『何も持たない彼が、何かを掴むまで』   作:星見る物書き

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「これまでのお話」
外部居住区にて無為の日々を暮らしていた神代守人。
彼は神機使いとしての遺伝子的適性を見出され、ゴッドイーターになるが
訓練についていけず、本人の知らぬところで適合率が最低ラインであることも判明、
初任務の前には持ち前の腐ったネガティブ根性が大爆発、
リンドウとのやりとりで少し前向きにもなるも
オウガテイルに喰い殺されそうになる。

しかしその瞬間、謎の覚醒を経てオウガテイルを撃破。その後意識を失う。
その間に彼は遠い昔の夢を見て、またもや彼の知らぬ所では
彼の体にオラクル細胞の常識をひっくり返すような現象が確認されていた。

そして神代は目覚めて…


〈第5話 I have a calming times.〉

「おぉ!?守人じゃん!!」

榊博士のラボ。扉を開けてすぐに目があったコウタが、驚きの声を上げた。

「あぁ…久しぶりコウタ」

1週間ぶりに会った彼は何だか少しだけ逞しくなったように思える。

きっと俺がメディカルチェックやこの前の任務の事情聴取を取られている間に、たくさん任務をこなしたのだろう。

「大丈夫かよ!?初任務で死にかけたとか聞いたけど!」

「う、うん。まぁ…」

また状況を説明するのか、と思うと億劫な気持ちになる。この1週間でフェンリル所属の医師やカウンセラーに何回話したことか。

ただ、理由はそれだけではない。

「ちょっと油断したら…ね。でもリンドウさんが助けてくれたよ」

実はあの瞬間の記憶がないのだ。任務の直後はハッキリと覚えていたのだが、支部に帰投して、特別医務室という所に寝かされたり、医師たちと話している間に段々とモヤがかかったように思い出せなくなってきたのだ。間一髪でリンドウさんが助けてくれたと、医師たちが、極東支部がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。

「さて、神代君も来たことだし、今日の授業を始めようか」

榊博士がそう告げると、コウタの顔はげんなりとした。もしかして勉強が嫌いなのだろうか。

「は、博士…俺、急にお腹が…」

「なに、それは大変だね。ではゆっくりと休むと良い。ツバキ君に私から『急性の体調不良』により座学を欠席と言っておこう」

恐らく仮病の顔つきだったであろうコウタの顔が正しく青白い顔になる。もし腹痛が本当だったとしても、自己管理が甘い!と怒鳴る教官が目に見える。

「あ、いや、気のせいだったかなー?」

「そうかい。それは何よりだ。では授業を始めよう」

榊博士は涼しい顔でコンソールを叩き始めた。

 

 

オラクル細胞の座学に関しては、特別医務室にカンヅメにされていた時でも授業を受けていた。自分としては、座学は嫌いではない。何とか字を読めるくらいの教育しか受けていない俺にとって、博士を始め多くの人が知識を授けてくれるのは嬉しいことだ。しかもそれが敵であるアラガミに関することだとすれば、聞かないわけにはいかない。相手を知らなければ戦いようが無いのだから。

