コロニー「アーヴィン」を目指し、アブディエルは航海を進めるが、道中で今のところはマッドーナ工房で全滅させたマーロッソファミリーからの更なる報復も無く、連邦軍やヴェイガンとも遭遇することなく安全な航海が続いている。
「周囲に敵影は無しと……久しぶりに穏やかな航海だね」
「アルフ、平和だからってサボってんなよ」
「クライドじゃないんだからんな事はしないって」
アルフレッドが周囲を索敵して、敵影も確認出来ないが先の戦いでのマーロッソファミリーの戦力はどう見ても、本隊ではないため先での戦闘での報復がいつあってもおかしくはない。
クライド達の見解では、マーロッソファミリーはウィンターガーデンでの戦いはクライド達の奇襲が成功したために少数の戦力でも作戦が遂行出来、自分達を過小評価した結果、あの程度の戦力を差し向けたと考えている。
だが、マーロッソファミリーの思惑とは裏腹に送った部隊はクライド達によって全滅させられている。
ウィンターガーデンで奇襲を受け、更には仕掛けて全滅した以上、これ以上の敗北はマーロッソファミリーのメンツにも関わって来る為、次に戦力を投入する場合はそれ以上の戦力か最悪全戦力を投入する可能性も考えられる。
「俺はたまにしかサボって無い」
「たまにはサボってんだ……」
「そんなことよりも頼んだぞ。シャル、アリス」
クライドは周囲の偵察に出るシャルルとアリスにそう言う。
「了解しました」
「ついでにGレックスの操縦にも慣れて来る」
シャルルとアリスはそう言いアブディエルを出撃し周囲に敵がいないかの偵察に向かう。
「さてと……後は二人が戻るまで時間があるから、そろそろ話してくれても良いんじゃないかな? クライド、エリーゼ」
偵察の二機が出たことで二人からの報告があるまでは、ある程度は時間が出来た為、アルフレッドが切り出す。
「何をだ?」
「君達……特にエリーゼがアーヴィン方面に行きたくない理由をさ……僕達には知る権利くらいあると思うんだよね」
今までアブディエルの航海プランにはアーヴィン方向への航海がなかったのはクライドとエリーゼが何らかの因縁があって、その方面に向かうのを避けていた節があり、場合によっては今回の航海に大きな影響を及ぼす可能性がある。
そのため、その因縁をクライドとエリーゼの秘密にされているよりも、皆に話して公然の事にしておけば、有事にそれぞれが自分の判断で動くことが出来るが、それを知らなければ動いた結果、更に自体が悪い方向に進む恐れが出て来る。
本来ならクルーの過去を詮索することは暗黙の了解でタブーとされているが、今回ばかりはそうは言ってられない。
「仕方がないな……ブランシャール運送って知ってるよな?」
「確か……コロニー間の運送会社だったよね……ブランシャール?」
クライドの言うブランシャール運送と言うのはアーヴィンの本社を持つ運送会社である。
元々、各コロニー間は交流も少なく他のコロニーの事には無関心なことが多く、ヴェイガンが現れてから特にヴェイガンの襲撃を恐れて他のコロニーに移動することが少なくなっている。
だが、そのブランシャール運送は各コロニー間の運送を引き受けており、運送業界ではコロニー間の運送を引き受ける唯一の民間企業とされている程だ。
それ故にブランシャール運送は各コロニーに対して強い影響力を持っているとされている。
アルフレッドはクライドの言う運送会社の事を思い出しているとある事に気がつく。
「そうそれ……俺さそこの社長令嬢を誘拐したことになってんだよな」
クライドはあっさりそう言うとブリッジの空気が一瞬凍りついた。
ブリッジクルーの中でクライドと社長令嬢の誘拐が結びつかない。
アブディエルのクルーの大半はクライドのスカウトだが、無理強いをされた訳じゃない。
幾ら、有能な人材であろうとも、無理やりに戦わせたところで役に立たないと言う事で皆が自分の意思でクライドの下で戦う道を選んでいる。
そんなクライドが誘拐をしているとは到底信じがたいが、クライドはそれを否定しない。
「その社長令嬢って……まさか……」
それと同時に社長令嬢、ブランシャール運送から更に驚くべき事実が浮かびあがって来る。
クライドは社長令嬢を誘拐したと言い、アルフレッド達はその社長令嬢と思われる人物とはあったことがないが、ブランシャール運送は社長のファミリーネームから取っていると言われている。
そして、この艦にも同じファミリーネームを持つ者がいる。
「私よ」
エリーゼも隠すことなくそう言う。
アルフレッドを始めとしたブリッジクルーは至った答えはクライドが誘拐した社長令嬢=エリーゼと言う図式だ。
