『何も持たない彼が、何かを掴むまで』   作:星見る物書き

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〈第2話 I have a effort.〉

「ふむ、予想よりも812秒も早い。ようこそ『新型』君」

少し白髪交じりの、上品なアンティーク眼鏡をかけた男がコンソールを叩きながら言った。

ペイラー・榊、フェンリル極東支部アラガミ技術開発の統括者。どうやら物凄い天才だという話を先輩方から聞いたが、同時に物凄い変な人ということも聞いている。

向かって左には適合検査の際、遠目に見たヨハネス・フォン・シックザール支部長がいる。白い制服と黒のタイ、そしてどこか気怠げに垂れるブロンドの髪に、男の俺でも憧れに近いような色気を感じる。榊博士がやはりコンソールを叩きながら口を開く。

「さて、まだ見ての通りメディカルチェックの準備中でね。ヨハン、先に君の用件を済ませたらどうだい」

ヨハン…支部長のことだろうか。

「榊博士、そろそろ公私のけじめをつけて頂きたい」

どうやら二人は古い友人のような関係らしい。

「神代守人君、適合おめでとう。先ほど遠目に会ったが、私はヨハネス・フォン・シックザール。このフェンリル極東支部全体を統括している。新たなゴッドイーターとして、極東支部初の新型神機適合者として、君には期待しているよ」

期待。アラガミをとにかく殺しまくれということか。それとも忠実にフェンリルの指示を守る駒になれということか。

「彼も元技術屋なんだよ。ヨハンも新型のメディカルチェックに興味津々なんだよね?」

「あなたのおかげで廃業することになったのだ。少しは自覚したまえ」

「おや?本当に廃業したのかい?」

古い友人でもありライバルでもあったのだろう。確かな絆のようなものを感じる。榊博士の軽口をサッと受け流し、支部長は俺に視線を戻した。

「極東支部の面々とは上手くやれそうかい?」

「…えぇ、まぁ」

返事ではとりあえず肯定するが、実のところ自信はサッパリない。

コウタのおかげで第二部隊を始めとする先輩方に挨拶をすることはできたが、名前を名乗った後はまず沈黙が流れる。

その瞬間に興味を失くす者、こちらを気遣う者、先輩風をびゅうびゅう吹かせる者、色々といた。

その後、新型神機に適合しましたといえば、それぞれの驚きを以って反応してくれる-コウタも最初に聞いた時、驚いていた。言ってなかったか?-が、やはりそこから、口から言葉が出てこない。そして沈黙。

こうした調子で何とかゴッドイーターの面々に挨拶回りをおこなったが、コウタは更に、事務員に話しかけようだとか、整備班に挨拶に行こうだとか、更にはアナグラ探検だ!と言い出した。

正直、神機使いの面々に会っただけで俺の頭は一杯だった。

これ以上初対面の人と会おうものなら胃に穴が開く。

新型神機に適合したと言うだけで、皆、物珍しそうな視線を向けて来る。

確かに物珍しいだろうが、それを何度も受ける俺としては堪ったものではない。

結果、挨拶回りを早々に切り上げ、かといって行き場もない俺は時間より早く榊博士のラボに来た。

今頃コウタは持ち前のコミニュケーション力でアナグラに溶け込んでいるのだろう。羨ましい。

「さて、それではまず私からゴッドイーターとしての職務について改めて説明しよう」

あぁ、メディカルチェックを見に来ただけではなかったのか。

「君の直接任務は、ここ極東地域におけるアラガミの撃滅と素材の回収だ」

素材の回収、ゴッドイーターはそんなことまでやっていたのか。そこに引っかかったのが分かったのか、支部長は続けて説明する。

「それらの素材はここ対アラガミ前線基地の維持発展、そして来たるべき『エイジス計画』を成就させるために使われる」

エイジス計画。声のトーンからしてよほど重要な計画なのだろう。

「『エイジス計画』、この極東支部の沖合い、日本海と呼ばれていた海域にアラガミの脅威を完全に退ける人工島を開発する計画だ。人々はその『楽園』に移り住むことで当面はアラガミの脅威に晒されずに生活することができる」

