IS 星海と共に   作:郭尭

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第三話

 

 

 

 

  ミランダは母に手を取ってもらいながらゆっくりと旅客機を降りる。いつも顔を覆っているバイザーはなく、大き目のサングラスを掛けてある。

 

  ミランダ・ウルバーニ。久しぶりの休暇で母国イタリアに帰郷した。

 

 

  「おお、ミランダ、元気にしていたか?」

 

 

  空港のゲートを出て、出迎えに来ていたミランダの父は、彼女と再会した喜びを抱擁という形で表した。

 

 

  「久しぶり、父さん。こんな所まで、気を使わなくて良かったのに」

 

 

  「そうよ、私もついてるんだから」

 

 

  父の愛と喜びに少し苦しそうにしながらも、ミランダは笑顔を返した。それを横で見ている母も、やさしげな笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

  ミランダの両親は、というより姉を除いて皆宇宙関連の職に関わっている。

 

  スペースシャトルの開発に携わっていたミランダの祖父の姿を見て育った父は、やがて優秀なアストロノーツとなり、祖父の関わったスペースシャトルで宇宙ステーションの組み立てに携わっていた。今では引退し、地元の天文博物館の館長として働いている。

 

  ミランダの母もアストロノーツの候補生として若かりし頃の父と共に訓練に明け暮れていた。残念な事に宇宙に上がる事はついになかったが、それでも宇宙への情熱を捨てきれずに天文学を専攻し修士学位を取得、今では時折コメンテーターとしてテレビ出演する程である。

 

  そんな天文一家に生まれたミランダが宇宙に憧れる様になるのは、極自然な事だったのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

  父親の運転する車で久方振りの実家に戻ったミランダ。長らく忘れていた実家の匂いに、懐かしい気分になる。

 

 

  「それで、仕事の方はどうなんだ?」

 

 

  リビングのソファーで、母親に淹れてもらった紅茶を楽しんでいたミランダに、父親が問いかけた。彼自身は宇宙開発の第一線から身を引いているが、未だイタリア宇宙機関に身を置いているミランダの祖父を通じて、その窮状を知っていた。

 

 

  「ん、悪くないよ。最近は外から仕事も入るようになったんだ。IS使って人工衛星のメンテナンスをするんだ。それに最近は大口の寄付があったんだ」

 

 

  そんな父親の質問の意図を察したミランダはそう答えた。

 

  一応嘘ではない。外からの仕事で資金の足しにする計画があったのは確かだ。それがUFC事件のせいで凍結、一階の仕事で受けた報酬も『バロール』の修理でマイナスになった。

 

  ただ幸いといっていいのか、UFC事件に関する口止め料がかなりの金額になり、機構の資金は大分潤った。

 

 

  「そうか、今の時世、宇宙開発は色々と辛いからな。無理するもんじゃないぞ」

 

 

  娘の話が言葉通りでないことに薄々感付きながらも、彼は敢えて追及しなかった。何か言った所で娘は宇宙から目を逸らす事はないだろう。それくらいのことは理解できていた。

 

 

  「そう言えばミランダ、お前が帰ってくることをセレーナに伝えたら、あいつも休暇をとると言ってたよ」

 

 

  「姉さんがですか?」

 

 

  ミランダの顔に明らかな喜びの感情が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

  セレーナ・ウルバーニには幾つもの二つ名がある。

 

  曰く『じゃじゃ馬』、『スピード狂』、『ミス・ノンブレーキ』などなど。その何れも親しみや尊敬を込めて呼ぶのである。

 

  セレーナ・ウルバーニ、現イタリア軍IS部隊所属大尉。そしてISに於けるオリンピック、『モンド・グロッソ』元イタリア代表として二度連続出場を果たし、複数の『ヴァルキリー』称号を手にした傑物である。

 

  イタリア国内では国民的英雄扱いの彼女は、やはり久しぶりの実家の前に立っていた。

 

  ミランダと同じ赤い髪はざんばらのショートに、どこか子猫を思わせる活発そうな顔立ち。女性としてはかなり高い、180cmを超える長身。もしミランダが順調に成長し、性格を落ち着き払ったものから変えれば彼女のようになるのではないか、と思わせる容姿である。その豊満な胸以外は。

 

 

  「たっだいま、愛しの我が家~」

 

 

  扉を開け、踊るような足取りで家に上がるセレーナ。それに一番に気付いたのは、キッチンで料理をしていた母親だった。

 

 

  「あら、久しぶりね、お帰りなさい」

 

 

  料理の手を止めて、出迎える母親。それに対しセレーナはオーバーアクション気味の動きで母親を抱きしめる。

 

