東方覚深記   作:大豆御飯

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第十章九話 少女達の真実

 吹き飛ばされた萃香はあっと言う間に元の大きさに戻り、地面に落ちてからは起き上がることはなかった。

 しかしまだ安心はできない。まだ美鈴と妖夢の意識はあるのだから。

 そう思った矢先、華扇が小さな悲鳴を上げた。咄嗟に加奈子等三人は振り返ったが、目に映ったのはドロドロに汚れた華扇とぐったりと倒れる美鈴。その頭部の直ぐ横に大きな緑の葉が落ちていた。

 

「……良い所だけ取ってしまったかの。まぁ、許してくれんか」

 

 声のする方に居たのは、キセルを片手に持つマミゾウだった。こちらも幾分服が汚れており、既に戦闘に参加していたのだと加奈子等は推測する。

 

「マミゾウさん、朝から居なかったと思えば……」

「おぉ、これはこれは聖様。何も言わずにここに来ていたのは失敬。まぁ、首を突っ込みたい性分での、こっちも許してはくれんかの。ほれ、お主も偽りの投石に腰を抜かす暇があったら早う立てい」

 

 華扇へと歩み寄ったマミゾウは左手を差し出す。華扇はそれを取って立ち上がると、また小さく「あっ」と声を上げた。

 華扇が右手で指差す方には、鈴仙が意識の無くなった妖夢を抱きかかえて歩いて来ていた。

 

「皆さんは大丈夫ですか……?」

 

 余程強い力で締め上げていたのだろうか、妖夢の顔はまだ赤い。鈴仙の足にも赤い跡が生々しく残っている。やはり服はもう全体的に茶色くドロドロに汚れており、更に言えば所々血が垂れていた。

 

「やぁ、先程は助かった。礼を言おう」

「あぁ、いえ。気にしないでください。少々乱暴な真似もしてしまいましたから」

「だからこそ、です。いざと言う時は遠慮など要らないものだから」

 

 取り敢えずの脅威が去ったことを確認した神子は宝剣を鞘に納めると、鈴仙に一度頭を下げた。思わず釣られて頭を下げる鈴仙。その滑稽な光景に加奈子はクスリと笑みを漏らし、立ち上がった華扇もまた穏やかに頬を緩めた。マミゾウはというと倒れていた美鈴を背負い、キセルの煙を吐く。

 白蓮が居ないと一瞬の不安を感じた神子だが、萃香を背負い、倒れていた幽香に肩を貸す様子を見付けて胸を撫で下ろした。

 

 兎に角、脅威の波は去っただろうか。焦燥は消え、僅かな緊張感と余裕が漂う。だが、まだ黒幕たる者は残っているのだ。鈴仙とマミゾウ、そして白蓮は一歩下がると残る加奈子と神子、そして華扇と目を合わせる。それだけで意図したことが伝わり、加奈子等三人は小さく頷いた。

 振り返り、その先に居るのは幼い少女。右手を胸に、不安そうな表情を浮かべて忙しなく顔を動かしている。

 

「……彼女が何をしたのか、分かる者は?」

「私は何も……私はただ、時間稼ぎを頼まれただけでしたし」

「最初から貴方と行動を共にしていた私も、ね」

「そう……」

 

 ただ、先の発言からして彼女がただの一般人である可能性は無いと言っても良い。更に言えば、逃げる意思もなければ加勢する意思も無かった。味方である、そう言うには少々難がある。

 話が通じるのなら、説得して終わらせたい。だが、見るからに十程の年しか生きていないであろう少女に無理な話を要求するのは酷でもあった。

 

「攻撃を仕掛けて来たら、容赦はしない。それで良い?」

「……心は痛むけど、仕方ない、か」

 

 加奈子の問いに華扇が答え、神子も首を縦に振る。

 

 一歩、踏み出した。

 

「止まれ」

 

 聞こえてきたのは、極めて冷徹な、刺すような一声。

 

「エリカには……それ以上近付くな」

 

 振り返れば、口から血を吐いたのだろうか、服や顎がべったりと赤く染まった芙蓉の姿。立っているだけでユラユラと揺れているが、その瞳に冷たい光を浮かべて加奈子達のことを睨んでいる。

