東方覚深記   作:大豆御飯

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第十章五話 本当のこと

 薄らと目が覚めた時、先ず感じたのは異様な空気。続いて体の痛みを覚え、そして瓦礫の感触を得る。やがて音が耳に入り、土の様な臭いが鼻に突く。

 現状の把握もままならないまま、魂魄妖夢は痛む頭を押さえてなんとか上体を起こす。見れば服はボロボロ、血で赤黒く染まっていた。言うまでもなく自分の血だが、妖夢はそれを受け入れることができなかった。そして何よりも、腹の中が掻き回された様な気持ち悪い感覚。混み上がってきた吐き気を堪えた。

 

「……ここは」

 

 空は黒。広がるのは荒れた知らぬ場所。

 そして、見たこともない、禍々しい謎の巨体の群れ。幽香と天子の激しい戦い。

 

「……何が、起こっているの?」

 

 呆然と呟いて、妖夢はただへたり込んでいた。

 

 その直ぐ真後ろを、何かが瞬間的に過ぎ去る。

 

「え?」

 

 咄嗟に振り向いて、見えたのは吹き飛ばされた人影。地面に叩き付けられ、荒れた地面に擦られて止まったその影は、長い赤色の髪を持っていた。

 見間違う筈もない。その人影は紅美鈴だ。突然の出来事に混乱する。その最中にまたもう一人と吹き飛んできた。見えた桜色の髪の少女は茨華仙と名乗る仙人だったか。

 困惑し、大丈夫ですかと駆け寄る余裕も無く妖夢は手元に無い楼観剣を探す。鞘に収まったままの白楼剣だけでは自衛もできないだろう。しかし、瓦礫が散乱する地面にその刀の影は無く、まして傷付き消耗し果てた体は這うことですら痛みを訴える。

 

「……あの妖怪の他に、まだ意識があるのが居たのかぁ」

 

 そんな妖夢の耳に、一つの足音が聞こえる。

 

「とは言え、今意識が戻った様子だねぇ。かわいそうだなぁ」

 

 見れば、ゆらりゆらりと歩く少女。

 竜胆芙蓉だ。

 

「……もう、君達には希望は無い。立ち上がっても未来は無い。それだけなのにねぇ」

 

 気が付けば、声にもならない声が漏れていた。

 純粋な恐怖は足を泥沼の様に絡め取り、逃げることもできない。芙蓉の光の無い瞳が自分を捉えているということが、何よりも理不尽に感じられてしまう。喚き散らして誰かが助けてくれるのか。そんな希望的観測を抱く余裕も無ければ、まして助けての声が出る筈も無い。

 

「どうしたの? 何をそんなに怖がるのぉ? 君は誰よりも、誰よりもこの一件の中で戦ってきた筈だろぉ? 暴走した氷精を倒し、撫子と二度も戦い、そして私に倒された。ここまで来て、何を恐れると言うのかい?」

 

 悪意の籠った声で芙蓉が聞いてくる。見透かしていた様に、妖夢の今に至るまでの戦い。を言う。

 それは、ただ気になっているから聞いただけだろう。特別な感情もなければ、特別な興味も無い。知らなければそれで良い程度の興味だ。この瞬間、助けも武器も体調でさえも全てが揃わない妖夢に聞くのはあまりにも酷。けれど、芙蓉は聞いてきた。

 

「……そんな、経験したら恐怖が拭えるなんて、思っている訳じゃないですよね?」

「そんなもんじゃないかなぁ」

「そ、そんな訳……そんな訳ないじゃないですか……ッ!!」

 

 きっと最初から答なんて求めていないのだろう。

 そうと分かった上で、妖夢は叫んだ。

 

「怖いに決まっているじゃないですか……本当の殺し合いなんてしたこともない。生きるか死ぬかの瀬戸際で、恐怖を感じない訳ないじゃないですか!! それに慣れろとでも言いますか!? やりたいことをやるのが主人公だと言うのなら、最初から私には主人公なんてなれる訳ないんですよ……命の取引なんて、何度経験したって……やりたい訳ないじゃないですか……ッ!!」

 

 震えながら、妖夢は白楼剣に手を掛ける。

 こんなことはやりたいことではない。それを挙げて良いのなら、最初から彼女はここに立っていない。鼓舞する為の言葉は、自分を騙していたに過ぎない。自分ですら騙していたことに呆れ、嘲笑し、小さな少女は顔をぐちゃぐちゃにしてまで刀を引き抜く。

 構えていられる程体が動く訳でもない。

 まして、刀を振ることができる程力が残っている訳でもない。

 

 それでも妖夢はもう、嘘を重ねるしか無かった。

 今更、嘘で塗り固めていたことを咎める者等居ないのだから。

 

「……そう。それが、人間らしさ、なのかなぁ」

 

 芙蓉はポツリと呟く。

 

「……そりゃ、怖いよねぇ。私だって怖かった。死を実感した時、初めて悲鳴を上げたよぉ」

 

 芙蓉の顔を見た妖夢の目に映ったのは、少しだけ光が戻った、寂しそうな顔だった。

 

「……だけど、世界は残酷なんだ。悲鳴を聞いてくれる誰かなんて居ない。差し伸べられる手なんて以ての外さぁ。同情、傷の舐め合い、痛みの主張、妥協、そして諦め。そのくせ、狂ったように他人の痛みに塗る塩を薬だと思い込む。誰も救えないくせに。そして君は、その塩を……自分にまで塗ってしまったんだぁ」

 

 そんな顔を浮かべていても、敵であることに変わりはない。

 

 芙蓉は右手を挙げる。

 

「……来世でもし会えるのなら、君とは友達になってみたい」

「……待って、ください」

「ごめんね。同情しても、私はあくまでも真っ黒の悪だ。優しくあったら、ダメなんだぁ」

 

 先程喰らった、全く同じ攻撃だろうか。

 

 もう、次は受けられないだろう。このボロボロの体は間違いなく壊れるだろう。

 だけど、逃げる力も無いから。

 妖夢は固く目を瞑る。

 

 最期にやりたいことが叶うのならば、白玉楼の縁側で主とお茶を飲みたかった。

 

「させる、ものか……ッ!!」

 

 その最期の筈なのに。

 体が受けたのはあの一撃ではなく微風のような衝撃。

 

「な、え?」

「……殺させはしない。貴方が天道の内の人の子である限り、人殺しなどこの私が許さない……!!」

 

 そっと目を開ける。

 

 目の前に見えたのは芙蓉とは違う別の人。

 特徴的な桜色の髪は示す。茨華仙の後姿。

 

 芙蓉の一撃を右手で握り潰し、妖夢を庇って立つ。

 

 それだけではなかった。

 

 気配を感じて振り返れば、救いの権化のような存在が。

 八坂神奈子。

 聖白蓮。

 豊聡耳神子。

 

 幻想郷における神道、仏教、道教の頂点とも言える三人が、妖夢の後ろに立っているのだ。

 

「……なんで」

「救われない者が居ると聞いて、直接宗教勧誘に来ました」

「私も大体同じ理由よ。弟子になってくれたら良いなと」

「あ、それなら私も。人間も妖怪も平等であるべきですからね」

 

 いつもと変わらない調子で三人は言う。

 

 ただ、それだけで妖夢の心の底に、安堵の温かさが浮かび上がった。

 




突拍子も無く出たけど、一応一回それっぽいこと言ってた
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