「どういう事だい?クライドがエリーゼを誘拐したって……」
一同の疑問を代表してアルフレッドがクライド達に尋ねる。
どう考えてもエリーゼがクライドに誘拐されたようには見えない。
誘拐されたのなら、幾らでも逃げるチャンスはあった筈だし、エリーゼはアブディエルで指揮まで取っている名実ともにパラダイスロストのナンバー2である事は明白だった。
脅されている様子も無く、寧ろクライドとエリーゼは恋人同士でどう考えても誘拐犯と誘拐された相手とは結びつきがつかない。
「いろいろ合ったのよ。そして、私達は駆け落ちしたのよね」
「駆け落ちって何……?」
「愛し合っていても一緒になれない二人が一緒になる為に逃避行をすることよ。ユーリア」
「そうなの?」
ユーリアはクライドにそう言うがクライドは速攻で否定する。
クライドからすれば、エリーゼの言う事は全面的に否定したい。
「んな訳あるか、全部エリーゼのせいだろうが!」
「あら、全てを私のせいにするの?」
「あれは全て、全部、間違いなく、どう考えてもエリーゼのせいだ。俺は完全にエリーゼの被害者だ」
クライドとエリーゼの話がかみ合っていないため、クルー達はイマイチどういう事なのか掴めない。
「話がさっぱりだぜ。アニキ、姐御……」
「仕方がないあれは……5年前の事だ……」
このままではありもしないことを事実とされてしまう為に、クライドは少し恥ずかしいが当時の出来ごとを話そうとする。
エリーゼと出会ったあの時の出来ごとを……
――――AG110年
UEのオーヴァン襲撃から二年の月日が経っていた。
あの襲撃の時にアリスに連れられてオーヴァンから非難する貨物船に紛れ込んだ二人は、そのままコロニー「アーヴィン」まで運ばれた。
アーヴィンは別名「学園コロニー」と称され、その名の通りコロニーの住人の5割が学生、教師、学園関係者で締められている。
コロニー内には巨大な学校が立てられており、そこで日々学生達が勉学に励んでいる。
その学校の一室でクライドも工学科の学生として在籍していた。
このコロニーに来てすぐにアリスがどうやったのか、すぐに住む部屋を用意し生活に困らないだけの金も用意した。
元から愛想以外は完璧なメイドのアリスだが、それ以外の分野でも完璧にこなせることが判明していた。
そのお陰でこの二年間でクライドは大した苦労も無く、このコロニーでMS開発に必要な知識を学ぶことに専念出来た。
あの日から二年の月日が経ちクライドは16歳となっていた。
母親譲りの茶色い髪はボサボサになっており、年頃の少年の様な髪型に気を使っている様子はまるでない。
少しでも知識を得ようと様々な資料などを毎日のように読みふけっていた為、視力は落ち、黒ぶち眼鏡をかけている。
教室で授業を受けているクライドは教師の言葉に耳を傾けることなく、机にうつ伏せになって熟睡している。
授業はMS工学だが、授業の内容はクライドはすでに数年前にアスノ家にて学んでおり教科書の内容など、すでに丸暗記し完全に理解している。
教師の授業も教科書をなぞるだけで、最初の数回の授業は真面目に受けていたが、教科書通りの授業など受ける価値がないと判断して授業は睡眠の時間に当てている。
授業が終わると学生は皆放課後に遊びに行く相談などをしながら、ポツポツと教室を出て行くが、クライドは授業が終わってすぐに起きては教室を飛び出す。
そして、行く先は学園の中の図書館だ。
この時代にはさほど多くない紙媒体の本をこのコロニーでは様々な分野の専門書を大量に保存している。
この図書館は学生以外でも利用が出来る為、クライドはこの二年間で毎日図書館を訪れては図書館の本を読み漁っている。
そのため、図書館の司書からは顔を覚えられているし、クライドも図書館の膨大な量の本の位置を全て把握していた。
図書館に入ると半ばクライドの指定席と化している席に今日読む予定の本を持って来ると、すぐに読み始める。
クライドが良く読む本は図書館の本は非常に貴重なので、館外に持ち出すことも映す事も禁止されている為、限られた図書館の開閉時間内で少しでも多くの本を読むためにクライドは一心不乱に本に目を通し、内容を理解し頭の中に叩きこむ。
クライドが持って来ている本は機械工学の本もあれば、物理学や数学と言ったMS製造に直接関係なさそうな本もあるが、MSを設計する際に物理や数学も必要となる為、クライドはMS製造に必要と思われる分野の本を片っ端から読んでいる。
「……今日は終わりか……」