 一歩近付く度に聞こえてくる砂利を踏む音が、徐々に場の雰囲気を変えていく。それは失われた焦燥を呼び起こし、浮かんだ安堵を再び沈めていった。

 

「……まぁ、一撃だけで倒れる様な軟な相手な訳がないか」

「正直さぁ、私もいい加減くたばるべきだと思うんだぁ。どうせほっといても直ぐに朽ち果てる身、一々立ち上がって戦う理由なんて、究極的には無いんだしぃ?」

「なら……」

「だけど残念なことに、戦わない理由も無かった。それに決めてたんだぁ、私達四人で」

 

 竜胆芙蓉は両手を大きく広げた。

 

「『動けなくなった時に初めて安寧を享受する。動けるのならば、世界に相反する悪として、ただ立ち上がり続ける』とねぇ。こんなクソくらえな約束なんて、この世界の誰にでも理解はされやしないんだぁって、知っているさぁ」

「……何がそこまで貴方を追い詰めたのかしら」

「別に大したことじゃないよ。幻想郷には私らみたいな異常な力を持った人間がちらほら居たじゃないかぁ。それが、外の世界には居なかった。それだけじゃない。そもそも私達は認知すらされなかったんだぁ」

「……なるほど、何となく分かったわ。どういう経緯かは知らないけれど、外の世界で人を脱してしまったのなら、仏にでもならない限りは忘れられるでしょうよ。実際、元から神様だった私でさえ認知されなくなったのだから。まぁ……私達への信仰心が薄れていただけなんだけどね」

 

 芙蓉は自嘲気味に笑った。ついでにエリカを手で呼び寄せる。

 

「……そんな話じゃないんだ。元の世界の全てを水と言うのなら、私達は油だった。私達が意図せずして与えられた力は、元の世界に属してはならないもの。だからこそ、浮いたんだ」

 

 傍に来たエリカを芙蓉はそっと抱き締める。浮かべる表情は自らを悪と謳う者とは思えないほど穏やかで、安らか。

 

「……苦しんでいる、そう叫ぶのは贅沢だったのだろうねぇ。世界ってのは残酷さぁ。そして世界から脱落して、箱の外から眺めてて、思ったんだ。勝った者が正義だ。そんな簡単な事実をね」

「……」

「勝ったら美談。だから、悲劇に見舞われた奴はおおよそ『可哀想』で終わるんだぁ。後になって幸せな奴が『悲劇の中にこんな美談があった!!』なんて言い出して」

「……そんな世界が、嫌になったのね」

「簡単に言えばそう言うことさぁ。所詮子供の見る範囲。一から百まで間違いだらけの的外れなことを言っているのかもしれない。そんな嫌な世界でも、私達はその中に居たかった。だから、悪でなければならなかった。だけど、悪として生きるにはあの世界は広すぎたの」

 

 エリカが不安そうに芙蓉の名前を呼ぶ。大丈夫とも何も言わず、ただ黙ってその髪を撫でた芙蓉は、空を仰いだ。

 そこに、あの世界の空は無い。芙蓉達が浮かずに済む別世界の空も無い。

 分かっている。浮かずに済む世界は虚構であり、四人だけの永久の孤独でしかないということを。魔理沙と文とパチュリーを連れ込んだ世界だ。何も無い場所だと言わずとも伝わる『幸せな奴』はもう居る。だから最後まで悪を全うして、幸せ者の美談として酒の肴にでもなれば良い。

 

 結局、これが、この異変の真相だった。

 

 生きていた証を、残したかった。

 それだけだった。

 

「……こんな私の最後の頼みがあるとしたら、せめてこの子、エリカだけは戦わせたくないの。何て、我が儘だけどね」

 

 芙蓉はエリカを離した。下がって、と一言だけ伝える。

 

 静かに聞いていた加奈子と神子、そして華扇は身構えた。

 

 誰に言われなくても分かる。

 これからが、本当に最後の戦いだ、と。

 

「……こんなことを言った後だけど、本気の本気でいかせてもらうよぉ。もう後には引けない。前にも進めない。空間から世界を操るこの私、竜胆芙蓉の有終の美を、せめて覚えていてくれないかなぁ」

 




あれ? 霊夢は?
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