『何も持たない彼が、何かを掴むまで』   作:星見る物書き

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「これまでのお話」
外部居住区にて無為の日々を暮らしていた神代守人。
彼は神機使いとしての遺伝子的適性を見出され、ゴッドイーターになるが
訓練についていけず、初任務では死にかけ、
サクヤとの任務では完全に空回りの結果を残した。

そんな彼に対して、各々の考えが交錯する。


〈第6話 I have a confusion.〉

 

〈高く跳べっつてんだろう!!〉

訓練場にマイクを通して怒鳴り声が響く。

「はいっ!」

喉がカラカラに干からび、割れたようなかすれ声が出た。立ち上がり、神機を持ち直す。

正面にはオウガテイルの模擬ターゲット。攻撃パターンは尻尾をなぎ振るうだけに設定してある。

オウガテイルが身を半身によじった。来る、と思ったコンマ数秒後、右から迫り来る太い尻尾。今までで1番速い。豪快な風切り音が遅れて聴こえる。

「ーーーっく!」

跳ぶために膝を十分に曲げる時間はない。俺は少しだけ膝を曲げ、飛び上がり、膝を胸に抱くように足を引き上げる。まさしく空を薙ぐオウガテイルの尾。チャンスだ。ターゲットが体勢を戻す前に一撃を入れるっ。

と地に足がついた瞬間、

「いっつぅ!?」

両脚に激痛。殴られてもいない、切られてもいない。…脚がつった。

ヤバい。と思った瞬間、もう1度右から迫り来る尻尾。

警告音が鳴った。

〈神代守人、KIA判定〉

何度、同じことを聞いただろう。不甲斐ない、情けないと思いながらも、足が動かない。気持ちは前に進もうとしているが、体が反応しない。

〈神代、今日は終いだ〉

「まだ、やれますっ!」

そうだ。まだ、こんなところで止めるわけにはいかない。

〈上手く食われる訓練でもすんのか?〉

心にズキっと痛みが走った。

〈そうじゃねぇだろ?アラガミをブチのめして、こっちが食う訓練だろう?今日はもうこれ以上は無理だ〉

言葉は冷たいが、どこか温かみのある声で、百田ゲンさんは言った。

 

 

2週間前、サクヤさんとの任務を終えた直後、百田さんを俺の特別トレーナーにすると辞令があった。ツバキ教官の基本訓練にプラスして百田さんの特別訓練が行われる事になったのだ。

これで俺の1日は起床、座学、訓練、食事、訓練、食事、座学、入浴、睡眠、という流れになった。

プライベートな時間などほとんどないと言っても良い。

とはいえ、このご時世で如何にフェンリルとはいえタダ飯を喰わせるわけには行かないだろう。特にそれが、結果を出せていない新型ならば尚のこと。

それに暇にしていたって、自室でじぃっとすること以外、やる事やりたい事はないのだ。

 

「よぉ、お疲れさん」

更衣室で座り込んで汗を拭いていると、扉を開いて、大森さんがやって来た。その後ろからバーテルさん、更に百田さんが続く。

「お疲れ様で、つぅ!?」

立ち上がり、挨拶をしようとしたが両脚がビキッと痙攣して、またつった。

「お疲れ様でっつー、って面白いな」

大森さんは爽やかに笑うが、こちらは痛くて反応する余裕がない。

「座って足をこっちに伸ばせ。息を吐け」

バーテルさんがそう言って、俺の足を伸ばし、つっている太腿を軽く揉んでもらう。途端にビキビキビキと音を立てそうなぐらいに筋肉が強張る。

先輩の手を煩わせてしまい、申し訳ない限りだ。

「気にするな」

バーテルさんがポツリと言った。…たまに思うが、この人はエスパーなのだろうか。

「ったく、これ程度で足がつってたら戦場じゃ何も出来ねぇぞ」

百田さんは腕を組んで、やれやれといった風に首を横に振る。

全くもってその通り。言い訳も出来ない。

「はい、すみません」

俺は俯いて謝罪の言葉を述べる。

「これから2週間、ルーチンメニューの下半身ストレッチを多めにするぞ。後は走り込みの距離も伸ばす」

百田さんの言葉に大森さんがうへぇ、と音を上げた。自分のことではないのに優しい人だ。

「だが、代わりに跳躍系のトレーニングを軽めにする」

軽めに…?

