「ねぇ…ガム食べる?」
その言葉にハッとした。
横には、どこかで見たような衣装を着た同年代くらいの男が左に座っていた。
名前は…聞いただろうか?
「あっ、切れてた。今食べてるのが最後だったみたい。ごめんごめん」
あぁ…そう。
………数瞬の沈黙。
「オレ、藤木コウタ。よろしくな」
青年は屈託のない、眩しすぎる笑顔で言った。
「…神代守人。よろしく」
俺は魂の抜けた、上滑りする声で答えた。
もしや気を遣わせているのだろうか。
「アンタも適合者なの?」
でなかったらここに居ないだろうに。
「俺と同じか少し年上っぽいけど、まぁ一瞬とはいえオレの方が先輩ということでよろしく!」
あぁ…そう。
…………沈黙。
会って早々彼のことが嫌いになったのではない。ただ良い話題が思い浮かばない。
どこかで見た服だけど、何の服だっけ?ーーー服の話をする必要があるか?
ガム好きなんだ?ーーー好きだから噛んでいるんだろう。
年はいくつ?出身は?ーーーいきなりプライベートに踏み込むのはいかがなものか。
数々の話題が浮かび上がってはまた沈んでいく。
結果、沈黙。
それに耐えきれなくなったか、それともやはり気を使っているのか、彼が口を開いた。
「適合検査どうだった?」
失敗だったらここに居ない。
「あの機械がバターン!って降りてきた時、オレ、ビビっちゃってさ!そしたら腕がグシュグシューって来て、もう何がなんだか分かんなかったよ!」
どうにも語彙力が乏しいようだが、気持ちは伝わる。
俺もこれぐらい明るくコミニュケーションが取れたらと頭の片隅で思う。
「アンタ、えぇっと守人はどうだった!?」
突然の呼び捨てだが、不思議とこの少年に気持ちの悪い馴れ馴れしさは感じられない。
「別に…手を入れて、挟まれて、終わりかな。気持ち悪くはあった」
これで伝わるだろうか。
「だよなぁ!でも、これで俺たちも晴れてゴッドイーターだ!」
藤木は右手の赤くて無骨な腕輪を上にかざす。青白い蛍光灯に照らされ、それは彼の笑顔と同じくキラキラと輝いた。
俺の右手の腕輪は心なしか黒ずんだ赤に見えた。
彼はきっと、大切なもののためにゴッドイーターになったのだろう。
藤木と、最も9割9分彼が、話しているとコツコツコツと足音が聞こえてきた。いつもは気にならないはずの音が、なんだか嫌に重々しく聞こえる。
ゴッドイーターとなってアラガミの細胞を注入される、それは常人を遥かに超えた身体能力を手にすることでもある。もちろん、五感などの機能も例外ではない。日常の音が嫌にハッキリ聞こえてくるのは、きっとそのせいーーー
「立て」
突然、重みの中に厳しさと優しさを含んだような声がした。
藤木と俺は会話を中断し、いつの間にか目の前に立っている女性に目をやると…
なんかこう、いろいろとスゴい。
情けないことだが、まず目に入ってきたのは胸だ。
デカい。
外部居住区に住んでいる時、寂しさを紛らわせるために、幾人かの女性と交わった覚えはある。
が、彼女たちのソレが完全に霞むような、そんなスゴいものがこれまたガッツリと胸元が開いた服に収まり、燦然と自己主張をしている。
また彼女のボトムは両体側に大きく深くスリットが入っていて、スニーカーのようにジグザグに紐が編まれている。
男を惑わすのに十分すぎるスタイルだが、更に顔も見たことがないくらい美人だ。
こんなご時世に、目元と眉に流麗なラインを引き、唇に扇情的だが気品のある紅を引き、少しクセのある髪を右肩に流している。
…美人過ぎて、俺みたいな人間が見ていて良いのかと変な罪悪感が沸いてきた。
そう思って藤木に目を流すと
「…スゲッ」
すっかり彼女の容貌の虜になってーーー
「立てと言っている、立たんか!」