 

  「ただいま、ママ。元気だった?」

 

 

  そして母親の頬に触れるようなキス。

 

 

  「ええ、貴女も元気そうね。それよりリビングに行きなさい。ミランダはもう着いてるわよ」

 

 

  「ほんとに?じゃあいってくるよ」

 

 

  キッチンに戻っていく母親に手を振りながらリビングへ向かう。そしてリビングで妹を視界に入れるとすぐさま駆け寄っていく。

 

 

  「ミー、愛しのお姉ちゃんだよ~!」

 

 

  現状目が見えない為、動けない妹を抱き起こし、全力で頬ずりを敢行する姉。尚、ミランダは同世代の中では比較的背が高く、170近くあるのだが、それでも180を超える姉と一緒にするとそれほど高く見えなくなる。

 

 

  「わ、あ、姉さん熱い、熱いよ」

 

 

  驚異的な速度の頬ずりにより発生する、大気圏突入にも劣らぬ摩擦熱に溜まらずミランダの悲鳴が上がる。

 

 

  「も~、ミーったら可愛いんだから~!」

 

 

  それすらも聞こえないとばかりに続行される頬すり。

 

  その横では存在に気付いてもらえないでいる父親がさめざめと涙を流していた。

 

 

 

 

 

  その頃、カナダのブリティッシュコロンビア州に置かれている国際宇宙開発機構。その施設内の会議室で組織の運営に関する会合が行われていた。

 

 

  「さて、前回のプロジェクト・クイックターンは一応の成功を収め、宇宙開発用のISの有用性は証明されたわけだ」

 

 

  テーブルの上座に腰かけた、初老の男がまずは口を開いた。同じくテーブルに着いている者達はその言葉に注視している。

 

  男が口にした『プロジェクト・クイックターン』。それは以前ミランダが行った二十四時間以内の地球月面間往復の事である。

 

 

  「不幸な事に、世界初のISを起動できる男というニュースと時期が被った為、世間の目を集めスポンサーを集う事の方は失敗だったがね」

 

 

  苦笑いをうけべ、冗談のように言う。だが、その言葉の影に、確かな疲労の色が見て取れた。

 

 

  「ですが局長、バロールは間違いなく成功です。それにこのプロジェクトの成功により手に入れた月面の観測データは……」

 

 

  「分かっているよ。だから言っただろう、一応の成功、だとね」

 

 

  自虐的な冗談の心算だったが、声を荒げる部下に溜め息を吐きたい気分だった。

 

  自分の要らない冗談が発端だが、この場にいる者達の余裕のなさが透けて見えた。それもこれまでの状況を見れば仕方ないのかも知れないが。

 

 

  「兎に角、バロールの登場で、宇宙空間での各種作業の効率の飛躍的な向上が見込まれているわけだな」

 

 

  「はい、技術部の試算ですと現在主流のロボットアーム搭載型シャトルや、使い捨ての遠隔操作型ロボットと比べ、作業効率は二十倍以上が見込まれると」

 

 

  局長と呼ばれた男の言葉に答えるように出てきた説明に一同が色めき立つ。なにせ長らくなかった、具体的な成果というものが提示されたのだから。

 

 

  「さて、諸君に改めて言う必要もないだろうが、我々は極めて経済的な基盤の弱い組織である」

 

 

  国際宇宙開発機構は複数の国が共同で設立した組織である。その運営資金は関連各国からの寄付から成り立つ。

 

  そして小国にとってその理由に嘘はないが、運営資金の多くを捻出している大国にとってはまた裏の理由が発生する。それは他国の技術力の発展を監視、牽制する為である。そのために自国に独自の宇宙開発機関があるにも拘らず、わざわざ大金を出していたわけである。

 

  だが、どの国も自国の宇宙開発事業にすら出資を減らしてISに取り組んでいる時世、そちらの意味での存在意義はもはや無くなったに等しい。今尚寄付が続いているのは、組織を立ち上げたからには投げ出せない、大国の面子と体面のためであり、その金額はもはや微々たるものである。

 

 

  「現在、例の事件関連で多少潤った訳だが、それもあくまで一回っきりのもので、次はない」

 

 

  一同は頷く。一時は国際的発言力にも大いに影響を与えていた宇宙開発事業は、今や見向きもされていないのだから。

 

 

  「では、以上のことを踏まえてもらった上で今回の本題に入らせてもらおう。諸君、プロジェクト・ジャーニーについてだ」

 

 

  『プロジェクト・ジャーニー』。それは彼ら国際宇宙開発機構が、各国と連携して行われてきた火星の有人探査計画だった。

 

