IS 星海と共に   作:郭尭

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第七話

 

 

 

  日本に来て早一週間、周囲が入学シーズンで賑わう中、一之瀬菊李は久しぶりにご機嫌だった。

 

  表情には出ていないが、彼女を覆う雰囲気は明らかに明るい。

 

  倉持技研と言う企業がある。純日本製IS、『打鉄』の後継機『打鉄弐式』の開発を行っている企業である。いや、行っていると言うのは多少語弊がある。開発は続いていることになっているが、事実上凍結。

 

  何故か。世界唯一の男の専用機にスタッフを回したからだ。

 

  正直に言えばそんな事は、菊李にとってはどうでもいい事だった。菊李個人にとって織斑一夏なる人物とは知人の弟であり、それだけである。彼が早速自分の知らないところで、他人の人生に影響力を行使していることはさて置き、『打鉄弐式』の凍結の方である。

 

 

  国際宇宙開発機構にて、菊李が手がけた二体目のIS『隕鉄』は『打鉄』をベースに手を加えた、再設計に近い域での改造機である。だが菊李にとっては不本意な事だが、『隕鉄』は当初予定していた性能に達していない。

 

  倉持技研から『打鉄弐式』のデータを提供してもらい、『隕鉄』の装備に反映させる筈だったのだ。

 

  日本が機構の出資国の一つである縁から倉持技研と技術交換が行われる契約が結ばれた。結局機構側も技研側も実際に技術交換が実現することはなかったが、契約を交わした事実は残り、それは履行されなかったのだ。

 

  機構は損害賠償の請求に成功した。欧米基準のとんでもない額で。

 

  万年金欠状態の機構にとっては案外こっちの方が良かったのかも知れないという感じの結果であった。そして技研に、日本政府に対しての口利きも約束させた。これで『プロジェクト・モビリティ』のスタートも早期化が期待できる。

 

  正直代表候補生の専用機の凍結というのは企業の存続に関わりかねない事柄だと菊李は考えるが、日本政府から特に働きかけがない様子から、次回の『モンド・グロッソ』に間に合えばいいという考えなのかも知れない。平和ボケの日本人らしいと言えばその通りなのかも知れないが。

 

  もし可能なら『打鉄弐式』の企画をこちらで受け持つことが出来れば面白いかも知れない。手間と時間を食うのは確かだが、日本政府から多額の支援金をせしめることが出来るだろうし、途中まで形になっている倉持技研の技術を盗めるのも美味しい。

 

  そんな現実味のないことを考えるくらいに菊李は浮かれていた。それほどまでに美味しい金額だったということだ。

 

  無論法律関係のことなので彼女一人でどうにかした訳ではない。ちゃんと機構の弁護士を立てて、自身は代表でその場に居合わせただけのようなものなのだが。

 

  その後倉持技研の本社ビルを後にした菊李は、弁護士と別れ、ホテルに戻る。

 

  部屋に戻ると自分のノートパソコンを立ち上げる。そしてEメールをチェック、機構のIS操縦者たちに関するレポートを引き出す。

 

  その情報に目を通していくに連れ、彼女の心中の浮かれた部分が冷めていく。

 

  レポートに問題があった訳ではない。仕事は可能な限り冷静に当たる。それだけだ。

 

 

  「やはり、もう何度か宇宙での実働データが欲しいか」

 

 

  レポートに記されているデータは、万が一盗まれても被害を抑えられるよう、かなり大雑把な内容になっている。その為、菊李にも余り詳しい情報が入らない訳だが仕方がない。今の時世、ISのデータは値千金である。その為IS関連企業が互いに相手からハッキングを受けたと訴え合うという、コメディチックな事もままある。そうまでして手に入れようとする人間がいるデータである。たかがノートパソコンで出来るセキュリティで守りきれる訳がないのである。故に菊李は本当に大事なデータは送ってこないように釘を刺していた。

 

  尤もそのせいで設計改修中の新型ISのデータも持って来れず、手を加えられないのが不満ではあったが、こればかりはどうしようもない。

 

  レポートに目を通し終えた菊李は、パソコンの電源を落とすと部屋の荷物を片付け始める。

 

  彼女としては織斑千冬に接触した時点で目的を終えている。それでも日本に滞在していたのは、来日の理由を告げづに我儘を通した事への詫びの意味で、交渉に着いていっただけである。

 

  さあ、早く帰って仕事を再開させないといけないな。

 

  菊李は一人ごちると、荷物を片付けていった。

 

 

 

 

 

