「で……何でお前がここまでついて来る?」
クライドはひと悶着の後、自宅に戻るがエリーゼも何気ない顔してついて来ていた。
クライドが現在暮らしているアパートはアパート全体でもオーヴァンのアスノ邸よりも小さく、当然クライドが借りている部屋も人一人暮らすので精一杯の広さしかない。
その部屋にはベットとPCのおかれた机以外はクライドが個人的に集めた資料が散乱している。
本来はアリスとともに暮らした方が何かと便利だが、アリスが私服なら顔の似ていない姉弟として押し通すことも出来たが、アリスは頑としてメイド服を脱ごうとはぜずに姉弟で通すことは出来ず、現在は別に部屋を借りどういう手段を使っているかは分からないが生活費を稼ぎつつクライドの身の回りの世話をしている。
「え? だって、私誘拐されたんでしょ?」
エリーゼはそう言ってクライドの部屋をマジマジと見渡すが、クライドはエリーゼの言葉で一瞬、思考が停止する。
だが、すぐにエリーゼの言っていることを理解しようと頭をフルに回転させる。
「うちに脅迫状を出すから、どんな人かと思ったけどまさか、私と同じ学校の人だったとは思わなかったわ。それで……私の身代金っていくら?」
「ちょっと待て! お前……今なんつった?」
理解をしようとしているが、更にエリーゼは続けそれはクライドの思考を鈍らせる。
「だから、私の身代金っていくら……」
「それよりも前だ!」
クライドは自分の聞き間違えである事を祈りながら確認するが現実は非常であった。
「私、誘拐されたんでしょ?」
「誰に?」
「貴方に」
クライドは藁にも縋る気持ちで、再度確認するがエリーゼの答えは否応なくクライドに現実を叩きつける。
「何で俺がお前を誘拐しないといけないんだよ……」
「私がブランシャール運送の社長令嬢だからでしょ?」
エリーゼがそう言いクライドは少しづつ事態を理解しようとする。
どうやら、エリーゼは自分がクライドに誘拐されていると思っているようだ。
「確認する。俺がのした連中は?」
「私のSP」
「お前は拉致られてたんじゃなかったのか?」
「うんん。私を誘拐するって脅迫状が届いて私の護衛が煩わしくなった上にお父さんが私の婚約者を勝手に決めてムカついたから少し家出したけど、SPに見つかって連れ戻さそうになったのよ」
そこでようやくクライドは事態を理解する。
まず、前提から間違っていた。
クライドは当初、黒服でサングラスのエリーゼのSPを堅気の人間ではなく、エリーゼが拉致される場面に出くわしたと思っていた。
しかし、実際は誘拐すると脅迫を受けていた社長令嬢が家出して、それを見つけたSPがエリーゼを保護している場面だった。
そこでクライドはSPをスタンガンにて倒し、エリーゼをその場から連れ出している。
本人の意図とは違い客観的に見ると間違いなく、クライドがエリーゼを誘拐したことになる。
つまり、今のクライドの立場は社長令嬢を誘拐した誘拐犯と言う事だ。
「マジかよ……」
「マジよ」
クライドは今日ほど、自分の軽はずみな行動を呪ったことはないが、今はそれどころじゃない。
エリーゼが誘拐されたことはすぐに知れ渡ることだろう。
クライドはエリーゼの事は知らなかったが、このコロニーのブランシャール運送の本社がありブランシャール運送がこの辺りのコロニー
での影響力は知っている。
この辺りのコロニーには連邦軍は駐留していないがブランシャール運送は運送時の護衛用に独自のMS部隊を持っていると聞く。
もしも、MSを使われたらお終いなのは間違いない。
命があっても誘拐犯として連邦に引き渡されるか、独自に裁かれるのが落ちだ。
そうれなればクライドは自分の目的が果たされない。
「取り合えず、お前は帰れ。今すぐにだ」
不幸中の幸いがあれば、クライドがエリーゼを誘拐したことになってからまだ数十分しか経っていないことだ。
今なら、まだ大事になる前に事態を終わらせることが出来る。
エリーゼとしても誘拐されたい訳でもない筈なので、エリーゼに帰って貰えば全てが丸く収まる。
「嫌よ」
しかし、世の中そうなんに上手く行く訳ではない。
エリーゼのその一言が事態を更に悪い方向に進ませる。
「何で!」
