多少の才能の有無なんて、努力でどうでもなるものだと、ドラマやら映画やらで偶に出てくる台詞。
どうでもなるもんじゃねえよ、というのがエニア・ラウの経験談である。
彼女が纏っているIS、隕鉄。名目上は新型に分類できなくもないそれを纏い、プールでの訓練を行っていた。
本当の意味での無重力空間とはいかないが、その感覚を掴む為に昔から行われてきた訓練である。現在は流れるプール状態の中で、人工衛星を模った機械に位置を合わせるという、メンテナンスの訓練だった。
それが今のエニアには結構な難易度を感じていた。早すぎず遅すぎず、そして距離も。全てを完璧にこなすには酷く集中力を使い、そしてそれが長時間続くのだ。
先ほどまで同じ訓練を行っていた、今日から訓練に復帰したミランダが軽い汗だけで済んでいたことからそれほどきついものとは想像していなかった。
「一流ね、ああいうのが本当のっ」
四つも年下の子供にこうまでも差があるという現実が、彼女には腹立たしかった。
エニア・ラウはIS学園の卒業生である。IS適正は決して高いものでないC。入学間もない頃の成績は、したから数えた方が早い順位だった。
その後は三年間、遮二無二に努力を続けた。その結果彼女の成績は確かに、少しづつではあるけど上がっていく。そして卒業する頃の成績、中の下辺りだった。
努力はした。だが現実とは即ち現実でしかない。努力は確実に身に付くのは事実であるが、それが支払った時間と等価の結果をもたらすかはまた別の話だった。
ISの操縦者というのはこの世の中、最も注目を浴びる職だといっていいだろう。その待遇も、下手な政治家や芸能人の比ではない。それだけIS操縦者は重要な人材なのだ。
だがISの心臓とも言うべきコアの総数は僅か四六七。一人一機、というのは軍事的な意味で現実的でない。よって三人で一機というローテーションを組んだと仮定してその数は一四零一人。専用機という物の存在を考えれば、実際にはもっと少ない。
全世界にいる大凡三十億の女性に、枠は僅か千五百以下。その競争率は凄まじく、決して優秀とは言えなかった彼女には、軍も企業からも声が掛かる事はなかった。
この機構に就職できたのは、そんな狭い業界の中で、尚不人気な職場だったからである。
同じような内容で、同じような量の仕事なら、当然誰だって待遇が良い場所に行きたがる。そこを曲げて漸くISの正式な操縦者となる機会を得たのだ。エニアはこの機を逃したくなかった。
プールでの訓練を終え、隕鉄の脱着作業が行われている。
ISは基本的に量産機と専用機という枠組みで括られる。これが専用機なら量子化というプロセスを経て、瞬時に展開格納が可能だが、量産機にその機能はない。故に一々脱着作業が必要になる。
通常のISなら装甲が展開して、操縦者は出て終わりである。だが隕鉄の場合は更に、本来肌を露出させる部分を覆っている装甲を取り外す必要がある。緊急時用に装甲を一瞬で分解する機能もあるが、その後の再装着時の手間などを考えると、金銭的な理由も含め割に合わない。そのため、わざわざ人の手を借りながら、装甲を手順に則り取り外していく。
やがて装甲は全て取り払われ、ISスーツに身を包んだソニアの全身が露わになる。
「どう?新しいISの調子は?」
「悪くないわ。学園で使ってた打鉄と似た感じ。そんなに違いはないわ」
スポーツドリンクを片手に、声を掛けてきたのはオクサナだった。エニアと同様、ISスーツ姿である。
二人とも同じデザインの物で、首元まで覆う、顔以外に肌を見せない作りになっている。これもうISのフルスキンと同様の目的のものであり、放射線や温度変化に対し操縦者の安全性を向上させるためのである。
「けどミッションは地獄よ?ウルバーニの様子から判断すると痛い目見るわ」
ドリンクを受け取りながら、自分の訓練での感想を伝える。
「だろうね。あんたとあの子じゃ汗の量が違うよ。まあ、覚悟はしとくさ」
そういうと、早速オクサナは隕鉄の装着作業に入る。オクサナはエニアと比べると多少大柄だが、ある程度の体格差はISアーマーの方が適応してくれる。
「それにしても面倒な機体だね。一々人に着せてもらわなけりゃいけないなんて」
「それは装着者の安全の為ですよ。これでも宇宙服より手間が掛からなさそうだって、一般の宇宙飛行士の人たちが言ってましたよ」
オクサナのぼやきに、装着を手伝っている作業員が返した。実際に隕鉄のことを興味本位で聞いたアストロノーツの反応である。確かに一般のISと比べれば手間だが、宇宙服という認識で考えれば時間の掛からない方である。