「ん?なに不思議そうな顔してんだ」

百田さんはそう言ってククッと笑う。

「いえ、軽めに…ってどういうことかな、と」

「結果が出始めたっつてんだよ」

結果が…出始めた?

百田さんはニヤリと別の笑いを浮かべ、タブレット系の端末を取り出し、液晶画面を起動させる。が…

「えーと…データ結果…ん、これだったか?…パスワード?なんだったかな…あ、俺の誕生日かっ、と」

百田さんは情報端末という物が苦手だ。本人曰く子供の頃は慣れ親しんだものらしい。だがアラガミの跋扈により情報技術レベルが一時的に低下し、年単位で端末無しの生活を強いられ、また左腕が不自由になったこともあり、操作するのも億劫になったらしい。

「おいおいゲンさん。フェンリルの特別顧問なんだから頼むぜ。ってかパスワードが自分の誕生日はヤバいだろ」

半ば呆れ顔で注意をする大森さん。

「仕方ねぇだろ。オヤジがこんなもん無くても一人で生きていける男になれ、っつてガキの頃から触らせてくんなかったんだよ」

…あれ?この前聞いた話と違う?

バーテルさんは喉の奥でククっと笑っている。

「…あーダメだ。タツミ、やってくれ」

口をへの字に曲げてタブレットを放り出す百田さん。大森さんは、はいはいっと苦笑いしながらそれを受け取り、リズム良く操作する。手早く、これだろ?と大森さんはタブレット端末を百田さんに返す。

「おお、それだそれだ。神代、見てみろ」

申し訳ないが百田さんには不釣り合いな最新鋭のタブレットPC、その画面に数字やらグラフやらが映し出されている。

「えーと、今回相手にしたオウガテイルが80体。尾っぽの攻撃は273回。その内、お前が完全に避けたのは182 回。その後に撃破したの35体だ。まだ一人前とは言えねぇ成績だが、2週間前より格段にマシだ」

2週間前、相手に出来たオウガテイルは30体程度だった。それを考えれ倍以上の成果なのだが、未だ回避率は6割程度だ。撃破率は半分以下。百田さんの言う通り、1人前には遠く及ばない。

「守人、そう暗い顔しないで明るく前向けよ」

大森さんの明るい声で気を遣ってくれるだが、それが何だか申し訳もなく思えた。

「はい、すみません」

「お前は謝りすぎだ」

バーテルさんが俺の脚をグッグッと押しながら短く言った。

まったく。俺という人間はどうしてこんなにも周りの手を煩わせるのだろうか。

「今後、お前さんの課題は力加減と感情のコントロールだ。神機も身体も力でムリヤリ動かそうとする。そんで変に熱くなって、初っ端からアクセル全開、防御なんて知ったこちゃねぇ、とにかく突っ込んでブチのめす。だからそうやって両脚をつって動けなくなる」

ぐぅの音も出ない。自分の不甲斐なさに恥ずかしくなるばかりだ。

「ま、テメェが死なねぇように、みっちり鍛えてやるよ。せっかくの新型だからな」

ゲンさんは俺の肩をポンと叩き、快活に笑うが…俺の中で新型という言葉が心のどこかに引っかかった。

「こんなものか。脚はどうだ?」

バーテルさんが俺の脚から手を離す。

うん、痛みから解放されていつも通りの感覚だ。

「すみません、バーテルさん」

「だからお前は謝りすぎだ」

すみません、とまた言いかけ俺はその言葉を胸に引っ込める。

「さってと、ゲンさんのスパルタトレーニングも終わったことだし、メシでも食いに行こうぜ」

激しいトレーニング後のあの食事。正直俺はそんなに気が進まないのだが、大森さんの爽やかな笑顔を見ると、俺は断れなくなる。

「はい。では食堂で。…ただ、あの、もしかして今日も」

「おう!3人前な!」

 

