IS 星海と共に   作:郭尭

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第八話

 

 

 

  カナダに設置されている国際宇宙開発機構の本部、ISが配備されてから追加された設備が幾つある。

 

  ISとは手の掛かる機械である。飛行機や船と同じように、使用、維持にそれ相応の設備が必要になるのである。ISの運用が決定してから、機構本部の敷地内では急ピッチで関連施設が作られていったのである。

 

  専用のハンガーと併設されたファクトリー、各種訓練施設。そんな中、敷地内に足りない施設が一つある。実戦形式の戦闘訓練に耐えうる訓練施設である。

 

  元々IS関連設備の導入決定が急な事であった為、当時必要ないと判断された施設が作られなかったのは当然の事だろう。ISの実戦型訓練には、その規格外の攻撃能力によって周囲が破壊されないようにバリアの発生機能が必要であり、それを新しく導入するにしても莫大な予算と時間が必要になる。

 

  その時間も予算も充分でないため、機構はカナダ政府の施設をレンタルして使うことがある。

 

  場所はカナダIS管理委員会の所轄する、訓練キャンプのアリーナである。『モンド・グロッソ』が近付く時期になれば、国家代表候補が、その時点の代表を引き摺り下ろす為に猛特訓を行う場所である。今の時期は特に予定もなく、割と借り易いのだ。

 

  そのアリーナ、ISのバリアと同様の技術で展開されているバリアフィールドの中で、二機のISが戦火を交えていた。

 

  一機は『打鉄』に酷似し、されど曲線的になったフォルムのパンダカラーの機体、機構唯一の量産機『隕鉄』。

 

  もう一機は薄い緑を基調にした、重厚を通り越して重鈍そうなフォルム、ミランダ・ウルバーニの専用機『バロール』である。

 

 

  アリーナの空の間を駆ける二機。その間を奔る火線。

 

 

  「やっぱ上手いんだね~、エニア」

 

 

  それをモニターで見ていたオクサナは感心した様子で心中を口にした。

 

 

  「ですね。IS学園OGは伊達ではないようですね」

 

 

  答えたのはトレーナーの、クリスことクリスティ・サーレン。引退したが、元アストロノーツであり、機構のIS装着者たちの訓練スケジュールは、彼女が軍などの戦闘中心のカリキュラムを参考に組んでいる。

 

  アリーナでは尚二機の攻防が続いている。

 

  『隕鉄』が手に持ったライフルをフルオートで撃ち続ける。放たれた銃弾の多くは『バロール』のシールドバリアに弾かれるが、一部の射角が深かったものが貫通していく。だがバリアで威力と速度を奪われた銃弾は、或いは紙一重で避けられ、或いは装甲表面にかすり傷を付けるだけで終わる。

 

  対して『バロール』はレーザーライフル『スターライトmk-ⅡB』の引き金を引く。尤も射撃訓練の経験等左程ないミランダである。対象に向かって撃つ、と言うよりは薙ぎ払う形で攻撃をする。

 

  点ではなく線での攻撃。自身の能力を比較的正確に理解しているミランダなりの工夫であった。

 

  だがそれでも、成績優秀ではなかったとは言え、相手はIS学園OGのエニア。虚実の駆け引きがない、タイミングが単調と、ミランダの素人同然の技量では殆ど命中しない。

 

 

  「性能の上では完全にバロールが優勢、機体の制動もウルバーニさんですね。ただ、戦闘関連の経験だと、ブランクがあるとは言え圧倒的にラウさんですか」

 

 

  クリスの発言を裏付けるように、モニターに記されている観測データでは、『バロール』の被弾率の方が圧倒的に高い。如何に機体の性能がよく、操縦者が資質に優れていようと、経験の差は簡単に崩せるものではないようだ。

 

 

  「それにしても派手なもんだよね、ISの戦いって。テレビで見てるより凄い感じだね」

 

 

  一方オクサナは戦いの派手さに目がいっていた。確かにこの場にちゃんとしたISの教育を受けた人間がいれば、この戦いの、と言うよりこの二機のISの示しているパフォーマンスの高さに驚いていただろう。

 

  もっともそれにはちゃんと理由がある。

 

  ISはその殆どが競技用という事になっている。例え建前に過ぎないといっても、守らなくてはいけないルールである。その為、競技用という名目で造られているISは、その公式大会用のレギュレーションに添ってリミッターが設定されている。当然と言えば当然。競技用と銘打った代物に、過剰な戦闘能力を持たせるわけにはいかないのだ(リミッターがついてても充分過剰戦力ではあるが)。故にテレビなどで放映されるような場面に、本当の意味で全開のISが晒される事はない。

 

  だが逆に、競技用に造られていないISならそんなレギュレーションを守る必要はない。尤もその分使用に際しての手続きも煩雑なものになっているのだが。

 

