「どういう状況ですか。これは」
クライドに呼び出されたアリスはクライドの部屋の荒らされた有様を見て、いつも通りに無表情でそう言う。
クライドの取った手はまず、アリスに連絡を入れることだった。
データを取り返すにしても、クライドは荒事には向いていないことは自覚している。
精々、相手の隙をついてスタンガンを喰らわす事くらいしか出来ない。
相手が何者かは分からないが、ブランシャール運送は実行犯が男子生徒と言う事を分かっていながら、未だにクライドに辿りついてはいないが、エリーゼを連れ去った相手はここにエリーゼが居ることを知った上でエリーゼを奪いに来たと考えた方が良い。
無論、只のコソ泥がクライドの部屋に盗みに入ってエリーゼと遭遇し、突発的に連れ去った可能性も考えられるが、クライドを取り巻く現在の状況を考えるとそこまで楽観は出来ない。
「ゼロのデータが盗まれた」
クライドは状況を完結に説明する。
アリスはクライドが設計したMSがガンダムZEROと名づけられた事は知らないが、クライドが一番大事にしている物が設計中のMSである事は知っており、ゼロがそれなのだと大体は予想がついている。
そうでなくとも、クライドにとって大事な物が盗まれたのは明らかだ。
「奪った奴らを見つけ出す。そして、どんな手を使ってでも奪い返す」
アリスとしてはクライドを守ることを最優先とし、危険な事に首を突っ込ませる訳にはいかなかったが、今のクライドは冷静さを欠き、止めたところで無駄であると判断し、行動に移そうとするも外に複数の人の気配を感じてクライドの手を取り、床を開いて隠し扉の中に入る。
「アパートの地下に何で……」
クライドの部屋は1階にありアパートの管理人には内緒でアリスが非常用の隠し部屋を用意していた。
中に入ると扉を床の間から、部屋の中を覗きこむとアリスが気配を感じた複数の人が部屋のドアを蹴破り部屋に突入して来る。
「何だ……あいつら?」
アパートの下にある隠し部屋の存在よりもクライドは部屋に突入して来た人達の方が気になっている。
その者達の手にはサブマシンガンを携帯し、その動きから素人で無いことは一目瞭然である。
一瞬、データを持ち去った相手だと思ったが、もしそうなら部屋で待ち伏せをしていれば良い事から、別の勢力だと考えた。
「ターゲットはいません」
「良く探せ、ターゲットはこの部屋の中にいる筈だ」
「ターゲット……」
連中のその言葉から、狙いはこの部屋にいる筈の人物であることは容易に想像がつく。
だが、それがここの住人のクライドがここにいた筈のエリーゼなのかまでは分からない。
「何だ……これは……」
部屋の中の様子を窺っていると突入して来た者の一人の声色が変わる。
「いけません」
アリスはクライドをすぐに扉から引き離すと、クライドの部屋が大きな爆発を起こした。
「通信が途絶しただと?」
デュークはクライドの部屋に突入させた部下との通信が途絶したとの報告を受けていた。
「それとターゲット宅の付近で先ほど爆発が起きましたので恐らくは……」
それはデュークの耳にも届いており、部下と通信が途絶したタイミングから考えるに、クライドの部屋が爆発し、部下がそれに巻き込まれたと判断出来る。
「相手が学生だと思って油断したか……」
あまり考えたくはないが、突入した部下がクライドが学生だと言う事で侮り油断してそうなったと言う事になる。
「どうしますか? 隊長、本部に増援を要請しますか?」
「この任務は非公式だ。連邦に加盟していないコロニーでコロニーに無断で作戦行動を取る以上、増援は期待出来ない……俺が出る。ジェノアスを用意しておけ」
任務が表沙汰に出来ない任務である為、増援は望めない。
そして、相手が油断出来ない相手だとすると、ジェノアスを使う必要も出て来る。
コロニー側を刺激するのは避けたいが、それ以上にこの任務に失敗は許されない。
「ジェノアスをですか?」
「あくまでも奥の手だ。出来ればジェノアスを使わずに確保したい」
コロニー内でジェノアスを使えば、コロニー側に自分達の存在を隠すのは不可能になる為、彼らからすれば最後の手段だ。
「コロニーの外に出られては面倒だ。ターゲットがコロニー内にいる内に確保する。すぐに準備に取り掛かれ」