クライドが図書館に入り、数時間が経ち、コロニー内の時間が夜となる為、図書館も閉館時間となったため、クライドは本を戻して図書館を後にする。
図書館を出て、クライドが済んでいるアパートに向かう途中で何気なく町の風景を見ると夕暮れの町は放課後の学生達で賑わっている。
バイトに勤しむ者、友人と放課後の町を遊び歩いている者、部活のロードワークなど様々だ。
「今日も平和そのものだな」
クライドはその風景を見てそう呟く。
その学生の中にクライドの親しい友人はいない。
クライドはあの日、自分の無力さや全てを失った絶望からある決意をしている。
それはUEを倒し故郷の仇を討つと言う事だった。
そのために必要なのはUEに対抗しうる強力なMSとクライドは考えていた。
天使の落日から数年、UEに対抗すべく地球連邦政府は地球連邦軍を設立し、今までは戦闘用のMSを持たなかったため急遽作業用のモビルスタンダードの「デスぺラード」を戦闘用に改良した戦闘用のMS「ジェノアス」を実戦に投入した。
だが、ジェノアスの性能ではUEにまるで歯が立たずにこの10年近く一度も勝利していない。
クライドの見立てではUEに連邦軍が勝てないのはパイロットの腕でも指揮官の能力でもなく、ジェノアスの基本的な性能がUEにあるで届いていないことだと思っている。
だからこそ、更に強力なMSを投入する必要があるが、いずれそのMSの開発に携わるだろう工学科の学生達はまるで自分達が将来の戦局に関わるかも知れない立場にいることも理解ぜずにいるため、クライドはそんな学生とは積極的に関わろうとはしないで、ひたすらMS開発に必要な知識を学んでいた。
しかし、彼らの意識の低さは仕方がないと言える。
UEの攻撃はどう言う訳か散発的でコロニーの様な人口密度の高い場所への攻撃は少ないため、学生たちはUEの脅威を肌で感じ取ったことはなく、UEの襲撃など外の世界の出来ごとで自分達には関係のないことだと思っている生徒が殆どと言える。
たまにニュースで報道されるUEの被害も彼らにとっては話のネタでしかない。
そう考えると低い意識に平和を当たり前のように享受している彼らにクライドは苛立ちしか覚えず、彼らと交友を築くことなどあり得ないと思っている。
クライドは苛立ちながらも、今更だと思い自分の住んでいるアパートのある裏路地に入る。
いつもならもう少し先の路地で曲がるのだが、今日は町の風景を見て機嫌が悪くなっていたため、少し早めに路地に入った。
裏路地に入ると、そこは表通りとは違い静かな物だった。
本来裏路地の家屋やマンションは家賃が低いため、稼ぎが少ない者が部屋を借りる場所で学生であるクライドは学生用の宿舎に無償で入ることも可能だったが、他の学生と関わるのが煩わしい為、裏路地で部屋を借りている。
路地を歩いているクライドはそれを見つけた。
裏路地には珍しい高級車が止まっており、その近くで黒髪でクライドと同じ学校の制服を着た少女が黒いスーツにサングラスと言ったあからさまに堅気の人間とは思えない二人組みに車に連れて行かれるところだった。
普段のクライドなら、無駄にトラブルに関わったり目立つ行動は避けるのだが、今日のクライドは幸か不幸か機嫌が悪かった。
そして、目の前には今にも少女を拉致しようとしている怪しい連中がいる。
この時のクライドがすることは一つしかなかった。
クライドは制服のポケットに常に忍ばせている改造スタンガンを取りだす。
このコロニーに来てから護身用にアリスがどこからか調達して来たスタンガンをクライドが勉強の合間に改造した物を持ち歩いている。
クライドは物影から隠れて、近づくと黒服の一人にスタンガンを押しつけて電流を流す。
クライドが改造して電圧も向上している為、黒服は電流を浴びて倒れる。
「何だ!」
もう一人の黒服がすぐにスーツの内ポケットに手を入れるが、その中の物を出す前にクライドがもう一人にもスタンガンを押しつけて電流を流す。
「くそ……その方うぉ!」
先に倒した黒服が何かを言おうとするが、クライドは倒れている黒服の顔を思いっきり踏みつけて黒服は気を失う。
「今の内だ」
「え?」
クライドは黒服達が意識を取り戻す前に少女の手を掴んで走る。
路地をいくつも曲がり、意識を取り戻した黒服が追っても簡単に見つからない場所まで来たクライドは少女の手を離す。
「ここまでくれば大丈夫だろう」
「えっと……」
少女は息を整え、少し戸惑いながら遠慮がちにクライドを見る。
これがクライドと少女……エリーゼ・ブランシャールとの出会いによりクライドの運命が動き出した。