IS 星海と共に   作:郭尭

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第二話

 

 

 

 

 

  宇宙という空間。人の手の殆ど及ばぬその海にも、僅かながら人工物はある。その最も多い物は人工衛星である。

 

  その機能は一部の例外を除いて観測である。天気予報などの公共の目的の物もあれば、監視や情報収集に特化した軍事目的の物もある。

 

  これら宇宙で使われる機材は等しく同じ問題を抱えている。それは衛星軌道に到達したそれらに帰還能力がないため、メンテナンスが不可能なのである。

 

  高い費用と技術を投入して、宇宙上げてみたら動きませんでした、ちょっとデブリと接触して壊れました、では余りに割に合わない。それでも地上から手出しなんぞ出来る訳ないので指を咥えているしかなかった。

 

 

  「こちらミランダ・ウルバーニ、目標らしき衛星を目視。確認をお願いします」

 

 

  だがISの登場でそれも解決可能な問題となった。ISの性能を持ってすれば、衛星軌道までの移動はそれほど費用を使わない。

 

  ミランダは彼女の専用IS『バロール』を纏い、宇宙空間での衛星メンテナンスに赴いていた。

 

  指定された座標に存在する人工衛星に接近するミランダ。地上からの管制により、それが目標の人工衛星であると確認される。そして彼女は指示に従い人工衛星に近付いていく。

 

 

  「目標地点に到着、マルチアーム展開」

 

 

  ミランダの言葉と共に、バロールの膨れ上がった両膝に変化が現れる。前にせり上がる形の膝、その先端部分が縦に割れる。そこから細長い、三つ指のロボットアームが現れる。

 

  元々宇宙開発用に開発されたISだが、『バロール』は本当の意味でそのために作られている。そのため多くの作業用の装備を内蔵しているのである。

 

 

  「準備完了、コントロールをどうぞ」

 

 

  『こちら地上作業班、了解。アイハブコントロール』

 

 

  「イエス、ユアハブコントロール」

 

 

  地上との会話と共に、ロボットアームのコントロールを地上で待機していた作業班に任せる。ミランダは優秀なアストロノーツであるが、精密機械は畑違いなのだ。もっとも一部分だけとはいえ、地上からISを遠隔操作して作業するなど前例のないことであり、地上の作業員たちも大いに緊張している。

 

  ただ、この遠隔操作はシステムとISの間に装着者を挟まないと使えない代物である。一時は無人機の開発も可能なのでは、と軍需産業に注目され、複数の国や企業に販売された。販売されたのはどれもIS業界の有名企業などだったが、無人機を完成させたという情報はまだ存在しない。

 

  尚、このシステムを作った人物は、何故これを医療や災害救助に活かそうとしないのか大いに嘆いたとか。

 

  それはそれとして地上の作業員が自分の仕事を全うしやすいように、ミランダは自分と人工衛星の位置関係と相対速度を調整し続ける。1G環境を離れた今、一定距離内にデブリなどが近付いただけで、そちらの引力に影響されてしまうのだ。一応地球の重力影響下なので、決して大きな影響ではないのだが。

 

  また、自分と人工衛星をもう一対のアームで固定する事も可能だが、その場合衛星の軌道に大きな影響を与えかねないし、何よりそちらのアームはパワーがありすぎて人工衛星のような耐久性の高くない物に接触することは好ましくなかった。

 

  そんな地味な割には集中力と忍耐力を要する作業をこなしているミランダ。暫くして作業は終わり、ロボットアームで人工衛星を数回つっついて、作業で発生した軌道の変化を修正する。

 

  作業を終え一息吐く。後は降下ポイントまで移動し、降下コースに乗って帰還するだけだった。その筈だったのだが、移動中のミランダの、360度の視界にありえない物が飛び込んできた。

 

 

  「え、ニンジン?宇宙にニンジン!?」

 

 

  それは衛星軌道に浮かぶ巨大なニンジンだった。例え表面が金属製にしか見えなくとも、そのサイズが異常なまでの巨大さを誇っていようとも、それを見た者はニンジンであると認識するだろう。見た目だけで判断するならば。

 

  さらに信じがたい事に、『バロール』のセンサーは光学的なものを除いて、そのニンジンを認識できていない。宇宙空間を高速で飛翔するデブリなどに対応する為、世界で指折りの探査能力を誇る彼女の『バロール』が、である。

 

  どうするべきか、ミランダは悩んだ。管制と連絡を取ろうにも通信が繋がらない。センサーで捉えられない事も含めて、ジャミングか何かされているのかも知れない。目の前のニンジンに。

 

  結局ミランダはニンジンに接近してみる事にした。

 