厳しさのみを含んだ重みのある声で我に帰り、即座に直立する。藤木に至っては気合が入りすぎたのか顔まで天井に向かっている。
「私の名前は『雨宮 ツバキ』お前たちの教練担当者だ」
彼女は左手に名簿のような物を抱え、右手ー俺たちと色違いだがゴッドイーターの証である腕輪がはまっているーを腰に当てて言った。
…何をしても様になるとはこういう人に言うのだろう。
「この後の予定が詰まっているため、手短に済ます。この後はメディカルチェックを済ませたのち、基礎体力の強化、基本戦術の習得、各種兵装の扱いなどのカリキュラムをこなしてもらう。つまらないことで死にたくなければ、私の命令には全てYESで応えろ。いいな?」
つまらないこと。例えば何だろうか。
大切な人の仇を取ると言ってアラガミの群れへ突撃する。
アラガミ討伐の報酬に目がくらみ、彼我の実力差を考えずに戦う。
世界の、人類の守護者たらんと誇り高く己をすり潰す。
…確かに、それはつまらない。でも、きっと、来いと言われたから来たという俺こそが、何よりもつまらなーーー
「分かったら返事をせんか!」
ハイッ!と脊髄反射で声が出た。教官、いや雨宮ツバキ教官、恐ろしい人だ。
「よし、ではまずお前だ」
雨宮教官が俺のことを真っ直ぐ見つめてくる。キリッとした目線に耐えきれず、かといって目を逸らせば何を言われるかも分からず、なんとなく彼女の後ろに掲げてある大きなフェンリルの紋章へ目をやって誤魔化す。
「ペイラー・サカキ博士の部屋に『ヒトゴーマルマル』までに来るように」
ヒトゴーマルマル…15時ということか?しかし質問をするのも怖い。何よりYES以外の言葉を言ってはいけない気がする。
「それまで、この施設を見回っておけ。今日からお前らが世話になるフェンリル極東支部、通称『アナグラ』だ。メンバーに挨拶の一つもしておくように」
…あまり初対面の人に話しかけるのは得意ではない。むしろ苦手だ。やりたくはなーーー
「返事は!」
「ハイッ!!」
雨宮教官が去っていく。
先までは見えなかったが服の背中にはフェンリルの紋章と、ボトムと同じく紐で編まれてはいるが大きく肌が露出していた。一瞬、ここは売春宿か?との思いがよぎったが、雨宮教官はこちらの考えをも見透かしそうで怖くなり、懸命に振り払った。実際、チラとこちらを見た気がする。
「はぁ〜美人だな〜ツバキさん」
さすがに呼び捨てにはできないか。とはいえ、美人ということには大いに賛同する。
「あんな人が俺たちの教官だとか、マジでツいてるよな!くぅ〜っ、やる気出てきたーっ!!」
コウタは屈託のない笑顔ではしゃぐ。下心丸見えだがそれでもどこか憎めない。
「んで、ヒトゴーマルマルって何時?」
「…15時じゃないかな」
「15…?あ、あぁ、なるほど!守人って頭いいな!もしかして知ってた!?」
頭が悪いのも、愛嬌というやつだろう。
「えーと今は14時だし…よっしゃ、ひとまずセンパイ方に挨拶に行こうぜ」
藤木が俺の左肩をポンと叩く。もしや一緒に行くのか?と不思議な顔をしていたのか
「だって、守人は初対面の人と喋るのがニガテなんでしょ?」
思わず、呆気にとられた。
「誰だって見りゃ分かるって。さっ行こうぜ!15時に遅刻したらツバキさんにまた怒られちまう」
藤木という人間は頭が悪いのか、それとも良いのか。ただ分かるのは、彼が魅力溢れる良い人だということだ。
「ありがとう、藤木君」
ふいに口から出た言葉。
ただ、藤木はそれを笑い飛ばす。
「藤木じゃなくてコウタって呼んでよ!呼び捨てでさ!」
彼は、コウタは弾けるような笑顔でそう言ってくれた。
第1話 I have a friend. 〈了〉