  兎にも角にも、今の二機は一般的のメディアで見ることの出来る性能を軽く超えている状態なのである。故に技術的に拙さのある二人の戦いも、それなりに見ごたえのあるものとなっていた。

 

  エニアはライフルを乱射し、緩い弧を描きながらミランダに飛んで行く。

 

 

  『おっし!おせええ!』

 

 

  スピーカー越しに響くエニアの叫び。直線的な機動で『バロール』に突っ込む。ミランダの軌道に割り込むように接近しながら、左手に近接戦用ブレードを召喚する。

 

  それに気付いたミランダはスターライトを縦に構える。そしてエニアのブレードの軌道を予測して盾にするように構える。同時にスターライトの下部装甲がスライド展開され、露出した部分に玉虫色のフィールドが展開される。

 

  ミランダは上手くそのフィールドで相手の攻撃を受けようとするが、その効果を今までの模擬線で知っているエニアは大きく攻撃の軌道を変える。横振りの攻撃を、無理矢理振り上げる。そして空振りの勢いのままに脇腹へと蹴りを叩き込む。

 

 

  『うくっ』

 

 

  完全に防御を外された形になったミランダ。全く無防備で入った一撃に、如何な重装甲の『バロール』でもその衝撃は殺しきれるものではなかった。

 

 

  『ペンチアーム!』

 

 

  ミランダはエニアを捕まえようと、両肩の大型アームを展開する。本来イメージするだけでISの機能を発動させられることが理想なのだが、今のミランダにはまだ出来ない。それはあくまで戦闘に必要な技能であって、そんな技能を今までまともに習ったのはエニアだけなのだ。

 

  だが、声でイメージを補助した起動では、相手に行動が漏れるだけでなく、声が終わるまでのタイムラグが存在する。伸ばされた鋏状のアームは余裕を持ってエニアのブレードに弾かれてしまう。

 

 

  『っちぃ』

 

 

  ミランダには珍しい、苛立った様子の舌打ち。

 

  なんでこんなことしているんだ、という想い。元々ミランダは戦闘をする心算などなかった。地球の外を見て、それを皆に伝える。そして人が地球の外に出るのを助けるのがこの仕事の筈だ。戦うことを仕事にする心算があれば、わざわざ国家代表候補生を蹴ってここに来たりしなかった。

 

  それでもこんな事をしているのは、自分は兎も角上の人間が必要だと判断したからだ。組織の一員という自覚はある。だから自分なりの全力も尽くしている。

 

  だが、やはり苛立つ。

 

  戦いという分野、実の所ミランダは全くの未経験者という訳ではない。実際にイタリアの代表候補生のキャンプに数日参加している。

 

  当時ISそのものに関して素人に毛が生えた程度だったミランダは、それでも周囲を驚かせる速度でISの技量を上げていった。

 

  それでも最終的には今あるように宇宙開発を選んだ訳だが、それも純粋に宇宙開発への熱意だけではない。

 

  イタリア国家代表候補であるだけで着いて回る、セレーナ・ウルバーニの名前。今まで自分一人では出歩く事さえ出来なかった盲目の少女に、経験したことのない戸惑いと恐怖を与えた。

 

  ミランダに光を与えてくれたのはセレーナである。ミランダに翼を与えてくれたのはセレーナである。ミランダに力を与えてくれたのはセレーナである。

 

  だからミランダは嫌だった。自分に多くを与えてくれた姉を、与えられた自分が嫌うなんてあってはいけないことなのだから。

 

  自分が今ここにいることに、それは確かに関係がある。そんな忘れたい事を無理矢理思い出させられ、ミランダは無自覚に激していた。

 

 

  『こんのっ!』

 

 

  ミランダの、らしくない感情は、バイタルデータの形でクリスにも伝わっていた。だがミランダの事情など知らないクリスには、それは単に戦闘行為に興奮しているのだと映った。第一、本当に危険な状態になるようだったら、その前にISの方から脳内分泌に干渉を受けて、事故につながる心配は殆どない。

 

  未だ距離を外していないエニアに、ペンチアームのパンチが伸びる。両手より間合いの長いリーチで迫るが、それも相手に掠りもしない。

 

  距離を開けることで攻撃を避けたエニアは、右手に持ったライフルを消し、次の瞬間にはバズーカを構えて見せていた。

 

 

  『これならっ!』

 

 

  『バロール』のぶ厚い装甲でも絶対防御に頼らざるを得まい。そう判断しての選択。

 

  無論その選択は間違っていない。大気圏の摩擦熱に耐え得る重装甲に、リミッターなしのシールドバリアが加わっているのである。相応の威力を保った攻撃を通すのは容易ではない。

 

  そういう意味で、『隕鉄』にとってバズーカは最も楽な選択肢と言える。無論、それを当てるには相応の腕が要求される。如何に『バロール』が遅いと言っても、それはISとして、である。本当の意味で遅いISなどこの世には存在しない。

 