 

フェンリル極東支部の食堂。

昼時を過ぎているため、人はまばらで、席も机もたくさん空いていてのんびりとした雰囲気だ。

しかし、大森さんとバーテルさんと俺が座っている一角はそうではない。

長方形に長い机、その上には異様な器が3つ。

「神代。ゴッドイーターは食べるのも仕事だからな。しっかり食えよ」

ラーメンというものを模した料理を啜る大森さん。その器は洗面器のような大きさだ。

「お前は体が細いからな。戦場に出る上で良いことではないぞ」

マカロニをひたすらフォークで刺して口に運ぶバーテルさん。俺の顔を並べたら、すっかり隠れてしまいそうな盛り具合だ。

「はい、すみま…頑張ります」

俺はひたすら山盛りのジャイアントトウモロコシを口に入れて、噛み砕き、飲み込む。

15分間ずっとそうしているために、味はよく分からなくなってきた。いや元から味なんて無かったか。ちなみに俺が食べている量は3人前。大森さんとバーテルさんは4人前だ。

通常、ここまでの分量は提供されないのだが、防衛班としての活躍が目覚ましい2人は報酬を片っ端から食事に充てているらしい。俺はそのおこぼれに預かっている形だ。

「にしても、この支部のメシ事情、もっと良くならねぇかなぁ。食事は栄養を補給するだけじゃねぇんだから。この麺、ゴムみてぇな歯応えだし」

いやこの量だけで相当な贅沢だ、と俺はスラムにいた頃を思い出した。

「そう言うな。どこの支部も似たようなものだ。最近は改善のために生産施設の開発も着手されたと聞く。それだけで大きな前進だろう」

どうやら食糧生産のため、ファームという施設が極東支部内で開発が進んでいるらしい。うまく行けば外部居住区の食糧事情も改善出来るのだという。なるほど、人はアラガミから守ってもらっても、飢えれば死ぬ。アラガミと飢餓の脅威を取り除くことで、フェンリルは自身の影響力をますます拡大したいのだろう。

「ん、神代。手が止まってるぞー」

「残すことは許さんぞ」

「…了解です」

ゴッドイーターなら吐くまで食べろ。吐いたらまた食べろ、と真顔で大森さんに言われたこと、そしてその迫力を思い出し、俺は何とか手と口を動かす。

「んぐ。っでほ、神代も神機の扱いに慣れてひたよな」

麺を咀嚼しながら喋る大森さん。…ちょっと、食べるか話すか、どちらかにして欲しかったりする。

バーテルさんも同じことを思ったらしく、注意された大森さんは悪い悪いと例の憎めない笑顔で言うとコップの水を飲み干す。

「ちょっと前までは、まんま神機に振り回されてたのにな」

「いえ、僕なんてまだまだ下手で、戦場じゃ役に立たないですよ…」

「そのネガティブ思考も治れば更に良いんだけどなぁ」

大森さんは耳の痛いことを溌剌と言ってのける。

「タツミ。デリカシーがないぞ。そんな風だからヒバリからも相手にされないんじゃないか?」

「んなっ!?今、ヒバリちゃんは関係ないだろ!っていうか、暗い顔と暗い声で、おまぇぇネガティブだよなぁぁ、とか言ったらシャレになんないだろ!」

一応気遣ってもらっていたらしい。…相手にされていない、という言葉を否定しなかったのが個人的には気になるが。

「とはいえ、確かに以前と比べれば明らかに上達している。神代、自信は持てなくても訓練は裏切らないからな」

本当にこの2人は優しい。

百田さんの特別トレーニングが始まって数日後、2人は何となく気になるという理由で俺の訓練を見に来ていた。その時俺は彼らの事を、食堂であり得ない量を食べる防衛班のエースたち、としか思っていなかったので、失礼な話だが、気に留めないようにした。…気にしてしまうと、他人の前で良く見せよう上手いことやろう、という心理に陥るからだ。

