ダダンッ!! と地面を蹴った神子が衣玖に肉薄する。対抗する様に紫電を撒き散らす衣玖だが、神子はそれを気にも留めない。電気の奔流を鮮やかに回避すると、宝剣を大きく振りかぶった。高く高く跳躍し、眼下に衣玖を見据えて一気に急降下する。
衣玖は笑った。神子の真上には黒雲が集まる。迫る神子の向こう、それは極大の雷撃の予兆。
光った。
「危ない真似をしてくれるものだ」
けれど、それが神子の体を貫くことはなかった。空中でひらりと回転した彼女はそのまま雷撃を切り裂いたのだ。
時間にして刹那の話、幾ら仙人と雖も目で捉えられる筈のない雷撃はしかし両断されて地面へと突き刺さる。
「こういうのは仙人の領分ではなさそうだけどね」
雷を切った刀の伝承を思い出して笑みを浮かべた神子。動きの止まった衣玖の額へと剣の柄の先端を力任せに叩き込む。
固い物が砕ける音が炸裂する。
額の衝撃で衣玖の首は後ろに大きく曲がり、更に引っ張られた体が弓の様に反る。連続した異音は衣玖が地面に倒れる音で掻き消され、その体からは一切の力が抜けていた。
トンと神子は着地し、ざっと辺りを見渡す。萃香と文、そしてメディスンを運ぶ華扇を確認し、暴れ狂う異形へと目を向ける。
「……よくもまぁ、こんな化け物を作り出したものね」
退屈そうに呟くと、宝剣を構え直す。
切り刻むなど造作もない。白蓮や加奈子が出る幕は無いだろう。そう思い、僅かに口角を吊り上げる。
「背中、失礼いたします」
そして背中を誰かが踏み台にした。
「な、貴様ァ!!」
見えたのは黒い人影。揺れる長髪は黄色と紫の特徴的なもの。
聖白蓮が異形の群れへと単身突っ込んでいく。それはあたかも黒い砲弾の様で、踏み台にされた神子は危うく倒れそうになった。思わず地面に向いた神子の視界の外側で轟音が炸裂する。同時に周囲をピリピリと衝撃が振動させる。見ないでも分かる暴力的な一撃の結果。顔を上げた神子は思わず苦笑いをしていた。
白蓮が放っていたのはただの握り拳。たったそれだけで異形の巨体が寸断されていたのだ。ブチブチと音を上げ、二つに分かれた異形は灰のように消えていく。
白蓮の攻撃はそれだけに留まらなかった。他の異形達は狙いを白蓮唯一人に絞り、全ての触手を持って彼女を叩き潰そうと襲い掛かる。
それは全て、更に強い力で吹き飛ばされた。白蓮の拳でも、神子の斬撃でもなく、文字通り根こそぎ千切れ、四方八方へと飛び散っていく。
「ふむ、風の神として存分に力を発揮できるとは思ったけれど……どうやら少しばかり強すぎたかな?」
異形の群れに突っ込んでいく神子と白蓮を眺めながら、加奈子は腕を組んで呟いた。
全てが圧倒的。全力を存分に発揮する神子や白蓮は勿論のこと、それを見て的確に隙を埋める加奈子もまたこの場を覆すには十分過ぎる存在であった。蹂躙の方向が変わり、加奈子の視界の隅では見慣れない幼い少女が呆然と立ち尽くしている。
(彼女も……敵なのかしら)
あたふたと意味もなく手を彷徨わせるその幼い姿に加奈子は目を細める。場に手を出す訳でも無ければ、かと言って逃げ出す訳でもない。巻き込まれていた里の人か、その判別さえ正直難しい。白蓮と神子は異形に集中している今、彼女に何らかのことをできるのは自分だけ。自然とそう思って、加奈子はその少女へと近付く。
その、直後。
「……ッ!?」
直感的に体を反らしたその目の前を赤く染まった人影が横切った。横切った先を見るとその人影は地面に叩き付けられ、痙攣した様に動いただけでそれきり。それは白蓮や神子のではなく、体を染める赤は血だろうか。
「……貴方、山の神様だったかしら」
「貴方は……」
「風見幽香。自己紹介はいいわ。それよりも、今貴方が近付こうとしたあの女の子なんだけど」
その反対から声をかけてきた幽香。派手に乱れた服に真新しい傷跡、そして肩で息をするその様からは相当な疲労を見て取れる。
けれど、それを感じさせない滑らかな声で幽香は言った。
「今戦っている相手の中で一番危険だと忠告しておくわ。そして、何が合っても意識だけは失わないように」
背後から悲鳴が聞こえた。
先程聞いた女性の声。
「……意識を失った輩は、もう敵よ」
振り返ると、そこには立っていた。
虚ろな目をした妖夢。体の軸がズレている萃香、そして華扇の首を絞めて持ち上げている美鈴。
「見てわかったでしょう。天女も天人も、奴の毒牙に触れていた。恐らくあの三人も、ね」
ふと見ればメディスンや文は倒れたまま。だが、それを疑問に思うよりもまず感じたことは危機だった。
「……話が通じる状態ではない、と」
「当たり前でしょう。でなければ、あんな狂った天人を真正面から相手にしないわ」
加奈子はまた目を細める。背後では異形が一掃されたのか、暴力的な音が消えた。
その代わりに聞こえてくる、聞き慣れない少女の声。
「ぜんぶぜんぶ、こわれちゃえ」
暗転。心象の雲間が消え、闇が覆う。
ある意味ではここからが宗教家としての本分ではある。けれど、そこにあるのは最早救いや導きの類ではなかった。
自我の無い、いうなればゾンビの様に変貌した妖夢達。
導くべき心も何も、そこあるのは空白だった。