  宇宙空間では大気がないため距離感が狂うのだが、近付くにつれそれがちょっとした宇宙ステーション並みのデカブツであることに気付く。

 

 

  「……一体何なんだろうね……これは」

 

 

  思わず問いかけるように呟くミランダ。だが『バロール』にそれに応える術はない。

 

  暫く移動を続けていると、やがてニンジンに変化が現れる。表面の装甲部分が数箇所開き、ミサイルランチャーのようなものがせり上がってくる。それをミサイルランチャーだと断言できなかったのはミサイルが収まるべき場所にこれまたニンジンが収まっているのが見えたからである。

 

 

  「あ~、最近働きづめだったから脳が幻覚を作ってハイパーセンサーの映像に被せているのか。そうかそうか、そういうことだったのか。地上に降りたら休暇を申請しなくちゃ……」

 

 

  現実逃避を始めたミランダの言葉が途切れる。巨大なニンジンから生えているニンジンランチャーから大量のニンジンが放たれたからである。

 

  なんだこれは。何故ニンジンがミサイルの様な軌道を描きながら飛んでくるのか。宇宙人の侵略なのか?ならばあの巨大ニンジンを作ったのはウサギ星人なのか?ニンジン型兵器に乗って地球を征服し、全てのニンジンを奪い、地球の農業をニンジンで一本化するというのか?そしてウサギは年中発情期とかどこかで読んだから、兄さんが持ってたジャパニーズアダルトゲームみたいなことになってしまうのだろうか?

 

  余りといえば余りにもな状況に、完全に錯乱状態に陥るミランダ。それでも迫り来るニンジンを上手く避けていく。その動きを第三者が見れば見事な回避機動と褒めていたことだろう。尤も鋼の海亀に、無数のニンジンが群がっていくという光景を前に、そこまでの正気を保てればという前提がつくが。

 

  四方八方から迫るニンジンに、身を捻りながらギリギリの回避を強いられるミランダ。その動きは水中で戯れるイルカと例えても良さげなものだが、『バロール』のマスクの下には彼女の必死な表情がある。

 

  やがて増えていく一方のニンジンに業を煮やしたミランダはニンジンの撃墜を試みる。両膝先端の装甲を展開、折り畳まれたままの作業用ロボットアームが露出する。そのアームの指の付け根部分が先端を展開、赤く細いレーザーが発せられる。

 

精密作業用のレーザーだが、出力を限界まで引き上げればそれなりの威力になる筈だとの判断だった。

 

  そのまま体を捻り、幾つかのニンジンを薙ぎ払う。切り払われたニンジンはそのサイズにしては派手な爆発を起こし、周りのニンジンを巻き込んでいく。

 

 

  「どれだけ爆薬詰めて、っち!」

 

 

  その威力に驚きながらも、そんな隙も許さないと言わんばかり迫る無数のニンジン。見事な機動で何とか避けているが、『バロール』はIS業界屈指の重量級ISである。最高速は兎も角、加減速能力がよろしくない『バロール』ではニンジンを振り切れない。

 

  いっそニンジンを無視して一目散に逃げ出すか?

 

  『バロール』にはその重量に見合った装甲がある。宇宙空間での活動を前提とし、真空空間を飛び回るデブリや放射線、そしてシールドと併用すれば大気圏の摩擦熱にも耐えるほどの装甲が。ダメージを受けた状態での降下は未経験だが、やってやれないことはない筈だ。

 

 

  「ちょっと痛い思いをしようと思うんだけど、どうだい?バロール」

 

 

  思い立ったら、決断までは早かった。迷う余裕すらなかったという方が正しいのかも知れない。

 

  ミランダの意思を受けて『バロール』のレドームユニットが唸る。ニンジンとの位置関係、相対速度、予想軌道を素早く計算し、リアルタイムで最も安全なルートを算出する。

 

  360度に展開される視界に現れた3Dルートデータに頬を緩める。

 

  やっぱり僕らは最高だ、バロール。

 

  ミランダは体を捻り、素早くルートを辿れる体勢を整える。両膝の装甲を閉じ、代わりの両肩のアーマーが展開し巨大なカニの鋏の形状になる。

 

  ペンチアーム。高質量の物体を動かす為の、ハイパワーアームユニットである。

 

  ペンチアームで顔面と体を守り、計六つあるスラスターを全開にする。ニンジンの直撃は無視。ミランダは『バロール』が示してくれるルートをなぞる事だけに全力を傾ける。ペンチアームが崩れていく。それも無視して突き進む。体が揺れ、軋む。『バロール』のダメージが、痛みとしてミランダに流れ込む。それでも止めない。