アーヴィンの一画にある、倉庫街に隠し部屋で爆発の難を逃れたクライドはアリスに連れられて来ていた。
「何だったんだ。あいつら……」
「恐らくは連邦の特殊部隊と思われます」
部屋に突入して来た者達は単なる物取りではなく、訓練を受けたプロであることはクライドにも分かり、このコロニー内には潜入中の連邦の特殊部隊が来ている。
となれば、連中がその可能性が高い。
尤も、その特殊部隊がクライドを狙う理由は分からない。
「けど、何で連邦の特殊部隊が来るんだよ。俺は連中に狙われる覚えはないぜ」
「私に聞かないでください」
「だよな……それにあの爆発はお前か? アリス」
クライドの部屋にはアリスが独自に防犯をしているらしく、二人が隠れていた隠し部屋もその一つで、爆発もアリスの仕掛けていた防犯の一つだと考えていた。
「まさか、クライド坊ちゃんが誤って巻き込まれるような仕掛けを私が内密に設置するともお思いですか」
「どうだろうな……」
アスノ家にいた時は単に仕事は出来るが愛想の無いメイドと言う認識だったが、オーヴァン襲撃後にはメイド意外の仕事にも完璧にこなせることを知っている為、部屋に爆発物を設置しておくくらいは訳ないが本人がそう言う以上、今はそれ以上追及しない。
「それよりも、ここに何がある?」
わざわざ倉庫街に連れて来たと言う事は倉庫に何かが隠してあるか、倉庫にデータを奪いエリーゼを拉致した者たちがいると言う事になる。
「前々からいざと言う時の為にと用意しておいた物が役に立つ時が来たようです」
アリスはそう言って倉庫の中の電気を付ける。
倉庫の中は殆ど何もないが、巨大な人影だけが存在していた。
「コイツは……確か、シャルドールだったか……」
クライドは実物を見るのは初めてだが、この機体を知識としては知っていたしモニター越しでなら見たことがあった。
マッドーナ工房製のMSで主にレース用に使われるMS「シャルドール」に間違いはない。
「有事の際に使うために買いつけて戦闘用に武装を施してあります」
アリスの言う通り、シャルドールには左腕にはゼノのシールドが付けられ、右手にはジラのマシンガンを持ち、両腰にジラのヒートホークが一基つづ装備されている。
それだけでなく、細かいところもカスタムされていることは外から軽く見ただけでもクライドには簡単に読み取れる。
シャルドールは元々レース用に開発された機体であり、運動性能や機動性能に秀でており武装をすることで十分に戦闘が可能となっている。
それ程のMSが必要な有事とは一体何を想定していたのかや、どこでこれだけの装備を用意したのかは敢えて問う事は無いが、MSの知識以外に何の力を持たないクライドにとっては心強い力である事には変わりない。
「問題は設計図を盗んだ連中がどこに行ったかだ……それが分かればコイツで殴りこみに行けるんだが……」
「例の脅迫状を送り付けた者達であれば、おおよそは見当がつきました。無論、場所の見当もついています」
「流石だ」
最後の問題である相手の居場所をすでにアリスが掴んでいたと知るとクライドはすぐにデータを取り返す算段を付ける。
「まさか、あんなところに大事な一人娘を隠しておくとは意外でしたね。リーダー」
アーヴィンで出される廃材や廃棄物を宇宙に投棄する前に貯めている廃棄物処理場を管理している管理棟で男たちは酒を飲んでいた。
その男達はどう見ても処理場の管理員には見えない。
それもその筈である。彼らこそがエリーゼを誘拐すると脅迫状を送り付けた傭兵達である。
「脅迫状を出せば厳重に隠して、そいつをぶち壊すのが楽しみだったのよ……」
その中でもリーダー格の男はゲルマン・アブラモフが心底つまらなそうにそう言う。
エリーゼを誘拐するにも脅迫状を出さなければ、簡単に誘拐出来たが、ゲルマンはそれではつまらないと良い脅迫状を出して、エリーゼを守ろうとするブランシャール運送と一戦交えてから誘拐しようとしていたが、予想外にもエリーゼは一戦を交えること無く誘拐に成功してしまった。
彼からして見れば一戦を交えることなく終わる仕事などつまらない。
「その腹いせに時限爆弾をセットして来るなんて、リーダーも人が悪いっすね」
クライドの部屋に爆弾を仕掛けていたのは彼らだった。