そうなると訓練に集中できない…と思いつつ結果は散々だったのだが。

そして訓練終わりの俺は半ば引きずられるように食堂へ連れて行かれた。俺の前に出されたのは今日と変わらない量のレーション。3人でガツガツと食べながら、訓練時の改善点を教えてもらった。それからというもの、2人が出撃しない日は毎回この流れになっている。

「でもゲンさんの言う通り力でなんとかやり過ぎだな。それだとアサルトやブレードを振った時に剣筋が安定しないぜ?」

「バスターの場合だと力みすぎてハズす可能性が高い。また全種に共通して言えるのはリズムある攻撃を繰り出しにくい」

訓練で披露した体に食事を詰め込み、こうして戦闘理論を教えてくれる。俺の成績が向上した理由に俺みたいなやつの努力だけじゃなくて、周囲の人たちのお陰でもある。

「なるほど…ですね。でも、力を抜くというのがよく分からなくて…」

2人はそうだなぁと食事の手を止めると、あれやこれやと自分の知識と経験を教えてくれる。

この人たちのためにも何とか結果を出さねば…。

 

 

「あ、神代さん」

ロビーを歩いているとカウンターの向こうにいる女性に呼び止められる。オペレーターの竹田ヒバリさんだ。明るい茶色の髪を2つに分けて下げ、大きくパッチリとした目と人懐こそうな笑顔の持ち主。確かに大森さんが気にかけるのも分かる美人だ。

彼女は出撃任務の受発注を管理し、出撃後は無線を通してゴッドイーターのサポートを行っている。オペレーターとしてのキャリアは中々長いらしく、神機使いが戦いに集中できるのも彼女のオペレーションがあるからだという。…俺はそう断言できるほど多くは出撃していない。

「何ですか?」

近づいて用を聞くと、彼女はカタカタとキーボードを叩く。

「本日の夜、極東支部から通達があるそうです。恐らく…」

任務だろう。ここ2週間は俺への出撃命令はなく、訓練ばかりだった。そろそろ働けということか。…初出撃はオウガテイル相手に死にかけ、2度目の出撃は自分を見失った末に橘さんから死にたくなるような注意を受け…今度は一体どんなことが起こるのだろうか…

「あの…神代さん…顔が…」

いけない。こんな辛気臭い顔になっているようだ。それでは心配されるだけ。無理矢理にでも笑うんだ。そう、それこそ、まさしく大森さんのように爽やかに、

「大丈夫だよ、ヒバリつぁん」

噛んだ。

「………」

「………」

「…あのぉ、えと…目が笑ってないです…よ?」

……

………

ダメだもうイヤだ恥ずかしい死にたい何で大森さんみたいにやれると思ったんだこのバカ畜生どアホてめぇなんかが何軽い口を

「えっと、タツミさんの真似ですか?」

しかも見破られてるしその明るくてぎこちない笑顔が更に俺の心をえぐってくるってかもう終わりだここで生きていけないそうだ最初から

「あの、その…あまり思いつめないでください、ね?戦場に出て命の危険に晒されるのは、その…恐ろしいことだと思いますけど、でも…そうなんだと、思います」

「…え、えと…?」

しまった。ウダウダ考えてて竹田さんの言葉をしっかり聞いていなかった。

「戦場が怖い、というのは正常な感覚ではないかな、と」

怖いことが…正常。

さてどうなのだろうか。少なくとも俺が知っているゴッドイーター達は恐れを抱いているようには見えない。それに一部の人は、金のためとはいえ、自分から進んで出撃しているよう見える。それに対して俺は…出来れば戦場に出たくないと考えている。