 

 

  「頼むよ、バロール。僕はまだ君と星を見ていたいからさっ」

 

 

  それにこんなニンジンで爆死とか冗談じゃない、という本音は隠しつつ。

 

  そんな彼女の後方から迫る影があった。気付いたミランダは頬が引き攣るのを自覚した。さっきまで追ってきていたニンジンとは比べ物にならないほどの巨大ニンジンが迫ってきてるのである。全速移動中の『バロール』を軽く超える速度で。

 

 

  「え?いや、そんなのありなの!?」

 

 

  迫る巨大ニンジン。慌てふためくミランダ。そして二つの影は重なる……

 

 

 

 

 

 

 

 

  「そんな死に方認められない!」

 

 

  叫び、跳ねるように起き上がったミランダ。暫く息を荒げていたが、やがて落ち着いてくると呟いた。

 

 

  「またあの夢か」

 

 

  彼女の言う『あの夢』、それは宇宙でニンジンに襲われるという、他人からすればコメディにしても三流が過ぎるものだった。

 

  だが、それは半月前に実際に起きたことなのである。最後の巨大ニンジンの件以外は。

 

 

 

 

 

 

 

 

  結局あの後、地上への降下は成功したのだが、ミランダは公海に落下、『バロール』も中破。自力の帰還は適わず、SOS信号で救助される結果となった。

 

  彼女が宇宙での人工衛星メンテナンスを行っていたのは、国際宇宙開発機構の運営資金の調達の為だった。各国の非軍事衛星のメンテナンの委託を受ける事で、どうにか商売として成り立たせることは出来ないかと。

 

  一応、非営利団体である国際宇宙開発機構だが、金がなくては研究は出来ない。苦肉の策として、宇宙ステーション関連作業のための機能で資金を作ろうとしたのである。

 

  だが、作業そのものは成功したものの、謎のトラブルで危うくISとその装着者を失うところとなった。

 

  この「未確認飛行人参事件(以後UFC事件と呼称)」は後にアメリカを含めた数カ国に通達されたが、次の日には国連から緘口令が布かれるという事態になった。

 

  この事態に納得のいかなかった国際宇宙開発機構だったが、それでもUFC事件を通達した各国も、この事件をなかったこととして取り扱った為どうすることも出来なかった。

 

  最終的には各国から口止め料的に臨時の支援金を受け取って、UFC事件は闇に葬られる事となる。

 

  なお、ミランダの墜落理由はISコアを狙ったテロに巻き込まれたという事に決定されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

  「嫌な汗かいたな、シャワー浴びなきゃ」

 

 

  起き上がったミランダは『バロール』を部分展開、視覚を補うバイザーを実体化させる。その視界を頼りに汗を流しに向かう。

 

  そう、彼女のバイザーは彼女のISの一部なのである。その為UFC事件から暫く、『バロール』を修理に出していた間は、慣れない杖を使っての生活に苦労もした。

 

  シャワールームに入ったミランダはバイザーを消し、手探りでシャワーを操作する。手探りといってもいつも使っている施設なので不便はない。

 

  流れ出る湯にうたれる肌は欧州人らしい白さを誇っている。同年代の男と比べてもやや背の高い骨格には、よく鍛えられた敏捷そうな筋肉が乗っている。それがやや筋肉質ながらも、健康的な美しさを醸し出す。

 

  唯一胸のサイズが慎ましすぎることだけが、彼女にとっては不満だった。

 

  やがて鳴り始めた目覚ましを止めると、彼女はジャージに着替えて部屋を後にした。

 

  アストロノーツの朝はトレーニングから始まる。

 

  ストレッチで体を解して施設の中庭をランニングする。そこには勿論ミランダ以外のアストロノーツも一緒である。その中でミランダはどこか危なっかしい歩調で走っていく。

 

  その後幾つかのメニューをこなして、漸く朝食である。

 

  朝食はトレーニングメニューを終えた者から各自摂ることになっているが、ミランダは他のメンバーと比べて遅めの朝食になる。

 

  如何に優秀であろうと、ミランダはまだ子供である。努力を怠らない彼女だが、思春期の体はどうしても大人の成熟した肉体には付いていけなかった。

 

  彼女のアストロノーツとしての評価は、適正AのIS装着者というパロメーターとは切り離せないものなのである。

 

  そんな彼女が朝のトレーニングを終え、食堂で配膳してもらう。

 

 

  「あ、ニンジンいらないよ」

 

 

  ミランダ・ウルバーニ、ニンジンに対する苦手意識を植え付けられた十五歳の年だった。

 

 

 

 

 

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