東方覚深記   作:大豆御飯

106 / 122
第十章六話 救いの導達

 加奈子、白蓮、そして神子は躊躇うことなく妖夢の前に出る。ただ振り返ったりはせず、見詰める先は異形や芙蓉達だ。チラと三人を見た華扇は僅かに笑みを浮かべ、震えながらも構えを取る。対照的に芙蓉は気圧されたのか二歩後退りし、額の汗を拭った。

 

「……君達は、何なのぉ……?」

「宗教家、と言えば簡単でしょうが……まぁ、私は山の神様です」

 

 三人の真ん中に立つ加奈子は腕を組んで答える。

 

「私は聖白蓮。命蓮寺にて住職をしています」

「そして私は豊聡耳神子。色々やっている仙人だよ」

 

 白蓮と神子も続いて名乗り、また一歩前に出る。

 

 言わなくても分かる。既に三人は臨戦態勢に移っているのだ。その実力の程はまだ芙蓉には分からない。けれどこの視界に入る惨状を目の当たりにしても一切動じない所を見る限り、少なくとも手慣れであることだけは分かる。

 

 そして何よりも。華扇やこの三人と言い、本来はこの世界に居る筈の無い者が簡単にこの世界に入り込んでいると言う現状が、何よりも彼女が窮地に立っていることを浮き彫りにするのだ。

 この世界は色々な世界が混ざり過ぎている。故に、構成する法則も数式も何もかもが定まっていないのだ。全てが適応され、全てが適応されない。

 それは、芙蓉から無敵の要素を失くしたに過ぎない。

 それでも彼女は強い。

 

 けれど、強いと言うのは誰にでも勝てると言う意味ではないのだ。

 

「……なるほどねぇ。うんうん、ある意味ではこれで元の計画に修正できるのかぁ」

 

 芙蓉もまた笑みを浮かべた。勝つことはできなくて良いのだ。散々暴れ、手こずらせた上で負けることが最初の予定。エリカの登場によって全てが崩壊してしまったけれど、この三人と華扇を使えば元の軌道に乗せられる。

 

「それじゃあ、かかって来なよぉ。四人同時だろうが五人だろうが、相手してあげるからさぁ」

 

 まだ最強の矛を持っていることに変わりは無い。空間を動かす、回避困難な攻撃手段だ。

 それで、散々かき回す。

 

「それでは、よろしくお願いします」

 

 白蓮が一礼した。

 

 それと地面を強く蹴る音が聞こえ、砂塵が宙を舞っているのを見たのは同時だったかもしれない。

 芙蓉が何か反応を見せるより早く、白蓮はその懐に潜り込む。鉄より硬く握られた拳は既に突き出されていた。驚愕するより早く、芙蓉が体を動かすよりも早く、白蓮の拳はみぞおちへと吸い込まれる。

 

 悲鳴すら無かった。

 衝撃の暴力はたった一撃で全てを粉砕する。

 

 血を吐き出しながら砲弾の様に殴り飛ばされた芙蓉を眺め、神子ははぁと溜め息を吐いた。まるでそうなることを分りきっていたかのようだ。言うまでもなく、彼女等に芙蓉の心中は分からない。

 

「……三人も来た意味が無さそう」

「そうですか? 向こうに禍々しいのが多数いらっしゃいますが……とても一人では対処しきれそうにありませんよ」

「なら、あの禍々しいのは私が処理するわ。何、仙人様にもまだ相手は居るみたいよ」

 

 加奈子は神子の肩を叩いてある方を指差す。

 その方向にあるのは不自然な暗雲。その下には赤く汚れた衣を纏う一人の天女、永江衣玖の姿がある。ゴロゴロと雷鳴が唸り、衣玖自身も紫電を纏っている。僅かに浮遊したままゆっくりと近付いてくるその姿を見て、神子は顔を顰めた。

 

「……残り物を押し付けられたような気がするのは、気のせいと言うことで良いの?」

「どうでしょうかね。それなら、禍々しいのも天女様も全て纏めて私達で相手をするということでもよろしいですが」

 

 余裕綽々で言葉を交わす三人。その後ろで華扇と妖夢は呆然と三人を眺めていた。

 

 あの巨体を見て、何一つとして動じない。かと思えば、あの芙蓉を打ちのめし、そのついでのような感覚で話をしている。まだ戦えると思っていた華扇でさえ、そこに出る幕は無い。

 もはや狂気とさえ感じられた。何がそこまで彼女等にゆとりを持たせるのか。この訳の分からない世界の中で、何故そんなにも平静を保っているのか。

 そして何故、己の強さに自身を持っているのか。

 

「山の仙人様。貴方に一つ、頼みがあります」

 

 不意に神子が華扇に背中を向けたまま呟く。

 

「倒れている方を遠い所へと退避させていただけないでしょうか。これから少々激しいであろう戦闘になりますので、動けない者には危険すぎる」

「……分かりました。ですが、既に手負いなので思いの外時間が掛かるかもしれません」

「構いませんよ。可能な範囲内で早く、それで大丈夫です。何があろうとその間は貴方達に危害が加わらないことを約束しますから」

 

 振り返り、微笑み掛けた神子はゆっくりと宝剣に手を掛けた。金属が擦れる音がして、その銀色の刃が光を反射する。それを合図に加奈子は腕を解き、白蓮は手のひらに拳を打ち付ける。

 妖夢に肩を貸して立ち上がらせながら、華扇は思わず聞いていた。

 

「何故、そこまで……堂々と?」

「言うまでもないとは思うけど、ここに来て直ぐの貴方もそうだったのではないかしら」

 

 背中を向けたまま加奈子が答える。

 

「まだ恐怖をしらないのさ。それ以外の理由を求めると言うのなら……そうね、救いの道標である以上、恐れおののくべきではないと言うのも理由だよ」

「救いを解く者が恐怖の中に囚われていては元も子もありません。そんな単純な理由ですよ。怖くない訳ではない。怖さを克服している。それだけです」

 

 少しだけ振り返った白蓮は笑みを浮かべて言う。

 

「まぁ、任せてください、山の仙人様。救えずして宗教家を名乗ることは恥じるべきことでしょうからね」

 

 神子は剣を掲げ、我先にと走り出す。それに続いて行く三人の背中を眺める妖夢は小さく笑みを零した。

 

「……私達の出番は、漸く終わり、ですかね……」

 

 突然糸が切れたように意識を失った妖夢を何とか支え、華扇はお疲れ様と声を掛ける。

 何人も倒されたその果て、遅れてやって来た真打達。それはこの黒い空に切れ目を作る光のようだった。

 もう自分があの忌々しい異形に目を向ける必要は無い。妖夢を背負った華扇は一番近くに倒れている美鈴の元へと急ぐ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。