こちらをじっと見ている竹田さん。何か返事をしなくては。

「なるほど…ですね。でも神機使いですから、しかも新型の。働かなきゃダメですよ」

…そう、俺は神機使いなのだ。俺の意思がどうであろうと、フェンリルが俺の弱腰を汲み取ってくれることはない。

「確かにそうですけど。でも、あまり思いつめないようにしてくださいね。自分に換えなんてないんですから」

換え、か。確かにないだろう。俺のような、存在意義の証明に困るような人間は。そしてそれは果たして、この世にいても良い人間なのだろうか。

また俺の顔が辛気臭くなっていたのだろう、ヒバリさんが慌てるように口を開く。

「ごめんなさい、暗くしちゃって」

「い、いえいえ、暗くしちゃうのは俺の特技っていうか、いや特技なんかじゃないですよねー」

あははは、と笑ってみせる。

なんだか非常に気まずい。適当に話を切り上げて、自室に戻ろうかと思っていると、

「ふぇぇぇ、ヒバリさーん」

可愛らしく泣きそうな声がした。俺とヒバリさんの間に、綺麗なピンク色の髪が色鮮やかにダダダッと飛び込んでくる。それを見てヒバリさんは微笑む。

「あ、カノンさん。お帰りなさい」

台場カノンさん。つややかなピンク色の髪と、この極東支部には珍しく、肩ぐらいしか露出のない服が特徴的な女性。所属は第2部隊。泣いているということは…

「わたし、わたし、今日も誤射しちゃってっ、うえぇぇぇぇん」

誤射姫。それが彼女のあだ名だ。前に出るゴッドイーターを後ろからことごとく吹っ飛ばすらしい。やっぱり俺は体験したことがないが。しかし、彼女と任務に同行する場合は遺書を書いていけとか、後ろに目をつけてないと死ぬぞ、とか色々な忠告は聞いている。そこまで酷いのなら支部も出撃を控えさせると思うのだが。俺のように。

「はい、まずはこれでお顔を拭いて、落ち着いてください」

薄いピンクのハンカチを差し出す竹田さん。…こういう気遣いが出来ると周りから人気を得られるのだろうか。

「うぅ、ぐすっぐすっ、ありがとうございます」

ハンカチで目元を拭う台場さん。完全に泣いている。何だか見るのが忍びなくなってきた。

「シュンさんやカレルさんに怒られましたか?」

ヒバリさんは優しく頭を撫でながら慈しむような声をカノンさんを慰める。

「はい…。このバカノン、お前と出撃すると死にかけるんだよとか、敵は前じゃなくて後ろだなとか、色んな事を言われちゃいました…」

小川さんとシュナイダーさん。俺もあの2人はあまり好きではない。金を儲けるためにアラガミを狩るのは自由だが、あまりにも自己中心的そして上から目線の物言いばかりする。正直、一緒に組みたくない人種だ。

「あの2人もイヤな事を言いますね…。でも、皆さん無事に帰ってきたんですから、まずはそれを喜びましょう?」

「うっ、うっ、でも…もうお前とは組みたくないって、お前がいない方が任務がはかどるって…」

「まず、任務がはかどるじゃなくて、心の内ではお金儲けがはかどるって思ってるでしょうね」

鋭い指摘だ。自然と顔を頷かせてしまう。

「神機使いの皆さんが報酬をより多く得ようとすることに別に構わないと思いますが、それは一般の方々を救う、それが前提のことです。防衛班なら尚更」

確かにそうだ。極めて正論である。

「少し厳しいようですがカノンさんの命中率は高いとは言えません。でも例え外したとしても、カノンさんはめげずにもう1回!と引き金を引くでしょう?それはアラガミの脅威から皆さんを救うために果敢に行動を起こしている、何よりの証拠だと私は思います」

「そんな、私は…そんな大したことは…」

「では、この極東に住んでいる方をアラガミから守ろうと考えてない、と?」

「い、いえ!私なんかにできることだったら是非、というか絶対に…」

「ふふっ。少し意地悪な質問をしましたね。ごめんなさい。カノンさん、皆が皆、最初から大したことが出来る訳ではありません。例え思うような事が出来なくても、志高くアラガミに挑むカノンさんの姿勢、それは誰も否定することが出来ないと思いますよ?」

竹田さんは台場さんの両頬を手で包む。台場さんは目を閉じて、流れていた涙を拭う。

と、竹田さんが俺の方に視線を配り、微笑んできた。

…な、なんか言えということか?いや、先の優しい言葉の後に、俺なんかが何を言えたものか。だが、竹田さんは何かを伝えたいかのように、俺の方を見てくる。う、うぅ…

「その、あまり気落ちしないすることはないかと…」

その時、台場さんの体がビクッと震える。

な、なにかマズいことを言っただろうか?