あまりにも拍子抜けな為、腹いせにクライドの部屋に時限爆弾を仕掛け、誰かが部屋に入るとカウントが始まる仕掛けをして来た。
「でも楽な仕事の上に報酬はタンマリですぜ」
「アホかお前、俺達傭兵は戦ってナンボだろうが……まぁ良い。後はマーロッソの旦那に引き渡して報酬で新しい武器でもヤーク・ドレから買い付けて新しい戦いをすれば良い」
「次はUEなんてどうだ?」
「そりゃ良いな。リーダーを敵に回すとは宇宙人も可哀そうだぜ!」
男達はそう言って大笑いする。
そんな様子をエリーゼは黙って見ている。
男達に何も言わないのでは無く、エリーゼは手足を後ろ手に縛られ、布で口を塞がれている。
(何なの……こいつら……)
エリーゼには男達の事がまるで理解出来ない。
エリーゼはUEを直接見たことはないが、連邦軍が今までにも一度も勝つことが出来ない相手である事は知っている。
なのにどうして好き好んでそんな相手と戦わないといけないのかエリーゼには理解出来ないが、このままだと自分はどこかに連れて行かれることは分かり、自分のおかれている状況がとてつもなく悪いことは嫌と言う程理解出来る。
(アスノ君……助けて……)
エリーゼが心の中で助けを求めたのはこの数日間に巻き込んだ少年だった。
自分には持っていない物を持っているクライドなら自分を助けてくれるとエリーゼは何の根拠も無く信じている。
そんなエリーゼの祈りが通じたのか、部屋にゲルマンの仲間と思われる男が慌てて入って来る。
「リーダー!」
「どうした、騒々しい」
「敵襲だ!」
男がそう言うと宴会の様な雰囲気が一気に鎮まり、男たちの雰囲気が先程までとはまるで違う。
「敵の数は?」
「一機だ。MSを使っている機種はシャルドールみたいだ」
「ほう……あのレース用の機体で殴りこみか……コイツは期待出来るのか……それとも、ただのバカか……見ものだな」
ゲルマンは獲物を追い詰めるかの様な眼をして心底楽しそうにそう言う。
「せっかく来てくれたんだ、丁重に迎えてやれ」
ゲルマンがそう言うと男達の何人かは部屋を出て行く。
「さて……俺達を楽しませてくれる相手がどうか……」
(アスノ君なの……)
エリーゼは状況がイマイチ掴めないでいるが、直感でクライドが何か仕掛けたのだと思っている。
そして、ふと視線を感じると床をは這いずっているクライドと視線が合い、エリーゼは口がふさがっているのにも関わらず叫びそうになるが、クライドは人差し指を口に当て喋るなとジェスチャーでエリーゼに指示を出している。
クライドは外の騒ぎにゲルマン達が気を取られている間に入り込んでいた。
(アスノ君!)
いつの間にか、部屋に侵入していたクライドが自分を助けに来てくれたと思ったエリーゼは喜ぶが、クライドは床を這いずりながら、エリーゼから遠のいで行く。
(って……何処に行くのよ!)
クライドは声を出せずに抗議するエリーゼの内心などお構いなしで進んでいる。
その先にはクライドの部屋から持ち出されたガンダムZEROの設計図が張っているデータディスクが無造作に置かれている。
彼らは一応、データディスクを持ちだしはしたが、ロックが厳重過ぎて中を見ることを諦め、適当なところに売り飛ばすつもりでいた為、その辺において置かれていた。
クライドの第一目的はそのデータディスクだった。
エリーゼの静かにするように指示を出したのは単にエリーゼに騒がれて、自分の存在がバレることを防ぐためでしかなかった。
(もうチョイだ)
クライドはゲルマン達の注意が外に向いている隙にデータディスクまで辿りついて手を伸ばすが、後少しと言うところでデータディスクの置いてある机に置いてあった酒の入った瓶を倒してします。
「やっべ……」
「誰だ?」
流石にそれで気付かない訳も無くゲルマンはクライドを発見し、クライドは素直に立ち上がると同時にディスクを持つ。
「餓鬼が紛れ込んでいたとはな……嬢ちゃんを助けにでも来たのか?」
「まさか……俺はそこまでお人よしじゃない。俺は只……このディスクを取り返しに来ただけだ」
クライドはそう言ってディスクを見せる。
自分よりもデータディスクを優先しているクライドにエリーゼは抗議をしようとするも、口が塞がっている為、抗議が出来ずクライドもエリーゼから完全に視線を逸らしているため、エリーゼがクライドに抗議しようとしている様子も見えない。