「そんじゃ頑張りなよ。私は汗流して休憩入るから」
「あいよ、ゆっくりしてきな」
疲労感の滲むエニアの笑みに対し、オクサナの返したそれは豪快という言葉が似つかわしかった。
空中に現れる光円形。地上の機材から投影されているホログラフィである。その円で描かれたコースを、海亀のようなシルエットが潜り、飛び回っている。
その影は『バロール』。オレンジと黒の相反しあう色合から、淡い緑と白に変わり、細部のデザインにも違いがあるが、その海亀のようなシルエットはミランダ・ウルバーニの『バロール』に他ならなかった。
「タイムが四分遅れているわね。やはり感覚がおかしいかしら」
規定のコースを飛び終え、ミランダの訓練を担当しているトレーナーと通信越しのミーティングになる。普段は二人で行われるが、この日は『バロール』が調整を終えて始めての訓練であるため、技術者として菊李も参加していた。
「軽くなっている分重量バランスも変わっている。前と同じ感覚では動かせんだろう。が、それだけではないのだろう?」
『ええ、言葉では表現し辛いんですが、こう、バロールとの情報のやり取りに違和感といいますか・・・』
装甲だけとは言え、バージョンアップを終えたばかりで、予期できない問題が発生している可能性もあるからだ。
最新技術を投入されて造られるた機体と言うのは基本的に、その高いカタログスペックと引き換えに、実際の運用データに基づく信頼性が皆無と言う欠点がある。戦闘機などのテストパイロットには、常にトップガンが選ばれるのはそのためである。万が一飛行中に機体に不具合が出ても、自己の生還と機体の回収の両立ということが可能であることが望ましいからだ。
そういう意味では専用機とは、完成した時点での信頼性は低い機体が多い。当然『バロール』もそういった信頼性の低い機体に含まれる。だから些細なデータも見逃せない。機体も操縦者も、これから動き出すプロジェクトの要として働いてもらうことになるから。
「それは恐らくコアが新しい装甲に慣れていないからだろうな」
ミランダの言葉から、菊李は問題の原因を推測していく。
ISコアは機会でありながら、ある意味生物的な特徴を持っている。それは自己進化ともいうべき学習能力である。
人間同様経験する事で自己を変化させることが出来るのだ。
特に専用機の場合より操縦者に適応したり、中には気体に組み込まれていない特殊機能に目覚める例すらある。
ただそこに問題もある。
人体に例えればISコアは基本的に脳と心臓に相当する。そしてISアーマーは体である。そして体の一部でも変化が出ると、ISコアは即座に対応できず、コントロールにノイズが混じる。
要は慣れないのである。人間にすれば、目が覚めたら腕が別人のものと換わってた、というレベルの変化に。
「こればかりは時間を掛けるしかないな。だが、君の方でフォローは効かなかったのか?いくらISが本調子でないとは言え、タイムを落とし過ぎに感じるんだがな」
菊李は結果に一定の理解を示しつつも、不機嫌さを隠さなかった。だが叱られる格好となったミランダはどこか嬉しさを隠せないといった声で応える。
盲目と言うハンデを持って生まれた彼女は、何かと家族に気を使わせてきたという自覚がある。そういった過去にもよるのか、彼女は叱られるイコール期待されているという認識があり、期待されるということが何よりも嬉しいのだ。
『はい、もう少し訓練時間を増やしていただければ、早く慣れると思いますが』
「そういうのは私の専門外だな。クリス、可能な限り、実機訓練を増やしてもらえるか?勿論ミランダの体に必要以上の負担をかけん程度にな」
菊李の言葉に頷く女性トレーナー。意見交換が一段落し、次の指示が告げられる。
「それでは次の過程に入ります。ウルバーニさん、拡張領域からスターライトを展開してください」
『え~、やっぱりやるんですか?』
先と違い、どこか不満気なミランダの反応。それは次の過程が今回新しく追加したものであり、その内容に不満があった。
「どうした、さっさとしろ。自衛の手段くらい必要なのは前回のミッションで思い知っただろうが。今日の晩飯をお前だけ人参フルコースにされたいか」
『う、了解しました』
菊李に言われたからか、はたまたそれ程人参フルコースが嫌だったのか。ミランダはISの基本的な機能の一つ、拡張領域に収納された物をコール、つまり呼び出す工程を開始する。
