東方覚深記   作:大豆御飯

103 / 122
第十章三話 勝てない戦い

 いつ何処でどのように化かされたのかは分からない。変らない人里を進んでいた筈なのに、気が付けばマミゾウが近くに居なかった。それどころか空に色は禍々しく変貌し、ふと見れば見たこともない巨体の怪物が居た。

 あれは一体何だ。そう思えたのは一瞬で、今この状況を理解することに直ぐ頭が持っていかれる。

 あの巨体の直ぐ傍にマミゾウは居るのだろうか。道の奥で寝かしている天子と衣玖は無事なのか。色々な情報が一気に頭に入り込んだ美鈴の心を不安の雲が包んでいた。

 だが迷っている余裕も無さそうで、兎に角巨体の元へと走る。走って走って、不意に落ちた巨大な雷に耳を塞いだりしながら走り続けた。

 

 そして、落下してきた文とメディスン、萃香を受け止めいたのだ。直ぐ近くで発生していた竜巻は急速に衰え、巻き上げられていた巨体が落ちる。美鈴は急いで三人を離れた場所に降ろすと、帽子を文の胸の上に乗せた。

 

「少し、預けておきますね」

 

 聞こえている筈もない声を掛け、立ち上がって進行形の惨事へと目を向ける。

 

 分かっている。これはもう、自分の手に負えるようなことではない。あんな巨体を倒せるほどの力は、自分には無いということ位、分かっている。

 そもそもの状況に理解が追い付かないのだ。強者の部類に入る天狗と鬼ですら戦闘不能に陥るこの状況に、人間にはかなり強い程度の美鈴に何かできるかと言われると何も返すことができない。

 

 遠くに見える戦闘。あれは天子と誰であろうか。それが、天子が敵に見えるのはきっと間違いではない。戦い方がずっと野蛮になった天子の姿を見詰める美鈴の瞳には、何かが切れた様な虚しささえあった。

 

 だが、現実はそう甘いものではない。巨体を蠢かせる異形がゆっくりと美鈴の居る方へと向いたのだ。理由は単純だろう。文が居るからだ。

 

「……一人で守れって言うのですかね、これは」

 

 頬を汗が伝う。地面を叩きながら近付いてくるその異形を前に、美鈴の体はあまりにも小さかった。

 

 けれどもう、挑むしかない。倒せなくても、耐え続けるしかない。

 耐えるだけなら大丈夫だ。衝撃を受け流す術ならば、主である吸血鬼にだって通用したのだから。直撃だけならば回避できるかもしれない。

 

 触手が振り下ろされる。しなり、叩かれた空気が鈍い音を鳴らして美鈴の真上に迫る。意を決した美鈴は指を伸ばして右手を頭の上へと持ってくる。

 

 そして触手が丁度その高さに来た瞬間のこと。手首を動かして側面に触れると同時に右斜め下へと振り抜いた。

 

 結果は明白。美鈴をも潰す筈だった触手は、美鈴の直ぐ右隣の地面を激しく叩いたのだ。長い髪が乱れ、足に振動が伝わったけれど、直撃だけは避けた。

 しかし安心している余裕は無い。顔を上げた先にはもう、二本目の触手が振り上げられている。極度の緊張が彼女の中に生まれ、笑みすら浮かべながらその攻撃を迎え撃つ。

 

 流して、流して、流す。

 

 段々と何度も何度も打ち付けられる触手を受ける手の甲は擦れ、血が滲む。傷口は砂で汚れていくけれど、そんなことを気にする余裕は無い。

 

「……マズい」

 

 地面を触手が叩く度に伝わる衝撃は美鈴の足を追い詰める。

 一発が重たいために、他のことに気を配る余裕は無い。

 

 触手は何本も生えている。何も太いばかりではないのだ。

 

「きゃっ!?」

 

 上にばかり集中する美鈴の足に細い触手が絡みつく。反応したのが限界で、一気に引っ張られた。抵抗することもできず、地面に擦れた腕に無数の傷が走る。そのまま触手の極至近距離で宙吊りされてしまった。

 それでも触手を掴み、必死に抜け出そうと試みる。けれど、そんな彼女を弄ぶように振り回した異形。美鈴の体は異形にとっては矮小で、捻り潰すこと等容易なのだ。

 

「ち、っくしょ……!!」

 

 弄ぶように体に巻き付いてくる触手。もがいて振り解こうとも力が強い。ミシミシと、全身が訴える痛みを噛み殺し、兎に角もがく。

 

 振り解けない。

 一瞬そう頭に浮かんだ瞬間、全身が悲鳴を上げた。

 

「い、っぎ、が……ッ!?」

 

 圧迫される肺は声を出すことすら許さない。絞り出しただけの声が、意識の無い文達に届くこともない。

 今この場に助けてくれる誰かが居ないことは明らか。広がる瓦礫の地面に、希望は一つも無いのだ。黒一色の空を見るだけでも、そんなことは明らかなのだ。

 

(ま、待って……)

 

 一瞬、本当に一瞬だけ美鈴は全て諦めた。

 

 ただ、彼女はどれを認めないと言わんばかりに乱入してくる。

 目に映ったのは、包帯に巻かれた巨大な手。それが異形の巨体を殴り飛ばしたのだ。骨が砕ける様な硬い音はしない。けれど、殴り飛ばされた異形の下敷きになった瓦礫がバキバキと音を上げて粉砕されていく。

 美鈴は力が緩んだ異形の触手から抜け出した。誰なのか、必死に見回した時、一人の少女が目に入る。

 

 桜色の短い髪。そして赤を基調とした服に右手を包む包帯。

 

「……大丈夫かしら? 豪快な助け方をしたからね」

 

 ふわりと微笑んで、少女は美鈴を見る。

 

「私は茨歌仙。この状況は解らないけど……霊夢が来るまでの時間稼ぎの為に、貴方に手を貸すわ」

 

 茨木華扇。

 美鈴に知る由もないが、彼女もまたかなりの強者である。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。