「そいつは確か……穣ちゃんと一緒に持って来たディスクじゃねぇか……そんな物をわざわざ取りに来たのか?」
「まぁね」
クライドはゲルマンの物言いにむかっと来るが、切れたところで状況が好転する訳でもなく落ち着いて対処する。
「そんなことの為にこんなところまで来るか……肝の据わった餓鬼だ」
「そりゃどうも……だったら、俺をここから逃がしては貰えないだろうかね」
「そいつは出来ない相談だ」
クライドはゲルマンとの話ながら、隙を突こうとするもゲルマンはクライド相手でも微塵も隙を見せない。
(まいったな……この男……その道のプロか?俺一人でも逃げようがないな……アリス……早くしてくれよ)
その様子から相手が只の誘拐犯でないことは明白で、この状況を自分一人で何とかするのは不可能と判断し、外で手筈通りの行動をしているアリスを頼りにしている。
「俺はなお前の様な肝の据わった餓鬼は好きだぜ。どうだ、俺達のところに来て傭兵にならないか?」
(傭兵……道理で素人じゃないって訳か……連邦の特殊部隊に傭兵……だたの誘拐事件じゃ済まないな……こりゃいよいよ面倒な事になって来たぜ……)
情報が集まって行き、このコロニーには武装した連邦軍の特殊部隊に傭兵が居て、どちらとも無関係でいることが出来ずどちらも自分達の敵と言う事になる。
今のクライドのはこの状況をどうすることも出来ず、出来ることと言えば頭をフルに回転させて、状況を整理し状況が動いた時にベストな行動をすることだ。
「悪いんだけどさ、俺はMS鍛冶志望なんだよね」
「ほう……お前のその性格はパイロットに向いてると思うんだがな。俺が保障してやるよ」
「そんな保障はいらないって……」
「まぁ良い。丁度、メカニックも欲しいと思ってたところだ。俺達と来いよ。断ればどうなるか分からないお前でもあるまい」
ゲルマンがそう言うと部屋の空気が途端に重くなる。
クライドもゲルマンの殺気から誘いを断ればどうなるかは大体予想がつく。
高い確率で生きてはここを出られず、良くてもどこかに売り飛ばされるのが落ちだろう。
(そろそろか……)
クライドは事前にアリスと打ち合わせていた作戦の進行を頭の中でシュミレートし、そろそろ次の段階が始まる頃だと考えている。
すると部屋の天井の一画が破壊される。
「時間通りだ。アリス」
ゲルマン達の注意がそちらに向くとクライドはエリーゼの元に走りエリーゼを確保する。
「その嬢ちゃんはどうでも良かったんじゃないのか?」
「まぁね。でも、俺のデータを奪ったアンタ達にデータを取り返すだけじゃ、俺の気が収まらないんだよね。だから、今度は俺がコイツを奪わせて貰うから」
クライドはそう言って、破壊された天井から部屋の中にシャルドールの手が入り込み、それに乗るとシャルドールの手は引っ込んで行く。
もしも、クライドが上手く部屋から脱出出来なかった場合は外からアリスが回収する手筈となっており、アリスは打ち合わせた時間きっかりで行動を起こしてくれた。
「全く……あんまり世話をかけるなよ」
クライドはそう言いながらエリーゼを解放する。
「どういう事よ! 私よりもデータが大事なの!」
「当然だよ。コイツに代えられる物は世界には存在しない」
自分よりもデータを優先したことをエリーゼが怒るがクライドは当然かのように答える。
その様子を見て、エリーゼは助けて貰ったことだし、怒る気が失せた。
「喧嘩はその辺りにしてください」
二人が喧嘩をしているうちに管理棟から少し離れて、シャルドールが足を止めるとシャルドールを動かしていたアリスがコックピットから出て来る。
「良いタイミングだったよ」
「メイド……」
エリーゼはアリスの姿に驚くが、クライドとアリスはそんな様子に構う事はない。
「それでは後はお任せします。私は次の手筈を整えて来ます」
アリスはそう言ってコッピットハッチからそのまま地上に降りた。
その様子を見ていたエリーゼは唖然とするが、今更アリスが何をしてもクライドは驚くことも無くシャルドールのコッピットに入る。
「アスノ君、MSを動かせるの?」
「動かし方は熟知している」
クライドはコンソールを確認しながら返す。
「戦闘をして来たのに損傷がないな……MSの操縦までこなすとはね」