「言ったでしょ。今帰れば、SPの護衛で窮屈だしお父さんが勝手に私の婚約者を決めたのよ」
そんな事は自分には関係ないと言ってエリーゼを放り出したい衝動に駆られるが、この状況もクライドの短絡的な行動で起きた事態な為、その衝動をぐっと堪える。
そして、現在の自分の置かれている状況を考える。
エリーゼがここを出ていかない理由は2つ、一つ目は何もかがエリーゼを誘拐すると言う脅迫状を送り付け、そのためにエリーゼの護衛が強化されてエリーゼが煩わしい思いとしていると言う事。
もう片方はエリーゼの父親……つまりはブランシャール運送の社長がエリーゼの婚約者を決めたことの二つと言う事になる。
一つ目の問題はエリーゼが誘拐されたことで、脅迫状を送り付けた連中の事を徹底的に調べていずれは辿りつくだろう。
少なくともクライドはその脅迫状には全く関わっていないため、脅迫状からクライドに辿りつく可能性はない。
問題はエリーゼを連れ出す際にSPを倒す時に姿を見られたことだ。
相手が堅気ではないと思い込んでいた為、後で面倒事にならないように顔は見られないようにしていたが、学校の制服だけはどうしようもない。
このコロニーに学校は一つしかなく、そこの男子生徒が誘拐の実行犯と言う事になるのは時間の問題だが、幸いにも学校の生徒の数は膨大で、その中の男子生徒は約半分だが、それでも今までエリーゼと全く接点のないクライドに辿りつくまでには相当な時間がかかると見ても良い。
もう一つの問題の婚約者はクライドにはどうしようも無くする気も無い。
エリーゼの父親がどのような理由でそんな相手を選んだかは知らないが、部外者のクライドが口を出す問題でもなく、クライドとエリーゼは恋人でなければ友達でもなく、今日初めて会ったばかりな為、何とかする理由も無い。
その件に関してはエリーゼが自分で何とかしないといけない。
「……ハァ、好きにしろよ……」
様々な事情を考慮した結果、そうするしかないとクライドは判断する。
このまま無理やりにでもエリーゼをブランシャール運送に引き渡すことは可能だ。
しかし、その場合だとエリーゼの機嫌を著しく損ねるのは間違いない。
クライドはエリーゼと今日初めて会ったばかりで彼女の性格を掴めてはいない。
下手に機嫌を損ねると、例え無事に帰したところでクライドが脅迫状とは無関係であると言う事実を証言してくれる可能性が低く、クライドがエリーゼを誘拐したと言う誤解が解ける可能性が絶望的になる。
事件が解決しても、自分にかけられた誘拐疑惑が解けない以上、解決に意味はない。
そのため、クライドの打てる手は一つしかない。
事件が落ち着くか、エリーゼの気が済むまでここでエリーゼを隠し通すことだった。
エリーゼも気が済むなりすれば家出を止めて家に帰るであろう。
そうなれば、強制的に家に帰すよりも、事実を話してくれる可能性も高いだろう。
だが、エリーゼを血眼になって捜すだろうブランシャール運送からと、脅迫状を出した輩からもエリーゼを隠し通さ無ければクライドは破滅するだろう。
現状で頼れるのはアリスだけで、アリスが愛想以外は完璧にこなせるスーパーメイドなのが、唯一の救いとしか言いようがない。
「だけど、ここにいる以上俺の言う事には従って貰う」
こうして、クライドはエリーゼを自宅に匿う事になった。
翌日、クライドは何気ない顔をしていつも通りに学校で授業を受けていた。
表沙汰にはなっていないが、エリーゼが誘拐されたことはブランシャール運送には知れ渡るのと同時に誘拐の実行犯がこの学校の男子生
徒である事も渡っている可能性が高い。
そして、その次の日に学校を休めば怪しまれる可能性がある。
そのため、クライドはいつも通りに登校し、いつも通りに授業を受け、いつも通りに図書館に向かう。
登校時や図書館に向かう途中で目立たないように周囲を警戒すると、注意しなければ分からないがいつもより警備が厳しくなっており、
恐らくはこの中にいるであろう誘拐の実行犯を探しているのだろうと思うと、クライドは生きた心地がしなかった。
状況は昨日の内にアリスにも伝えているが、常にアリスの護衛がある訳でもなくいざと言う時は自分一人でどうにかしなければならない。