  食料の自己生産プラントを内蔵した大型宇宙ステーションを建造し、それを宇宙船に見立てて数年がかりで火星へ向かい、現地で直接詳細な調査や実験を行う計画である。

 

  1998年に建設が始まったISS(国際宇宙ステーション)などで培われたノウハウを活かし、決定された世界最大の宇宙開発プロジェクトとして、当時は世界中の注目を浴びていた。

 

  現在建造は40%の状態であり、目玉の食糧生産プラントも日本で開発が進められている。だがISが登場して以降、各国共に投入資金を大幅に削減、必要なパーツの製造が滞る始末だった。

 

 

  「では、プロジェクト・ジャーニーについて、一之瀬博士にご説明願う」

 

 

  局長の言葉が終わると共にテーブルの末席に座っていた人物が立ち上がる。

 

  それは控えめに見ても特徴的な女性だった。

 

  知らぬ者から見れば小学生に間違われるであろう、150に満たぬ身長。膝元まで届く漆の髪は顔の左半分を覆い隠し、露出している右半分からは不機嫌そうな三白眼が除いている。への字に結ばれた口からはロリポップが咥え煙草よろしく咥えられている。

 

  黒い和服の上に仕事用の白衣を纏った、色んな意味で個性的な姿である。

 

  一之瀬と呼ばれた彼女は上座の後方にある大型スクリーンの前に立つ。が、背が低すぎて後ろの人が良く見えない。それまで局長の側に立っていた秘書が、事前に用意していたのであろう立ち台を小柄な彼女の前に置く。

 

  一之瀬と呼ばれた女性は嫌そうに表情を歪めたが、舌打ちをしてその上に立った。

 

 

  「ご紹介に預かった一之瀬 菊李(いちのせ きくり)だ。プロジェクト・クイックターンの折からこちらの技術部の世話になっている」

 

 

  今まで運営関連の場に出る機会のなかった女性は簡単な自己紹介を述べる。

 

 

  「さて、プロジェクト・ジャーニーについて、この場で知らない方はいないだろうから省略させて頂く。結論から言わせて頂けば、このプロジェクトはもはや実現不可能だ」

 

 

  然も当然といった口調から放たれた言葉に、局長と秘書の二人を除く一同は言われている事の意味が理解出来ずにいた。

 

  既に十年以上の歳月を掛けここまで来た計画が不可能?プロジェクト・クイックターンを含めて、今までの全てはプロジェクト・ジャーニーを実現させる為のものではなかったのか?と。

 

  そんな反応を予想していたのだろう、菊李はその理由を説明していく。

 

  時間に、やはり資金である。

 

  既に宇宙ステーション建設が始まって十年、資金面などの理由で建設は遅れている。元々計三十年での建設予定だったが、現在の財政状況では四十年以上掛かるという試算が出た。この場合、完成する前に古い部分から劣化が始まるだろうと。

 

  当然劣化した場合は補修が必要になる。だが建設と補修を並行して行う財力などない上、補修が終わる頃には別の部分に問題が、という状況が繰り返されかねない。そうなれば後は泥沼である。延々と資金を呑み込み続け、結局一切の成果無しに、宇宙ステーションは自由落下によって地球に落ちて燃え尽きるだろう。

 

  もはや長期的に資金巡りを良くする方法を見つけない限り、『プロジェクト・ジャーニー』は完全に望みを絶たれているのである。

 

  菊李の説明に会議室は静まり返った。

 

 

  「さて、理解頂けたようで何より。ただ幸い例の事件で今現在の財政は悪くないと聞きましたが?」

 

 

  そこで言葉を止め、菊李は局長に視線だけ向ける。それに気付いた局長はただ黙って頷いた。それを見て、菊李は口元を歪めた。

 

 

  「今我々に残された道は二つある」

 

 

  今絶望に打ちのめされているだろう一同に、菊李は宣言する。

 

 

  「このまま惰性でこの場に留まり続けやがて腐り果てるか」

 

 

  それはこの救いのない現状を言っているのだろう。ISが登場し、一つの希望を指し示されたあの日から。

 

 

  「それとも破滅か栄光かの博打に出るか」

 

 

  博打。つまりそれは打つべき一手を持っているということか。

 

 

  「もし彼方方がこのまま無様に歴史から消え果る事を善しとしないのであれば!私はプロジェクト・ジャーニーの中止と、その全ての成果を接収し、新たに火星有人探査計画、プロジェクト・モビリティを提案させて頂く!」

 

 

  『プロジェクト・モビリティ』。強行突破の名を冠せられたこの計画は、果たして彼らを星の海に誘うものとなるのか。今は誰にも分からない。

 

 

 

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