クライドが管理棟に侵入するための陽動で、アリスは管理棟の近くに潜んでいたゲルマンの部下と一戦交えているが、シャルドールの戦闘での損傷は皆無でマシンガンの残弾も殆ど減っていない。
奇襲をしたとは言え、プロの傭兵を相手に一機でそれだけの戦闘をアリスは行ったことになる。
これからの事を考えると嬉しい事実だが、この状況を乗り切らねばその次を考えることも出来ない。
クライドはエリーゼをコックピットの後に乗せると、しっかりと操縦桿を握る。
「これで、何処に逃げるの?」
「市街地だ。市街地でドンパチしてりゃ、アンタの親父さんも気づくだろうよ」
エリーゼも流石にこの状況で家に帰るのを拒絶することなくコクリと頷いた。
流石にこの状況で家の助けになることまではエリーゼも拒否はしない。
「敵に追いつかれると面倒だ。急ぐぞ」
クライドはシャルドールを走らせて市街地へと進む。
クライドとして見れば、プロの傭兵を相手にMS戦をしたいとは思わないし、このコロニー内には連邦軍の特殊部隊までいる。
どちらもクライドの技量でどうにも出来ない。
市街地に入るとクライドは機体の足を止める。
「どうしたの? アスノ君」
「敵の追撃は無いから上手過ぎると思ってたが……待ち伏せかよ」
シャルドールの目の前には一機のジラが立っている。
ジラは両手にヒートホークを持ち両肩にはL字型のシールドを装備している。
クライドの見立てでは装甲も通常機よりも強化されており、シャルドールの武装でこのジラに損傷を与えるのは難しいと判断する。
「不味いな……」
「アスノ君……」
「聞こえるか坊主」
シャルドールにゲルマンからの通信が入る。
「これが最後通告だ。嬢ちゃんを渡して俺達の仲間になれ」
「やだね」
クライドが即答するとジラは両手のヒートホークを構える。
ゲルマンの二度も断った以上、生かす気はない。
そんな殺気がジラから放たれていることをクライドは漠然と感じている。
すでにエリーゼの誘拐の仕事は二の次のようだ。
「そうかい……」
「さて……マジでどうするかね」
勢いで断ったが、クライドに勝算がある訳じゃない。
ジラはシャルドールとの距離を詰めて、ヒートホークを振るう。
シャルドールは機体を引かせて、一撃目を回避するが二撃目は何とか左腕のシールドで防ぐ。
シールドにはヒートホークの痕がついたが、壊れた訳ではなく防御に使えるが後一度くらいしか防げないだろう。
「なかなか良い機体じゃないか。機体に助けられたな」
「糞……」
ゲルマンの言う通り、アリスがカスタムを施したシャルドールだからこそ、今の攻撃を防ぐことが出来た。
ゲルマンは一撃目を囮として使い、体勢の崩したところを二撃目のヒートホークで仕留めに来たが、シャルドールはシールドを装備しているため、シールドで防ぐことが出来た。
「どうする……そう何度もかわせない」
先の攻撃を防げたのはシャルドールの性能と運が良かったからだ。
そんな事が何度も続けば苦労はない。
ジラは再びヒートホークを構えて突っ込んでくる。
「来たよ! アスノ君!」
「分かってるよ!」
恐らくジラの一撃目は囮で二撃目が本命だと言うのは明白だ。
一撃目は囮である為、クライドの腕でもかわす事が出来る。
だが、二撃目はそうはいかない。
「っ!」
確実に当たると思われた二撃目をシャルドールはかわして距離を取った。
「かわしただと……」
「何だ……今のは……」
この攻撃をかわされて、確実に仕留めたと思っていたゲルマンだけでなく、確実にやられると思っていたクライドも驚く。
仕留めそこねたゲルマンは仕留めそこねたことに驚いているが、クライドはかわす直前の事で驚いていた。
クライドには攻撃の直前にはすでに、ジラのヒートホークの軌道がスローモーションのように見えていた。
頭ではゲルマンの攻撃は一撃目は体勢を崩すための囮であり、本命は二撃目である事は理解出来ていた。
しかし、囮の一撃目でもかわさないとやられる為、一撃目に集中をしていて本来は二撃目を見切る余裕は無かった筈だ。
だが、クライドには見えていた。
それ故に二撃目は一度目とは違い完全にかわして見せた。
なぜクライドがそんな真似が出来たのか分からないが、そのお陰で助かることが出来たのも事実だ。
「何だか知らんが……」