「ふぇ!?あの、か、神代さん、ですか!?いいい、いつからそこに!?」

「いや、最初から…」

もしかして気づいていなかったのか?

「わ、わわわぁぁぁぁ!す、すみません!お見苦しいところをお見せして!」

「い、いえいえ、むしろ空気を読んで席を外さなかった俺の方が悪いので!」

「いえいえいえいえ、私、周りが見えてなくてとにかくヒバリさんに慰めてもらおうと思って、突っ込んじゃいましたから、元は私が」

「いえいえいえいえいえ!なんというか、もう俺が悪いというか!」

我ながら不毛な争いだ。

ヒバリさんが両手をパンと叩き、会話の終止符を打つ。

「はい。ネガティブの応酬はそこまでにしておきましょうね。カノンさん、少し元気は出ました?」

「は、はい。やっぱりヒバリさんに相談して正解でした」

「それは何よりです」

ニコリと明るく笑う、2人の女性。

「あ、ヒバリさん。私、またクッキー焼いたんですけど、相談のお礼にいかがですか?神代さんもご一緒に!」

「そうなんですか?カノンさんのクッキーいつも美味しくて、私好きです!もう少しで休憩に入りますから是非!」

竹田さんの顔が一層明るくなる。熟練オペレーターとはいえ、やはり10代の女性なのだ。

「じゃあ、お茶も3つ用意しておきますね!」

「あ、あの、すみません。俺は…」

俺がそういうと2人の顔は一瞬キョトンとする。先まで明るい笑顔だったので、罪悪感を感じる。

「神代さん。カノンさんのクッキー、美味しいですから遠慮せずに」

「は、はい。私、射撃の腕は悪くても、お菓子作りの腕には自信があるんです!」

2人の誘いは嬉しい。だが俺には、先の竹田さんの慰めに少し引っかかるところがあった。間違っているとか、甘いとか、そういうことを感じているのではない。しかし心にモヤがかかったようで、少し1人で整理したい。

「いえ、まだ雨宮教官と百田さんから出された宿題が済んでいなくて…今日中にやっておかないと、明日ヒドイ目に…」

あはは、と作り笑いを浮かべる。ヘラヘラ笑いながら嘘をつくあたり、俺は本当に嫌な人間だ。オペレーターといっても、個人の訓練スケジュールまでは把握してないだろうから、バレないとは思うが。

「そうですか…」

「残念です…」

残念そうな2人。そんな顔をさせた事にほとほと呆れる。

「それでは。竹田さん、ありがとうございました。台場さんもあまり気落ちせずに」

そう言って俺はそそくさと立ち去ろうとする。そこへ

「あ、か、神代さん!」

台場さんの声が俺を引き止める。

「なんですか?」

「いえ。最近、神代さん、猛訓練を積んでるって聞いて、すごいなっていうか大変なんだなっていうか…」

…む、む?あまり話が見えてこない。

「で、その…もしお邪魔じゃなかったら…射撃訓練の時、私もご一緒していいですか!?」

一緒に訓練を受けよう、ということか。

「…んと、俺と一緒にするよりコウタの方が身になりますよ。神機のタイプもありますし」

「いえ、逆にちょうど良いと思いますよ?」

まさかの竹田さんの言葉。

「新型の神機は遠近どちらも対応出来ますから、射撃を競うことも、2人で実戦に近い陣形でシミュレーションを行うことも出来ますし」

確かにそうだが…俺なんかとやって、身になるものがあるだろうか?