  機構のファクトリー、その一角に鎮座している『隕鉄』。その周囲を長船 湊を含めた何人ものスタッフが囲んでいる。『隕鉄』の装甲が外され、どんどん分解されていく。

 

  『隕鉄』は現在大掛かりな点検作業が行われていた。

 

  五月に、宇宙に出るミッションが決定したのである。『プロジェクト・ジャーニー』で、宇宙ステーションに接続することになっているモジュールが完成したのだ。

 

  『プロジェクト・モビリティ』にGOサインが出ていないのと同様、『プロジェクト・ジャーニー』も完全に止まった訳ではない。理由は勝手にプロジェクトを変えることが出来ないのと同じ。プロジェクトを勝手に止める訳のも、やっていいことではないのだ。非効率と言われればその通りかも知れないが、規模の大きい組織が秩序を保つ為にも規則は遵守されなければならない。そして参加国の政府に見せるという意味でも。

 

 

  「七番ケーブル出して!それじゃない!挿し口が違うでしょ!」

 

 

  「そこ手順それでよかったっけ?ああ!マニュアル汚れた手で触るな!読めなくなる!」

 

 

  「そこの機材、フロアのど真ん中に置いたの誰!台車が通れないじゃない!」

 

 

  経験が浅く、未熟なスタッフの割合が高いせいか、怒号が止む事はない。

 

  その様子を、作業の邪魔にならないようにファクトリーの壁際で見学しているのが二人。今人の輪の中心に鎮座する『隕鉄』の操縦者、エニア・ラウとオクサナ・コズロフだった。

 

 

  「バロールの時もそうだったけど、大した熱気よね」

 

 

  「ま、頼もしい事じゃない?気の抜けた様子だったら、こっちも不安になるじゃん」

 

 

  壁に寄りかかりながら呟くエニアに、オクサナは陽気に反す。

 

  オクサナは作業の熱気をポジティブな方向に解釈しているようだが、曲がりなりにもIS学園を卒業したエニアにはそう考える事はできなかった。

 

  遅い。そして乱雑。故に思い描いた通りに事が運ばず、怒号が上がる。

 

  この場の熱気は、活気に基づくものではない。スタッフの苛立ちに基づくものなのである。唯一、上手く作業が回っているのは湊の周辺だけだった。

 

   エニアと湊はお互い面識はないが、IS学園の先輩後輩の間柄である。エニアが三年の時に、湊は一年だった。

 

  尤も湊は二年の六月半ばに退学手続きをして、その足で機構に赴いた為、機構に置いては湊の方が若干先輩だったりする。

 

  エニアはIS学園の生徒だった。つまりIS学園の作業風景を知っている。もっと早かった。もっと秩序だっていた。もっと安心感があった。

 

  まあ、ここのスタッフの殆どはISとは関係ない技術者から移って来た人間が大半だと言う。IS整備科を出た人間は、操縦者より職の選択の幅が広い。ISアーマー関連の技術は、その高価さに目を瞑れば、民間でも応用できるものが少なくないのだ。

 

  そういう意味では機構にとって、IS装着者より手に入り辛い人材なのかも知れない。

 

  兎にも角にも、IS学園での整備の様子を知っているだけに、この場の作業に溜め息を吐きたくなる。IS学園の卒業生が数名いるが、それだけじゃ足りていないのだ。

 

 

  「そう言えば今度雑誌取材来るんだっけ?」

 

 

  「ああ、うちらのチームにって言うよりバロールとウルバーニにって所みたいだけど」

 

 

  大部分の専用機はその特性上、詳細な性能は国家機密になる。特に現在各国で試作されている第三世代機は特にその傾向が強い。量産機と違いカタログスペックさえ不明というのが一般的である。その為、具体的な技術を除き、ほぼ全てのスペック情報に情報規制が掛からない『バロール』はメディアには美味しい機体なのだろう、最近IS関連雑誌から取材の依頼が入ってきたのである。

 

  無論これを断る理由は機構にはない。PRの機会は常に欲している。今回の依頼も二つ返事で決まったらしい。

 

  尤もそれは自分たちとは関係のない話だと、二人は考えている。機構の広告塔はミランダである。

 

  まず能力的にもエニアとオクサナでは、ミランダと比べ物にならない。加えて天文一家の生まれ、元イタリア代表の姉、そして先天性の盲目というハンデを背負った上での専用機の獲得、更にはイタリア代表候補の誘いを蹴っての機構入り。

 

  広告塔として、これ程適した人材もいないだろう。実力としてもそうだが、ここまでの経歴がすでにちょっとしたドラマなのだから。

 