「どうするの?」
「一か八か勝負に出る。つき合ってくれるな」
どの道、普通に戦って勝てる相手ではない。
ならば、先ほどの感覚に頼る他、クライドが生き残る術はない。
「うん……」
「上等だ」
クライドは先ほどの感覚を信じて突っ込む
「まぐれは何度も続かないもんだぜ。坊主」
ジラはヒートホークを構えてシャルドールを迎え撃つ。
ジラはシャルドールにヒートホークを振るう。
一撃目をシャルドールはかわすが、すぐに二撃目がシャルドールに迫る。
「ここだ!」
再びクライドには二撃目のヒートホークの軌道が見えた。
攻撃の軌道やタイミングさえ分かればかわす事も容易となる。
シャルドールはヒートホークの二撃目を後ろに飛んでかわすと一気にスラスターを全開にしてジラの横を抜ける。
「かわしやがった!」
そして、シャルドールはそのままジラの方を振り向く事なく全速力で走る。
「倒さないの!」
「無理だ! 相手はプロの傭兵だ! 俺に敵う相手じゃない!」
ヒートホークの連撃を回避することには成功したが、相手がプロの傭兵である為、これ以上同じ手で来る訳がなく、ヒートホークをかわしたことで本気で来ることは目に見えている。
そうなれば、クライドには勝ち目はない。
「スピード勝負となれば、レース用のシャルドールの方が早い! このまま行けば逃げ切れる!」
その上、あのジラは装甲を強化したせいで通常のジラよりも機動力が遅い。
火器を搭載しないない以上、スピート勝負に持ち込めば元がレース用のシャルドールが圧倒的に有利だ。
ガチでの戦いでは勝てる気はしないが、このまま逃げるとなるとクライドも負ける気はしない。
クライドはわき目も振らずに港に走るが、そのまま港に辿りつく前に当たらな難敵が立ちふさがった。
「勘弁してくれ……」
クライドは心の底からそう言う。
すでにここ数日で立て続けに面倒事ばかりだと言うのに、更に面倒な事態となる。
クライドの前に立ちはだかったのは黒いジェノアスだった。
通常のジェノアスとは装備が違い、ビームスプレーガンの強化型のビームカービンを装備し、左腕のシールドにはヒートステックの代わりにビームサーベルの柄が装備されている。
また、基本性能も向上しUEに対しては特殊部隊用のジェノアスも戦果を挙げることはないが、クライドにとっては先程のジラ以上の脅威となる。
そして、このジェノアスに乗っているのは正規の訓練を受けた軍人の中でも特殊部隊に配属されるような相手だ。
「何で連邦のジェノアスがここにいるの?」
「知るか……だが、相手が連邦軍なら傭兵よりかはマシか……」
クライドは相手に通信を繋いで何とかしようとするが通信を繋ぐ前にビームカービンでシャルドールの左腕が撃ち抜かれた。
「問答無用かよ!」
「街中で戦闘をしてくれたお陰で我々もMSでの介入の口実が出来た。後は戦闘不能に持ち込み、機体から引きずり降ろして確保すれば任務完了だ」
コロニー内で戦闘用MSによる戦闘が起これば連邦軍としてはその戦闘を終結させる為に介入することが出来る。
なぜ、連邦軍が連邦に加盟していないコロニーに居るのかは後でどうにでもなる。
ジェノアスはビームサーベルを抜いて構える。
「参ったな……勝てる気がしない」
初めは事情を説明して保護して貰う気でいたが、相手がこちらの事情を聞く前に攻撃して来た為、相手にこちらの話しを聞く気がなく戦闘は避けられない。
「お困りのようですね」
するとアリスからの通信が入り辺りに煙幕が撒かれる。
その煙幕でシャルドールの姿は隠れる。
「煙幕!」
デュークは煙幕で視界を遮られるも、特殊部隊用のジェノアスには様々なセンサー類が搭載されシャルドールの位置は把握している。
そして、シャルドールはマシンガンを放ちジェノアスはシールドで防ぎながらシャルドールに接近しビームサーベルでシャルドールの両足を両断する。
両足を切られたシャルドールは仰向けに倒れる。
「そんな単純な手は俺には通用しない。これ以上の抵抗は無意味だ。投降しろ」
デュークはそう勧告するがシャルドールからは何の反応も無い。
「反応なしか……ならば」
ジェノアスはシャルドールからマシンガンを取り上げた上で、コックピットハッチを引き剥がしにかかる。