「…Zzz…Zzz」

しかしコウタは開始5分にして全速力で船を漕ぎ出した。ある意味才能と言えるのではないだろうか。

「1対1だとコウタ君も寝るのはマズイと思ったんだろうねぇ。何とか頑張って聞いてくれていたんだが」

博士は別に不機嫌でもなく、苦笑しながらそう言った。

「反対に、数日前に聞いた内容だろうに、真面目に授業を聞く神代君は偉いね」

「い、いえ、そんな事は…復習にもなりますし」

偉い…だろうか?いや、俺は実技に秀でるわけではないのだから、むしろこれぐらいは出来なくてはと思い直す。

「時に…体の調子はどうだい?変な感じはないかい?」

「いえ、特にありません」

それを聞くと榊博士は微笑んだ。

「後で命令が降るだろうけど、君に近々出撃してもらおうと我々は考えている」

背筋がほんの少し凍るような気がした。また、あの危険な出撃に、命のやり取りに赴く…。

いやゴッドイーターなのだから、それが仕事だ。死ぬことも仕事の内だ…。

「まず配属先だけど、第一部隊になるだろうね。あそこにはリンドウ君を始め優秀な神機使いが揃っている。まぁ、一人危なっかしい子もいるけどね」

榊博士はイタズラっぽい笑顔を浮かべる。危なっかしい…どんな人だろう。

「それにコウタ君も第一部隊に所属している。もう既に5回ほど出撃しているよ。自分の他に新人が、特にコウタ君みたいな子がいるのは君にとってもいくらか気軽だろう」

果たして5回も出撃しているの人は新人と呼べるのだろうか。とはいえ、確かにコウタと同じ隊になるのはいくらか気が楽だ。特に第一部隊所属のゴッドイーターはリンドウさんしか知らない。

「あまり気負いせず、仲間たちで仲良くやるといいよ」

…こんな俺と仲良くなってくれる人…中々いないのではないだろうか。

「さ、コウタ君はお休み中だからね。今の内に少し応用的な授業をしておこうか」

その時、もう食べられないよ…というコウタの寝言が聞こえ、俺と博士は苦笑した。

 

 

嘆きの平原。

前もって聞いていたとはいえど、初めてヘリから見える光景に言葉を失った。

ゴウゴウと遠くからでも、ヘリのローター音すらも突破して聞こえる風の音。このエリアではずっと原因不明の竜巻が吹いているらしく、一般人はもちろん、神機使いですらも注意を払わなければならないという。風の音はこちらの足音などを消してくれるが、それは同時にアラガミの足音も吐息も消されるということ。また竜巻に巻き上げられて時折落下してくる障害物もあるらしく、念入りな索敵が求められる。

ヘリを降りて、もう一人の出撃者、橘サクヤさんとの合流地点に向かう。

俺は前任務以降、明らかに増えたメディカルチェックのせいで遅れて出撃したのだ。…俺みたいな人間をそんなに調べてどうしようというのか。

「あ、来たわね」

合流地点に近づくと、スナイパー型の神機を担いだ、その、目のやり場に困る女性が1人いた。

「久しぶり。この前の任務、大変だったんだって?」

久しぶり…?はて、この人と会った記憶がない。

「…もしかして、忘れちゃった?覚えてない?」

しまった。ここは無理矢理にでもお久しぶりですと言うべきだったか。名前は命令書を見て知っていたのだから、嘘をついてもボロは出なかっただろう。いや、会ったらしい時のことを詳しく突っ込まれたら万事休すだ。そうなれば嘘をついていたことがバレてしまい、余計に悪印象を与えかねない。いや、しかしそこをコウタのように、あっはは〜すんませんと誤魔化…せられるコミュニケーション力を持っているのか俺は。

「え〜と、大丈夫?体の調子とか気分が悪い?」

しまった。更に先輩に気をつかわせてしまった。こうやって悩むから俺は戦闘の時も…

「はい!神代くん!空を見上げて!」

突然キリッとした橘さんの声。俺はビクっとした拍子に空を見上げる。

「深呼吸!」

…デジャブってこの事だろう。リンドウさんから話を…聞いてるか、同じ第一部隊の人なのだから。

とりあえず、すーはーすーはーとやっていると、落ち着いた?と橘さんが笑顔で顔を覗き込んできた。…この人、凄い美人だな。

「この前の出撃前、リンドウとロビーでブリーフィングしてたでしょ?その時、チラッと顔を合わせたと思うんだけど」

あ。何だかハッキリとは思い出せないけど、この人だった気がする。

「ヒドいわぁ…先輩の顔を忘れてるだなんて」

悲しそうな橘さんの顔。ヤバい、これ以上失点を重ねるわけにはいかない。第一部隊での肩身が狭くなりすぎる。

「い、いえ!その、自分はっ!昔から人の顔と名前を一致させるのが苦手なダメ人間でありまして、その、これは、全て私の失態、というか、橘少尉は何もないと言いますかっ、いえっ、何もないというのは言葉の綾でしてっ!」