  威力はあるが、その初速の遅さ故に、対IS用に使われる事が稀なそれが放たれる。対してアームでの攻撃を避けられ、体勢を崩したままであるミランダはバーニアをフルスロットルで解放。無理矢理にその場を離れようとする。

 

  結果、直撃は避ける事には成功するが、至近距離で爆風に煽られ、シールドバリアを削られてしまう。それでも装甲に目立った損傷が見えないのは、機構のISの利用目的故だろう。シールドバリアなしで大気圏の摩擦にも耐え得る事を目指して造られた装甲である。

 

  多くの機構を詰め込めるスペースシャトル等の機械と違い、ISのシールドバリアなしの大気圏突破は未だなされていない。それでも今『バロール』に使われている装甲が、世界最高峰の装甲材を使用していることには違いはない。

 

  バズーカの爆風に逆らわず、流されるように相手と距離を稼ぐミランダ。そして地面に近い高度で再度レーザーライフルの閃光を薙ぎ払うように放つ。避けきれず、脚部を一薙ぎされるエニアだが、彼女はこの攻撃がそれほど威力のあるものではないことを知っている。多少のシールドエネルギーはくれてやると、再度ミランダへ向けて加速する。

 

 

  『せりゃあああ!』

 

 

  再び振るわれるエニアのブレード。だが今度はミランダがペンチアームで防ぐ。そして振られる、反対側のアーム。

 

  当たる。

 

  ミランダはそう感じた。だが手応えは予想した位置より内側から感じた。ブレードの一撃を防がれながらも、エニアは更に前に突き進んでいたのである。アームの根元に近い位置による、遠心力の乗り切らない一撃はエニアの動きを阻害する事すら出来なかった。

 

  そして伸ばされるエニアの右手。そしてその手に現れたライフルの銃口が『バロール』の顔を捉えた。

 

 

 

 

 

 

  予定されていた訓練を終え、手配されたバスで機構の本部まで移動するスタッフ。『隕鉄』に関連するスタッフのみ別途トラック移動として乗り合わせていない。

 

  バスの後ろの席ではウルバーニが眠っている。

 

 

  「疲れてるねぇ」

 

 

  「まあ、一人だけ訓練の量が違った訳だし」

 

 

  機構のISは二機。その内『バロール』がウルバーニににしか使えない以上、残りの二人で『隕鉄』を共有している。そして対戦形式の訓練になると、必ずウルバーニが参戦することになる。結果彼女だけやたらと疲労を蓄積することになったのである。

 

 

  「それにしてもエニアがあんなに強かったってのは予想外だったよ。IS学園卒業生は伊達じゃないって?」

 

 

  オクサナは素直な感想としてエニアを褒めちぎっていた。ISの性能と操縦者の適正、実際の所は兎も角、素人には割りと絶対的な差に見える。さらには実際に戦ってその差を実感したオクサナは、素直にエニアを凄いものだと感じていた。

 

 

  「そりゃこれでもちゃんと訓練受けてた身よ。そう簡単に素人に負けるようじゃ面目が立たないわ」

 

 

  疲れた様子で答えるエニア。最後尾の席で寝ているミランダを視界に収めながら。

 

  事実として、エニアがミランダに勝るものは戦いの駆け引きだけである。

 

  本来必要でなかった筈の技能。それがどういった経緯で訓練項目に追加されたのかはエニアたちは知らない。その為エニアは戦闘訓練の必要性を認識できずにおり、本心から優位を感じることができずにいた。

 

 

  「それに後半行くほどハンデが付いて来た訳だし」

 

 

  エニアが言っているのは訓練の量の違いである。

 

  ただでさえ充分に体が出来上がっていないミランダである。それが他の二人の倍の訓練量なのだ。休憩時間も二人のほぼ半分以下なので、どんどん動きが悪くなっていった。訓練そのものはそれなりに充実していたが、後味の悪さは消しようがない。

 

  ただ、それとは別にミランダとの戦いは、質の違う気持ち悪さを感じさせるものだった。動きが早い訳でも、うまい訳でもない。なのに溜まっていく苛立ち。その挙動から伝わってくる違和感は自分でも何故だと思うようなミスを誘発させる。

 

 

  「まあまあ、別にそれが理由で勝ってたわけじゃないんだし。気にする必要ないと思うんだけどな」

 

 

  どうにも思考がネガティブに行きやすいエニアに、苦笑いする。オクサナにとって、この年下の二人は『凄い人たち』なのだ。素直に尊敬するし、素直に賞賛する。ある意味エニアとは対極に位置する人物なのだろう、オクサナという人物は。

 

 

  「それよりさ、寮に着いたら一杯やろうよ。実家からいいウォッカと脂身の塩漬けが届いたんだ」

 

 

  「いや、私まだ未成年なんだけど」

 

 

  噛み合っているのか、噛み合っていないのか。凡人二人は今日もつるんでいる。

 

 

 

 

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