拡張領域とは、ISが初期から設定されている固定装備を除く、後付の装備を格納する機能である。
格納する物を、専用機の量子化と同じ工程で分解格納し、必要な時に展開するというものである。ISの機種によってその数は違うが、一部実験機などの例外を除き全ての機体がもつ機能と言える。
『展開、スターライトmk-ⅡB』
十二ミリ口径レーザーライフル、『スターライトmk-ⅡB』。新しく追加された装備であり、『バロール』に搭載された、初めての兵器である。
機構にとって出資国は同時に技術提供国でもある。その一国、イギリスから購入した量産品のレーザーライフルに手を加えたものである。
『バロール』の手の内に集まる粒子がやがて形を持ち、二メートル程の、スポーティなデザインの銃身を形作る。元々高速度域での取り回しを重視したのか、美しい流線型の装甲が、機関部を完全に覆い隠している。流線型を崩しているのはグリップと銃口の穴くらいである。
新しく追加されたメニュー。それは戦闘訓練だった。先のUFC事件以降、万が一に備え一定の自衛能力は必要ではないか、という判断が下ったからである。当事者であるミランダは本業と関係ないことで訓練時間を潰したくないと考えているが、彼女一人の意思でどうにかなる類の問題ではなかった。
尤も、意外とこれに賛成を示したのが菊李である。
世間一般には伏せられているとは言え、四六七個あるコアの内、幾つかは盗難、もしくは強奪されている。機構の上層部の、その中の一部に限られるが行方不明のコアの存在は知っている。特にイギリスの第三世代試作機のBT兵器搭載型の二号機が、試験運用中に強奪されたという情報も過去にはあった。
当のイギリス政府が否定しているので真偽は不明だが、その情報が国家首脳間で広まり出したのと、イギリスのIS関連の施設や情報のセキュリティレベルが目に見えて上げられたのは同時期だった。そのため恐らく本当にあったのだろう、という認識が一般的になっている。
さらに言えば、第二回『モンド・グロッソ』ではアメリカから強奪されたISが裏で関わっていた、という情報も存在する。
兎にも角にも、もしISを奪おうという組織が現れ、且つその組織がミッション中にISを投入してくる可能性は否定できない。そのためにも、せめて自力で地表に逃げ、各国のIS部隊などの救助が到着するまで持ちこたえるだけの自衛能力が必要となったわけである。
ただ、情報の内容が内容だけに、ミランダを含めた現場の人間には伏せられている。それがミランダの不満に繋がっていた。
「まったく、クソウサギ女以外にも、頭が痛い」
「はい?何か?」
「何でもない。君が気にする事ではない」
無論苛立っているのは菊李も同様で、思わず悪態の一つも吐いてしまう。彼女の場合、『プロジェクト・モビリティ』のGOサインが未だに出ないことも一因だった。
「はあ、そうですか」
釈然としない顔のトレーナーを無視して、菊李はモニターに目を移す。内容はISを使った的当てゲームのようなものだ。戦闘訓練そのものが始めてのミランダでも、ISのFCS のサポートでそれなりに目標に当てている。尤も、初めて銃器に触るミランダが撃っている、という基準で考えればという前提条件があるが。
ふと、菊李の白衣のポケットから電子音の安っぽい音楽が響く。携帯電話の呼び出し音だった。
「もしもし、私だ。局長?ああ、もうそんな時間でしたか。分かりました、用意は出来ているのですぐに」
携帯をしまい、この日は退出する旨を伝える。
「今日はお早いですね」
「ああ、これから出張でな。後で連絡が行く筈だが、私がいない間の訓練内容はレポートに纏めておいてもらうぞ」
訓練などは畑違いだが、『バロール』のより詳細なデータを得る為、その様子を直に観察することに菊李は少なくない時間を割いている。そんな彼女にしては随分早く席を外すのに、トレーナーの女性は何となく尋ねたのだった。
それに対し、菊李は簡潔に答える。ある意味で未完成といえる『バロール』の側を離れる事に些かの不安があったが、それでもやる必要があることが幾つか存在した。
「どこに行くんですか?」
それを尋ねたトレーナーの女性に、これといった意図があったわけではない。ただ、会話の流れで尋ねただけである。
「ん、久々に日本にな」
「明日への事で必死だというのに、もっと先のことにも気を回さなくてはいけないのだからな」と、彼女の言葉には、どこか自嘲めいた色が混ざっていた。