東方覚深記   作:大豆御飯

108 / 122
第十章八話 虚との戦い

 幽香が忌々しそうにふんと鼻を鳴らした。既に天子との戦いで消耗している幽香だが、決して弱っている所を見せようとはしない。その強がりが果して吉と出るか凶と出るか、加奈子は薄々気付いていた。

 

「……無理はしませんように」

「するなと言われても、譲れないものがあったりするのよ。貴方の様な神様には分からないであろう、しょうもないプライドがね」

「そう……」

 

 加奈子はもうそれ以上何も言わなかった。皮肉も込められたその言葉の真意はきっと、別の所にあるのだから。それは神であろうと、それ以上踏み込もうとは思えない。

 

「相手は三人、こちらは現在二人。どうせすぐにあの尼と仙人も来るのでしょう?」

「でしょう。人数的に言えば有利ね」

「ただ……あいつらは痛みを知らないよ。意識を奪わないと、狂ったように襲い掛かってくる。あの天人もそうだったけど……油断したら死ぬと言っておくわ」

「……一妖怪が神に忠告ね。生憎と、そうそう息絶えはしないと知っているじゃない」

「だから皮肉を言ったのだから」

 

 加奈子は腕を組む。

 

 それが、開戦の合図となった。妖夢が刀を構え、萃香は力を誇示する様に地面を踏み鳴らし、そして美鈴は華扇をぞんざいに投げ捨てた。地面を転がる華扇に目を向ける余裕は無い。

 

 技術と力の権化が、真っ直ぐに突進してくる。

 

「神祭『エクスパンデット・オンバシラ』」

 

 加奈子もまた慈悲は持たなかった。スッと右手を前に出した瞬間、彼女の背後から無数の木柱が射出される。普段は手加減して放つそのスペルカードも今は手加減などない。超高密度且つ高速度の物量の暴力に回避の隙等無い。

 

 その筈だった。

 

 木柱で埋もれた視界の向こう、空気を切る音が微かに聞こえた。直後、三人を暴力の濁流にのみ込むはずだった木柱は全て滑らかな動きで切り刻まれていくのが見えた。

 それだけではない。斬撃の音に混ざって木を破壊する音が聞こえ、更には美鈴が舞うかのように木柱の間隙を生み出し、回避しながら接近してくる様子でさえ目に映る。

 

 幽香は冷静だった。生み出された木柱の間隙から美鈴が飛び出して加奈子へと殴りかかるその瞬間に二人の間に割って入る。

 妖怪としてならば二人の差は歴然。幾ら美鈴が手慣れと雖も素の実力が最上級である幽香に叶う筈がない。

 

 けれど、突き出された拳は受け止めた幽香の腕を弾いた。あっ、という短い悲鳴。そのまま美鈴は流れるように胸、腹部、顎と連続して肘と掌底を見舞い蹴り飛ばす。

 

 それを加奈子は予想していた。最初から幽香がまともに戦うことができるなど、想定はしていない。

 だからこそ、木柱の標的を絞る。抑えていた妖夢と萃香から美鈴唯一人へと。

 

 態勢が不安定な美鈴にそれを回避する手段は、今度こそ無かった。

 声も出さず、破壊の奥にその体が埋もれていく。

 

 それは同時に、妖夢と萃香に隙を与えてしまう。

 

 だが、それで良かった。

 

「何かと思って駆けつけてみれば、また厄介なことになっている様ですね……ッ!!」

「やはり神と言っても一人では厳しいのだろうか?」

 

 妖夢の斬撃を神子が、萃香の右腕を白蓮が受け止める。神子はそのまま妖夢の体を突き飛ばし、一対一に持ち込む。しかし、鬼の圧倒的な力と拮抗する白蓮にはそこまでの余裕が無い。加奈子を背に、更に一発二発と打ち込まれる拳を真正面から受け止める。

 それを見た加奈子は美鈴への攻撃から一瞬だけ意識を反らしてしまう。

 