どうしよう、オウンゴールを大量生産している。例えるならバスケットボールで200点ぐらい失点している。もはや俺の頭にダンクをキメたい。

すると橘さんが堪え切れないという風に噴き出した。

「リンドウから聞いてた、そしてあの時に思った通りの子ね」

橘さんは笑って口元に手を当てながら言う。…笑顔が凄い魅力的だなぁ。

「肩の力を抜いて。じゃないといざという時に体も、頭も働いてくれないわよ?」

橘さんがスッと手を伸ばし…俺の頭を撫でてくれる。完全に子供扱いされている。いや、これは出来ない子扱いか。いやでもしかし、悪い気がしないのは何故だろう…俺が子供っぽいからか…?

「す、すみませんっ…」

だんだんと耳と頰が熱くなる。どうしよう。本当にドキドキする。

「はいはい、良い子良い子」

にこりと笑う橘さんの顔。ヤバいどうしよう、本当に胸の高鳴りが止まらない。

「さて…と。リラックスはここまでかな」

橘さんの手の動きが止まり、俺の頭を離れ、笑っていた顔が引き締まる。少し残念な…いやいやいや待て、それでは本当に子供ではないか。俺はここにゴッドイーターとして来ている。仕事中だ。これから命のやり取りをするのだ。馬鹿か俺は。…よし冷却完了。

「ターゲットはザイゴート1体。神代くん、ザイゴードの特徴を言ってみて」

「はい。ザイゴードは常時空中を浮遊し、高い移動能力を有する小型のアラガミです。索敵力に優れ、僅かな音も感知する聴力、数百メートル離れていても目視する視力を持っています。また他のアラガミと何らかの手段で連絡を取っているらしく、1体に索敵されただけで周囲のアラガミたちが呼び集まります」

その通り、と橘さんは満足げに頷いた。ツバキ教官と榊博士の講義を真面目に聞いていて良かった。

「では、その特徴を踏まえて本任務での注意点は?」

本任務での、注意点…?しまった、頭が真っ白になる。本任務、本任務での注意点、えっとエリアを踏まえて、1体だということを踏まえて…

「えっと、あの…」

途端にしどろもどろになる。知識の受け売りを披露できても、それを使った応用や分析が出来ないのならば勉強した意味がないではないか。何をしているのだ俺は。馬鹿か。

「まず、このエリアで戦うとして、避けたい状況は?」

「えっと、竜巻の音がある…とはいえザイゴートの聴力は高いので、音を立てないよう注意する」

何とか答えを絞り出す。

「そう。実際このエリアにおいて、不意に立ててしまった音を早期にザイゴートに感知され、他のアラガミが集まってきて苦戦を強いられた、というケースは多々あるわ。視力については?」

「ええっと…比較的開けたエリアなので、目視される危険が高…そうです。出来るだけ身を隠して進まなくてはなりません」

「そうね。でも私たちが隠れる場所は多くなさそうね」

ぐっ、不十分だったか。もっとよく考えろ俺。

橘さんが続けて聞いてくる。

「隠れる場所がない。そしてザイゴートの聴力なら、例え後ろから近づいても、その音を感知される危険がある。なら…私たちはどうやって戦えばいい?」

頭の中がぐにゃりと歪んできた。ど、どうする。どうすればいい。と、とにかく…

「と、とにかくっ、素早く接近戦に持ち込んで、先手を、打つ…でしょうか?」

橘さんは苦笑する。くそ、違うのか。どうすればいいんだ。

「確かにそういう戦術にはなるわ。でもそれだと、こちらが攻撃を受ける危険性を除去することも、縮小することも出来ない。なら…何を足せばいい?」

た、足す?何を足すんだ?えっと、ええっと…

困っている俺を見かねたのだろう、橘さんが自身の神機を微かに動かす。スナイパー型の神機…あっ。

「早期に発見、前衛の接敵および後衛の射撃を開始。ターゲットに発砲音で発見されようとも、撃ち落として怯ませれば、その間に前衛は攻撃を受けることなく接敵できます。そして近距離と遠距離の攻撃を交互に加えることによって間断なく波状攻撃を実現、そのまま押し切るカタチを作れます」