警備員に怪しまれないように図書館に向かい、本棚に向かい本を眺めているとクライドの目の前の本棚を挟んだ向こう側にアリスがいつの間にか立っている。
「また、面倒なことになりましたね」
アリスには昨日から、脅迫状の事を含めて情報を集めさせていた。
「そんなことよりも、状況は?」
クライドは本棚の本を手に取り呼んでいるふりをしながらアリスに尋ねる。
「あまりよろしくは無いようです」
クライドはため息をつきそうになるが、ついたところで状況が好転する訳もなくアリスは淡々と続ける。
「坊ちゃんの言う通り、すでにブランシャール運送でもエリーゼ嬢の誘拐とその実行犯がここの男子生徒である事は掴んでいるようですが、それ以上の事は掴んでないようです」
「流石に昨日の今日で事態が動く訳もないか……」
ブランシャール運送はコロニー間に強い影響力を持ち、独自の戦力を持っていようと所詮は運送会社であり、軍のように素早い情報収集や法の行使は出来ないのも当然と言える。
「それ以上に面倒なことがあります。今朝方、コロニーの無許可で侵入して来た者達がいます」
「まさか……」
エリーゼが誘拐されてブランシャール運送が厄介だと思えるのは犯人がコロニーの外に出ることである。
コロニーの外にエリーゼを連れ出されたら、探し出すのは途端に困難となり、当然、すでにコロニーの港や出入りが可能なところには非常線が張られ、出入りするものは厳しくチェックされている。
無論、外から来る時もチェックされ、コロニー側に知られずに入り込むのは至難の業と言える。
その中で無許可でコロニー内に侵入するとなると相当な能力を持っていることになる。
「犯人か?」
「可能性は低いと思われます」
アリスはそう言って、本棚の本の隙間から小型の端末をクライドに渡してクライドは端末を見る。
「これは……」
端末には角度的に港で隠し撮りしたと思われる画像が映されており、そこには数人がコロニー内に侵入する様子が映されているがそれ以上にクライドを驚かせたのは映像の端に映されているものだった。
「特殊部隊用にカスタムされたジェノアス……つまりはこいつらは、連邦の特殊部隊かよ……」
映像に映されているジェノアスは一般のジェノアスとは違い黒く塗装されており、オーヴァンにいたころに資料で読んだ連邦軍の特殊部隊用にカスタムされた物に酷似していることから、クライドは連中が連邦軍の特殊部隊であると推測した。
「連中が何でアーヴィンに侵入したかは知らんが、最悪だな……」
状況的にブランシャール運送が連邦に誘拐事件を通報して、部隊を送られたように思えるが連邦からすればエリーゼはただの運送会社の社長令嬢に過ぎず、特殊部隊を送ることは無いだろうし、もしも送ったとしてもコロニー側にまで秘匿する理由はない。
つまりは誘拐事件とは別の目的でアーヴィンに侵入したことになる。
理由は分からないが、相手は特殊部隊で専用のジェノアスまで投入出来る以上、敵対した場合クライドに成す術はない。
「取り合えずアリス……お前は最悪の事態に備えて、アーヴィンから脱出の用意を頼む」
状況が更に悪い方向に進みかねない為、最悪の場合はここでの暮らしを全て捨ててコロニー外に脱出することもクライドは念頭に入れている。
少なくともブランシャール運送の影響力のないコロニーに潜り込んで、再び一からやり直すためだ。
「承知いたしました」
アリスはそう言うと、音も無くその場から消える。
「遅い!」
図書館から返るとエリーゼがクライドに怒鳴り寝転がっているベットの枕をクライドに投げつける。
「たく……大人しくしてたんだろうな?」
クライドは顔面に枕の直撃を受けながらも椅子に座るとエリーゼはあからさまに不満そうにしている。
「してたわ。でも凄く退屈なのよ」
エリーゼは今日一日、クライドの部屋にいた為、退屈でしかたがなくようやくクライドが戻って来たところで話相手を見てけて水を得た魚のように活き活きしている。
「ところでさ……アスノ君ってあのアスノ君なの?」
「どういう事だ?」
クライドはエリーゼにしつこく迫られて名前を教えたがそれが今になってエリーゼがそう言う事を言う事には繋がらない。