  いや、彼女の場合、容姿も理由に入っているだろう。あれは将来日本で言う所のヅカ系っていうタイプに成長しそうだ、とソニアの思考はちょっと横にずれた。

 

 

  「兎に角、私たちも頑張んないとなっ。次のミッション、どっちが宇宙に上がれるか、分かんないんだからさ」

 

 

  オクサナの言葉に、そう言えばこっちの問題もあったか、とエニアは溜め息を吐いた。

 

  二人の装着者に一つのIS。ミッションに参加できるのは常にどちらかだけ。

 

  軍のISのように複数の装着者でローテーションという必要はない。二十四時間体制の防衛体制が要求される軍と違い、宇宙開発で突発的なミッションというのは発生した例はない。つまり訓練などの成績如何では、ずっとミッションに参加できない可能性も出てくる。

 

  それは不味い。機構のIS操縦者はミランダを含めて三人。正規の教育を受けたのはエニアだけ。

 

  ミランダは姉の縁でISに触れ、オクサナはロシア連邦宇宙局で普通の宇宙飛行士候補として訓練を受けていたが職にあぶれて、と言う事情があって。どちらも経験と言う面では大きくエニアに劣る。

 

  機構のIS装着者の能力にランク付けするとすれば、上からミランダ、エニア、オクサナの順となる。だがエニアとオクサナの間に、経験差ほど成績に差はない。

 

  オクサナの適正はB-。適性の差は大きくはないが、それとは別の才能に差があるのか、エニアとの成績差は少しづつ小さくなっている。このペースだと自分の優位は一年持たないかも知れない。何故自分だけこんなに伸びが悪いのか。

 

 

  「まあ、負けないわよ、私。NASAが五月蝿いのよ、ロシアに負けるなって。私NASAに世話になったことないのに」

 

 

  「それ言ったら私もさ。連邦宇宙局の方も人のことクビにしといて急に、オクサナ同志よ~、とか言ってきていてね~」

 

 

  国家の体面、名声、政治。唯でさえ自分の未来が悩ましいと言うのに、この上煩わしいものまでついて来る。無視できるものではあるが、五月蝿いものである事に変わりはない。

 

  無論、NASAも連邦宇宙局も機構と同様の問題を抱えており、

 

  それでもISを捨て別の道を歩もうと考えないのは、意地か惰性か、エニアには分からなかった。ただ、それでも他の道に進む気にはなれなかった。

 

 

  「なあ、オクサナ」

 

 

  「ん?」

 

 

  「負けないよ。理由は自分でも分からないけどさ、負けたくないんだ」

 

 

  何となく口から出た言葉。口にしたエニアですらその意味を把握し切れていない。そんあエニアの呟くような一言に、オクサナは呆気に取られる。オクサナにとってISはあくまで仕事であり、勝ち負けということなど考えてもいなかったようだ。

 

  その様子に、エニアは軽い苛立ちを覚えるが、それを表に出す事はしなかった。

 

 

  「ライバル宣言、こういう時の日本の伝統みたいなもんだって」

 

 

  エニアがIS学園で日本に住んでいた事は、オクサナも知っている。そしてオクサナは日本についてメディア上のイメージでしか知らない。だからその場にいた人間がそうだと言えば、そういうものかと納得する事にした。

 

 

  「ん~、えっと競争してお互い高めあうってことかな?」

 

 

  「あ~、大体そんな感じ」

 

 

  またしてもポジティブに解釈したオクサナに、エニアは修正しなかった。漏れ出た本音ではあるが、そんな不用意な一言で今の友誼を壊すのは馬鹿らしすぎる。

 

 

  「じゃ、私はそろそろ戻るわ。オクサナは?」

 

 

  「私はもうちょっとここにいるよ。ここって大仕事の後酒が出ることあるからさ」

 

 

  ここの作業班はこういった大仕事の後、班長の意向で酒が振舞われることがある。未成年も居る為ジュースになる物もいるが、大凡のスタッフには歓迎されている。ロシア人らしく酒好きなオクサナはそれに便乗する心算のようだ。

 

 

  「はいはい、明日に響かない程度に抑えときなさいよ」

 

 

  エニアはファクトリーを後にし、自分の部屋へと向かった。

 

 

  「なんなんだろうな、才能ってさぁ」

 

 

  少なくとも自分にはないもの。それだけは断言できた。

 

 

  「ウルバーニとかの十分の一でもいいから分けて欲しいな~」

 

 

  それは奇しくも少し前に、別の人物が口にした言葉に似ていた。

 

 

 

 

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