頭に思い浮かんだことを一気に吐き切ると、橘さんは微笑んでくれた。

「はい、よく出来ました。それが本任務での戦術であり、またゴッドイーターの基本的な戦い方よ。前衛は後衛を守り、後衛は前衛をサポートする。足りないところを補い合うことで私たちは生き残ることができる」

安心したのか、口から一気に息が流れ出る。

「最も、これが簡単に実現できるのは小型のアラガミと戦う時だけで、中型ましてや大型を相手にするとそう上手くはいかないこともあるわ。それでもこの基本を頭に叩き込んでおかないと出撃すら許されないから、頑張って体得してね」

正解を口にして安堵したが、確かにそれだけではダメだ。実行できなければ意味がない。

「それじゃあ、行きましょうか。期待してるわよ?」

ドクンと、あらゆる意味で胸が高鳴った。落ち着け馬鹿者。

 

 

というブリーフィングを行ったのが約30分前。

俺は今、帰投中のヘリの中で『気をつけ』状態で立たされている。俺の右手には空になったデトックス剤。

結果として任務は成功した。しかし橘さんを怒らせた。

「は〜い。神代くん。まず行動を再確認しましょうね〜」

橘さんは笑顔だが明らかにその表情の下には鬼がいる。

はいっ、と自分でも驚くほど情けない声が出た。情けなさすぎて軽く鳥肌が立った。

まず、索敵だ。これは問題なかったのではないだろうか。俺が前で、橘さんが後ろ。音を立てることもなく、姿を隠せるところでは隠し、念入りに目視による索敵を行い、進行。その結果として、ザイゴートが俺たちを感知するより先に、こちらはヤツを視認できた。

「えぇ、まずは索敵は上出来。コウタ君とも任務に出たこともあるけど、彼よりも繊細に上手くやれたと思うわ」

ほんの少し優越感が…いやいやいや、待て。何を優越感に浸ろうとしているのだ。索敵が上手くできても、アラガミを上手く撃破できなければ意味がない。それに彼のような優しい人間に対して邪な優越感を抱くなど、やはり俺はどうかしている。コミュニケーション力では足元どころか比べることも失礼にあたるのに何を勘違いしているのだ俺は。

「さて、問題はその次からね」

橘さんが更にニコッと笑う。目が冷たい。もう嫌だ。

 

ターゲットの早期発見に成功した俺たちは手早く攻撃に移った。まずは橘さんの先制攻撃。凄まじい精密性と速射性だった。あっという間に築かれたレーザーの奔流。正直、俺はいらないんじゃないかと思った。

だが問題はここからだ。

ザイゴートが地に落ちる。ここが好機と俺はブレードで斬りまくった。その間に橘さんはリロードを行っていた。つまり無防備な、攻撃を受けたらひとたまりもない状態だ。

…言い訳は見苦しいが、そのことで俺はここで仕留めなくてはと思った。とにかく斬りまくった。何も考えずに斬りまくった。怯んだザイゴートが再び宙に浮かび上がっても、数撃の反撃を食らっても、追いかけ、飛んで、斬りまくった。

…スタミナ配分も気にせずに。

「トリガーハッピーって言葉があるけど、あれじゃブレードハッピーよ」

返す言葉もない。そんな資格は俺にはない。攻撃だけに気を取られスタミナ配分を忘れるなんて前衛として失格だ。

息が苦しいとは思った。しかし何とか仕留めなくてはという思いが先に立った。任務が終わった後で告げられたのだが、その時の橘さんはリロードを終え、ザイゴートに照準を合わせていたらしい。しかし、俺が執拗にターゲットにまとわりつくため誤射の危険性が高く、発砲できなかった。そうこうしている内に俺は急激な疲労を感じ、飛び上がっていたはずの足は痙攣を起こし、ブレードを振り回していた腕は強張って固まり、その隙をザイゴートが見逃すはずもなかった。

