見学か、何かの仕事か、菊李は興味を抱かなかった。

 

  更識 楯無。簪と同じ空の色の髪の少女。IS学園全生徒の(実力的な意味でも)頂点に立つ生徒会長であり、簪の血の繋がった姉である。

 

 

  「元々こういうのも目的の一つだと伝えてあるだろう」

 

 

  「三年だけにして下さいと言ってるんです」

 

 

  妹と賓客の間に割り込んだ楯無は、如何にも客人の言葉を信用していない様子だった。

 

 

  「そこで働いてる日本人っぽい人、長船さんですよね、本当なら今三年生の筈の」

 

 

  「……彼女に関しては私にとっても予想外だった」

 

 

  話に上がった長船 湊、彼女は去年まで学園に在籍していた。偶々所用で学園に足を運んでいた菊李が、やけに作業の手際のいい生徒を見つけ、ダメ元で声を掛けてみた。十中八九振られるだろうと思ったが、運が良ければ卒業後に、と。

 

  だが、兎に角ISを弄っていたかった湊は授業で触れる程度の機会では満足できなかった。そして声を掛けられた翌日に退学届けを出して、機構に向かって行ってしまったのである。菊李としては、助かっていることは事実であるが、正規の教育を終えてから来てほしかったとも考えていたが。

 

  それはそれとして、当時は菊李としてもまずいことになったか?と肝を冷やした。なにせ在学中の生徒を引き抜いてしまったのだから。結果だけ言うならさして問題にならなかった訳だが。

 

 

  「ま、そんな前例もあるのでちょっと警戒させて頂いています」

 

 

  「物言いは気に入らないが、分からなくもないか」

 

 

  見学は邪魔にならないように、とだけ伝えて菊李はピットの作業員達に混ざっていった。貸切はピットだけなので、ぼとぼちアリーナで訓練機を纏った学生達が出てきていた。貸切状態だったさっきまでと違い、スペースを広く使った訓練内容を変える必要が出た。菊李は手で別れを告げると『バロール』とミランダの各種データをモニタリングしているスタッフの中に混ざっていった。

 

  残された二人の更識、血を分けた姉妹。だが、ながらく疎遠で在り続けている二人の間の空気は、第三者を失ったことで急速に冷えていく。

 

 

  「……私の進路、姉さんとは関係ないことだから」

 

 

  「関係なくは……そりゃ、簪ちゃんの自由だけど……」

 

 

  妹からの拒絶、どうしていいのか分からない姉。簪は姉を視界から追い出すように視線を変える。視線の向こうではミランダに話しかける、黒いISを纏った銀髪と眼帯の少女の様子がモニターに映っていた。

 

  確か最近転校して来た、ドイツの代表候補生だったかと、簪は記憶していた。

 

 

 「……じゃあ、私はもう行くから」

 

 

  この場に居てももう収穫はないだろうと考えた簪は、楯無を置いてその場を後にする。そしてアリーナを出て所で気付く。ミランダの挙動で感じる違和感。バーニアに頼った機械的な加速と違い、その妙に有機的な加減速と、曲線的な軌道。

 

 

  「……イルカやアザラシに似てるんだ」

 

 

  何となく口に出た呟きに、彼女は至極納得した。

 

 

 

 

 

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