アラガミの脅威に晒されずに済む、にわかには信じがたい話だ。多少の、胡散臭さも覚える。

「ともあれ、人類の未来のためだ。尽力してくれ」

人類の未来…漠然とし過ぎて何かピンと来ない。要は任務を全うしろということだろうが。

「さ、終わったよ」

コンソールをパチンと小気味よく叩いた博士が呼びかけてきた。

「それでは、私はこれで失礼する。ペイラー、後でデータを回しておいてくれ」

そう告げると支部長は淡々とラボから出て行った。

「さぁ、では横になってもらおうかな。少し眠くなると思うけど心配はいらない。次に目が醒めたら自分の寝室だ」

個室まで与えられるのか、と今更気づいた。

「予定では10900秒だよ。起きたらツバキ君の新兵訓練が始まるから今のうちにゆっくり寝ておくといい」

つまり、何時間だ?そして雨宮教官の訓練はキツそうだな、などと思いつつ、冷たい寝台のようなものに仰向けに寝る。

やがてその寝台の端から半円状にパネルとも蓋とも言えないものが展開してきて、寝台自体も何かが開く音や動く音がしてきた。

やがて段々と寝台の駆動音が遠くなっていって…

 

 

ペイラー・榊はウィンドウに流れるデータを見ながらポツリと呟いた。

「新型だからといって、少し期待しすぎたかな。それとも新型ゆえに…かな」

 

 

〈〈〈目を閉じるな!開けんか!〉〉〉

教官の怒声がスピーカー越しに響き渡る。

ゴッドイーター訓練場。初めは何だか冷ややかな空間で、壁に穿たれた幾つもの弾痕や切り傷を見て恐ろしさも覚えた。だが今や、1週間の間みっちりとシゴかれるこの部屋に異様な親近感を感じる。その一方で…

「ゴアァァァァッ!!」

目の前の模擬ターゲットが咆哮する。オウガテイルという、よく見かけたアラガミを模している。と、その瞬間、模擬ターゲットが高く飛んできた。俺を頭から丸かじりするつもりか。

選択肢を考える。

ブレードで迎え撃つ---いや、もしハズしたら、そのまま噛み殺される。

シールドで耐える---いや、もし押し負けたら、倒されて餌食になる。

ガンで応戦する-ーーいや、変型が間に合わない。

避ける---消極的だが、それが一番いい

この間一秒もないはずだ。しかし訓練場にビーッと警告音が鳴る。

〈〈〈神代守人、KIA判定〉〉〉

KIA…Killed in action…つまり実戦なら戦死しているということだ。

力なく神機を降ろし、床を見つめた。これで何度目だ。咄嗟に行動を取ることができない。これが実戦なら考えることもままならないだろうに。

〈〈〈落ち込んでいる暇があったら次の準備をしろ!大馬鹿者!!〉〉〉

今日一番の怒声が響き渡る。ハイっと返事したはずの声は掠れ、戦闘訓練中は忘れている疲労感が全身に重くのしかかる。

ゴッドイーターになって基礎体力は上がったはずだ。基礎トレーニングメニューも何とかこなしている。

このバカでかい神機を振り回す腕力だってあるのだ。人の背を飛び越すぐらいの跳躍力もあるのだ。

しかし、普通の人間だった時より身体が上手く動いてくれない。

ビーッと何度も聞いた警告音が鳴り、目の前に模擬ターゲットが現れる。

もうこれで今日は何体目だ。いや、この1週間で何体目だ。そして何体狩れた。アラガミを殺しまくれってことか、なんてひねくれた考えをしていた俺をぶん殴りたい。

と色々考えていると、影がさした。上空に模擬ターゲットが大きく顎を開いて落下してくる。

今度は迷わない。神機を銃に変型させ、距離を---神機が変型しないっ!

しまっ---

…警告音と重なり合いながら、教官の怒声が轟いた。

 

 

「守人…大丈夫かよ」

コウタの顔が引きつっている。俺はよほど酷い顔をしているのだろう。

「あぁ、うん。大丈夫」

何とか声を振り絞って、心配をかけまいとする。だが心配をかけようがかけまいが、訓練成績が向上するわけではない。

極東支部の職員食堂。俺とコウタはかなり遅い夕食を摂っている。初めは食事にありつけることに内心感動していたが、今では食わねば訓練についていけないという強迫観念に駆られ、単なる栄養補給の時間と化している。