「どっかで聞いたことがあると思ったんだよね。そんで、今日一日考えて思い出したのよ。この前の課題で『ぼくのかんがえたさいきょうのもびるすーつ』を提出して先生にこっぴどく叱られたアスノ君だよね。結構、噂になってたわよ」
クライドはエリーゼの言う事に心当たりがないか、記憶を探ると数日前に課題で教師に授業中に課題を晒されたことを思い出した。
だが、自分の事が昨日まで顔も知らないエリーゼの耳にまで入る位の噂になっていたのは知らなかった。
「ああ……あれね」
「やっぱりそうなんだ」
「まぁ……大体合っているが一つ訂正することがある。あの時出した課題が最強のMSと言う訳ではない」
クライドは不満そうにそう言って机の上のPCを立ち上げると、その中のファイルを開けてエリーゼに見せる。
「あの課題で提出したのはMSの更なる効率的な運用法として、装甲を換装出来るMSだ」
PCのモニターにはその時に提出した課題のデータが映されている。
話しの流れからすると、そのデータは課題で提出したデータなのだろうが、専門的な知識のないエリーゼには訳が分からない。
「装甲を換装することでMS一機で様々な特性を持ったMSとして運用が出来、様々な状況に対応することが可能だ。。その上、量産時にはベースとなる機体を大量に生産し、同時にフレームも大量生産することで様々な特性の機体を作るよりもコストがかからない。この利点はそれだけではなく、エースパイロットの特性や趣味、趣向に合わせた専用のアーマーを設計することでエースパイロットにも対応出来ている」
クライドがそう捲し立てるように言い、エリーゼはあまり理解は出来ていないが、クライドの勢いに押されて適当に頷いている。
「だがな……事もあろうことかあの教師はこれに対しO点と言う採点を降した!」
MSは人の形を成している為、手持ちの武器などは様々なバリーションを開発しているが、装甲そのものを付けかえると言う研究はされておらず、クライドの出した案は教師から見ても突拍子の無いものでしかない。
普段なら課題の点数など気にはしないが、流石にその評価には納得がいかなかったため、ここぞとばかりにその設計の有用性をエリーゼに主張するが、MS工学の知識に乏しいエリーゼには半分も理解出来ていないことにクライドは気がつかない。
「それにな……コイツがぼくのかんがえたさいきょうのもびるすーつ? 笑わせるな。この程度で最強なんてよ」
「そうなの?」
「そうとも、コイツは俺の描く最強のMSの第一歩に過ぎない」
そう言うクライドの眼差しは真剣その物で、昨日少し話したクライドとは雰囲気が違いエリーゼは一瞬ドキリとするが、当のクライドはそんな事をお構いなしで話しを続ける。
「まず聞こう、ブランシャールの言う最強のMSとは?」
「そうね……やっぱり……強くて硬くて速いMS何じゃないの?」
エリーゼは素人が考えそうな至極簡単な解答を出すがクライドは満足そうにうなずく。
「その通りだ。最強のMSとは高い攻撃力、高い防御力、高い機動力を兼ね備えたMSだ。だが、言うのは簡単だが、それが簡単に出来るならすでにどっかの誰かが作っている」
確かに最強のMSとして言うのは簡単だがそれらを全て合わせるのは非常に難しい。
機動力を上げるには装甲を削り機体の重量を減らす必要がある。
そうすれは必然的に装甲が薄くなり、武装も必要最低限の物のみとなり攻撃力も落ちる。
逆に防御力や攻撃力を重視すれば、装甲が厚くなり重量が増し、攻撃力を重視しても多数の武器や強力な武器を搭載さればその分、重量が増して機動力が落ちる。
それらを妥協しつつ、バランスを整えると弱点は無いが代わりに長所も無い汎用型となる。そして、その汎用型のMSは機体バランスは良いが、各方面に特化したMSとではそのMSの特化した方面では敵わない。
「だが、俺はそれを可能とする為にまずは他方向に特化したアーマーを換装して機体特性を変えることの出来るMSを作る。そして、それの運用データを取り、そこで明らかとなった問題を解決した次のMS作る……そうやって問題を解決して行くうちにMS製造の技術も発展し、その中で使える技術は積極的に取り入れる! そして、最後はそのデータを一つに集約したMSを作る。それが俺の考える最強のMSと言う訳だ!」