「正直、ゾッとしたわ。君がいきなり動けなくなって、しかもザイゴートの突撃で吹き飛ばされた時」

本当に橘さんに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。前衛が動けなくなった。これは後衛が壁を失い、危険に晒されたということ。基本戦術を崩壊させたということだ。現に俺を吹き飛ばしたザイゴートは、その後に橘さんへと向かってしまった。しかし橘さんは肉薄される前にターゲットを撃破。さすがだと思う。

俺はと言えば、撃破され地に落ちたザイゴートを『怯んで地に落ちただけ』と勘違いし、攻撃を加えた。しかも、橘さんに『下がってください!!』と厚かましくも指示を出しながらだ。きっとダメージを受けた際、体内へ打ち込まれた毒が判断を鈍らせ…いや、言い訳だ。あの時、もし橘さんが怪我を負ったとして、どんな言い訳が通用するだろうか。

全くもって俺は大馬鹿者だ。恥ずかしくて死にたい。いや、死ねばいいかも知れない。というか死ぬべきだ。こんな神機使いが生きていても単に周りの迷惑だ。ただでさえアラガミに植物が食い荒らされ、世界の酸素が多少なりとも減っているというのに、こんな人間が息をしていても良いものか。

「はい、何か考え事をしている神代クン。キミがやってしまったミスと改善点を言ってごらんなさい」

橘さんが優しげな笑顔で語りかけてくる。

ブリーフィングでは言葉に詰まったが、今回は詰まらない。自分の中で分析は完了している。

 

 

「まず攻撃に気を取られ、スタミナ配分を無視したことです。これに対する改善策は、自分にはスタミナがないということを自覚し、何手まで続けてブレードを振れるか日頃から確認しておくことです」

 

ゴッドイーターになったとはいえ、俺は昔から満足に食べられる生活になかったのだからスタミナは他の人よりもないはずだ。そのことを自覚せず突っ走った俺は本当に馬鹿だ。

 

よし。橘さんは笑顔だ。続けよう。

 

 

「また酸欠状態になりつつあったとはいえ、全体の戦況、仲間の状況を把握せず、後衛の射線上に居続けました。これに対する改善策は、全体を把握する、ということでしょうが私にはまだ出撃経験もなく、チームでの活動経験もありません。よって今後はとりあえず1つの射線上に居続けるのではなく、少しずつポジションを変えながら、後衛の射線を空けていく、というのが具体案です」

 

いきなりリンドウさんや橘さんの実力や経験に追いつくのは無理だ。全体を把握するなど俺のようなヒヨッコができることではない。ならば消極的ではあるが、ポジションを変更し続け、射線を空けていく。これで何とか後衛の射撃を邪魔しないようにするしかない。

 

ふむ。橘さんは相変わらずの笑顔だ。固まっているように見えるのが少し不思議だが…いや、これはきっと試されているのかも知れない。相手に無反応な兆しが見えど、自分の思いを伝えられるか、なるほどメンタル面での訓練なのか。よし、続けよう。

 

 

「また私の攻撃にも難がありました。正確な数は数えていませんが、怯んで地に落ちたターゲットに相当数の斬撃を加えたと思います。しかし仕留めきれませんでした。ザイゴートは空中に再び舞い上がり、体勢を立て直しました。そこから反撃覚悟で打って出ても仕留められませんでした。僕のような新兵が生意気を言いますが、兵は巧遅よりも拙速を尊ぶという言葉があります。しかしいくら速くても結果を出せなければ意味がありません。

そこでまずは、筋力アップを主眼としたトレーニングを重点的にこなし、攻撃力を上げます。その際にスタミナの向上も加えれば、重い攻撃を長い時間加え続けられることになるので可能な限り取り組みます。

また無闇やたらに斬るのではなく、アラガミの弱点や柔らかい部位を頭に叩き込み、そのためにツバキ教官や榊博士の座学について理解を深めると共に暗記して知識量を増やします」

 