「コウタは…最近、調子が良いみたいだね」

ひがみっぽさが出ないよう、声音に細心の注意を払って言う。

「へへっ、まぁな!ぶっちゃけ座学はさっぱり分からないけど、実技訓練は楽しくてさ!」

快活な笑顔だ。心なしか励まされてくる。

「そういや聞いてくれよ!今度、初任務に行くことになったんだ!」

初任務…つまり訓練ではない実戦。アナグラから、外部居住区からも出て、外でアラガミと殺し合う。

「そうなんだ。…おめでとう」

その言葉と裏腹に、劣等感が心に染み渡る。

新型だ、期待の新人だと言われながら、俺の訓練成績は散々なものだ。今、実戦に行けば殺されに行くようなもの。フェンリルとしてもせっかく見出した新型適合者をむざむざ殺すこともしたくないだろう。…もしかして、俺は一生訓練生のままなのかもしれない。

「守人、今くら〜い事考えてるだろ?」

ふいにかけられた言葉にビクッと身体が震える。

「大丈夫だよ。守人は新型神機使ってんだろ?剣も銃も両方使って、変形させる時間も考えて戦ってる。誰もやったことがないことをやってんだからさ。そう自分を追い詰めなくても良いんじゃないの?」

本当にコウタは本能で察するというか、嗅覚があるというか、とにかく優しい人だ。

「あぁ、そうだな。ありがとうコウタ」

感謝の気持ちと、幾ばくかの申し訳なさがあった。

 

 

食堂を出て、コウタと別れ、俺は訓練場のデータ記録室に赴いていた。

自分の成績と戦闘訓練の映像を見たかったのだ。

この1週間、それだけは欠かしたことがない。

ここでブレードに変型させるべきだった-ーー

銃を撃つ時、体が左に傾いている---

このターゲットは着地の際、数瞬こう着するんだよな---

もっと早く斬れ、もっと上手く撃て、もっと---

「研究熱心だな」

バッと後ろを振り返ると雨宮教官が立っていた。ドアが開いたはずだが、その音も聞こえなかった。

「し、失礼いたしました!」

直立不動で敬礼をする。教官は敬礼を返すと、まぁ楽にしろ勤務外だ、と微かに笑いながら言った。

「一人で反省会か?」

「はっ。余りにも自分の成績がーーー」

「楽にしろと言っただろう」

教官が仕方がないなと言った顔つきで言う。

「え、ええっと、まぁ、そうですね、はい」

「今度は歯切れが悪いな」

どうしろというのだ。

「ちゃんと睡眠は摂っているのか?」

「えぇ、マニュアル通り6時間以上は摂っています」

「そうか。食事は?最近、新型が辛気臭い顔で食堂に現れると聞いているが」

やはり、周りからもそう思われていたのか。

「ここのメンバーはそれなりに気兼ねなく付き合う奴らだが、そんな連中も声がかけづらいとあっては、相当なツラをしているのだろう」

…明日から食堂に行くのは止めようか。

「まぁ、なんにせよ」

と、雨宮教官は俺の左肩に自身の右手を置いた。

「お前はよくやっている。新型が銃と剣の両方を備えることもあって、お前がこなしている訓練は通常の神機使いの倍だ。更に新型ならではの」

そこまで言った雨宮教官は声を潜めて、ここだけの話だが、と挟み

「まだ導入検討中の訓練メニューもこなしている」

…知らずのうちにモルモットにでもされていたのか。いや、極東支部初の新型なら、それくらいは当たり前か。

「お前の努力は評価に値するものだ。周りの声に惑わされるな」

キリッとしたその視線。厳しさと優しさを兼ね備えた瞳。それを一瞬だけ見て、すぐに耐えきれなくなって俺は目を逸らした。

「意気地のない奴だな。そんなことでは…いや、なんでもない」

雨宮教官は右手を引っ込め、口ごもる。

何だろうか。言いかけて止めたが…あまり良くないことだろうか。

「さて、邪魔したな。しっかりと睡眠を取るんだぞ」

そう言って雨宮教官は颯爽と去っていく。

「あ、あの!教官!」

俺は慌てて呼び止める。

「これからもよろしくお願いします!」

深く一礼しながら言うと、教官は明日も厳しくいくぞ、と言って部屋から出て行った。

 

 

「さて、これがアイツにどういう影響を及ぼすか」

雨宮ツバキは手元の命令書を見ながら呟いた。

翌日の訓練終了後、神代守人のNORNアカウントに出撃命令が送信された。

 

 

第2話 I have a effort.〈了〉

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