シャルドールのハッチは思いの外、頑丈で剥がすのに時間がかかったが、剥がしてコックピットを覗きこむ。
だが、そのコックピットは無人だった。
「無人……まさか!」
デュークはシャルドールから離れようとするがシャルドールは爆発する。
クライドとエリーゼは先程の煙幕が撒かれている時に機体を降りていた。
その後に自動でシャルドールがマシンガンを放つ様にセットしていた為にデュークはシャルドールにパイロットが乗っていると錯覚させられていた。
そして、最後に自体を自爆するようにしておけば、敵の目を眩ませることが出来る。
「まさかこのような手で来るとは……油断していたつもりは無かったのだがな……」
爆風が晴れると、シャルドールの自爆で装甲の所々が破壊されたジェノアスが出て来る。
その甲斐もあって、デュークは完全にクライド達を見失っていた。
「爆発音!」
「仕掛け解いた自爆装置が起動したんだろう」
機体を捨てたクライドとエリーゼは背後で爆発音を聞いていた。
すでにかなりの距離を取っているが、相手がMSを使う以上安心出来る距離ではない。
「あれで倒せたの?」
「それが出来たら苦労しない。相手は連邦軍の特殊部隊だぜ?あんな単純な策に引っかかってくれたこと自体が奇跡だ。あれで確実に仕留めることが出来たら急いでないよ」
上手く行けばジェノアスを戦闘不能に追い込むことは出来るが、爆発の規模からしてジェノアスに損傷を与える程度だとクライドは予測している。
見た目はは色が黒いだけのジェノアスだが、装甲も通常機よりも頑丈になっている為、至近距離で自爆させても損傷させるのがやっとである。
戦闘不能に出来なければ、ジェノアスの追撃がありMSを失ったクライド達には完全に成す術がない。
そうなれば、投降するしかなくそうなった場合は特殊部隊の目的によってクライドの処遇が変わって来る。
その為、今は少しでも離れる必要がある。
「それでこれからどうするつもりなの?」
「俺はこのまま港に向かう。アリスが脱出の用意を整えてくれている筈だ」
アリスがシャルドールを降りて別行動をしていたのはそのためだ。
先程、支援があったと言う事はすでに準備を終えていると言う事になる。
ならば、すぐさま港に向かう必要がある。
時間をかけ過ぎれば、港を封鎖される可能性があり、それを突破するために強引な手を使わなければならない。
「コロニーから出て行くの?」
だが、それはエリーゼにとっては予想もつかないことだった。
今回の事で多少、ゴタゴタに巻き込んでしまった為、エリーゼも少しは反省しクライドの事も家で匿うつもりでいた。
「そうなる」
エリーゼが攫われて、荒事になることが確定して時点で、クライドはこのコロニーから出て行くつもりでいた。
すでにここの学校で学ぶことは無いため、ここに留まる理由もなく、これだけの騒ぎの渦中にいた以上、アーヴィンに居ても仕方がないと判断してコロニーを出ることにした。
「お前には悪いが、ここでお別れだ。これだけの騒ぎになってるから、お前のお迎えもすぐに来ると思う」
「アスノ君……」
クライドがアーヴィンに留まる気がないことを肌で感じ、どうにか彼を止めようとするが、エリーゼにはクライドを止める言葉が見つからない。
「そんで保護された後は俺の事はきちんと説明しておいてくれよ。でないと俺はこの辺りのコロニーのお尋ね者になっちまうからな」
エリーゼが無事解放されても、自分の誘拐疑惑が晴れなければエリーゼを助けた意味がない。
エリーゼを助けたのは単にゲルマンへの仕返しの為だけではない。
「そう言う事だ。もう会う事もないだろうな」
クライドはそう言って港へと走っていく。
そして、その後ろ姿を見送ることしか出来ないエリーゼは一代決心をする。
「首尾はどうだ?」
クライドはエリーゼと別れて、誰にも見つからないように慎重に若干遠回りをしつつも港まで来ると、アリスがコロニーを出るための小型艇を用意していた。
「いつでも行けます」
「流石だ」
すでに小型艇はいつでも動かすことは出来、コロニー側が気づかないように細工も出来ている。
クライドは小型艇に乗り込みアリスも続く。
そして、アリスの操舵で小型艇は人知れずコロニーを出港する。
「これでこの物騒な出来事ともおさらばだな」