これでもそれなりの訓練を積んでいる、そう俺は思っていたが全く勘違いも甚だしい。こんな程度では実戦に通用するものではなかったのだ。そうならば初の任務で死にかけたのも納得だ。これまで以上の修練を積まなければならない。リンドウさんや橘さんはどれくらいの訓練と場数を踏んだのだろう。いや、俺のしょうもない想像など絶するに違いない。

 

…橘さんは笑顔だ。…聞いてもらっているのか不安になる。と、ヘリのパイロットが何やらしつこい咳払いをしている。あまり体調が良くないのだろうか。それでも自分の任務を全うしているとは…本当に頭が下がる思いだ。

 

 

「最後に総括しますと、僕一人の行動で基本戦術が崩壊しました。全くもって許されないことです。ツバキ教官から1人のミスがチームを全滅に追いやることもあると言われながらも、知っていながらも、許されないミスを犯してしまいました。橘先輩にも危険が及びかねない状況でした。

今回は正直、九死に一生を得たような気持ちです。この任務を糧に、自分の日々の過ごし方を見つめ直し、改善に取り組み、アラガミに対抗できる人材になれるよう精進します」

 

よし、言い切った。かなり長くなってしまったが、自分の失態の度合いを考えればこれぐらいはいくだろう。自分のミスを洗いざらい出し尽くし、分析し、改善策を提示し、謙虚にこれからの展望を語る。我ながら少しはうまく出来ただろう。

 

 

「神代くん、座りましょうか」

変わらない笑顔で橘さんが告げる。なんだか、あまり良い予感がしないのは何故だ。何か足りなかったのだろうか…。

「神代くんーーー」

 

 

「そこに正座しなさいっ!!!」

 

 

橘さんの姿からは想像もできない怒声。俺は脊髄反射とも言えるスピードと無自覚さで床に正座した。鉄板が仕込んである長靴での正座は厳しいものであるが、仕方がない。

何が足りなかったのだろうか。

「さて、仕方がないから私が言うわね」

橘さんがこめかみを抑えながら話を始めた。何か、相当やらかしてしまったらしい。

「まず、あなたの一番のミスは、自分を見失ったことよ」

橘さんは真っ直ぐ、恐らく俺の目をじっと見ながらそう告げた。

自分を見失う…?

「確かに、あなたの言う失敗点と改善策は一応それらしくはあるわ。でも、私が言いたいこと、そしてあなたに分かってもらいたいのはそういうことじゃないの」

何なのだろうか…。正直、皆目見当がつかず、不安な心持ちになる。どうすれば、何を言えばいいのか。

「まず、あなた、シールド使った?」

シールド、神機のシールドか。…展開した覚えはない。いえ、と短く返答する。

「次に、ダメージを食らった後、回復剤を使用した?」

これにも、いえ、と返答する。

「毒を打ち込まれた時、デトックス剤を、それどころか毒をもらったってすぐに気づいた?」

やはり、いえ、と返答する。毒に気づいたのは戦闘終了後、橘さんに言われてからだ。

「何故もっと、自分を大切にしないの?」

自分を大切に…

その時ーーー心臓を抉られたようだった。

一瞬だけだが、本当に息が出来なくなった。ザイゴートの毒など目ではないというように。

「いえ、ごめんなさい。この言い方はあんまりね」

それに気づいたのか橘さんは申し訳なさそうな顔をした。いや、謝るのは俺の方だ。橘さんは何も悪いことなどないのに…。

「極論を言うとね。私はチームのみんなが、例えボロボロになってでも、生きて還って来れさえすればアラガミ討伐なんて失敗してもいいと思ってるの」

その一言は…マズい。捉えようによっては職務放棄、フェンリルに対する背信にも思われる。軍法会議にかけられてもおかしくない一言だ。が、その時、ヘリの操縦席から独り言のようなものが聞こえる。

「ん、何だかヘッドセットの調子が悪いなぁ。ザーザー音がなってて、外の声とか音とか聞こえにくいなぁ。支部の近くに着くまでこの調子かもしれないなぁ」

それを聞くと橘さんは、ありがと、と微笑んだ。

「リンドウもきっと同じようなことを考えてると思う。生きてさえすれば、なんでも出来るわ。倒せなかったアラガミにリベンジを誓うのも、その経験を他人に伝えるのも。だけど、死んでしまったら、終わり。もう何もできない」