 その瞬間に美鈴が木柱の濁流を突破した。

 

 驚くべきことにほぼ無傷。地面に大量に刺さった木柱を足場に、加奈子と白蓮へと接近する。加奈子は即座にスペルを中断し、応戦の為のスペルを取り出す。

 

「あ、あああああああああああああッ!!」

 

 それは雄叫びが中断させた。加奈子へと飛び蹴りを放とうとする美鈴の横合いから華扇が殴りかかったのだ。奇襲は惜しくも美鈴に空中で対処されるが、食らい付いた華扇は美鈴と絡み合い、地面に叩き付ける。

 

「萃香を、早くッ!!」

 

 血眼になって華扇は叫び、少しでも美鈴の動きを封じようと手足へと必死に絡み付く。

 

 加奈子は心の中で感謝を述べた。白蓮は小さな声で「いきますよ」と呟き、受け止めていた拳を横に弾く。

 

「天符『大日如来の輝き』」

「『神の御威光』」

 

 距離は無かった。二人のスペルが萃香を捉えた。

 かの様に見えたのに。

 

 そこに居たのは、一瞬で十倍近く巨大化した萃香。二つの光線を物ともせず、威圧感を二人に押し付ける。

 ただしそれは二人だけの話ではない。妖夢と交戦していた神子は直ぐにその変異に気付き、舌打ちをする。けれど、妖夢は神子が意識を別の所に向けることを許さない。放たれる神速の斬撃が神子の動きを徹底的に制限する。

 

(……このままだとなし崩し的に全滅する)

 

 そう確信した神子は次の一撃で妖夢を倒そうと決意する。その結果どれだけ力が失われようと、全滅するよりは断然ましだ。

 

「『我こそが天道なり』ッ!!」

 

 宝剣を掲げて叫ぶ。それは目も開けられないほどの光を生み、光線と化して妖夢へと襲い掛かる。

 それを対処する余裕は刹那より短い一瞬のみ。決まった奇襲はその一瞬さえ無かったものにしてしまう。

 

 だが、妖夢はそれを両断した。

 その一瞬の出来事を、神子は捉えることができなかった。

 

(ま、ず……ッ!?)

 

 一度掲げた宝剣を振り下ろす。そう動こうとした瞬間には、既に妖夢は絶対の距離に入り込んでいた。

 

 待っているのは、光線と同じ運命。

 

 一刀両断。

 

「ふ、せ……ろぉぉぉおおおおおおお!!」

 

 だが、その決着の瞬間にまた乱入者が現れる。

 神子の肩を強引に引っ張ると、入れ替わるように前に出た。

 

「ま、まて……!!」

 

 白く長い髪、そして大きな兎の耳。

 

 鈴仙がそこに立っていた。

 

 だが刀は無慈悲に迫る。その瞬間、鈴仙は一瞬たりとて瞬きしなかった。狂気の隻眼でただ、妖夢のことを見つめる。

 

 刀が鈴仙の顔のすぐ横を掠める。

 途端に妖夢が態勢を崩し、地面にへたり込んだ。

 そこに鈴仙は飛び掛かった。手の関節を極め、首を足で締め上げる。妖夢は振り解こうともがくが、鈴仙は構わずに顔を赤くしながら締め上げた。

 

「早く……あのお二人に加勢してください……!!」

 

 鈴仙が絞り出した様な声でそう言った時、神子は我に返って巨大化した萃香へと立ち向かう。巨大化した分だけ動きが遅く見えるけれど、萃香が拳を振るうたびに空気が唸り声をあげているのが分かった。

 

 ただ、それに構っている余裕は無い。

 

 加奈子と白蓮と神子の三人は目配せだけで息を合わせる。

 

 目の前で暴れ狂う暴君を見据え、三人は喉がかれる程の雄叫びを上げた。

 解き放つのは、最大出力の、まだ名もなき三人の同時スペル。

 

 狂った世界を、白の閃光が包んだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。