その一方で台場さんの顔は明るい。

「なるほど!どうですか、神代さん!」

「…分かりました。僕なんかで良ければ」

「ありがとうございます!頑張りましょうね!あ、私のスケジュールは後で送りますね!」

輝かしいほどの笑顔。本当に良いのだろうか。そう思って俺は曖昧な笑みで返すと、隠れるようにロビーを後にした。

 

 

ヒバリは神代の姿が消えるのを待って、カノンに親指を立てた。

「グッドです。カノンさん」

「へ?何がですか?」

当のカノンはよく分かっていないようだ。

「いえ、神代さんと一緒に訓練をするって、良い案だと思います」

「そ、そうなんですか?」

戸惑いつつも、はにかむカノン。

ヒバリは神代のこと前から気にかけていた。こう言うと異性として意識しているようだが、神機使いとして、だ。あまりにも通常の神機使いとかけ離れた弱々しいメンタル。それは容易に彼の死を連想させる。初出撃の時だって、そこのベンチでうな垂れるようにして座り込み、リンドウさんが何とかケアしようと奮闘していた。

彼の心を軟弱だと言って切り捨てることはしない。彼は間違いなく、泳げるようにといって海に突き落とせば、そのまま溺れ死ぬタイプだ。まず、彼の自尊心をケアする必要がある。

先ほど、カノンにかけた慰めの言葉。実はあれは神代にも向けて言っていたのだが…果たして伝わっただろうか…。

「あ、私、お菓子の準備してきますね」

「はい。ご馳走になります」

カノンは笑顔で手を振ると、階段を駆け上がっていく。

予想はしていなかったが、カノンが一緒に訓練を受けたいと言ったのは本当に良い案だとヒバリは思う。神代はそのメンタルも問題だが、あまりに人との接触を避けている。随分前に、タツミやブレンダンと彼について話し、何とか関わりを持ってみようと思わなかったら、今でも彼はこの支部で幽霊のような存在になっていただろう。

ただ…不可解なのは、この出撃任務の少なさだ。同時期に入隊した藤木コウタは既に幾度も出撃している。貴重な新型とはいえ、あまりにも飼い殺しが過ぎるのではないか。それに訓練もほとんど1人きりで、タツミとブレンダンが見学するのもスムーズに許可が下りなかったようだ。カノンはその2人の先例があるから、いくらか早く許可は下りるだろうが…

と、通知音が鳴る。ヒバリは何かと思ってコンソールを叩き、その通知を開く。そして内容を見た彼女はこめかみに手を当てる。

神代が「自主的に」訓練場の利用申請を出したようだ。「今から」使うらしい。

もしかして逆に追い詰める言葉だったかなと、ヒバリは目を閉じながら思案した。

 

 

「ふむ、徐々に成果は出つつあるようだね」

榊は自室のディスプレイに表示された、神代の訓練成績を見て呟いた。

「はい。まだ1人前とは言えませんが、後方支援の補佐なら問題ないレベルです」

ツバキは右手に幾つかの資料を抱え、直立不動のまま言った。

榊はディスプレイから目を離し、眼鏡を抑えながらツバキに質問する。

「順調だね。ただ…私は現場の人間ではないからよく分からないのだが、この成長スピードはキミから見てどうなんだい?」

「…正直に言えば、意外な成長速度です。まだ1人前ではないとは言え、最初期の頃から比べれば彼の実力は格段に飛躍しています」

「キミと百田特別顧問のお陰だろうね。後は回数こそ少ないが、戦場での経験も彼の中で活きているのかな」

「それに付随して神代自身が、熱心に訓練に取り組んでいることも要因の1つだと思われます」

ツバキの顔に幾分かの晴れやかさがある。それは自分の教練の結果が出ていることもあるだろうが、何より神代の実力が向上していること自体に喜ばしさを感じているからだろう。