確かにそうだ。そうなのだ。

だが、何かが心に引っかかって、取れない。腑に落ちない。

「神代くん…いえ、守人は自分のことが嫌い?」

苗字ではなく、名前を呼ばれ、ぐっと距離が縮まった気がする。その縮まった距離が、何とは無しに、落ち着かない気持ちにさせる。

「…たぶん、嫌いです」

辛うじて言葉を絞り出した。たぶん、どころではない。俺は俺が嫌いだ。

「だからあんな無茶な戦いをするのね。そして、自分で言うのもなんだけど、私の役に立とう立とうと力みすぎて、自分も周りも見えなくなる」

そう…なのだろう。きっと。

「あなたはあなたのために戦い、生きるべきよ」

その言葉にぞくっと肌が泡立ち、橘さんには申し訳ないのだが、どうしようもない吐き気がこみ上げる。

「自分にはそんな価値はないって言いたげね」

…アゴに思いっきり連続アッパーカットを食らったら、こんな気分になるのだろうか。

「それでは…それでは…仲間とは何なのでしょうか…」

そうだ。守らなくては、力にならなくては、役に立たなくては、仲間と一緒にいる意味がないではないか。

「そうね。難しい問いだけど…一つ言えるのは…」

橘さんは困ったような顔をしながら、それでも真っ直ぐに俺のことを見ながら告げる。

「依存する対象ではないわ」

……

………あぁ。ダメだ、やめてくれ。これ以上はやめてくれ。自分の存在を保てなくなる。

疑問が、疑問が、疑問が、大きくなりすぎて、俺の心臓を食い破ろうとしている。

見てはいけない。直視してはいけない。それを見た瞬間、俺はこの世に存在してはならなくなる。

「…はい、私から言えることはここまで。ごめんなさいね、説教くさく、そして暗くしちゃって」

謝らないでほしい。謝らなければいけないのは俺で、恥じなければいけないのも俺で、そう俺だ、俺がいけなーーー

「はい、良い子良い子」

頭に優しさが、目の前に笑顔が、耳に温もりが、『襲って』くる。

「やめてください。子供じゃないです」

頭を振り、目を逸らし、耳に透明な栓をして、心を守る。

「でも、嫌がってる風には見えないけど?」

ダメだ、そんなに優しくしないでください…そんなことをされては…

「…すみません…」

「いいえ。私こそ追い詰め過ぎちゃったわね」

「…すみません…」

「はい、良し良し」

 

 

 

 

この状態になってから10分くらい経っただろうか。

(リンドウの言う通り、手のかかりそうな、ボロボロの仔犬ね。狼なところは見えなかったけど)

ヘリのパイロットは、極東支部が見えてきた、と知らせるために後ろ振り返ると、噴き出しそうな表情を見せた。

神代はまさしくに子供のように、頭をサクヤの胸にもたれかかるようにして、寝てしまっていた。

サクヤは、しーっ、と言いたげに人差し指を口に当てて、苦笑交じりのウインクで応える。

それを受けたパイロットは、羨ましいねぇ、とイタズラっぽく呟いてハンドルを操作する。

ヘリは徐々に最短の飛行コースを外れ始めた。

 

まだほんの少し、安らぎの時間が続くようだ。

 

第5話 I have a calming times.〈了〉




お読みいただき、ありがとうございます。

遂にこの話だけで1万文字を突破しました。
もう、何というか、休み休みお読みください、って感じです。

そしてUAが1000を突破し、恐縮しっぱなしです。

僕の力不足により、各話のカラーにバラつきが見られたり
話が見えづらいところもありますが、少しでも面白い作品を書けるように精進します。

…正直、今回の話は、最近読んだモノの影響を受けているなぁと。
艦これの勘違い系提督のお話です。大変面白いのです。

さ、あとがきはこれぐらいにして、そろそろ失礼します。
これからもよろしくお願いします。
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