熱弁するクライドの言葉にいつの間にかエリーゼは熱心に耳を傾ける。
相変わらず半分近くも理解出来ないが、エリーゼにも理解出来ることがある。
それは、クライドはそのMSを作る事に並々ならぬ熱意を持ち、子供が考えそうな夢物語を本気で実行するつもりだと言う事だった。
そして、それだけのエリーゼは持ち合わせてはいない。
元々、親に過剰とも言える愛情を注がれエリーゼは何不自由のない暮らしをして来た。
綺麗な服においしい食事、豪華な部屋、そして、未来までもが親によって約束されている。
ブランシャール運送を継ぐに相応しい能力を持った相手と結婚し、父が築いた会社を切り盛りする夫を支えると言う輝かしい未来までも用意されている。
しかし、今のエリーゼには途方もない夢みたい理想……妄想とも言えるクライドの描く未来の方が父に与えられた未来よりも数倍も輝いて見てた。
「それでそのMSの名前は?」
エリーゼはふと思い浮かんだ疑問を口に出す。
クライドの言う最強のMSは連邦軍のジェノアスとはまるで違い、当然機体の名称も違う筈だが、当のエリーゼはそれを知らないからだ。
「名前か……」
だが、クライドは今まで熱弁をふるっていたが、急に大人しくなる。
クライドは今までそのMSのシステムや武装などの機能面ばかりに気を取られており、そのMSの名前を全く考えていなかった。
「そうだな……ゼロ……」
クライドはふと頭に浮かんだ名を呟く。
「ゼロ?」
「そうゼロだ。コイツはゼロ、ガンダムZEROだ」
「どういう意味があるの?」
「このMSは俺がゼロから設計したMSだ。そして、全てを失ったゼロな俺が目的の第一歩を踏み出すために必要な物だ。ついでに課題で0点を取ったMSと言うのも付け加えておく。その他諸々を合わせてゼロだ」
エリーゼはイマイチ分からなかったが、クライドが満足そうにしているので水を差すような真似はしない。
当のクライドは自慢げにしている。
「そんでガンダムってのはMS鍛冶の間に昔から伝わる伝説のMSの事で伝説って言うんだ、凄く強いんだろうな」
MS鍛冶には昔から伝わる伝説がある。
それは救世主「ガンダム」の伝説だ。
その伝説とはガンダムが過去に起こった大戦を終結させ平和をもたらした救世主と言う伝説だ。
クライドはそのガンダムを動かした者が何を思って戦争を終結させたのかは知らない。
自軍を勝利に導く為、責任を負い全てを見届ける為、愛する者の為、故郷の自由を勝ち取る為、迷走する軍を止める為、世界を変革させる為、未来と掴む為と諸説はあるが、クライドは己の目的の為にガンダムを作ろうとしている。
「凄そうだね。それを作ってクライドは何をするつもりなの?」
「それはな……」
クライドはそこまで言いかけて止める。
エリーゼの食いつきが良かったから、思わず饒舌になっていたがエリーゼにクライドの抱える事情まで話す理由はない。
「……どうだって良いだろ、そんなのは……ただ言えることが一つある。ぼくのかんがえたさいきょうのもびるすーつ? 上等だね。寧ろ、俺はそのさいきょうのもびるすーつを追い求めることこそがMS鍛冶の真髄だと思っている」
クライドはそう断言して、エリーゼがクライドの事情に触れることを避けて話相手をしながら夜は更ける。
クライドがエリーゼに己の理想とするMSを語っている頃、アーヴインの空き家にアリスがクライドの報告していた連邦軍の特殊部隊は息を潜めている。
「隊長、ジェノアスの搬入及び、装備の搬送を終えたました」
特殊部隊の一人が隊長と呼ばれた男、デューク・ウィバリーにそう言う。
デュークは特殊部隊の隊長としては少し若いが抜群のセンスを持って若くして特殊部隊の一つの隊長を任されている。
「御苦労。ターゲットの方はどうだ?」
「ターゲット『アスノ家の遺児』の所在は判明しております」
そう言って部下の一人が裏路地のアパートに帰宅するクライドの写真を渡す。
その写真の写っている角度から、盗撮写真である事は明白だ。
「それと、ブランシャール運送の動きが慌ただしくなっているようです」
「何かあったようです」
部下の報告を聞きデュークは次の手を思考する。