「ところで…例の反応は見られたかい?」

「いえ。異常な点は見当たりません」

例の反応。初出撃時に確認された、突発的なバースト状態への移行とそれと同時に劇的に向上したパフォーマンスのことだ。

「ふむ…ハードな訓練とはいえ、何かしら強度のストレスを与える事で何か反応が見えるかと思ったけど、そう簡単ではないみたいだね」

まるでモルモットに対する感想だ。榊のこういったところに嫌悪感を示す人間は少なからずいる。だが長い付き合いであるツバキにとっては慣れた悪癖だ。

「そのための、今回の出撃ですか」

「まぁ、言い出したのはヨハンだけどね」

本日中に、神代へ発行される任務。旧発電所エリアでのアラガミ討伐。ターゲットはオウガテイルのみが確認されている。そして同行者は、ソーマ・シックザールとエリック・デア・フォーゲルヴァイデの2人。

「ヨハン曰く、これまでより彼に負担がかかる任務なるだろう、とのことさ」

どこか他人事の口ぶりでいう榊にツバキは頷いた。

「はい。両名ともサポートタイプのゴッドイーターではありません。リンドウ、サクヤが支援してくれた前ミッションに比べ、彼が自律的に役割を把握し、行動することが必要とされるでしょう」

「つまり…これまでより、命の危険に晒される可能性が高いということかな」

「その通りです」

そしてそれが狙いなのだろう。あの時の神代は命の危険に晒されてその特異な性質を露わにした。そしてこの2週間、たとえハードでも命の保証はされている、訓練漬けの神代はそれを露わにすることはなかった。彼が死に直面するかどうかがトリガーなのではないかと、榊博士そしてシックザール支部長は考えているのだろう。

「彼に出撃前と帰還後に、私の所へ来てメディカルチェックを受けるように伝えておいてくれないかい?」

榊はツバキから目線を外し、コンソールを叩きながら言った。

「了解しました」

ツバキは内心につっかえているものを冷静に腑に落とすと、敬礼して榊のラボを後にした。

 

 

ビュン、と鋭い風切り音。

(皆が皆、最初から大したことが出来る訳ではありません)

ダン、と床を踏みしめる音。

(例え思うような事が出来なくても、)

無音。身体が宙に浮き、ブレードを背中に負うようにして構える。

(志高くアラガミに挑むカノンさんの姿勢、それは誰も否定することは出来ないと思いますよ?)

ブォン、と空気を叩きつけるような音がして、俺は床に立った。

先から反芻しているのはヒバリさんの言葉。

まさしくそうだと思う。その通りだと思う。これに対して反論する気はない。

しかし…論理のすり替えではないかと、思ってしまう。

台場さんが悩んでいるのは誤射率の高さだ。それを論じず、努力する姿勢は素晴らしいと褒める。…1歩も進めていないではないか。

いや、ヒバリさんを非難したいワケではない。むしろあの状態で誤射率云々を言えば、余計に台場さんが落ち込んでしまう可能性もある。まずは励まして顔を上げさせる。オペレーターとしてさすがのメンタルケアだ。しかし…

ブレードを力一杯、横に薙ぐ。太い風切り音が訓練場に響く。

「…結果だ」

ポツリと独りでにこぼれ落ちた言葉。

そう、結果を出さなければ意味がない。

努力そのものがアラガミから何を守ってくれる?

神機使いだという誇りがアラガミの体を引き裂くのか?

新型という肩書きがアラガミの体を貫くのか?

違う。

努力ではない。努力の中で培われた実力だ。

誇りではない。誇りをかけて育んだ力だ。

肩書きではない。肩書きが生まれるような結果だ。

すぅっと息を深く吸い、止める。

神機を握り直す。神機を構え直す。前を見据えた。

目標は…30秒。

 

 

激しい暴風が吹き荒れる。

どこか寂しさを孕んだ音だった。

 

 

第6話 I have a confusion. 〈了〉

 




大変長らくお待たせいたしました。

仕事が忙しかったこともありましたが
ぶっちゃけ、神代くんを頭の中で動かしづらかったというのが、今回の遅れです。

なんつーか、周りを動かさないと、この子動かない、動けない…(苦笑)

どんだけ手がかかるんだよってか訓練デートだーって喜んでりゃいいじゃん!とか多大にツッコミを入れながら執筆しておりました。

次回は例の任務ですね。
さぁ、エリックはどうなるのか!え?神代くん?…なんとかなるんじゃね?
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