アーヴィンを出港して、少し経ち追撃がないことを確認してクライドは心底安堵した。
この数日の出来ごとはクライドにとっては予想外過ぎて、生きている心地がまるで無かった。
いずれは復讐の為に動き、平穏な日常と別れることは覚悟していたが、これは予想外の出来ごとだ。
「出来れば、二度と勘弁願いたいな」
「そうだよね。私もそう思う」
「だよな。あんなのは……」
そこで、クライドの思考は停止する。
何気なく会話していたが、明らかにアリスのものではなく、ここ数日で嫌と言う程聞いたことのある声だった。
クライドがその声が幻聴である事を願いながら、声の方を向く。
「何でお前がここにいんだよ!」
クライドは声の主……エリーゼに怒鳴る。
エリーゼは何食わぬ顔で、小型艇のシートに座っていた。
出港時や今までいなかったことから、小型艇のどこかに隠れていたのだろう。
そして、アーヴィンから離れたところを見計らって出て来たと言うところだ。
「私もさ……いろいろと考えたんだよね。私もアスノ君みたいに自分の夢って言うの? そう言うのを追ってみたくなってね。だから……来ちゃった」
エリーゼは満面の笑顔でそう言うがクライドはそれどころじゃない。
そんな遊びに来たと言った軽い感じで言うが事は重大だ。
「俺が言いたいのはそうじゃなくて……アリス!」
「私は聞かれませんでしたので」
アリスはシレっとそう言う。
小型艇に密航したのなら、自分はともかくアリスは気づいている筈だった為、問い詰めようとしたがアリスはあっさりと気づいていたことを認めた。
確かに、クライドはアリスの用意が出来ているかは聞いたが密航者がいないかは聞いていない。
だが、普通なら密航者がいる時点でクライドに報告をしても良いだろうにアリスが何も言わなかったのは確信犯と言える。
「取り合えず……俺の事はちゃんと行って来て、親に許可は取ったのか?」
クライドにとってそれが一番の問題である。
最悪、エリーゼがここに居ても誤解が解けていれば、まだ何とかなるかも知れない。
「そんな訳無いじゃない。そんな暇があったと思うの?」
エリーゼのその一言がクライドを絶望に叩き落とす。
考えてみれば当然の事だった。
クライドはエリーゼと別れてから、誰にも見つからないように注意して港に来たため、少し時間がかかったが、エリーゼは港に直行すればクライドよりも先につくことは可能だ。
そして、親にそんな事を言えば確実に止められるのは火を見るよりも明らかだ。
つまり、エリーゼは親にクライドの事を何も話さないでここに来たと言う事になる。
事件の最中で行方を眩ませた生徒と言う事ですぐにクライドが怪しいとブランシャール運送でも調べがつくだろう。
その上、エリーゼも見つからないとなると、そこから見つけ出される答えは一つしかない。
クライド・アスノがエリーゼ・ブランシャールを拉致したと言う事だ。
「なぜだ……どこで間違えた……」
クライドはこの事件の中で常にベストな選択を心がけていた。
しかし、今、バッドエンドが見えている。
それがすでにどうにもならないことになっている。
すでにアーヴィンからそれなりに離れており、今から戻っても面倒になるのは目に見えている。
「アリス……何でコイツを見逃したんだよ」
「クライド坊ちゃんはMS鍛冶としては才能に恵まれていますが、何分対人スキルに乏しい。坊ちゃんの目的を達成させるためには組織力がどうしても必要となります。幾ら、優秀な人間でもMSにしか興味のない者に誰がついて来ますか。それ故、私以外の第三者との交流が必要不可欠となります」
アリスが淡々と理由を述べるが、どれも正論な為クライドは言い返せないしその気力もない。
「ついでに言いますと、彼女との間に子供でも儲ければアスノ家の跡取りも出来て一石二鳥です」
どちらかと言えば最後に付けた方が本命のように聞こえたが、クライドにそこまで判断する余裕は無かった。
「まぁ、そんなに落ち込まないでよ。旅は道連れって言うしね」
「俺はお前の壮大な家出に道連れにされただけだけどな……」
クライドはどこか遠くを見るようにそう呟く。
こうして、クライドはアーヴィンを脱出して広大な宇宙を流浪することになり、後のクライドがエリーゼを誘拐したと判断されてこの辺りのコロニーに一斉に指名手配されることとなった。