ブランシャール運送の動きが慌ただしい以上、下手にMSを動かして彼らを刺激するのはナンセンスだ。
デューク達もMSをコロニー内に持ち込んでいるが、特殊部隊用のジェノアスとは言え、所詮は一機のMSでしかない。
数で圧倒されれば、勝算は少ない上にコロニー内やコロニー付近での戦闘では向こうに地の利がある。
「引き続きアスノ家の遺産の調査を進めろ、アスノ家の遺児は監視を続けろ」
デュークはそう判断して事態は水面下で新たな動きが開始して行く。
翌日、いつも通りの一日を終えてクライドは路地裏のアパートに帰宅する。
「これ、買って来たぞ」
クライドはそう言って持っていた袋をエリーゼに投げる。
それは今日の朝にエリーゼがクライドに勝って来るように指示したものである。
「本当に買って来たの?」
「お前が頼んだんだろうが……」
クライドはそう言って椅子に座るとエリーゼが驚きつつも袋の中を見る。
エリーゼとしては冗談半分で頼んだのだが、クライドが律義に買って来たのは少々予想外であった。
「本当に買って来たんだ……それにサイズも合ってる……」
エリーゼがクライドのアパートに居座るようになって必要だがこの部屋に無い物があった。
それはエリーゼが身につける下着である。
服なら多少大きいが、クライドの物を着れば問題ないのだが、どうしても下着の代えが必要となって来た。
当初はクライドが学校に行っているいる間にエリーゼが洗濯をすれば良いとクライドは主張したが、エリーゼがそれを頑なに拒否し、一晩かけて議論した結果、どういう訳かクライドが帰りに買って来ると言う結論に達した。
エリーゼとしては幾ら、クライドが居なくても女に一時でも下着を付けずにいれば良いと言うクライドのデリカシーの無い発言に対して、勢いで言ったが、どういう訳がそう言う結論に達し、エリーゼも流石にクライドが一人で女の下着を買っては来ないと思っていたが、実際に買って来た為に驚いている。
だが、エリーゼは知らないが、それはクライド自身が購入した物ではなく、アリスにサイズを伝えて買って来た物を渡しただけで、クライドが買った訳ではないが、アリスの存在を知らないエリーゼにはそれを知る術はない。
「なんで、アスノ君が私のブラのサイズを知ってるのよ?」
勢いで言ってはみたが、決定してもエリーゼはクライドにサイズを教えた訳ではないが、クライドが持って来た物はエリーゼのサイズに
ぴったりの物だった。
「目算だ」
クライドはあっさりと白状した。
MSの設計では寸法はミリ単位で正確に設計しなければならない。
場所によっては目算で部品の寸法を測る場合も出て来る為にクライドもある程度の寸法は目算で出来る。
当然、服の上からでもエリーゼの胸のサイズを目算で計算するのは訳もない。
「侮っていたわ……ただのメカオタクって訳でもないようね……まぁ良いわ」
クライドの意外な能力を知るが、エリーゼはすぐにクライドが帰ってきたら、愚痴ろうとしていたことを思い出す。
「そう言えば、アスノ君って工業科だよね?」
「そうだが」
「なら、ドミニク・プラドンって人知ってる?私達と同じ学年の工業科の人だと思うんだけど……」
「ドミニク・プラドンね……」
クライドは記憶の中からその名前を探し出す。
「そう言えば、俺のクラスにいたな……そんな奴」
少し考えこんで、クライドは自分のクラスの居たことを思い出す。
クライドに取ってそれは不特定多数の一人である為、思い出すのに少し時間がかかった。
「同じクラスなのに、何でそこまで時間がかかるかなぁ……」
エリーゼの言い分も尤もだが、クライドはドミニクに興味がなく名前を一応覚えている程度でしかない。
「そいつがどうした?」
「その人が私の婚約者らしいのよね。それで、どんな人?」
「知らん」
クライドは即答した。
クライドの記憶によればドミニク・プラドンは工業科でテストを全て満点を取り学年主席だが、クライドからしてみれば教科書を丸暗記すれば余裕で満点を取れるテストで満点を取っているドミニクは凄いとは思っていない。
印象があるとすれば、親が軍の技術者らしく、それを鼻にかけているイメージしかない。
そして、はっきり言ってしまえば、クライドはドミニクに全く興味がないため、顔と名前と最低限の情報を記憶の片隅に置いておく程度でしかない。
