東方覚深記   作:大豆御飯

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昨日ランキング載ってました。
ありがとうございます!!


第十章四話 半端な強者であること

「手を貸すと言ったは良いけれど、無理そうなら下がっていて」

 

 地面に座り込む美鈴の前、彼女を守る様に背を向けて立つ華扇。その先には異形の群れがわらわらとこちらへと向かって来ている。それだけでも絶望感が漂うにも拘らず、華扇は一歩も下がらなかった。

 下がれなかった、と言う方が正しいだろうか。美鈴だって分かっている。あれだけの巨体と数を前にした今、自分がどれだけ小さいか等、誰に言われなくても嫌と言う程叩き込まれる。

 事実、直立不動に見える華扇の足は今、小刻みに震えているのだから。

 

「……私は普段、矢面に立って何者かと戦うことはありません。仙人として修業し、人として生活しているだけの、ただの行者ですから」

「……でも、今は戦うしかない、ですよね」

「はい。意識ある限り、両の眼が世界を捉えている限りは」

 

 ギリリ……と固く握った拳が音を上げる。

 

「勝てなくていい。勝つことだけが戦いではない。強者に全てを任せる為の、ただの時間稼ぎだって立派な戦いです」

 

 華扇は両目を大きく見開いた。

 

「私とて、戦わずともそれなりの武家修行は欠かさない身。真の強者ならずとも、ある程度の強者であると思いたい。それは貴方も変わらない筈」

「……」

「決め付けるのは傲慢かもしれないけどね。だけど、まだ戦えるのならば……貴方に手を貸す私に、手を貸してください」

 

 華扇は振り返った。泣きそうな顔で、手を差し出してきた。

 

 そうだ。勇敢に立ち向かっていったであろう天狗も鬼も、皆恐怖に駆られていたのだ。

 

 それでも、もう立ち向かうしか選択肢は無い。来るかも分からない明日と、そして更なる強者の為に、立ち向かうしかない。

 闇を進むのに松明は持っていない。それでももう、周りには闇しかないのだから。

 

 だから美鈴はその手を取って立ち上がる。

 

「時間稼ぎと聞きました。となると、真打が来ますよね?」

「えぇ。きっと」

「……ならばそれまで、何時間でも耐え抜くだけです」

 

 華扇は頷いた。

 

 同時に全てが動き始める。地面を叩いて触手を振り回す異形の巨体を見据えた華扇は再度拳を固く握り締めた。その拳はゆっくりと、背中に隠す。

 その瞬間を狙って触手が振り下ろされた。空気を裂いて、華扇の体をピッタリと捉えて。

 視界が異形の腕で埋まっていく。けれど、彼女は一切動じない。

 

 横合いから飛び込んだ美鈴がその触手の起動を逸らす。間一髪、華扇の直ぐ右隣を空振りした触手は地面を揺らし、砂埃や石を巻き上げる。

 

 その時には異形の目と鼻の先に現れた華扇の剛腕がその巨体を捉えていた。貫通してしまう程深くめり込んだ剛腕はそのまま殴り飛ばす。他の異形をも巻き込み、瓦礫を撒き散らしながら飛んでいく。

 だが、当然の様に再び動き出す。

 

 華扇の前に美鈴が庇う様に立ち、華扇は間髪入れずに二発三発と打撃を加えていく。右手に伝わる湿ったものを潰す感覚に顔を顰めながらも、動き暇を与えないようにと打撃を与え続ける。

 その瞬間のこと。

 

「危ないッ!!」

 

 背を向けて立っていた美鈴が突然突き飛ばしてきたのだ。

 

「何!?」

 

 咄嗟に聞いたその先で、何も無かった虚空が突然歪んだ。

 直後、二人を目に見えない衝撃が叩く。一瞬だけ全ての感覚が白くなる。地面に叩き付けられた衝撃で感覚が戻り、押し出された空気を求めた肺が呼吸を狂わせる。

 

「がっ、はぅ……何なの……?」

「すいません。真打です」

 

 膝を立てて一点を見据える美鈴。その視線の先の粉塵の向こうにゆらりと人影が。

 

「異形は結構無視できないですが、もっと無視できない奴です。忘れていました」

 

 その粉塵が内側から爆散する。立っているのは長身の少女。

 

 竜胆芙蓉。

 

「……一度狂ったものは何でも、誰かが直すまでは直らないよねぇ」

 

 カツンと石を蹴り飛ばし、芙蓉は自嘲気味に空を見上げる。漆黒の空は何も語らず、そしてもう、大きな変化を見せることもない。

 

「あの異形も何もかも、全てもう計画の範囲外だからぁ……私も最後は自由に、暴れさせてもらうよぉ」

 

 揺れる体。虚ろに下を向いた芙蓉は静かに両手を広げる。何が来るのか、身構える華扇と美鈴は唾を呑み込んだ。

 

「……世界『森羅万象の背反領域』」

 

 世界から動きが消える。

 

(……え?)

(……何?)

 

 音も無ければ風も無い。何もかも奪われた様な、そんな感覚。見ることはできるけれど、視線を動かすことはできない。目に入る異形達でさえ岩の様に動いていない。彩までもが消えた世界はモノクロ。

 全てが、凍りついた。

 

 その世界の中心とでも言う様に、少女は君臨する。

 

「万物の拒絶。抗える者等居ない。次の一撃を、半端な君達に抗う術なんて無いのさぁ」

 

 光の消えた笑みを浮かべて芙蓉が近付いてくる。どれだけ力を籠めようとしても入らない。立つことでさえしていないように感じる。

 それは途方も無い恐怖を生む。このまま目の前の少女に殺されてしまうのではないか。あるいはもっと悍ましい何かか、想像もしたくない醜い未来か。

 止めての声が出ない。悲鳴を上げることもできない。

 非現実的空間で、現実味を帯びた悪魔が一歩一歩と近付いてくる。

 

 そして、

 

「君達は、チェックメイト。かなぁ?」

 

 芙蓉は右手を上に、指をパキンと鳴らした。

 

 襲い来るは、動を思い出した世界の暴挙。

 芙蓉の掌の上で転がされる、反抗心を植え付けられた世界の悲鳴。

 その、集合体。

 

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