「何でクラスメイトの事を知らないかなぁ……まぁ良いわ。どうせ、性格が悪いに決まってるわ」
「どうして言える?」
「お父さんが彼を私の婚約者にした理由が彼の家柄がそれなりに良いからよ。家柄が良い人に限って性格が悪いって相場は決まってるのよ」
「どこの相場だよ……」
だが、クライドはこの状況を生み出した根源のエリーゼも家柄が良いことを思い出し内心納得する。
自分を誘拐すると言う脅迫状が出ている状態で家出をして、家に帰りたくはないが為に初対面の男の部屋に転がりこむとはまともな人間のすることではない。
クライドは敢えて除外しているのだが、クライドもまたアスノ家と言う高名なMS鍛冶の出である。
「大体、家が良いからってそれけで婚約者を決めるってどうよ?」
「俺に聞くなよな」
「家柄が良いから、ブランシャール運送を継ぐに相応しいってさ……」
「そんなもんだろ」
家柄が良いと言う事は親から才能を受け継ぎ、その家の名を汚さないように幼少期から英才教育を受けている場合が多い。
MS鍛冶で高名な家系のアスノ家の出であるクライドがそのようにだ。
しかし、だからと言って能力と性格が比例する訳でもない。
MS工学の英才教育を受けたクライドはMS開発にのめり込み、他者とのコミュケーション能力が著しく欠けている部分があるように、家柄が人格に繋がる訳でもない。
ブランシャール社長としては、そのドミニク・プラドンの能力を高く買い、自分の後継者として娘と結婚させようとしているのだと、クライドはエリーゼの言っていることから仮説を立てるが大体は合っていると思っている。
だが、それを言ったところで今のエリーゼの怒りに油どころか爆弾を投下することだろう判断し、クライドは何も言わないでおく。
そして、エリーゼはそれを皮切りに普段から周りに対して思っていた不満不平をクライドにぶちまける。
「どうにかしてくれ……」
エリーゼを下手に扱う事も出来ず、ただ愚痴を聞かされるだけのクライドはさっさと、この生活を終わらせて欲しいと願うが、それは意外と早く訪れた。
エリーゼの愚痴から解放されて翌日、学校から帰宅するとこの数日はエリーゼがようやく話相手が出来たと騒ぐがその日に限っては静かだった。
クライドは五月蠅く無く、内心ほっとするがそれが間違いだと気づくのは速かった。
部屋の中にエリーゼはいなく、部屋はどうみても誰かに荒らされたかのように本などが部屋中に散乱していた。
自分が学校に言って留守の間、エリーゼは興味半分でクライドの部屋を物色していたのは知っている。
だが、部屋の物を出したらそのままにはしないできちんと片づけている。
つまり、これはエリーゼの仕業ではない。
「笑えない冗談だ」
エリーゼが部屋を荒らして出て行った可能性もあるが、この数日でエリーゼがそこまではしないと分かっている為、何者かに攫われたと
考えるのが妥当である。
クライドが学校で警備員に拘束されたり、警備員が部屋で待ち構えていないことから、エリーゼを連れ去ったのはブランシャール運送の人間でないことは明らかだ。
そうなれば、犯人は限られて来る。
エリーゼを本当に誘拐しようとして、脅迫状を出した連中だと言う可能性が非常に高い。
それが本当なら、自分が爆弾をかかえることも無くなったと安心仕掛けるが、クライドはふと机の上のPCを見ると、本気で泣きたくなる。
PCに繋いでいたデータディスクがなくなっているからだ。
部屋や部屋の中はクライドにとっては大した価値はないが、無くなっているデータディスクの中にはガンダムZEROと命名したMSの設計図が入っている。
ディスクにはロックがかけられている為、中身を見られる可能性は低いがディスクを破壊されると厄介な事になる。
ロックをかけておけば、エリーゼと始めとした他者に見られることがないと高を括った結果の致命的なミスだ。
タイミングが悪く、最新のデータはまだバックアップを取っていない為、ディスクが壊されると最新のデータが失われる可能性が高い。
「あの女は……居なくなっても面倒をかけてくれるな」
クライドは仕方がなくデータディスクの奪還の為に動きだす。